カルビア1
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「本当に、こんなにすんなりと?」
クリフトは開いた口が塞がらず、唖然と俺を見ている。
「クリフト、遅れないように」
「はい!」
ルカに注意され、クリフトはドタバタと小走りになった。
「クロウ様、こちらが今夜ご利用頂きます宿でございます。今、宿屋の主に話を通して参りますが…。くれぐれも貴方様のご身分は主以外に明かさぬよう、お願い申し上げます。」
「わかった」
兵士は宿の中の者を呼び、書状を渡すと直ぐに戻ってきて大きく手を叩いた。
するとどこからか二人の兵士が駆けつけ、ペガルスとユキを宿の隣にある小屋に連れていった。
しかしアメリアは不安そうにその様子を見て名前を呼んだ。
「ルンナ…」
「大丈夫!この街に入ったからには、ペガルスたちもお客さんとして扱われるから、どこの街より信用していい。もしかしたら出発する頃には、あんまり美味しいものばかりでルンナは太っているかもしれないよ?」
「ふふっ、それは困りますねっ」
ルカの話にアメリアは安心したらしく、太ったルンナを想像して笑った。
ルカの人あたりの良さと優しさにアメリアはやっとリラックスしたようだ。
そうこうしているうちに宿屋の扉が開かれ、中から出てきた店員に案内され、記帳もすることなく二階と三階のいくつかの部屋を見て回った。
「クロウ様、ルカ様、お連れ様の滞在中当宿は貸切となります。お好きな部屋をご利用ください。ご用の際は部屋の呼び鈴でお気軽にお申し付けください」
「貸切!?こんなに部屋があるのに、どういうことだ!?」
「クロウ殿は何をしたのだ…?」
クリフトとセリは頭を押さえて思い思いに混乱している。
そんな二人は放っておき、俺はマントから自分の顔ほどの袋を二つ取り出して店員に渡した。
「後から仲間が来る、それまで数日の滞在になるかと思うが足りるか?」
すると先程まで人形のように感情なく必要な仕事をこなしていた店員は、ずしりと重い袋の中身を見て目を丸くしたが、すぐに冷静に言った。
「御無礼を承知で申し上げます。私共商人の、ひいてはこの街の信用に関わりますので過度な対価を頂く訳には参りません。」
「そうか、それはこちらこそ失礼したな。では出発する時に不要な分を精算してくれ」
「かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
店員は大事そうに二つの袋を抱きかかえて受付に戻った。
すると力の抜けたクリフトは俺のマントを掴んだ。
「なんだ?」
「関わらないと約束した!けどなあ!?こんな高そうな宿屋に一人部屋は勘弁してくれ!!」
「クリフト、みっともない真似はよせ」
そんなすがり付くクリフトに注意をしたのは、いつの間にかアメリアと女同士で二人部屋確定で余裕をかますセリだ。
「そんな!…アメリアだったらこの宿屋で一人部屋にされたら嫌だろ!?」
大人気なくアメリアに助けを求める。
「はい!アストーキンのお部屋と同じくらいか、それ以上につらいです!ですよねっ、セリさん!」
アメリアはセリから離れはしなくとも、気持ちがわかると力を込めて言った。
同意を求められたセリもそこには深く、力強く頷き言った。
「確かに私もアストーキンと同じかそれ以上に絶対にごめんだが!この場合は仕方がないだろう!我慢をするんだクリフト!」
ここでアストーキンの貴賓室を引き合いに出すとは、あの目潰し部屋は二人に余程のトラウマを与えたらしい。
そんな中やはりいたたまれないのはクリフトだ。
「…仕方ない、ルカ、クリフトと同じ部屋に…」
「君がいなきゃ嫌だよ」
「ルカ様と二人で!?」
俺の提案をルカはニッコリ却下し、クリフトはルカと二人部屋と聞いて思わず拒否反応を起こした。
「…食事は俺以外の四人でとること、眠る時は仕切りを用意させるから、クリフトは俺とルカに関わらないこと。それが条件だ」
「「クロウ!!」」
ルカとクリフト、二人に同時に名前を呼ばれたが、それには真逆の意味がこめられていることがわかり、俺は耳を塞いで一番広い部屋に入った。
「…アメリア、私たちも行こう」
「…そうですね」
部屋に入ると暑苦しいマントとマスクを放り、大きなベッドに寝転んだ。
「アストーキンでも思ったけど、ヤマトは本当に図太いよな、羨ましいぜ」
部屋の遠くの方からクリフトが何やらボヤいているが、その声はどこか楽しそうに聞こえる、そして…。
「クリフト?誰の話をしてんの?」
にこにこと笑いながらルカがクリフトにプレッシャーを与えた。
しかし。
「前の旅の仲間の話ですよ、ダメですか?」
なんとクリフトが開き直ったではないか!これには俺も驚きだ。
「そりゃダメでしょ。こっちはそんなの知らないんだからな」
ルカもバッサリ切り捨てた…。
それでもクリフトは話を続けた。
「それじゃあ教えてあげますよ、ヤマトって奴がいたんです!数日の付き合いだったけどいい奴で…俺のことを兄のように慕ってると言ってくれてね!」
どこでそんなことになったのか、俺は遠い昔の旅の記憶をたどり、このメンバーならクリフトは兄のような位置だという意味のことを言ったことを思い出して布団に顔をうずめた。
「兄のように慕ってた…?君を?嘘だろ?夢でも見たんじゃないかな」
ルカは心底信じられないというように小馬鹿にした。
「ルカ様はヤマトを知らないんですよね?ヤマトは確かに俺を兄ちゃんと呼んでたんですよ!あーあ!あの頃のヤマトはスクレイド様に夜這いはかけるわ!ステハラはするわで変わった奴だったけど!属性も可哀想だったけど!!可愛げがあったのになあ!!」
スクレイドとのことは誤解が解けたはずだろう、そして俺の属性をまだ勘違いしているままなのか…そう思うと思わず反論したくなるが我慢だ。
俺は自分にそう言い聞かせ、さらに枕で頭を覆った。
「…属性?いや、てかステハラって何?待てよ、スクレイドを襲うってなんだ?」
聞きなれない単語と俺が男を襲うという情報にルカが揺らぎ、その隙を見逃さなかったクリフトはさらに声を大きくした。
そう、クリフトのストレスは限界に達しようとしていたのだ。
「ヤマトはいつも俺にかまって欲しくてバカバカ言ってきて!そのくせスクレイド様といっつもイチャイチャしてな!アメリアを抱えてスクレイド様といればご機嫌だったんだよ!」
やめろ、おいこのバカ、クリフトのバカ!
