脱、王都
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
冷たいタオルを顔に乗せて、いつものソファに寝転んで声をかけた。
これはやってしまったのだろうか。
「欠点は何とかするから待て、飛ぶ前に念話をすれば解決か?違うな…座標を俺から3メートル圏内にいじって…、どうしたらいいもんか」
術式の改善にいい案が浮かばずうなっていると。
「オレたちが付き合うってのはどうかな?いやまじで」
まだ転送座標で悩んでいると思われたルカからは、突拍子もなく奇妙な提案が聞こえた、気がした。
頭だけを起こしてタオルがずり落ち、そちらを見るがルカは至って真剣そのものだ。
「いや、まじで何を言っているんだ?」
少々テンパってルカの言葉が移ってしまったが、本当にこいつは何を考えてそんな馬鹿なことを言い出したというんだ?
その疑問にやはり真剣な面持ちでルカはじっとこちらを見つめて言った。
「そしたらさ、旅の道中オレたちに話しかけにくくない?」
「それは…」
女将さんと全く同じ思考パターンじゃないか。
実際それで観光案内と称して協力してもらった事があるので、その発想自体を否定することはできない。
「ルカ正気か?男同士、なんだが…」
一応確認をするがルカはそれこそ狙いだと言う。
「だから余計に近づきにくいじゃん」
なるほど?
いや、納得してどうする。
「それはお互いの今後に支障がでないか?お前のファンが泣くぞ」
もちろんここで言うところの今後とは、妙な噂が広まることやそれによって誤解を受けた場合の面倒な事態を収拾する手間のことなのだが。
「先のことよりこの旅を乗り切った方がよくない?」
「なるほど?え、うん?」
それは名案なのか迷案なのか、ルカの勢いに押され少しずつわからなくなってきた頃、バーチスとベナンの気配がして少しすると扉が叩かれた。
「クロウ様!お荷物をお届けに参りました!」
以前突き放した言葉を律儀に守り、その言葉遣いは完全にただの一介の兵士としての立場を貫いている。
「ドアの前に置いといてくれる?今取り込み中だからさー!ごめんねー!」
代わりに返事をしたのはルカだったが、裏門を二人で通ってきた時に顔を合わせていた為か、バーチスたちには驚く様子もない。
「かしこまりました!失礼します!」
そうして荷物を置く音がして足音が遠ざかるとルカは荷物を部屋に入れて笑った。
「さっきの服、箱に入るとまじですごい量だね」
「かさばるな…最初からあいつらの宿屋に届ければ良かったか」
「それは出発前にこんな荷物持たされたら嫌がらせじゃん」
それもそうだ。
「…村に着いたら渡すか」
そうして荷物はマントの空間術式に仕舞い、ルカも渡した黒い宝石の術式で自分の部屋に戻った。
出立は明日、ルカを巻き込んでしまったのは申し訳ないが、心のどこかで安心している自分がいることも確かだった。
ルカを信用したことはない、しかしスキルの誓約によってあいつが俺の事を他人に明かすことはできない。
“死んでいない”それだけがルカを側に置き、手合わせに生活にと立ち入らせる唯一の理由だ。
スキルの作動を定期的に確認するが、魔力や誓約に乱れはない。
何が目的で旅に同行しようとしているのか、真意はわからずとも生きているならばそれでいい。
それはルカ自身が一番分かっているはずなのだから、今はただお互いに気心の知れた友人のように振舞おう。
いつか来るかもしれない別れのその時まで。
―その日宿屋から出てまず挨拶したのは眠そうなスクレイドだった。
「おはよう、今日からよろしくねぇ~」
その後ろには俺と目を合わせようとしないクリフト、そして時折何か言いたげにこちらを見つめるセリと、完全に体調が戻ったらしいアメリアがいる。
「紹介が遅れたが今回同行する事になったルカだ。勇者なので役には立つだろう」
俺はその場から動くことなく一歩後ろに控えたルカを紹介した。
「はじめまして笹井ルカです、よろしく」
セリとクリフトは勇者と聞いて驚いているようだったが、頭を下げて挨拶を交わした。
アメリアはしっかりと礼をするとルカに言った。
「王都も大変な時に私たちの村に勇者様が来て下さるなんて、本当になんてお礼を言ったらいいのかわかりません、よろしくお願いします!」
その場の誰よりもしっかりしたアメリアを見て、ルカはニッコリと微笑んだ。
「よろしく、ルカでいいよ」
「そ、そんな失礼なことはできませんっ」
二人の間にはふわふわした空気が流れ、俺はそれを断ち切るように一人正門に向かって歩き出すと、残された一行も慌てて後を追いかけた。
「アメリアは病み上がりなんだ、もう少しゆっくり歩いてもいいんじゃないか?クロウ様!」
いつの間にか隣に並んで歩くクリフトはこれでもかと名前と敬称を強調した。
しかし俺を押し退けるようにルカが割り込み、何も知らないような顔でクリフトに質問をした。
