術式見学
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
あまりの必死さに拒絶しきれず、言葉を探していると勝手に許可をしたのはいつの間にか両隣にいたスクレイドとルカだった。
「いいんじゃないかなぁ?」
「おっけー、術式は俺も勉強中なんだよ」
「本当ですか!?よろしくお願いします!あっ!お洋服のこと、セリさんにも伝えないと!」
アメリアは大きくお辞儀をすると弾けんばかりの笑顔で宿屋に走って戻っていった。
「お前ら…どういうつもりだ」
アイツがやらかした事で共通の敵が出来たように気の合う二人、自業自得な俺に味方はいなくなった。
それにしてもアイツがやらかした事について、アメリアは何も気にする様子がなかったのが不思議だ。
「…お前たちが面倒を見ろよ!」
すぐに断れなかった自分を棚に上げて、スクレイドとルカに八つ当たりすると森の家に戻り、俺はソファでふて寝をした。
翌朝ルカが部屋に飛んできて起こされ、その手にはスクレイドを掴んでいる。
「ほら、スクレイドはフラフラ移動ばっかして捕まらないから、来る時に拾ってきた!」
「…ルカ、それを捨ててこい」
「二人とも俺の扱いが雑じゃないかい?」
俺はお茶を入れて、いつものように一つをテーブルに置くとルカとスクレイドにも渡し、自分の分を飲みながらキッチンの保管庫を漁った。
「ルカ、これをレモニアに」
それは茶葉とポポンの実と、三つの瓶に分けて入れたポポンジャムだった。
「わかった、ガイルさんじゃなくて?」
「飲み物担当はレモニアだ、そうだったな?」
スクレイドを見ると嬉しそうに頷き、ルカもなるほどと受け取ったものをカバンにしまった。
「きっと皆喜んでくれるよ、行こうか」
「二人とも、アメリアを俺に近づけるなよ」
「まだ言ってるのかい?」
そうしてアメリアの村の付近に移動すると、スクレイドは宿屋にアメリアを呼びに行き、ルカはユキを呼び寄せて散歩を始め、俺は防壁に施した術式の確認をして回った。
強化の上書きは後にするとして、空を飛びある程度の高さから周辺を眺めると、アメリアの村よりさらに南の方角に小さな集落が見え、そこからはセリの気配がするということは、セリが今暮らしている村というのはあの場所だろう。
さらに高度をあげて人の気配が密集する所を探る。
いつか地図でアメリアの村を探した時に見たように、それぞれに行き来するには馬車で移動するならば距離はあるが、思ったよりこの辺りには集落や村が多いらしい。
巨大な術式はかえって目立つ、一つならば解除される時も一瞬だろう。
とりあえず昨日と同じく宙に指を走らせ結界術式を量産することにした。
するとそこにアメリアとスクレイドが飛んできた。
「おはようございます!」
「え…ああ、おはよう」
気がつくとアメリアはすぐ隣に寄ってきて、元気に挨拶をした。
ここはかなり高いはずなのだが…そんなに飛行魔法が得意なのか?
地上からも目立たず、アメリアからも距離を取るつもりで高高度に滞空していた俺は、思わず術式の手を止めて少女を見た。
しかしアメリアは何を思ったのか、申し訳なさそうにしてから少し下がり遠巻きに謝った。
「すみません、邪魔をしないお約束でした…」
自分が来たことで俺が作業を中断したと思ったのだろう。
「集中したいから、見るならその辺にいてくれ」
そう言うとアメリアは明るく返事をして、空中に座り込み、スクレイドは空中で寝転び、ルカとユキは地上と変わりなく空の鬼ごっこを満喫している。
なんだこいつらは、と思ったが同じく空中であぐらをかきながら術式を量産する俺の言えたことではないか、とため息をついて作業を再開した。
しかし本当に見学だけということを守っているらしく、それからしばらくアメリアはスクレイドに話しかけられた時以外は喋ることも無く、熱心に俺を見つめている。
沈黙と視線に耐えられなくなり、ついアメリアに話しかけた。
「こんなもの、見ていて暇じゃないか?」
するとアメリアは明るい表情になり、張り切って答えた。
「そんなことありません!指先から紡がれる緑の糸のような魔力がどんどん形を変えて…楽しいです!」
「えぇ!?」
声を上げたのはスクレイドだった。
「嬢ちゃん、あの魔力…術式が見えるのかい!?」
その質問はまさしく俺も驚いたことだ、スクレイドが聞かなければ俺が聞いていたかもしれない。
二人で見つめると、アメリアはキョトンとした様子で頷いた。
「はい、綺麗な温かい緑の線が見えます」
術式はまだ発動していない、魔法は発動すれば周りの者の目にも認識できるようになるが、この時点で見えるとすれば余程魔力が高いのか…。
「…スクレイド、どこかに術式の本はないか?」
「基礎的なものならここにあるけど、どうしたの?」
スクレイドはマントから分厚い本を一冊取り出した。
「アメリアに術式を教えてやれ、それならお前もできるだろう?」
「そうだねぇ」
スクレイドがアメリアの隣に座って本を開いて見せると、事情の飲み込めないアメリアは俺とスクレイドを交互に見た。
するとスクレイドが俺に聞こえる声でアメリアに余計な内緒話を始めた。
「つまりね、クロウくんは嬢ちゃんの魔力の素質に可能性を見出したんだよねぇ、それで勉強すれば嬢ちゃんにも術式が使えると期待しているんだよ」
「…あ、ありがとうございます!スクレイドさん、ヤマト様!」
「「は?」」
今、俺のことをなんて?
