出発準備
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
だが、俺には理解できずとも聡一まで出向の条件を出すとは何か意味があるのだろう。
「大和、オレたちは汚れ仲間なんだろ?」
ルカはにっこりと笑ってそう言った。
スクレイドといい、この三人といい、今回の旅に俺の意思が尊重されることはとことん無いらしい。
「わかった。ルカ、俺ができるだけあいつらと関わらないように助けてもらえるか?」
そう言うとルカは嬉しそうに頷き、聡一と女将も温かい眼差しで微笑んだ。
「あと、ルカには買い物に付き合って貰いたいんだが、頼めるか?」
「買い物?」
翌日向かったのは異世界人が営む高級店のある大通り。
「女性物の服屋…」
店の看板とガラスケースの展示品を見比べてルカは店の入口で立ち止まった。
「一人じゃ入りにくくてな」
そう言って俺が男らしく扉を開けて先陣を切るように店内に入ると、中から二人の女の店員が出迎えたが、俺の後ろに立つ男を見るやいなや小走りにその周りを取り囲み親しそうに挨拶を交わした。
「いらっしゃいませー!ルカ様!お久しぶりですね!」
「えっ、ルカ様!?きゃあー!お元気でしたかぁ?」
そんな騒ぐ女店員に一切動じることもなく、ルカは平然として俺を紹介した。
「オレはただの付き添い、服が必要なのはこちらの人ね」
そこでやっともう一人来店していたことに気づいた店員たちは、マントのフードとマスクで顔がわからず、得体の知れない俺を上から下まで何度も見て一瞬顔をひきつらせた。
「お、お客様にご満足頂ける品があればいいのですが…」
「俺が着るのではない」
なぜ俺のものだと思ったのか、とりあえず要件をさっさと済ませることにする。
「服を見繕ってくれ」
「贈り物でございますか?」
「ああ、このくらいの身長の細身の女の子で、動きやすく質のいいもので…少しサイズに余裕があると良いな、あと…」
言いながら腰の辺りに手を当て、次に未だにルカと会話を楽しんでる店員を見た。
「ちょうどそちらの女性と同じくらいの背格好なんだが、派手過ぎず女性らしいものを。あわせて二人分出来るだけ多く頼む」
「かしこまりました」
すると店員は頭を下げ、もう一人を呼び寄せると大急ぎで服を集め始めた。
俺が注文をしたことを確認すると、ルカは店内の椅子に座り、足を組んでまったりと待っている。
その様はこれがデートと呼ばれる女のウインドウショッピングならば、服を選ぶ女にプレッシャーを与えない適度な距離感と常に見守るような視線は慣れたもので、どんな相手だとしても気を悪くさせることは無いだろう。
忙しなくあちこちから服を取り、合わせてはまた選ぶことを繰り返している店員を見ながらそろそろとルカの隣に座った。
「ルカはこの店に来たことがあるのか?」
「うん、朧月の女の子たちの荷物持ちで何度か来たくらい」
そんな話をしていると、店員が会話の邪魔にならないよう遠慮がちに俺に見える位置に服を向けるので、さりげなく頷いて見せるとルカは驚いたように俺を見た。
「女性に服を送る発想があったのにもビックリだけどさ、大和もなんか慣れてない?」
「女の買い物に付き合うのはな」
俺自身はデートなどしたことは無いが、姉や母の買い物に荷物持ちで付き合わされ、選ぶ間に他の男性陣に混ざりショップから数歩離れた位置でスマホを弄っていたところ、何度も呼ばれては感想を聞かれ、正解の答えを出さないと地獄が待っているという面倒な思いを嫌という程経験していた。
それも今となっては懐かしく微妙な思い出だ。
「お待たせしました!こちらからお気に召すものをお選びください」
少し汗をかいた店員は、上下それぞれ二十着ほどを二セットと靴や小物を用意した。
中にはサイズ違いの揃いの服もあり、関係を聞いていない割に気が利くものだと感心した。
「これだけ選ぶのは大変だっただろう」
「とんでもありません!それでこちらなのですが、このスカートと合わせると…」
そうしてコーディネートや着こなしのポイントを説明することも忘れないプロ根性。
「よし、全て包んでくれ」
「…はい?」
先程まで意気揚々と語っていた店員は驚いた、というより呆れたようになり、またも笑顔をひきつらせた。
そこで口を開いたのはルカだった。
「大和、せっかく選んでもらったのに…」
「何か問題があったか?」
そう言われてルカと店員二人を見ると、どうやら俺が興味なく適当に言ったと思われたらしく、ここまでプロ根性で服を頑張って選び、顔を隠して表情も読めない相手に快活に振舞っていた店員もさすがに疲れを見せた。
仕方なく最低限のマナーと思い、フードとマスクを取って改めて店員を見て言った。
「誤解させてすまない、頼んだ希望にそうよう考えて集めてくれた服はどれもいい品で…俺としては相手に似合うと思う、だが好みがわからないものでな、それに女性の服はいくらあっても足りないだろう?だから選んでくれたものを全部頂きたいのだが、かまわないか?」
