くろこ出動
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「スクレイドはどうやらこの姿とクロウを同一とは考えなかったのか、クロウの立場を考慮したのかはわからない」
「大和さん…」
「ああ、驚かせてすまない、すぐに元の姿に戻るから…」
「朧月で働きませんこと?」
「本当に驚かせてすまないな!?落ち着いてくれ!」
思考が停止してしまった女将の前で変身を繰り返すこと数回。
ようやく見慣れてきたのか、女将はいつもの落ち着きを取り戻した。
「はあ、とても可愛らしいですね」
「礼を言うべきか?」
「この可憐なお姿では流石のエルフの方でも、クロウさんと同一人物だとはわからないのではないですか?」
「本当にそうなのか、怪しいところだ」
そう、なんせ相手はあのスクレイド。
「それを確かめるために、お会いになってみては?」
「えっ、嫌だ」
女将の唐突な提案に俺は苦虫を噛み潰したような表情になった。
その顔を見て、女将は珍しく呆れたように言った。
「追いかけっこを続けますか?」
「それは、勘弁だな」
「でしたら、スクレイド様だけにでもお会いになって、王宮前の混雑をなんとかしていただけませんでしょうか」
「混雑…って、そっちか」
そして女将は手を叩いた。
「だってこれはチャンスではないですか?」
「チャンス?」
「スクレイド様にそのお姿でお会いになって、そのまま行方をくらますのはいかがでしょうか!」
「何故…」
「そうしましたら、クロウ様が疑われることも無くなり、人探しと行列もなくなりますわ」
確かに、クロウが大和では無いと涙を零した後にもまだアメリアが迷子だと言って俺の反応を確かめてきた。
「いい考えかもしれないな、俺の事を隠しておいてくれた礼も言わなければいけないし行ってみるか…」
気は進まないが、試す価値はありそうだ。
「あ!大和さん!」
「なんだ?」
「お洋服、用意致しますね!」
「え」
「できましたよ」
女将はやりきったというように手の甲で額の汗を拭う動作をした。
白く長いコート、タイトな肩紐のないマイクロ丈の黒いワンピースに、腰にはクロスしたデザインの赤いベルトに日本刀を差し、膝上の丈の黒いブーツ。
横と後ろ髪を残して両側を少し取り後ろに三つ編みにされ、軽い化粧を施された。
コレ、シッテル…。
ハーフアップという髪型だ…見るのは好きだったが、姉がアレンジをするから手伝えと何日も夜遅くまで付き合わされた記憶がある。
その時の髪をクルクルにするコテの火傷がなかなか治らなかった、痛い思いをしたのは俺のはずなのだが、女の髪型の大半が鬼のような努力で成り立っていると姉に延々と語られた。
ワンピースも姉が買ったはいいが体型が気になると言ってふざけて俺に着せ、自分より細いとは何事かと殴られたことのあるチューブトップワンピというやつだ。
現実逃避をしようとしたのに嫌な思い出が出てくるばかりだ。
「大和さん!とても可愛らしいわ!色気もバッチリですわよ!」
女将さんはテンション高くそう言った。
「…今から処刑に行く気分だ、色気は必要か?」
そう言うと女将さんはくすくす笑った。
「クロウさんとの違いを強調しただけですから、大和さんが嫌でしたら別のお洋服をご用意いたしますよ」
「はー、女将さんにはかなわないな…これで行ってくる」
「お気をつけて、不審がられたらこちらをお使いくださいませ」
「これは?」
渡されたのは王都で暮らすための手形。
「ここで人知れず亡くなった女性のものですわ…」
「そんな大事なものをいいのか?…すまない」
「いいえ、いってらっしゃいませ」
女将に見送られ、王宮につくと100人を超える行列が出来ていた。
どの女も暗い髪の色、染めたのか黒っぽい色の者までいる。
「あれに並ぶのか…」
仕方なく最後尾に並び、しばらく待つが列は一向に進まない。
そしてある事を思い出す。
[スクレイド、聞こえたら王宮の外に出て来い、図書館で待ってるからな!]
念話を飛ばして図書館に向かって少しすると、スクレイドの声が聞こえた。
[ヤマトくん!?今から行くよ!図書館でまってるんだよ!?絶対だからね!?]
[早くしないと帰るからな]
[ひどくないかい!?呼んだのはヤマトくんじゃないのかい!?猶予って知ってるかい?]
