蝶とボルダイン、商人の街
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「お前は何者だ?」
確信にせまるように尋ねるが、蝶はそんなことは気にせずにひたすら己の疑問を伝えた。
「そなたはエルフか?精霊か?」
「人間をしているが」
会話にならず仕方なく問に答える。
「まだ目を開けてくれるなよ、おそらくわたしはそなたから見えなくなってしまう」
目を開くと見えなくなる?
「たしかにここにエルフか精霊の魔力を感じたのだけど、そなたは己を人間だと言う、稀有なこともあるものだね」
この蝶が言うところのエルフとはスクレイドのことだろう。
「エルフに何か用だったのか?」
「そなたはわたしの声が聞こえる稀なモノ、またいずれまみえる時もあろうよ、わたしのために次まで死んではならないよ」
こちらの言葉は届いているのかいないのか、蝶は言いたい事だけを伝えると、肩から離れて再びふわりと舞っていった。
「マイペースにも程があるだろ」
目を開くとそこには何の痕跡も跡形もなく、奇妙な蝶はまるで存在しなかったかの如く完全に姿を消した。
気味の悪い気配の正体も掴めず、幻のような蝶に会う始末。
考えても埒が明かないので、その場を後にしてルカに合流した。
「お帰り」
「遅くなった、うお…」
テンションの上がったユキにマントのフードをくわえられ、俺はぶら下がった状態で脱力した。
そしてセリは急いでラファエルで近づいて、まくし立てるように聞いてくる。
「スクレイド様はご一緒ではないのか!?何かあったのか!?」
「全く心配はいらない、後始末を押し付けてきただけだ、合流はしばらく後になるだろう」
そう教えるとセリは胸を撫で下ろして笑顔になった。
「ルカ殿に何があったのかは聞いたが詳しくは秘密だといわれたのでつい、申し訳ない、とにかく皆無事で何よりだ」
どうやらルカは起こった事は話したものの、解決法などは一切を隠したようだ。
しかしユキが一番の功労者であるという事だけは伝えたらしく、皆は信じないながらもユキを褒めていた。
「あの、それでこの後の予定なんだが」
すっかりルカに苦手意識を持ったクリフトが挙手をし、一同はそちらを見た。
「スクレイド様はたぶんどこに居ても追いつける方だと仮定して、先に進んで次の街でスクレイド様と合流する、それでいいか?」
妥当な案に全員が頷き、俺もユキにくわえられた状態で偉そうに了承した。
「次はカルビアの街かな?」
ルカがそう言うと、クリフトは首を振った。
「いえ、あそこは審査が厳しくて、スクレイド様が居ても街に入ることは叶わなかったんだ。ルカ様は行ったことがあるんですか?」
「うん、たまにそこに派遣されてたから」
派遣という事はトールに遣わされていたという意味になる。つまり今のルカにとっては嫌でも色々と思い出す場所だということだろう。
そしてルカは顎に手を置いて考え込んだ。
「そりゃカルビアのチェックは厳しいだろうね。野宿かカルビアを通り過ぎてから遠回りになるけど他の街を目指した方がいいかもしんない」
「どういう事だ?」
勇者として何度か行ったことがあるルカすら入るのが難しいとは?
確かに今はトールの直轄ではないが、勇者という立場に違いはなく、顔が知れていれば問題は無さそうなものだが。
「えっと、カルビアは商人の権限が強い街なんだ。価値の高い重要な荷を扱ったり、預けるわけだから、とにかく信用第一!」
「商人の街か」
「商人同士の結束もかたくて顔見知り、初めは信用のある常連の商人の紹介か、余程の地位を持った者しか入れない。尚且つ宿を利用するには相当な金が必要になるって感じ」
ルカが一通り説明をすると、クリフトとセリは世知辛いと呟き、アメリアは苦笑いをした。
ならば他の町をと相談を始めた四人の輪には入らず、俺はふと眼下の道を通る行商を見てから確認をした。
「ほう…それでお前はあのじじいの使いで出入りしてたわけなんだな?」
「買い付けや商品の流れのチェックに治安の確保、名目は法関連でなんとでもね、まあ趣味のお使いに走らされてたってこと」
俺が聞いたことに対してルカは遠い目をして、信用第一と言いながらも権力には弱い街だったと思い出すように笑った。
「よし、一旦道に降りるぞ、入れるか試してみようじゃないか」
「おい、クロウ!無理だって!」
止めるクリフトを無視して、ユキを連れて先に地上に降り、行商の馬車が行列を作る中一つの馬車に近づいてガームの手綱を握る御者に声をかけた。
「店主はいるか?」
御者はフードとマスクを外した俺の顔を見ると、急いで商品の荷を積んだホロの中の店主を呼んだ。
「え!?まさか…」
ホロの中からは慌てて物にぶつかる大きな声がして、急ぎ顔を出したのはいつか医者が札束ビンタのような真似をしアキトへの土産の食材を集め、その後はそれなりに買い物をして付き合いのあるボルダインだ。