すると素顔をさらした途端に店員二人は目を見開いて興奮して頬を染めた。
「ク、クロウ様!?」
「俺を知っているのか?」
「それはもう!!真実の断罪者クロウ様とは存じ上げずに失礼を…!私は二桁会員なんですっ!キャーー!急いでお包みします!」
「わっ、私も三桁ですがクロウ様のご活躍、本当に心から尊敬してますっ!」
処刑人として有名なのは諦めたが、この態度の豹変ぶりはどうしたわけなのか。
そして先程までのプロフェッショナルはどこへやら、梱包する手は素早く丁寧だが、時折こちらを見ては満面の笑みになる。
数段階知性が欠けたようにも見えるのは気のせいだということにしておこう。
そして袋に入れた手をそのまま掴んだ分の金貨を渡し、必殺の「釣りはいらない」を発動させて、荷物を森の家に届けるよう手配した。
店を出るとどこか機嫌の良さそうなルカは鼻歌を歌って隣を歩いた。
「大和は意外と遊び人だったんだな」
「どこがだ?そもそもお前に言われたくない、それにしても…まさか化粧もしていない顔が知られているとは思わなかったな。それより二桁とか三桁とか、なんだったんだ…まさか処刑を見た回数…?」
とんだグロ好きの女たちだと引き始めた時、ルカが頭を掻きながらその考えを断ち切った。
「違うって、真実の断罪者ファンクラブの会員ナンバーの事じゃん?若いナンバーほど早くに目をつけたってアピールしたっぽい」
「ふぁっ…え?」
思わず奇妙な声がでて、ルカの顔をまじまじと見返したが、どうやら冗談では無さそうだ。
「ファンクラブ、知らなかった?」
「…死刑執行人にファンクラブ…、ルカ、俺はやはりこの世界が肌に合わん」
「ちなみにオレも三桁だよ?割り込みだけどね」
お前も入っているのかと叫びかけて言葉にならず、その存在自体を頭から消すことにした。
「これは例のアメリアちゃんたちに?」
「ああ、そもそもアメリアが兵士に絡まれたのも、服を見て田舎ものだとなめられたからだろう」
今後は知らないが、もしまた村を出る用事があればそれなりの格好をさせておくに越したことはない。
しかし一人だけにというのもアメリアならば気を遣ってしまうだろう。
セリもあれでいて女性らしいものを好むのだからちょうどいい。
いつ着てもいい、それが色々あった王都でいい思い出の一つにでもなってくれたら。
「それじゃあ帰るか、付き合わせてすまなかった」
「え?大和の旅支度の買い物は?」
早く家に帰ろうと歩調を速めたところでルカにマントを捕まれ引き止められた。
「毎日帰ってくるんだ、その必要はない」
そう言うと森の家に帰り、久しぶりにポポンジャムを作り始めた。
しかし着いてきたルカはテーブルに座り、こちらを見張るように説明を待っている。
「俺はスキルの【転送】でどこにでも飛べる」
気まずい空気にやっと口を開くと、ルカは今まで突然降って湧いてきたことのある俺の姿を思い出し、納得したようだ。
「そんなに遠くまで行けんの?」
「距離は試してないが、まあ使っていないだけで他にも移動手段はいくらでもある。何せ効果の被るスキルも多ければ使い道が思いつかない物もあるからな」
「何でもアリだと思ったら宝の持ち腐れにもほどかあるね」
そう言われ反論できずに壁に掛けてあったマントから一つの青い宝石を取り出してルカに渡した。
「これは?」
「そこに術式を仕込んである。お前とユキ限定だが、それを身につけて魔力を注いで発動させればいつでも王都に瞬間移動できる、座標はお前の部屋だ」
「転送の術式!?こんな小さな物に…聞いた事ないってそんなん」
「それはそうだろうな、少し新しい術式を考えて組み込んでみた」
「術式を…新しく作り出したって…!?」
「大袈裟だ、俺は術式と相性がいいらしい、それだけだ。欠点は王都のお前の部屋と俺のいる場所の二点しか座標が無いことだ」
「十分すごいのに、それは欠点なのか?」
どこまでも理解の追いつかないルカはキョトンとして首を傾げた。
「つまり、お前が急に俺のところに飛ぶとする」
「うん」
「しかし俺が風呂やトイレに入っていたらどうなる」
自体の深刻さを察したルカはテーブルに肘を付き、自分の顔の前で指を組んでうつむき加減に呟いた。
「とんだ欠陥品じゃん…」
「だろう?」
二人で沈黙していると、果実の煮立ついい香りが漂った。
焦げつかないようかき回し、甘味料と柑橘系の果物の絞り汁を入れて出来上がりだ。
香りを満喫するルカとは正反対に、キッチンに立つ時間が苦痛の俺は完成と共に風呂場に駆け込んだ。
しかしルカは追いかけてくる程不粋ではなく、何も見なかったようにユキを呼んで遊び始めた。
吐き気が治まり、軽い目眩を残す頭を押さえながら部屋に戻ると、ユキと遊んでいるというのにルカの表情は冴えない。
ここまで読んでくだりありがとうございます。
 