本当に誰の話だ?かまって欲しくて?お前がバカな事ばかりするからバカと言ったんだろう!と、心の中で猛抗議と訂正をするが、その声はもちろん誰にも届かない。
「その前にステハラっていうのと襲った話をしろよ!」
ルカも訳の分からぬところに食いついている場合じゃないだろう。
「勇者様はステハラを知らないんだな!ヤマトはいつも自分のステータスを見せたがって、恥じらいのないヤマトだからこそ出来たステータスハラスメントと呼ばれた伝説の技だ!」
そんな伝説も作っていなければ、それは技ではなくスキルで見せたことをお前たちが勝手に呼び名を付けただけだろう。
「恥じらい?そもそもこの世界でのステータスの扱いがおかしいんだよ、でも夜這いってのは…」
「嫌がるスクレイド様に襲いかかって、あれ?でもなんだっけな…、プレイの一環とか言ってたか?とにかくアメリアを可愛がりまくって、アメリアの保護者が怒ったほどだぞ!」
「エルフにプレイを強要、少女に保護者が怒るほどのことを…?」
ルカは困惑しチラリと俺の方を見た、気がした。
こいつらの会話は全て俺への攻撃としか思えないのだが、実はグルなのではと疑いたくなる。
なぜならダメージを受けているのは俺だけだからだ。
「属性ってのは…?」
「そっ、それは言えないけどな!!ヤマトの名誉のために!!」
「名誉がかかるほどの属性って!?クリフト!そこまで言ったなら言えよ」
ルカもバカの言うことを本気にするんじゃない。
ぶっ飛びバカと忠犬バカが、俺本人の存在を忘れて俺の知らない俺の話をしている、吐きそうだ。
「ルカ、相手にするなこっちに来い、寝るぞ」
「…うん」
呼び寄せるとルカは素直に布団に入った。
そしてクリフトも頭をかいてから自分の布団に入った。
どこまでも不毛な時間を過ごし、気づけばもう朝方の四時をまわっていた。
隣を見るとルカはもう寝ていて、前のように俺をユキか抱き枕のように使っている。
部屋の奥からはクリフトのいびきも聞こえてくる。
俺はクリフトを部屋に入れたことを後悔しながら、吐き気と頭痛を我慢して目を瞑り、少し間が空いてしまったステータスとスキルのチェックを始めた。
そこで自分の目を疑い、ルカを起こさないように布団から出て部屋を抜け出し、いくつか離れた部屋に入ると再びスキルを見返した。
「なんだ…これは…」
顔から血の気が引き、思わず独り言を呟いた。
「王都から離れている間に何が起こっているんだ…」
聡一に会わなくては。
もどかしいのは聡一と女将がいくら練習しても念話を使えるようにならなかった事だ。
離れてしまえば連絡がとれない。
しかし王と何らかの話がついてスクレイドが俺を連れ出している以上、王都で動くことも聡一に接触することも迂闊には出来ない。
[ヤマト様…]
その時、念話で頭に響いた声は…。
[アメリア…!?]
[ヤマト様!?ご無事ですか!?]
なぜ…
[無事、だよ、なんでアメリアが念話が出来るんだ?]
[良かった…!スクレイドさんに教えてもらってずっと練習していたんです!ヤマト様と話ができるようになりたくて!]
俺と話しがしたくて?
アメリアは俺が死んだと思っていたはずなのになぜ?
[私、信じてました。ヤマト様は亡くなってなんかいないって、だからずっとヤマト様に話しかけてたんです、やっぱりこの世界のどこかにいらっしゃるんですね!]
大和と呼ばれてつい会話をしてしまった…、どうしたらいいんだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。