「クロウ様ぁ!?」
「ああ、商売は順調か?」
王都の外で会うことは無いと思われた人物の突然の呼び止めに、一瞬固まったボルダインだったが馬車を停めさせるとホロから降りて片膝をつき恭しく礼をした。
その様子に何事かと周りの行商が見ていくので、俺はボルダインの手を取り立たせた。
「そんな事は今までにされた試しが無いが?」
「おとぼけにならないで下さいよォ…今のクロウ様に誰が礼をせずにいられるってんですかい…」
ボルダインは情けなく訴えたが、それこそ俺が確かめたかった事だった。
「なるほど、流石に耳が早い、が。いつも通りでいい」
「はあ…、クロウ様、本日はどうなさったんで?」
まだ硬い雰囲気を残しつつも、ボルダインは御者に言っていくつか恒例のおすすめの果物を寄越してから改めて話を元に戻した。
「単刀直入に聞くが、お前はカルビアに出入りできるか?」
そう聞くと、ボルダインは商人の顔を覗かせ、自信ありげに言った。
「そうでございますねェ、あの時国医の勇者様に店のグレードにお墨付きをいただいただけでなく、その後もクロウ様が国への推薦を出してくださったので、それなりに融通も効くかと自負していますが?そこにクロウ様のお立場があれば…へへへ!」
「いい答えだ」
俺はニヤリと笑い、ボルダインもニヤリと笑った。
「ルカ殿、あの商人とクロウ殿はどうしたんだ?」
「わかんない、けど面白いからもう少し見てよう」
後ろで取り残された四人は俺から果物を受け取って、セリとルカがそんな話をしている。
「さてボルダイン、俺の望みがわかるな?」
「もちろんでございますよォ、こちらの手形をお持ちください、今書状をそえますのでお待ちを」
渡された手形と呼ばれるものは、木札に術式が施され、本体には多くの名前や印が捺されている。
「これは、初めて見るな」
「商人の仲間内の遊びでございますよ、クロウ様のご希望を叶えるには十分な物ですがねェ、赤いハチマキの門番にお見せ下さい」
「赤いハチマキだな…助かった。これは礼の推薦だ、手続きをしてまた商売に励んでくれ」
木札と書状を受け取ると中身を確認し、こちらもマントから薄い紙を出してサインをして渡した。
それを見たボルダインは歓喜に身をよじらせ、大仰に礼を言った。
「ありがとうございます!」
「ああ、引き止めてすまなかったな」
「とんでもございません!!またご贔屓にどうぞォ」
ボルダインは頭を下げ続け、俺は軽くてを挙げてから四人の元に行った。
「え、今の笑っていいところ?」
「笑うところがあったか?」
ルカが笑いをこらえながら俺の持つ木札と書状を覗き込み、それが何かわかると笑いながらなるほどと頷いた。
「待たせたな、説明は省くが今夜の宿が決まった。空路でカルビアに行くぞ」
「は、はい…」
「クロウさん、すごいです!」
セリはとりあえず言われるがままラファエルに跨ると飛び立ち、アメリアも理解は出来ていないものの事態が好転したことを喜びルンナで空に駆け上がった。
「え!?」
クリフトは与えられた果物を食べていたが、状況についていけずにブティシークに跨り急いで仲間の後を追った。
スクレイドの魔法がなくペガルスたちには途中に回復をかけてやり本来の速度で休憩も取らずに走り通し、夜中の二時をまわった頃カルビアの街に到着した。
街の防壁は立派だがそれほど高くはなく、その代わりに警備に雇われた兵士がひしめいている。
店主だけが入ることを許されるため、街の外では外で待機する護衛の者たち専用の宿屋兼食事処が建ち並んで、どこからどこまでがカルビアと呼ぶべきかと不思議な光景があった。
セリは周りを見渡して訝しげに口を開いた。
「ここに、本当に入れるのか?」
「まあまあ、大丈夫だと思うよ?」
ルカは呑気にそう返すと、キョロキョロと周りに気を取られているアメリアの手を優しく引いた。
「あっ、ごめんなさい、ルカさん」
アメリアは恥ずかしそうに謝ったが、ルカは笑顔で問題ないと言ってそのまま歩いた。
クリフトは相変わらずルカが苦手なようで、その後を大人しく歩いた。
外の宿屋を通り抜け、赤いハチマキの兵士を探すと、一際目立つ派手な金の鎧に身を包み、兜の代わりに頭にハチマキを巻くアンバランスな男と目が合った。
「これを」
ボルダインから受け取った木札と書状を渡し、俺がマントから出したものを一目確認すると男は木札に手をかざして頷いた。
「手形はお返し致します、書状はお預かりします、中へどうぞ」
そう言われ、あっさりと街の中に通されると男は深々と頭を下げてから街の中の兵士に引き継いだ。
同じく赤いハチマキを巻いた兵士は書状を確認すると、かしこまって礼をしてから宿屋へと案内をした。
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