「間違えました!…つい、クロウさんすみません!」
アメリアは慌てて謝ったが、スクレイドはその様子をじっくりと観察するように見て、俺は過剰反応は良くないだろうと気にしない事にした。
「ああ、気にするな」
その後は穏やかなものだった。
本を読みながら説明を聞き、指先に魔力を集めようと必死なアメリア。
そこにルカも加わり、スクレイドから基礎的な知識を学び練習をしている。
しかし飛行魔法とは違う魔力の使い方に、自分の意思でコントロールすることは難しいらしく、指先どころか魔力の変動すら見受けられない。
…そういえば、今もアメリアは魔法で飛んでいるはずなのに全く魔力を測ることが出来ない。
「最初は難しいものだからね、まずは術式の仕組みを頭に入れていこうね」
「はい!」
スクレイドに優しく言われ、アメリアは安心したように本に向き合った。
「すごい、スクレイドの説明わかりやすい!できるできないは置いといて、前に教わった人は感覚でばかり教えてきたから!」
悪かったな、と心の中でルカに悪態をつき、そんな三人を放って黙々と作業を続けていた時。
『ぐうー』
「今の音はなんだ?」
振り返るとルカがくすくすと笑い、アメリアが腹を押さえて恥ずかしそうにしている。
「すみません…、私のお腹の音です…」
「ははっ、そうか、もうこんな時間か」
懐中時計を見ると昼の十二時を過ぎていた。
「三人でガイルの飯を食ってこい」
「クロウさんは?」
「俺のことは居ないものだと思ってくれ」
緩みかけた口をきつく結び直しそう言うとアメリアは申し訳なさそうにしながら、ルカに連れられて宿屋に帰って行った。
「お前もだ」
「二人が戻ったら行くとしようかなぁ、ね?また君が汚物にならないように」
反論もできないが、汚物の呼び名が浸透していることにガッカリだ。
大量の術式を宙に浮かせてセリが居るらしい集落、人の気配が集まる所に飛ばし、地面や防壁、建物に埋め込んで発動させて今日の仕事を終わらせると、スクレイドに作業の終了を、ルカに撤収の念話を送った。
そしてルカが合流すると周りを見渡して言った。
「終わり?」
「今の状態でも大丈夫だとは思うが、強化はしておきたいな」
「今日はできないのか?あっ、なんだかんだ言ってアメリアちゃんに癒されたいのか!」
「違う!術式は馴染むのに時間が要る、少し様子を見なくてはいけないと…教えたはずだが?それも感覚的でわからなかったか?不出来な指導をして悪かったな」
「うわっ、根に持ってるじゃん」
アメリアが居ないことにホッとして空をぼんやり眺めながら言った。
「ルカ、俺はルクレマールにトールを始末しに行く」
「うん」
「お前も来い、もう奴は手出しのできない立場じゃなくなっただろう?時は来た」
ルカは意外そうに俺を見た。
「置いていかれるかと思った…」
「この件に対しては俺とお前は同等だ、どちらが先に仕留めても文句は無しだ」
「そう、か」
トールに利用され手を汚したルカと、トールを憎み手を汚した俺たちには結束も信頼もない。
あるのは標的が同じであるという事実だけだ。
それを再認識するようにルカも気を引き締めて、力強く頷いた。
「俺はいずれ英雄王も討つつもりだ、その時はスクレイドは敵になるかもしれない」
「うん」
「そして聡一もだ」
不確定な要素が多すぎるが遠くない日に、その時に備えて心の整理をつけておきたいのは俺自身だったが、これは伝えておかなければいけないだろう。
そして思わぬ名前にルカは困惑した。
「なんで国医殿が?」
「まだ俺にもわからない、だが誰が敵になっても、お前の身の振り方はお前自身で決めてくれ、俺たちはこれ以上間違えるわけにはいかない」
それは自分に言い聞かせるように、肯定を求めて出た言葉だった。
「そうだね」
ルカの同意に俺は安心した。
決心を鈍らせる訳にはいかない、そして同じくその覚悟のない者は要らない、迷いは弱さになると知っている。
そんな大事な話をしているというのに。
「ルカ、また気持ちの悪い魔力が来たぞ、それも近い」
「スクレイドを呼ぼう」
強力で邪悪な魔力、それもセリの集落の方角から。
「結界術式は?」
「まだ破られてないが馴染んでないうえに強化出来ていない!ルクレマールを想定してなかったからな、どこまで持つかわからない」
急いで集落の空中に飛ぶと、見上げた空一帯に王都で見たような巨大な術式が展開されている途中だった。
スクレイドも合流し、ルカはユキを呼び寄せた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