念話を切ると図書館に入り、自分とスクレイドに【認識阻害】を発動して奴の到着を待った。
少しすると扉が開き、スクレイドが立ち尽くしていた。
「この間はお疲れ様だったな」
軽い調子で手を挙げるとスクレイドは黙ったままだ。
「スクレイド?アメリアたちは元気か?」
「ヤマトくん、どうして、ええ?本当にヤマトくんなんだよねえ?」
「ジロジロ見るなエロフ」
「酷くないかい!?そりゃ俺だって信じられないんだからしかたないよねぇ!?どうしてそんな魅力的な姿に…もしかして本当は女の子だったのかい!?それなら最初から言ってくれたら…でもレモニアちゃんがいるし…いや、正直見た目で言ったらおたくの方が色々好みだ!!」
「帰る!元気でな」
「待って!エルフは正直なんだよ!知ってるよねえ!?」
正直と欲望をダダ漏れにするのは違うだろう。
「俺はアストーキンの宿場町でお前に追い詰められ、殺されたのかと思っていた」
椅子に座ると、最後の記憶をそのままスクレイドに伝えて反応を見る。
「俺がヤマトくんを殺す!?ありえないよ!?口喧嘩をしてはいたけどね?その途中でおたくが倒れたんだ、そしてね、そのまま…」
やはり記憶に差異があるようだが、スクレイドは本気で言っているようだ。
「ヤマトくんはどうしてここに、そんな姿で?」
「お前とのやり取りの後記憶が途切れて、気がついたらここにいた」
「それじゃあ俺たちより前に王都に来ていたということかい?」
「ああ、そこで俺なりにこの国の異世界人の処遇を調べて知った、お前も本当は知ってたんだろ?」
スクレイドは俯いて、小さく頷いた。
クロウが大和では無いと知った時に涙を流した件以来、見たことの無いスクレイドが時々顔を出す。
調子が狂う。
俺の知っているスクレイドは飄々としていて、笑い上戸でノリが良くて、人を見透かす食えない奴で、それでいて人間よりも深い情と理性をもちあわせたアホなバカだ。
そんな奴じゃなかったか?
「スクレイドお前、どこか悪いのか?なんだか変だぞ?」
額に手を当てようとした時、その手を掴まれスクレイドの頬に当てられた。
「ああ、ヤマトくんだ!」
「…スクレイド?」
「おたくにはわからないんだろうねえ、俺がおたくにどれだけ救われたか」
そう言うと、スクレイドは優しくも悲しそうな目で俺を見つめた。
ここでまで認識どころか記憶に大きな違いがあるとは。
「俺はお前に助けられっぱなしだった記憶しかないが?」
「ヤマトくんだけなんだ、俺を理解してくれるのは」
「なんの事だ?」
「国の話をした時のことを覚えているかい?俺を庇ってくれたよねぇ?」
「庇ったつもりは無かったが、まあクリフトが怒っていたな…」
「飛竜も殺さずに済んだ、そしてノーラちゃんの事も…手をこまねいて何も出来なかった俺は、責められても仕方ないと思っていたんだよねぇ、それでもヤマトくんは俺を理解して信じてくれた」
「それはお前だって苦しんでた…ノーラを救うことが出来るのは彼女自身だけだったんだ、仕方なかったんだろう?俺がお前でもきっと同じだった」
俺には遠い昔のことだが、スクレイドには数日前の事だ、まだ気にしているのはわかる、だがそこまで大袈裟に言うような事だったのだろうか?
「だから…おたくにならいつか愚かな俺の話を聞いてもらえるかと思ったんだ」
「愚か…?なんだ?どこでどんな悪いことをしたんだ?」
「償いきれない罪をおかしたんだよ」
コイツがふざけた反論もしないとは、どういう意味だ?
しかしいつかと言っているからには今聞いたところで何も言うわけがないんだろう。
「それで、あの術式はなんだったんだ?」
話を変えてあの日の空に張り巡らされた気味の悪い術式を思い出す。
「ルクレマールの襲撃だねぇ」
「あのクリフトが嫌ってた過激派の…異世界人もよく亡命するっていう国か?」
「うん、各地で襲撃はあったけど、あそこまでの規模はここ数百年で初めてかな」
「百年単位かよ…」
「それより、今はどこで何をしているのか、聞いてもいいかい?」
「適当にその辺をな」
「教えてくれたっていいだろうに!」
「で?それを聞いてお前はどうしたい?悪いがもうお前たちと行動する理由がないんだ」
スクレイドを、アメリアたちを突き放すようにそう言って、胸のどこかがチクリと痛む。
「どうしてかなぁ?」
「俺は王都に着くまで、そういう事でお前らの旅に混ぜてもらってた。王都へは自力で辿り着いた、異世界人の事も知ることが出来た、だから…」
「だから、俺たちはもう用済みかい?」
ためらう言葉を先に言われ、やはり胸のどこかが傷んだが頷いてみせる。
「そうだ、もうお前らに会う事も無い」
「そこがわからないんだよねぇ、なぜ嬢ちゃんに会ってあげないんだい?」
「なんでアメリアが出てくるんだ?アメリアも目的地に着いた、なんの関係もないだろ?」
「本気で言ってるのかい?」
その声音はトーンが下がり、責めるでもなく感情が消えたようだった。
「そう聞こえなかったか?」
「離れた数日におたくに何があった?」
こいつにはたかが数日、確かにそうなんだろう。
しかし俺にはそう割り切れるような時間ではなかった。
「色々、…本当に色々あったんだ、悪いがセリとクリフト…アメリアにもお前から伝えておいてくれないか」
「何を言えって?悲しむ顔が見たくないからって、俺に押し付けるのかい?おたくが自分で会えばいいでしょ」
ここまで読んでくださりありがとうございます。