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エルフとは

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

「…なんだって言うんだ」

「ヤマト、あの時消えたはずなのに、なぜ今クロウ様としてここに居るんだ?」

「さっきも言っただろう?俺が知りたいくらいだ…それともわかるまでついてまわる気か?」

思わず苛立ちながら席を立ち、クリフトに近づいて睨みつけた。

「ヤマト…」


昔はかなり大柄だと思っていたが、今の俺とクリフトに身長の違いは10センチもない。

本当に、もうあの時とは違うのだと嫌でも思い知らされる。


一方クリフトは迫力のある顔に睨まれてたじろいでいる。

「俺のことは忘れてくれと言ったはずだ、ここでやる事がある」

「ヤマトは王都も知らなかったのに、一体ここで何をするって?」

「…そうだな、俺は無知だった。だが王都に行くという目的が果たされた今お前たちに用はない、わかるだろう?そして俺はクロウだ、間違えるな」

「そんな言い方…本気なのか!?ヤマトなんだよなぁ!?」


この問答に答えはない。


「そうだな、強いて言うなら大和だった事がある、それだけの別人だ」

ますます訳の分からない答えにクリフトは肩を落として退散した。

入口でその様子を見ていたスクレイドも仕方なくクリフトに付き添って行った。


その後は余計なことを考えないよう、時間も忘れてただひたすら本を読み漁り、家に戻ると忘れないうちにとひたすら術式を紡ぎ出し、部屋の中には様々な図式が浮かんでいる。

それを組み合わせると完成のはずなのだが、散らばった魔力の光を組み合わせて黒と呼ばれる術式が次々に形を変えていくと、それなりの効果を持つものにはなったが何かが足りない。


暗い中に浮かぶ魔力の線、部屋中に散らばった術式を吸収して手のひらを見つめる。

違うのは文様や組み合わせだけではない、決定的に足りないものがある。

それを知っている。

「こんなものを作るんじゃなかった」

ポツリと呟いた言葉は闇の中に消えていった。




その頃、王都内の宿屋ではアメリアがぼんやりと窓から星を眺めていた。

突然の高熱に意識はなかったが、夢の中で確かに自分を呼んだ声が聞こえた。

額には大きな手の温もりが残っている。

回復して目覚めると白ばかりの部屋に見たことない機材と、隣にはベッドのそばで床に座って自分の手を握ったまま眠るセリがいた。


アメリアが起きたことに気づいたセリは、心から安堵して微笑んでくれた。

そして手の中には細く小さい透明な結晶があり、持っていると暖かい魔力の流れを感じて心に何かが湧き上がる。

その魔力はセリやクリフト、スクレイドではない事がわかっていた。

それでも誰に聞いても看病していたのは自分たちだけだと言うが、確かにいたのだ。

朦朧とした意識の中で光とともに手を差し伸べてくれたあの人が。

「また、助けてくれたんですね」

小さな声で結晶に呟いた。


「アメリア、体調はどうだ?」

ドアをノックされ、そちらを向くと入ってきたのはセリだった。

「はい!もう大丈夫です、ご迷惑をおかけして、すみません」

セリは首を振って謝るアメリアの頭を軽く撫で、スープと飲み物を差し入れた。

「迷惑ではないよ、心配はしたがな」

そう聞くといっそう申し訳ない気持ちになり、あの夢の中で会った人の事を聞くことが出来なかった。


「この水晶は持っているようにとスクレイド様が仰ったが、何か変わったことはないか?」

「はい、これを持っていると安心します、ありがとうございます!」

握った手を開いて手の中の水晶を見せると、セリはアメリアの手を上下から両手で包み、再び水晶を握らせた。

「私は何も出来なかったよ、すまないアメリア」

「そんな、セリさん…」

その謝罪に込められたものは二つあったが、きっとアメリアは知らない方が幸せだとセリは考えた。

今のあの人に突き放されたら、傷つくのはアメリアだと。

そして自分自身も未だに信じられずに戸惑っていた。


アメリアの危機に駆けつけ救ってくれたあの人と、数日前まで行動を共にしていた者が同一だとはどうしても思えない。


あの治癒魔法を見た今でも、手は無意識に昔の傷跡があった左目を覆い、それでもあの人のことを考えると違和感が押し寄せる。


時間や見た目の問題ではなく、もっと深いところに決定的な違いを見出していた。

それは自分と同じ匂い。

今はただアメリアが回復しこの笑顔にまた会えた、そしてスクレイド様が大丈夫だと言うのだから、それ以上は不要なのだと切り捨てるしかない。

「あの、スクレイドさんとクリフトさんは?」

アメリアに聞かれ、考えまいとしていた事に思考を巡らせていたことに気付き、アメリアの手に残していた右手だけを少し揺らしてから離した。


「スクレイド様はともかく、クリフトはまたどこかをほっつき歩いているんだろう、アメリアも明日には外に出れるから安心して、今夜はそれを食べたらもう休もう」

「…はい、わかりました」

セリのそんなどこかぼんやりとした様子に、アメリアは言葉を飲み込んだ。



──夜が明けて、寝たり起きたりを繰り返して何度目かに目覚めた時、ソファから落ちた右手にふわふわした毛の感触があり、それがユキだとわかると軽く撫でてから自分の腹の辺りをぽんぽんと叩いた。