「アメリアちゃん、どこか体調悪いの?」
「え、あの…」
聞かれたクリフトはなんと答えたものかと一瞬躊躇し、その会話が聞こえていたアメリアは申し訳なさそうに訂正した。
「いえっ、確かに熱が出て皆さんにご迷惑をおかけしてしまいましたが、今はもう大丈夫です!すみません」
クリフトは俺に対する当てこすりにアメリアを出してしまった事を後悔し少し後ろに下がった。
自滅に追いやるとは、ルカもなかなかやるな。
しかし二人ともアメリアを使うのはやめろ。
そして正門で手続きをし、それぞれのペガルスを預かり所から連れ出してからふと困ったようにこちらを見た。
「あの、どちらかペガルスを手繰ることはできますか?無理そうでしたら別れて乗っていただく事になりますが…」
セリが心配そうに聞いた時。
「問題ない、ユキ!」
俺が声をかけると目の前に召喚陣の術式が展開され、そこから勢いよくユキが飛び出した。
「ガ、ガーム!?」
「それより今どこから…」
クリフトはガームと思われるユキに戸惑い、セリは巨大なガームが突然出現した仕組みに首を傾げた。
ルカが乗り出発の合図を出すと、ユキは力強く大地を蹴り、そのまま空へとかけあがった。
「ガームが、飛んでる…?」
唖然とするクリフトはブティシークに跨ったまま空を仰いでいたが、後ろに乗るスクレイドにつつかれて慌てて出発した。
そこでセリは気まずそうに俺を見た。
「俺のことなら気にするな」
「えっ、ヤ…クロウ殿!?」
そうというと、適当にユキの横にならんで飛んだ。
「にゃあーー!」
ユキはルカが出かける際に定期的に防壁の外に出てはいたが、俺が共にでかけるのは初めてだったせいか興奮気味だ。
「ユッキーよかったね」
ルカは張り切るユキを撫でて笑っている。
ユキが先導する形でセリはラファエル、アメリアもルンナで飛び立ち、あっという間に王都が小さくなっていく。
そんな中俺は50センチほどもある猫じゃらしのような見た目の玩具を取り出して、ユキの目の前で数回揺らしてから遥か前方に投げ、それを狙うユキの目がギラリと輝き加速した。
「うっわ、今それやる!?オレ乗ってるんだけど!」
ルカから文句が聞こえたが俺は知らん顔して後を追った。
「え!?早っ、勇者様とヤ…クロウ様が見えなくなっちゃいましたよ!?」
クリフトが慌てて言うと、スクレイドはやれやれと来た時と同じようにペガルスたちに風の魔法をかけた。
そしてユキはお目当ての玩具をキャッチすると、空中でごろんごろんとじゃれて遊びだした。
当然の如く空に放り出されるルカ。
しかし落ちることなくユキに見えない何かで繋がるように、付かず離れず引っ張られるように飛行して俺を見てニヤリと笑った。
「君が玩具を出すならこっちはおやつだよ」
懐から燻製肉を取り出して気を引くと、ユキは玩具を咥えたままおやつも欲しがり、その二人と一頭は重力を無視して、速度を保ちながらもまるで地上で遊ぶようにユキを囲んで遊び転げている。
やっと追いついたセリとアメリアはソワソワして羨ましそうに見つめた。
「あのっ、そちらのガームに触ってもよろしいか?」
「いいよ、ユキって名前だけど、ユッキーって呼んでくれると喜ぶよ」
お前とベナン以外でユッキーと呼ぶやつは見た事がないがな、と心の中で突っ込む俺の代わりにルカが許可を出すと二人の表情が明るくなった。
まずセリがラファエルで近づくとたまらず手を伸ばした。
「空を飛ぶガーム、…ユッキーは初めてだ!それもこんな巨体は初めてだが…可愛らしいものだな」
「にゃーー!」
「鳴き声も変わっている…」
それもそのはず、ユキは俺の生命の力の影響ですくすくと育ち今や全長は4メートルを超えるが、なぜか声は猫のまま甘えたの極みに育ってしまった。
女の子なので体重は秘密だ。
ルカは人に聞かれたらポポン三個分と言っている。
「わ、私も良いでしょうかっ」
近づいたアメリアも楽しそうにユキに手を差し伸べ、ラファエルもルンナも近づく時は羽ばたくのをやめ、翼が当たらないようユキと喧嘩をすることなくじゃれ合い、時に競争をして仲が良くなったようだ。
俺は距離をとってその様子を遠くから見つめながら四頭に疲労回復の魔法をかけた。
「空を飛ぶガームなんて聞いた事ないけどよ、またどんな非常識な奇跡を起こしたんだ?クロウ様。それにあれは騎獣じゃないのか?」
「…乗るために連れてきたんじゃない、飛行はユキ自身の魔力だ」
ブティシークで近づいてきたクリフトは不機嫌そうに尋ねたが、俺は目も合わせず答えるとスクレイドが穏やかに言った。
「ペガルスも魔力で飛行しているから、似たようなことかなぁ」
驚いたのはクリフトだった。
「えっ!?ペガルスに魔力があるんですか!?」
俺は思わずため息をついた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




