出発前夜
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「レモニアちゃん、ガイルくんに飽きたらいつでも俺のところにおいでねぇ」
宿屋の一階の食堂のカウンターではエルフこと、スクレイドが初老の女性であるレモニアを誘うという奇妙な光景が繰り広げられていた。
「アンタはそればっかりだねえ」
慣れているのか、レモニアはケラケラと笑う。
なにこれ、申し訳ないけど気持ち悪い。
「スクレイド様、ウチのは馬鹿なんで本気にしたらどうするんですかい!!」
ガイルが面白くなさそうにつっかかる。
それを聞いたスクレイドはこれみよがしにアピールを再開する。
「レモニアちゃん聞いたかい?ガイルくんは君に不満があるらしい、やっぱり俺のところに来た方が幸せになれるんじゃないかい?」
「そっ、そんなこと言ってねえでしょうが!」
焦るガイル。
「あんまりからかわないでやってよ。この人は焼きもち妬きなんだから」
レモニアは全く相手にせずにテーブル席の客に料理を出したりと忙しそうに動いている。
いや、だからこれ何?
口から砂が出そうだ…。
カウンターの端で、アメリアとクリフトとそのやり取りを延々聴きながら早めの軽い夕食を食べているが、この会話のせいで味がわからない。
「クリフト、なんだこの状況は?」
耐えきれず隣のクリフトに尋ねる。
「ああ、レモニアさんは若い頃この近隣でも有名な美人だったらしくてな」
あの丸っこいおばさんが?時の流れは恐ろしい。
「それでスクレイド様はレモニアさんを連れて行きたいと今でもアタックしてるらしい」
「ええ?」
当時ならわかるけど、今のレモニアを?
俺の無言の疑問にクリフトも頷く。
その時、背後に悪寒が走る。
「アンタらも余計なこと喋ってないで食べちまいな」
そこにいたのはトレーをかまえた満面の笑みのレモニアだった。
「「はいっ!」」
怖い!
黙って料理をかっ込む。
「子供にはわからないだろうなぁ、レモニアちゃんの魅力は!大人になるまで待ってたらガイルくんに取られちゃうなんて誰が想像できたかなぁ」
スクレイドは頬杖をつきながら遠い目をしてボヤいた。
すまんガイル、スクレイド、俺にはレモニアの女性としての魅力は一生理解出来そうにない。
そもそも長命のエルフからしたら大体の奴が子供なんじゃないか?
ふと隣の席を見るとアメリアが目をしぱしぱさせ、船を漕ぎ始めている。
「アメリア大丈夫か?」
「はいっ」
突然呼ばれた自分の名前に大声で返事をするところを見るとこれは半分以上寝てたな。
「そういやアメリアはずいぶん疲れてるみたいだねえ」
レモニアはアメリアの様子を見て首を傾げる。
「うん!今日は空を飛んだからねぇ!」
ここぞとばかりにスクレイドがレモニアに近づき答えるが、適度な距離を保ったままのレモニアは首を傾げて言った。
「空ならルンナと出かけて慣れてるじゃないの?」
「違う違う、ヤマトくんから魔力をもらって魔法で自分で飛んだんだよねぇ」
「アメリアが魔法を…?明日から旅に出るってのに疲れさせてどうするのさ」
レモニアが呆れながらため息をつき、眼光鋭くスクレイドを横目で見る。
「あ…いや、出立の前日に疲れさせたのは俺のミスだったよねぇ、ごめんね、レモニアちゃん、嬢ちゃん」
レモニアに責められて、考えなしだったと反省するスクレイドはなんだか不思議だ。
あ。ガイルがニヤニヤしてる。見なかったことにしておこう。
「アメリア、眠いならもう寝てもいいんだぞ?」
明日は日の出と共に出発すると聞いて、こうして早めに食事を済ませているのだが、スクレイド曰く借り物の魔力では魂は消耗しないものの、なれない者が魔法を使うとかなり疲労するらしくアメリアはすでにかなりのおねむだった。
しかし村に帰るなりルンナの世話を終え、宿屋に着くと俺の分まで旅支度をテキパキと済ませ、すでに食事を食べ終えているあたりは流石のアメリアだ。
「クリフトさんをお見送りして…、ヤマト様が寝るまで待っていたいです…」
ああああ、可愛い!