「ユキおいで」

「にゃあ」

俺の身体を全て覆い隠すほどの大きさのユキは遠慮なく飛び乗り顔を舐めてくる。

それは普通の人から見たら虎に襲われているようにしか見えないのだろうが、ユキも飛びかかる人を選んでいるようで今のところ聡一以外に被害はない。


首元をわしゃわしゃと撫でていると首輪に紙が巻かれていることに気がついた。

「“ 大和へ、ごめん”?」

謝るのはこちらの方なのだが、律儀にもこんなものを寄越すとはルカも大概真面目な奴だなと、自然に笑みがこぼれる。


ソファから立ち上がりお茶を入れると、グラスを持ったまま外の切り株に座って草刈りを始めた時。

[ヤマトくん、起きてるかい?]

スクレイドからの念話が聞こえて、せっかくの気分が台無しだと無視をした。

[聞こえてる?あれ?無視?無視なのかい?]

それでも声はしつこく頭にひびく。


[朝っぱらからなんだ?]

[やっぱり聞こえてたね?大事な話があるんだけどいいかい?]

面倒くさい。

何が面倒って、スクレイドの気配はもう森の中、すぐそこまで来ているのだ。

[もうそこまで来ておいて、…邪魔をしないなら来ればいいだろう]

[うん!すぐ行くねぇ!]


存在自体が邪魔なのだが。

少しするとスクレイドが姿を現し、切り株に座ってお茶を飲む俺と目が合ってから、周囲の異様な光景にその場で止まった。

「何してるんだい?」

「草刈りだ、見てわからないか?」

相変わらず果物ナイフを高速回転させ、辺りを行ったり来たりさせている。

「ええー…、わからないから聞いたんだけどねぇ?」

「それより用があるんだろ?」

「あっ、そうそう、この間話した派遣勇者のことを覚えているかい?」

「行かないぞ」

「レモニアちゃんたちが危ないんだ」

いつになく真面目な口調でそう言うと、スクレイドはふわりと浮いて隣に並んだ。


レモニアとはまた懐かしい名だ。

そういえばこいつはレモニアにご執心だった事を忘れていた、というよりも脳が記憶するのを拒否していたのだ。

「危ないとは?」

一応形式的に聞き返すと、どうやら死の森の周辺で魔物が増えたと動物から聞いたという。

「それでヤマトくんに術式の結界を頼みたいんだ」

「そんな事だろうと思ったがな、お前がやればいいだろう」


こいつは以前からマントに空間を作っていたり、図書館で聞いた限り、年の功と言うべきか、相当な知識も持ち合わせているようだった。

併せて、足止めをされている訳でもない今自由に動けるのはスクレイドも同じ事だろう。


しかし返事はなく、隣をちらりと見るとスクレイドの表情は少し暗い。


「何か問題でもあるのか?」

「俺は術式と相性が悪いんだ」

一体どういうことなのか、マントに仕込んだ空間術式は今の俺が見てみると初級とも言える簡素なものだが、それでも使えていることに違いはない。

「簡単なものならなんとかねぇ」

俺の考えを読んだように、スクレイドはいつかみたいに笑いながらマントをひらひらとさせた。


「じゃあなにか?お前は高い魔力と知識を持っているのに術式を使えないのか?」

「正確には俺が、というよりエルフがね」

そうつけ加えてからスクレイドはため息をついて宙に座った。


「魔法に詠唱が必要な理由は話をしたね、覚えているかい?」

「ああ」

確かこいつから世界や自然から力を借りるためだと聞いたことがある。


「エルフは人間よりも存在が自然に近くてね、その分人間より多くの魔力を借りることができる、嘘をつかないのもその為なんだよねぇ」

「つかない、つけないのではなくてか?」

「俺たちにとっては同意義なんだよねぇ、嘘は己の魂を黒く染めていく、そんな魂を持つ者に自然は力を分け与えてくれなくなるんだよ」

「ある種の条件つきの力ということか」

「まあ、間違いではないかなぁ」

「それで、術式となんの関係があるんだ」


スクレイドは頷いて話を続けた。

「術式は弱い人間たちが生み出した理に反する力なんだ、自然に、大気に、この世界に存在する力を歪ませ無理やりねじ伏せて強制的に魔力を引き出して固定する、それをエルフが使用することは理との決別を意味する」

「よくわからないな、それを使うとお前たちはどうなるんだ?」

「まず魔法がつかえなくなるかなぁ、そして対価として魂を還すことになるんだよ、徐々に魔力を失い、やがてこの身が消えていく」

「…死ぬということか?」

直球に放たれた俺の言葉に、スクレイドは空を仰いだ。


「死ぬというより肉体が消えて魂は世界の一部に還る。始祖たるエルフの王が俺たちをそう創ったからね」

「それで、お前たちはそれでいいのか?」

《──愚かなるは人間ばかりでは無いという事だ》

そうだ、俺は知っている。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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