愚痴愚痴
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「ヤマトは死んだのではないんですか!?それに人違いだったという結論に…まさか、スクレイド様もご存知で…?いや!嘘がつけないのにどうやって…??」
おバカな頭を真面目にフル回転させセリが壊れかけた時、セリの口元に人差し指をかるく添え、少し身体をかがめて目線を合わせた。
「せっかくアメリアが寝付いたのに起こしたら可哀想だ、セリも心配で休めてないだろう?落ちついてくれ、な?」
「……ハ、ハイ」
セリはなぜか赤面して大人しくなった。
「ヤマトくん…」
「なんだ?」
それを見たスクレイドは呆れてクリフトに視線を向けた。
「クロウ、え、ヤマト?セリ?何してるんだ!」
しまった。
すっかり忘れていたが、クリフトはセリにお熱だったのだ。
「クリフトも静かにな、悪いがこの事は忘れてくれ。…スクレイドも俺のことは本当に知らなかったんだ、馬鹿だからな。さて本当に疲れたから帰るぞ」
取り乱すクリフトとボーッとするセリ、笑い転げるスクレイドを残し、それだけ言って一瞬で家に戻った。
そしてルカに抱きついた。
「うわっ!びっくりしたぁ!?大和!?」
「俺はダメなやつだよ…」
飛んだ場所は家と言ってもルカの家。
しがみつく男を引き剥がそうとするがビクともせず、ルカは諦めて頭をかいた。
「にゃあー」
じゃれて遊んでいると勘違いしたユキに飛び乗られても俺はルカから離れなかった。
「ヨゴレ仲間じゃないか、少しこのままにしといてくれ」
「おーい、どさくさに紛れてオレの傷にまで塩を塗り込むなよっ」
「やっちまったー…」
「ハナエさんか国医殿に話せばいいじゃん」
そう言いながらもやはりルカは優しく、ユキと俺を交互に撫でる。
「合わせる顔がないんだ、聞いてくれないか?」
「長くなるならベッドに行く?俺寝るとこだったんだよね」
その言葉に俺は反射的に離れて後ずさった。
「え?」
思わぬ反応にルカはこちらを凝視した。
「ルカ、前から思ってたんだがお前…」
「前から思うなって」
「最後まで言わせろよ」
そんな俺をなんとか寝室に引きずってベッドに放ると、間接照明の明かりを少し落してベッドに座った。
「おい、なぜ少し暗くする」
「もう冗談はそのくらいでいいって、泣きそうな顔して何言ってんだか」
「帰る」
「そう?」
「俺が帰ると言って引き止めなかったのはお前が初めてだ」
「なんのこっちゃだよ」
「…それがな、お前にとって嫌な話になるかもしれない」
「ハイハイ」
そうして生命の力以外の今までの事を出来るだけ詳細に語りつくし、ルカは聞かなきゃ良かったと頭を抱えて隣に沈んだ。
「オレのせいじゃん!?オレがアトスを…だから君は復讐なんてことを…」
「そんな事じゃないんだよ、そもそも俺が自分で決めてやってきた事だから後悔はしてないんだ」
「そんな事って…」
ルカは青ざめて引きつったまま、抉られた胸を押さえてぼんやり天井を眺めた。
「ルカならわかるだろ?本当に後悔とかじゃないんだ。それをしなきゃ生きていけないからそうしたいと思ってしてきた」
「…うん」
「してきた事に覚悟はしていたのに、いざ目の前にすると見られたくなくて汚してしまいそうで怖くなった」
「うん」
「俺が会いたくない理由を知ってたから聡一も女将さんも一緒に正体を隠そうとしてくれたのにな」
頭をグルグル巡る思考は取り留めもなく、次から次へと湧き上がる不安と情けなさに思ったことが全て口から零れていた。
「いいじゃないか、二人だって本当は君が居たい人たちと過ごせることを望んでるはずだよ」
「わかってる…聡一も女将さんもそういう人だもんな」
「わかってるなら、モヤモヤうじうじとして何か変わるのか?」
「変わらなくてもモジモジしちゃう時だってあるだろう?」
「まぜるなよ、なんか嫌だ」
フォローするルカに拗ねたように悪態をつくと、面倒くさそうに大きい手で顔面を押された。
「大和、もう寝よう」
「まさか寝てる間に…」
「そこまで望まれたら頑張ってみようか?」
やるか?という態度はお互いの頭の中にゴングを鳴り響かせた。
ここまで来るとなんとなくどちらか先に引いた方の負けのような空気が流れる。
「やるのか?出来るのか?ルカのくせに、はん!この優男が!」
「優男って…見た目だけなら君より筋肉はあるよ?うん、大和は綺麗系だから…なんとかなるかもじゃん?」
どちらも引かないまま、沈黙が流れる。
「俺もな?ルカは可愛い系の整った顔してるから、何とかなっちゃうかもしれないぞ?ひゃ、180センチ弱なら可愛いもんだしな!」
そう言いつつ布団をかなり大きめの一人分空けてベッドの奥に詰め、片手で余裕をアピールするように上掛けを開いた。
「へえー、いいよ?ははっ、試してみようか?」
