やらかしたアイツと大和と
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「え、えぇ?なんでだ?」
頬に走った衝撃に驚き、呆然としているとやっとルカが喋った。
「君が…叩かれるようなことをしたんだよ!覚えてないのか!?」
上半身だけ起こしたルカは、泣きながら怒っている。
一体俺は何をしてしまったのか。
「覚えてない…俺はお前に何をした?」
まさか、またこの手が…アイツがルカに危害を加えたのか!?
「教えてくれ!ルカ!」
必死に状況を聞く俺に対し、なんとルカは泣きながら笑いだした。
「ふ、ははは、大和だ…大和!!あははは!」
「ル、ルカ?」
不気味すぎる。
ルカが俺を叩くほどなのだから何かあった事に間違いないのだが、思い出そうとするがやはり記憶が無い。
仕方なく俺はベッドの隣に座り込んでルカが落ち着くのを待つことにした。
俺の手を離さずにしばらく泣いたり笑ったりを繰り返し、ルカがやっと落ち着きを取り戻した頃。
「大和」
名前を呼ばれ、俺はとうとう来たかと覚悟を決めた。
「トールが亡命したというのは本当か?」
なぜ、ルカがそれを?
「…聡一に聞いたのか?」
「君だよ」
俺がいつルカにその事を?やはり記憶の欠如があるようだ。
「すまない、今はいつのどこなんだ?何があったのか詳しく教えてくれないか?」
「…俺がアストーキンの修繕の手伝いに行ってる間に、君は王都の家に戻ってたね、その間何してた?」
「それは記憶にあるところだ、その後ベル、スクレイドと念話をしてから聡一の所に行き…トールの事を聞いたのまでは覚えている」
「今はその記憶と同じ日の夜中だよ」
「ん?」
どういうことだ?記憶があるのが午前中まで、そして目が覚めたら夜中?
「その間に俺が何をしたっていうんだ?」
ますます訳が分からず、頭を抱え込むとまたルカの笑い声が聞こえた。
怖くて顔があげられないのだが…
「本当に何をしたんだ俺は…」
「教えてあげない」
「どっ、どういう事だ!?」
「皆にも聞いてみたら?教えてくれないと思うけどね?」
皆!?俺はアイツら全員に何かをしてしまったのか?それも教えて貰えないほどの何かを。
「ルカ、すまない今からルクレマールに乗り込んでトールを始末…いや、ルクレマールごと潰してくる」
だから少しだけでも何があったのか教えてもらいたい。
「大和!?…また…?」
「またってなんだ!?俺は短時間でそんな大暴れをしたのか!?」
「ん!?大和なのか!?」
「大和だが!?一体なんなんだ!!そろそろ怒るぞルカ!」
俺はあまりの不明瞭さに不安と焦りで苛立ち始めた時、部屋の気温が下がったような気がした。
「だから、怒るのは俺たちなんだって」
笑顔ではあるが、このルカの雰囲気はクリフトと衝突した時の物に酷似している。
俺はユキの尾、ではなく、虎の尾を踏んだらしい。
「…はあ、ルカ、本当に教えてはもらえないんだな?」
「言わない」
「わかった、自己暗示で数時間前に戻ってみ…」
「やめろよ!!どれだけの事があったか知らないからそんな事が言えるんだよ!!スクレイドがブチ切れてるのなんて、あんなにやばいとは想像もつかなかったよ!!四人が怯えちゃって可哀想だったくらいなんだからな!!」
「スクレイドがブチ切れ!?待て!!何だそれは!!小出しにするな!!余計怖いだろう!!いや四人て誰だ!!一人わからないんだが!!」
思い当たるとしてもルカを除けば、クリフト、セリ、アメリア。
そしてスクレイドは怒っていて、他に誰がいた!?
