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カルビア5 セリ2

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

「離せ!!くそ!!父さんと母さんをよくも…」

「ははは!あんな所にいたのかよ、かくれんぼの下手なガキだな」

「うるさい!腐った野菜でいっぱいで入れなかったんだ!!」


バレンが連れていかれる…違う、殺される!ダメ、動いて、助けなきゃ…!

気づくとセリは箱から飛び出していた。

「バレン!!」

すると男たちはセリを見て、怒りに顔を歪ませた。

「もう一人いるじゃねえか…」

「ガキ、オレたちを騙そうとしやがったな…」

その瞬間バレンは男たちを振り切り、セリに駆け寄り、覆い隠して抱きしめた。

「バレン!やめて!バレン…お兄ちゃん!!誰かあああああああ」

男たちは近づいてきて力任せにバレンを何度も切りつけた。

「死ね!このクソガキ!」

「どけオラァ!!!」

しかしどんなに殴られ、蹴られて切られて刺されようともバレンは声を上げず、セリを離さなかった。

そのうち男の一人が笑いながら言った。

「あ?このガキ、もう死んでやがる」


その言葉はセリには信じられなかった。

だってバレンはまだ温かい、自分を力強く抱きしめている。

男がバレンを引きはがそうとするが、こと切れているはずのバレンの身体はセリを守り続けるように離すことはなかった、が、セリの目の前が突然明るくなった。

「おい、女のガキじゃねえか」

「連れて行こうぜ」


セリは生暖かい血だまりから動けずにいると、髪と襟首を捕まれて納屋から引きずり出され、納屋の中には倒れたバレン。

理解が追いつかなかった、だって、まだバレンの両手が自分の腕を掴んでいる…


しびれを切らした賊に腕を切り落とされても、手だけになっても最期の時までバレンはセリを離す事はなかった。

「いやああああああああああ」

セリは半狂乱に泣き叫ぶと、男の一人に顔を切り付けられた。

「あああ…!」

「何してんだ!顔に傷なんてつけたら売り物にならねえだろうが!」

「あんまりうるせぇからよ」

男たちが言い争っている、痛みと血で左目が開かない、連れ去らわれる時最後に見えたのは業火の中でのたうち回り苦しむ父の姿、あらわになった肌は無数の痣と鮮血に染まり横たわり動かない母。

賊は最後に町の全体に火を放つと、奪った武器や金品と共に息のある女子供を数人攫って馬車に詰め込んだ。


それから三ヶ月ほど賊に連れ回され、同じように村や集落を襲う手伝いをさせられた。

男たちの気まぐれで殴られたが、そこで動けなくなるとそれ以上に殴られ、食事もろくにもらえず両親と兄の仇に媚びへつらう日々。

一人…また一人と売られ、死んでいき最後の一人になった時、衰弱したセリが邪魔になったのだろう。

虫の息で野に打ち捨てられた。


ああ、痛みも苦しみも感じずに正気を失えたら…自分はこのまま死ぬのだろう、早く楽になりたい。

そんな風に思いながらよく見えない目を閉じたその時だった。

セリの身体が浮き上がり、神のような声を聴いた。

「もう大丈夫だよ、俺はスクレイド。今はゆっくり休むんだ」


そこで記憶は途絶え、意識が戻ったのは一週間後の事だった。


温かい布団の感触に陽だまりの匂い、張り付くように乾いた目を薄らと開けると、ベッドの隣にいた美しい男が読みかけの本を閉じて自分を見た。

「おはよう、よく頑張ったね、生きていてくれて嬉しいよ」

優しい声に涙があふれ、何かを言おうとしても声が詰まる。

そんなこちらを気遣うように男はフードを取り、穏やかに微笑んで改めて言った。

「今はただ傷を癒すんだよ」


どこが痛いのかもわからないほど傷つき動かない身体。

思い出されるのは炎にまかれた父と原型も留めない母の肉塊、そして自分のせいで兄が死んだこと。

自分を抱いた手だけの兄を賊が笑いながら、少しずつ刻み落としたこと。

尊厳を捨てて賊に魂を売りむざむざ生き残った自分。

罪のない人々を殺した汚い手。


──セリは大きく腕を前に伸ばしてから、一息ついてまた口を開いた。

「スクレイド様は私を拾って近くの村で開放してくださった、まるで神様のようだと思ったよ」


スクレイドに救われたと言っていたが、そんな事情があったとは夢にも思わなかった。

そうしてセリは無表情で淡々と語った。

「私はあの賊の顔を一人も忘れていない、刻まれた傷を見る度にいつか必ず復讐をと誓い剣の鍛錬をして、十三の時に世話になった村を飛び出し奴らを探し歩いた、馬鹿でしょう?」

「馬鹿だなんて思わない。俺でもそうする」

セリは頷いて笑いながら言った。

「しかし奴らの情報をやっと掴んだ時には、賊は冒険者に討たれた後だった」


「そうか…」

「きっとあの頃の私では太刀打ち出来なかった、奴らが死んだのだからこれ以上犠牲は出ない、なのに私は喜ぶことが出来なかった。行き場を失った仄暗い復讐の炎は私の中で燻り続けていたの」