いつ終わるんだこれは、とお互いに負けを認めるように視線での攻防を繰り広げ、ルカのターンになった時、逃げないという意思表示にとうとう開かれた布団に入り込んだ。
「勇者ルカよ!やめるなら今のうちだぞ?はじめの町に帰ってもいいんだぞ!俺ラスボスな!」
降参を促すが、これでは逆に追い詰められていると言っているようなものだ。
ルカはそこを見逃さず、後ろで軽く結ってあった紺色の髪を解き、片手でかきあげて優勢であるアピールをした。
「俺はゲームに長時間かけるタイプじゃないんだ、大和こそ何でそんなに端に行くの?落ちるじゃん、もっとこっち、真ん中に来て」
「…アレか?お前まさかシャワーも浴びないタイプか?」
「さっき風呂上がりに君が飛んできたんだよ」
「俺まだ浴びてない。うたた寝して寝汗ベットベトでエルフに呼び出された」
「…うちの使っていいから浴びてきな、まじで」
そう言い終わらないうちに、タオルと着替えと共に浴室に放り込まれ、謎の攻防と愚痴は終わった。
こんな風に話をして茶化してくれるのは、恐らく今はルカだけだろう。
一人になりたくない、そう思うのは俺がどんどん弱くなっている証拠なんだと思うと、情けなくて頭痛がする。
しかし一人になればアイツが揺さぶりをかけてくる。
俺は俺の力で何とかしなければいけないんだ。
あの時…剛田の時のように、心を手放して無責任に殺したりはしたくない、初めて自らの手を汚して浴びた返り血を忘れない。
だからアイツには任せるわけにはいかない。
「大和は髪切らないの?」
「アキトがこの長さがいいって、気に入ってたからな…」
何気ない話題が思わぬ名前を引き出し、ルカは胸を抑えた。
「うぐっ」
「あっ、えっと、ルカも長い方だよな」
「トールにこの髪型が似合うって言われてからずっとね、もう習慣が抜けなくて…」
そしてつい関連する話題をと同じような事を返し、闇を覗き込んだ俺も手で目を覆った。
「うわ…」
ルカとは何を話してもお互いにブーメラン状態になる時がたまにあり、今がちょうどそのタイミングらしく、風呂上がりに出された茶をのみつつ適当な話題すら振ることができない。
しかし気になっている不思議な事がある。
「ルカ、泊まっていいか?」
「いいよ、ユッキーは空間で寝ちゃったし」
「一緒に寝ないか?」
「さっきの続きはもういいって、ベッド使ってどうぞ」
そうではないのだが、しかし理由を言うとまたブーメラン、もといルカの傷を抉ることになりそうだ。
恥をかくのと、傷を抉るのならば。
「悪いが本気だ。付き合ってもらうぞ」
「えっ?」
ティーカップもそのままに、今度は俺がルカを引きずり寝室のベッドに放った。
「や、やばー、大和どうした?」
「だから一緒に寝てくれって、キングサイズのベッドでけちけちするな」
「おっとぉー?まじでオレ危機的状況?デカい男二人で仲良く寝ちゃうのか?」
俺としてもそんな絵面は避けたい。
照明の灯りをぼんやり程度に落とし、とりあえず布団に潜り込んでスキルを使う。
変身したのは最近多用しているくろこちゃんだ。
トイレと風呂以外なら案外馴染むもので、今ではそれなりに気に入っている。
そして布団から顔だけを出してルカを見た。
「これなら気にならないだろう?」
するとルカは薄い反応で軽く拍手した。
「これがさっき言ってた女の子バージョンのくろこちゃん?すごい可愛い、いや、美人系だね」
適当な褒め言葉を聞き流し、体勢を整えて目を瞑ってみるがやはり吐き気が来ない。
アキトの件以来眠る時に一人だと眠れても夢見が悪く、誰かがいると頭痛や吐き気がしていたのだが、今日はどういうわけか布団で二人という状況でもそれが来ることはない。
「ん?」
ふと気がつくと頭の下には人肌の感触があり、腰…というより腹には長い手が絡みついて、いつの間にか腕枕をされてしっかりと抱きつかれている。
「ルカ、暑苦しい」
「んー、ユッキー…」
嘘だろう?その反応は紛れもない寝言。
そういえば、ユキにシャンプーをした日は一緒に眠ると言っていたのを思い出した。
なるほど、今のこいつは俺を人間と認識していないらしい。
それにしてもこんな美人を前にして寝付きがよすぎやしないかと、理不尽は承知で腹が立つ。
改めて自分の寝やすい体勢になり、しばらく目を瞑っていると久々にふわふわとした心地のいい眠気が訪れた。
そして夢も見ずに眠り、目が覚めるとまるで嘘のように身体が軽い。
しかし隣にルカの姿はなく、寝ぼけまなこをこすりながらリビングに入ると浮かれた様子でユキに餌をやるルカと目が合った。
「起きた?おはよう」
「起きた…ふあ…、今何時だ?」
「昼過ぎ、何か食べる?」
「いらない」
こんなに熟睡したのはどのくらいぶりだろうか。
まだ二度寝出来そうなほど頭がぼんやりとし、しかしそれが不快ではない。
そのまま我が物顔でソファに座った。
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