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ギスギス

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。


この世界では皆が知っている常識かと思いきや、生き物のほとんどが魔力という特性を持つことを知らない者もいる。

そんな偏った知識で非常識扱いされるとは心外だ。


「…だってさ!」

「あ?」

ぼんやりとそんな事を考えていると、ユキが飛びつきルカが何かを話しかけていたらしいことに気づいた。

「聞いていなかった」

「ハイハイ、今日はこのまま南に進んだ先にある、シャルトゥームって町に泊まるらしいよ」

「そんなもの…」


俺は本日何度目かのため息をついてから、これみよがしに言った。

「このメンツじゃなければとっくに目的の村に到着して作業など終えただろうな、村が大事じゃないのか?旅行気分なら他でやってほしいものだな」

「それは一理あるな、まあ気分転換だと思えばいいじゃん?」

ルカはいつも通りの嫌味にも慣れたもので適当に流して宥めたが、会話が聞こえていたクリフトは露骨に嫌そうな顔をしてこちらを睨み、セリとアメリアは足でまといを自覚して静かになった。


「それよりルカ」

「なに?」

「あまり俺から離れるな」

いちいち絡むクリフトと、そのやり取りを止めるでもなくただ傍観するスクレイドが鬱陶しいことこの上ない。

その後誰一人喋ることなく目的の町に辿り着いた。

ルカ曰く、このシャルトゥームは王都から近いため、旅人に冒険者や行商が行き来する有名な街なのだという。


言われてみれば王都ほどではないにしろ、防壁はそれなりに高さがあり、頑丈な造りに防御と結界の術式まで施されている。


大きな門に見張りも多く、各方位に築かれた塔のような見張り台には煌々と明かりが灯されている。

ユキを術式で部屋に帰らせてから地上に降り立ち、街に入るための審査の門の行列に並ぶと、どこかで聞いたことのある声に呼び止められて振り返った。

「シス殿!」

そう声をかけ、走ってきたのはルカが出場した日に同じく労働環境の改善を要求し、切り捨てられる為に英雄祭に出された異世界人のうちの一人、飯浜だった。


「こんな所でお会いできるとは!いかがなさったのですか!?」

しかし話す声は震え、目は若干潤んでいる。

俺が一度会ったこの男はもう少し知的で落ち着きのある印象だったが、人違いかと思い直した時。


「あの時の足は国医殿の采配でこの通り、元通りに治療して頂きました!」

やはりあの時の男に間違いはないらしい。


「それは良かったな、そういうお前はここで何を?」

たしかルクレマールとの国境を見張る兵士として配置されていたはずだが。

「はい、今はこの街に行き来する主要人物や荷物の警備に派遣されております!王都では大変な襲撃があったと聞きましたが…シス殿がご無事で何よりです!」

「そうか、あんたも元気そうで良かったな、持ち場が変わって不便は無いか?」

そう聞くと飯浜は何度も頷き、感極まったように俺の手を握った。


「お陰様で…本当に充実した日々を送らせて頂いております、あの噂が本当だったとは思いもせず、今ではシス殿に刃を向いた自分を恥じています…ありがとうございました!」


“あの噂”それは俺が英雄祭に出る際に聡一が広めた、英雄祭は異世界人の処刑場であり潔白であれば見逃されるという話。


少数だが知るものはいても信じる者はさほど多くはないことはわかっていたが、飯浜はその事を元々聞いたことがあるような事を言っていた。

そして試合後にその噂をこの上なく実感していた。

「俺は何もしていない」

「はい、だから私はこうしてここにいられるのです。中峰…あの時一緒にいた者も今は元気にしています」

「…そうか」


飯浜は涙を拭い何度も礼を言って、最後に深々と頭を下げ仕事に戻っていき、隣でルカが額に手をあてながら苦笑いをした。

「まじ耳が痛いよ」

「だろうな」

そうして少しすると門の方から兵士が数人やって来て、手に持ったメモと俺を見比べた。

「シス様、でございますか?」

「お前は?」

聞くと兵士たちはかしこまり、行列からでるようにと促した。

「イイハマ様から言付かっております、貴方様をお待たせするわけには参りませんので、このまま街にお入り下さいますよう、ご案内致します」


どこまでも目立ちたくない俺の気持ちはルカによって却下され、スクレイドとクリフト、セリとアメリアを連れて列から抜け出し兵士の後を歩いた。

しかしクリフトは飯浜との話が聞こえていたのか、首を傾げて注意した。

「人違いだろ?さっきの人が言った名前はクロウ様じゃなかったのに、誤解を解かずにズルをして通るのか?」


するとスクレイドとルカが同時に吹き出した。

「ぶっはーーー!!クリフトくん!大丈夫大丈夫」

「ふっ、あははっ!!やばい、ツボった!」

スクレイドは問題ないと言い聞かせ、ルカはひたすら腹を抱えて笑っている。

事情を知る二人に笑われ、馬鹿にされたと思ったのかクリフトは俺を見た。