「教えてあげない」
「…俺を殺してくれ」
もう、こんなに色々な人に迷惑をかけ、怒らせたと言われ、詳細も知ることが出来ない生殺しでは辛すぎる。
「大和!?また!?」
「何がだ!?またって…だからそれはどういう意味なんだ!?」
そんな口論は朝まで続いたが、結局何があったのかは知ることが出来なかった。
そしてその後丸一日外に出ることは許されず、スクレイドに念話をしても遮断されているのか、全く通じず。
俺はルカの部屋で見張られながら、ユキと遊ぶだけの気持ちの悪い時間を過ごした。
しかしもう一つ、やはり気になるのはスキルが増え続けていることだ。
「また死んだ…」
あまりの多さに嫌気がさす、仕方なくそのスキル一つ一つをしっかり把握することに集中した。
そして見つけてしまった。
「なんで、このスキルが?」
増えすぎて見ていなかった中には、かつての保有者を知るモノがあった。
「ルカ」
「なに?」
「術式が使える場所に、森の家に行きたいんだが」
「ここでやればいいじゃん」
そう言ったルカを俺はたまらずにじろりと見た。
「な、なに?」
「お前の部屋のような術式の中でそれより強大な術式を造ると空間が歪む。悪いが、事情もわからずに部屋に留まるのはここまでだ」
「大和?」
あの人が死んだ理由やそれがいつなのかも知りたいが、スキルの確認は読んだだけでは把握出来ないものも多い。
これ以上ここに居ては何も進展しない。
俺は勝手に住み慣れた部屋に戻り、闘技場を模した空間でスキルの試しを始めた。
それにしても身体が軽く、何をしても今まで以上に馴染む。
気づくと後ろに見張るようなルカの視線を感じた。
「お前、いつから術式無しで飛べるようになった」
渡してある宝石の術式が作動する感覚はなかったはずだ、それなのに突然後ろに現れたルカ。
「君がオレに何かをして、突然できるようになったんだよ」
「俺が?」
スキルを試す手を止め、振り返ってルカを見た。
ルカは頷くとため息混じりにその場にあぐらをかいた。
「スクレイドとの相談が終わった、今の君になら何があったか話してもいいよ」
「スクレイドとお前が相談…念話か、仲良くなったもんだな」
「どう言ったらいいかな…」
そう言って話しだそうとするルカを制止して、俺はスキルで記憶をたどった。
「俺自身が体験したなら思い出す方法もいくらでもある、お前たちの許しが降りたなら、な」
「…一つだけ言っておくよ、大和は悪くない」
そうして思い知ることになる。
あの日やはり自分がアイツに負けたこと、そこで止めることも出来ずにアイツのやることを見て、時折声をかけていたこと、それまでの俺が知らなかったはずのスクレイドに起こっていた状態をなぜかアイツは知っていた。
ルカの力を操作したこと、その方法を知った。
今もそのままだが俺に無い知識や記憶をアイツは持っている。
そして迷惑をかけたらしい、最後の謎の一人がまさかの町長であるフロウだったこと。
記憶は森についた所で途切れていた。
「…これは、無茶苦茶をやってくれたなアイツ…」
そう呟くとルカが驚いて叫んだ。
「アレに気づいていたのか!?アレは、あの状態はなんなんだよ?」
「…わからない。いつも俺の中にいて、時々俺を揺さぶる嫌なヤツだ、だがおそらくアレも俺の本心だ、俺の汚い部分を全部詰め込んだようなものとでも言うのか」
「じゃあアレのことは汚物と呼ぶことにして、森で何があった?」
「え」
汚物、だと?いや、言葉通りなのはわかるのだが、ルカの素直さは時に俺を深く傷つける。
「記憶はそこまでだが、また倒れたか、スクレイドあたりがなんとかしてくれたんじゃないのか?」
その言葉にルカは困ったように唸り、目を瞑って額に手をあてて何度か頷いたりして、しばらくするとやっとこちらを見た。
「あっちも何も覚えてないらしいし…、俺とスクレイドが駆けつけた時にはもう君は気持ちよさそうに眠ってたよ」
「あっち?今スクレイドと話していたな?」
「うん、まあ君の言葉を借りるなら、気にするな、かな!」
ここでいうところの「気にするな」とは、関わらず探らず無いものとしろ、そんな意味が込められている。
普段の自分の身勝手さと傲慢さがこんなところで返ってくるとは思わなかったが、そういうことならばこれ以上は話しても無駄と悟った俺は考えるのをやめた。
「…そうか、俺が弱いせいで嫌な思いをさせて悪かった」
ルカは首を振った。
「君が戻ってくれたならそれでいい」
「アイツには」
「汚物」
「アイツ」
「汚物」
呼び方に関してのルカのこだわりと頑なさはなんなんだ。
「…汚物にはこれからも気をつける、だがまたあの状態になったら迷わず逃げろ」
「逃げる?殺せと言われたよ?」
「アイツは」
「うん、汚物は?」
「…汚物はお前たちの手に負える相手じゃないんだ」
アイツはなぜか俺より俺の力を使いこなしている、俺の知らないことも多く知っている、もしかしたらもっと先の時間に、何度目か知らないが…この世界で過ごして力と知恵を高めて俺に鑑賞しているならばと考えれば辻褄があう。
いつかの俺がアキトに送った念話が、最初の俺に聞こえたように。
「で、だ。俺が渡したプロウドは持っていてくれ」
「汚物に渡されたあの結晶を…?」
ルカはどこまでいってもあの状態の俺を俺と分けたいらしい。
「じゃあ返せ」
そう言うとルカはジャラジャラと素直にプロウドを差し出した。
俺は頭のおかしい事を承知でもう一度手渡して言った。
「何が起こるかわからない、これは俺からだ、持っていろ」
「ありがとう!」
気持ちの悪いやり取りをし、素直に喜ぶルカを目にして俺はため息がもれた。
そこでようやくルカは一つだけ手に残した結晶を見て言った。
「ところで、こんな大量のプロウドどうしたんだ?スクレイドにも渡してたけど」
「俺が魔力の調整の為と暇つぶしに造った」
「ふーん、って!?プロウドを!?君がっ!?」
やはりこの世界では俺より知識と常識を身につけているルカは聡一や女将のような反応をする。
それはベルの時にもうやったので、大騒ぎされるのは俺としては腹いっぱいなのだが。
もう一つ昔にもやった事のあるくだりをしてみるか。
「今ステータスを確認しながらプロウドの魔力を引き出してみろ」
驚き、というより俺を気持ち悪そうに見ていたルカは、言われたままそれを実行した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。