すると左目を押さえていた手を離し、セリは顔を指でなぞって言った。

「ここにその時の大きな傷跡があった、それを見る度に怒りと恨みが蘇り私の生きる力になったの、何かを恨み続けないと理不尽に押しつぶされて息が出来なくなりそうだった、だけど…」

「…だけど?」

「知ってるだろう?アナタが消してしまった」

突然の刺すような言葉に心臓が早くなり背中に嫌な汗が流れる。

明るい声でセリは話を続けた。


「責めているわけじゃないよ、ただ…気が抜けた、仇も生きる目標も見失って、傷跡がなくなった時戸惑ったが確かに喜んでいる私もいた、何かから解放されたような気がしたんだ」

「もう…忘れたと?忘れられるのか…?」

大切な人を失った事実を、憎んだ気持ちを。


「…クロウ殿は意地悪なことを言うね、それは消えることは無いだろう、だけどもうそろそろ区切りをつけてもいいのかとは思えたよ」

俺を真っ直ぐに見据えて言ったその声には、どこか清々しさすらあるように思えた。


「今の貴方は昔の私のように闇を持ち、時折ヤマトのような光を見せる…前より話しやすいよ、事情を聞いたりしないからアメリアの事を頼みたい」

「…で、その話になるのか」

「ふっ」

「…どうした?」

「気持ちがわかるからな、私が前のヤマトに対してそうだったと言えばわかるかな、クリフトの熱にも戸惑っている」


それを聞いて、俺は思わず大きな声を出した。

「クリフトの気持ちを知ってたのか?」

「いくら私でもあそこまでわかりやすかったら気づく、でも私は彼に相応しくない」

「そんなことは…」

無いと言いかけて、俺は自分の愚かさを思い知る。

他人の事なら簡単に言いきろうとする無神経さに、今までどれだけの人を傷つけたり困らせてきたんだろうか。

「悪い…」

「謝らないで、私にできることがあれば協力する、無理はしなくていいからアメリアに貴方が生きている事を伝えることは叶わないだろうか」

自分の話では冷静に語っていたセリが、アメリアの事で辛そうな表情を浮かべて、恐る恐る核心に迫る。


昨日の念話が夢でなければ、アメリアは俺が生きている事を知っている。

「それには及ばない…悪いなセリ、その話をしたという事は俺が何をしてきたかわかるんだろう?」

「…そうだな、詳しくは知らないけど今の貴方はこちら側だと思った…私がどうかしていたね、今後は踏み込まないよ」

そう言って笑ってみせるとセリは立ち上がり、俺の肩を叩いてから部屋を出ようとした。


「セリ!俺はスクレイドを殺す時が来るかもしれない」

それを聞いたセリは一瞬驚いた顔をして、静かに頷いて言った。

「その時は届かずとも私は貴方に刃を向けることになる、それだけの話だ」

「止めないのか?」

「止めて欲しかった?…残念だったね」

そうして余裕の笑みを浮かべたセリは部屋を後にした。


セリにそんな過去があったという事に驚きはした。

まさかクリフトの気持ちも知っていたとは、純粋で綺麗なものに触れることも叶わず、それでもセリは逃げずにクリフトやアメリアの近くにいる。


どうしろと言うんだ?綺麗なものはそのままにしておきたい。

それが俺のエゴだとわかっていても、それでも近寄りがたい眩しさ…。

アキトやアメリアの事を思えばセリの言う事もわかるような気がするが、俺は違うんだ。

俺は無垢だったわけじゃなく無知なだけだったんだ。

こんなダメな俺なら話しやすいと言ったくせに、俺を優しいと言う。


「…盗み聞きはどうかと思うぞ、ルカ」

「入るタイミングが無かったんだよ、それに彼女も気づいてたみたい、去り際に声をかけようとしたら笑顔で黙らされちゃった」

少し申し訳なさそうに扉からひょっこり顔を出したルカの視線はセリを追っていた。

「怖いな、女は…」

「君でも怖いなら無敵じゃん」


二人で顔を見合せ、深いため息をついた。

「顔がグシャグシャの大男が街から出た」

「…クリフトのこと?」

その気配は警護人の宿泊場をうろついているようで、まだ完全に街から離れる気はないらしいことに安心したが、ルカはいつものように穏やかそうに微笑んで歩き出した。

「迎えに行ってくるよ」

「やめておけ」

「大丈夫、もうあんなに熱くなったりしないから」

「いいんだ、もう少し一人にしておいてやろう」

俺たちは部屋に戻りクリフトを待つことにした。

その頃、シャルトゥームの街の遥か上空で起きていることなど知る由もなく。



──「なんだ、この気配を…ちげえな、存在そのものを薄めた痕跡と、嗅いだことのない生き物の匂い、これはエルフの魔力かぁ?」

「それに人間の魂の残留…しかし稀有にして異質な…」

二人の男女が街に降り積もった溶けきらぬ雪、そしてキメラの残骸の木くずを空から見渡していた。

「術式さえ完成すれば、もっと早う来れたというのに己の未熟に参るわい」

女が感情を出さずにそう呟くと、もう一人の男が両手を広げて愉快そうに笑った。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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