「仕事柄、そう名乗る時もあるというだけだ」

「っへぇー!クロウ様はいくつ名前をお持ちなんだか」

悪い事をしているわけではないと説明をしてやったというのに悪態をつくとは。


そういえばクリフトは昔ノーラの件でも話を整理しようとする俺に誰の味方かというような事を言っていた。

元から素直で悪い奴ではないのだが、そのこだわりが自分に向くのがこれほど面倒だとは。


昔のアニキ然としたクリフトはどこか記憶の彼方に消えていった。


そうか、もうクリフトは俺より歳下という事になるのか。

するとクリフトと俺の間に早足で割り込んだのはセリだった。

「クリフトあまり絡むな、人目もある。騒ぐ余裕があるなら病み上がりのアメリアの様子も見てやってくれ」

ピシャリとクリフトを叱り、後ろにつくアメリアをクリフトに任せると、そのまま俺を見ることもなく進んだ。


同じく関わらないと宣言され、それに納得していなかったセリがクリフトを諌めるとはどういった心境の変化なのか。

案内されるまま門を通り抜けて街に入ると、兵士は飯浜に言われたという宿屋を紹介してから去っていった。


そこでセリは三頭のペガルスをクリフトに押し付けて預けに行くように言い、アメリアの手を繋いで先頭をきって宿屋に向かいながらルカに確認した。

「部屋は空いていれば三室でいいだろうか?」

ルカはこちらをちらりと見て、俺が頷いてみせるとセリにそのようにと頼んだ。


一通りの記帳を済ませ部屋の鍵をもらうと、セリはそのうちの一つの鍵をルカに渡した。

「勇者様には申し訳ないがあまりいい部屋は取れなかった。ここは男女別の大浴場になっているので私とアメリアは荷物を置いたらすぐに向かうが、夕食の時間は決めておきたい、いかがだろうか?」

「俺たちの飯は部屋で…」


俺がそう言いかけるとセリは首を振った。

「この街の宿はどこも宿泊だけだ、食事は宿の外で店を見つけることになる、そうして分業する事で成り立っている街なのをご理解頂きたい」

そう説明すると遅れてやってきたクリフトがまたもや突っかかるように割り込んだ。

「勇者様とクロウ様の権限でなんとかなるんじゃないか?」

「クリフトさん、どうしたんですか?せっかくご一緒してるんですから…」

さすがにそれを止めたのはアメリアだ。


出発前からの空気の悪さに気が付かないわけもなく、居心地悪そうにもなんとか我慢していたようだったが、これから数日同じことが繰り返されることは想像にかたくない。


加えてクリフトの態度はアメリアの知るものとあまりに違いすぎることに不安を覚えたようだ。

同じくそんな空気に耐えられなくなったルカも諦めたように両手を挙げ肩を竦めて言った。

「わかった、オレたちは気にせず君たちだけで食べてきなよ」


しかしクリフトは納得せず、その妥協案を否定してアメリアとセリに訴えた。

「協調性がないのはどっちだと思う?順路に予定、そんな大事な話し合いさえ放棄するのは旅に支障が出る!もっとも勇者様たちにとってはこんな旅は些細な事なんだろうさ、でもな!そんな些細な旅でも命を落とす弱いものだっているんだぜ?」


ルカはクリフトの協調性とやらの意図を知り、困ったようにセリとアメリア、そして俺を見たが、俺はアストーキンの宿場町で宿屋を抜け出し酒屋に入り浸っていた奴が言うと説得力がない、とは思ったが口には出さずにまたため息がもれた。


全く何をそんなに熱くなる事があるのか、スクレイドは話の成り行きを見守るばかりで口を挟むつもりはないらしい。


憤るクリフト、困り果てたルカとセリ、悲しそうなアメリアの視線は自然と俺に集中した。

「…わかった、一時間後に宿屋の前で待ち合わせ。店は任せる。それでいいか?」

観念して俺がそう言うとセリが軽く頭を下げてクリフトを引っ張り、アメリアも後を追っていった。


そして表情一つかえずにゆっくりと背を向けたスクレイドに一言言わずにはいられない。

「傍観を決め込むのは楽だろうな、それとも楽しんでいるのか?だがクリフトの手網はお前が握れ。それが俺を同行させたお前の最低限の責任だろう」

「おたくの言う責任というならその通りだねぇ、でもクリフトくんは何か間違ったことを言ったかい?」

「そんな事は問題じゃない、ルカとセリを困らせアメリアを不安にさせておいて何が協調性だって?」

「だけどねぇ…」

「スクレイド」

言いかけて名前を呼ばれたスクレイドは俺を見て笑顔を崩した。


「…なにかなぁ?」

「俺にはやることがあると言ったはずだ、これはクリフトの為に言っている」

それは暗に邪魔をするなら容赦はしないと、そんな意味を込めた言葉に再びスクレイドは笑顔を作った。


「…うん、肝に銘じておくよ」

去り際に軽く振り返ると相変わらず読めない笑顔の裏に僅かに哀愁を漂わせてスクレイドは部屋に向かった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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