クリフトと目が合うと頷きあい、急いで飯を食べ終わる。
「じゃあ俺も今日は早く帰って寝るから!スクレイド様、明日からよろしくお願い致します!」
言うなりクリフトは席を立ち、スクレイドに敬礼するとアメリアの頭を軽く撫でて帰って行った。
俺も食べ終え、店の入口でクリフトに手を振っていたアメリアの手を引き、寝支度を済ませて部屋に行き、ベットに寝かせて布団をかけるなりすーすーと寝息が聞こえてくる。
魔法ってそんなに疲れるのか。
なんとなく首に違和感を覚えて水晶を取り出す。
高価なものらしいので普段は服の中に隠すことにした訳だが、首に何かをつける習慣がないせいか気になってついつい触ってしまう。
今日はスクレイドのおかげと言っては癪だけど、魔法について少し知ることが出来たし、この結晶の効果で垂れ流しも阻止できるらしいので安心だ。
暗い部屋の中で水晶を見ていると、窓から漏れるわずかな明かりで虹色に輝いている。
六角柱は俺の手の中にちょうど収まるサイズで、軽く握っているとなんだか安心する。
「ふわぁ…俺も寝るかな…」
目を瞑るといつの間にか朝になっていた。
「よく寝た…」
いつもより疲労感がない気がする。
「ふわあぁあ…」
アメリアもほぼ同時に目が覚めたらしく、珍しく大きいあくびをしているところで目が合うと、恥ずかしそうにブランケットのような毛布に隠れて顔だけ出した。
「おはようございます」
「おはよう、やっぱり魔法の疲れはまだ残ってる?」
「所々身体が痛みますが…いえ!たくさん眠れましたから…」
そう言いながらまた大きなあくびをひとつして、気まずそうにしている。
疲れていると置いていかれると思っているのか、元気そうに振る舞ってみせるのがなんとも健気だ。
「そうだ、試してみたいことがあるんだ、手を出して」
「? はい」
アメリアは言われた通り、毛布から手だけを出して素直に俺の左手の上に添えるように乗せる。
俺は右手で服の上から水晶を握り意識を集中すると、重なった手から緑色の淡い光を放ち始め、その光はすぐに少女の全身を包むとふっと消えていった。
手を離すとアメリアは自分の両手を不思議そうに見つめながら握ったり開いたりしている。
「何か変わった?」
自信が無いので効果は言わずに確認してみる。
「す、すごいです!」
驚いて毛布を被ったままベッドの上に勢いよく立ち上がり、興奮したように腕を振る。
「さっきまでの身体のだるさや痛みが無くなりました!」
「よかった」
成功したようだ。
疲労回復まで出来るらしいこの力は、使い方さえわかればこんなに便利なものだったのか。
しかし、
「…ところでアメリア?」
「は、はい?」
アメリアの顔を見上げているとなんとも言えない違和感を覚える。
ハッとしてすぐにまた毛布をがっつりと被り直しベッドに正座し、行儀が悪かったと思ったのか謝り出すアメリアを宥めてから見るが、やはり何か変な感じがする。
珍しく髪がボサボサで…?
「あのっ、すみません!…ヤマト様?」
「うん?あ、ごめん、なんでもない」
なんだ?この違和感。
俺の奇妙な視線に気づいたのかアメリアも小首を傾げる。
この世界では今、春のような気候で昼間は暖かいが朝方は冷えるせいか、あくびを見られたのが恥ずかしかったのか、アメリアは毛布を身体にかけたまま部屋を出る。
何段か先に階段を降りるアメリアは何度かつまずいている。
疲れは魔法では完全に取り去ることは出来なかったのだろうかと心配になるが、食堂に降りるとアメリアは振り返ってにっこりと笑った。
いつもより早くに起きたせいか、まだガイルとレモニアは自室にいるようだった。
するとアメリアがカウンターに入り、扉や流しに身体をぶつけながら温かいお茶を入れてくれる。
アメリアはこんなにドジっ子だったのかと、新たな一面を見て微笑ましく思い、出されたお茶を一口すする。
「すごい美味しい~」
「よかったです」
カウンターを挟んで二人でお茶を飲む。
こんなまったりとした朝もいいもんだ。
そう思いながらアメリアを見るとやはり正体不明の違和感に苛まれる。
「あの、ヤマト様?私なにかおかしいでしょうか?」
さすがに見すぎたようでアメリアが不安そうに俺に尋ねる。
「うん、なんか変なんだよな…」
思わず言葉にしてしまった。
「えっ、すみません!すぐに身だしなみを直してきます!」
軽くショックを受けてアメリアが素早く立ち去っていく。
「あっ!違うっ!変なんだけどそういう事じゃないんだ!!」
俺の声は届かない…。
誤解はあとで解くことにして、俺も部屋に戻り最初にもらった洋服に着替えてクリフトから受け取った荷物の入ったリュックを片方の肩にかけて再び一階に降りる。
すると何やら騒がしい声が聞こえる。
「アメリアに何をしたの!?」
焦ったように声を荒らげているのは起きたてのレモニアだった。
問い詰められているのは俺と入れ違いで食堂に来ていたらしいスクレイドだ。
「えぇ?レモニアちゃん何の事かなぁ?怒った君も魅力的だよ!」
「アメリア、ちょっと来てごらん」
カウンター裏から顔を少し覗かせているアメリアを引っ張り出すと、スクレイドの前に立たせて指をさす。
「嬢ちゃんがどうかしたのかい?」
全く身に覚えがないと言ったふうにアメリアを上から下まで見渡して、再びレモニアに聞き返す。
「わからないのかい!?」
レモニアはまだ怪しみながらも気の抜けたように呟くと、今度は俺と目が合う。
「おはようございます」
「ヤマト様!おはようじゃないわよ!?」
「どうかしたんですか?」
「スクレイドさんじゃないならアンタの仕業!?それとも!まさか気づいてないのかい!?」
ここまで読んでくださってありがとうございます。