褒美
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「このスキル、珍しく時間制限があるんだよ、二十分!中途半端にも程があるだろう」
「使ったことはあったのかね?」
「…色々考えて眠れない時にたまにな」
医者は黙り込んだ。
「まあ、とにかく女将さんへ成功の合図もしたし、先生の名演技のおかげで誤魔化せた」
「ボクは、大丈夫だったかね?」
「ああ、スクレイドは俺の気配を探ることと、ボロを出させようと反応を見るのに集中していたみたいだったし、実際先生の知らないことも多かった、大丈夫どころか本当に助かった」
今になって嫌な汗が滝のように流れ、二人で起き上がりお茶を飲み干す。
「ところで、さっきのトールに報告するという件なのだが…」
「トールに言うつもりは無い、何が悲しくてわざわざアイツに報告してやらなきゃいけないんだ。聡一は内容を知りたいか?」
「いや、ボクも聞かないでおくことにするよ」
「そうか?」
「最近は秘密を抱えすぎて、不安で不安で…」
「悪いな…」
「違うからね!?ヤマトくんのせいではないのだよ!?」
お互いの顔を見て、気疲れでため息をつく。
「聡一には助けてもらってばかりだな」
「そんなことはないとも」
「…いつか困ったら俺にも力にならせてくれ」
そう言うと、医者は俺をまじまじと見つめた。
「なんだ?」
「大和くんは、きっとあの四人にとても好かれていたのだと思ったのだよ」
「あいつらが人が良すぎるだけだ、その話はしばらくいい…」
医者は立ち上がると仕事に戻ると言って部屋を出て行った。
まさか仕事を抜け出してまで来てくれたなんて、申し訳なく思いながらもそのままゴロゴロと布団に転がった。
「俺が汚いせいで、迷惑かけてばかりだな、ハナエさんまで巻き込んで何をしているんだ…」
枕に顔を埋めると情けなさが込み上げてくる。
存在を隠したかったのは今の俺を見られたくなかったからだ…本当は会いたかった、会って話したいことが沢山あった。
スクレイドが泣くなんて思わなかった、でもあいつらの知ってる俺はもういない。
今の俺はアトスにも見せられない。
会いたいのも見られたくないのも俺のワガママなのに…ワガママの為に人を巻き込んで、騙して、傷つけた。
《──人はそんな生き物だ》
何故俺は人になんて生まれたんだ。
《──楽になりたいか?》
…楽に?
《──出来るだろう?俺なら》
その力が…ある?
全てを捨てて、楽に──
「…なんてなるものか!!俺一人だけ!?そんな事を今さらするわけないだろう!!自分で決めたんだ、それで多くの人を巻き込んだ!!この感情は絶対に手放さない、手放すわけにはいかない!!!」
「…大和さん?」
「おか…みさん」
「ごめんなさい、何度かノックをしたのだけれど、皆様お帰りになりましたわよ、誰かとお話になっていらっしゃったの?」
「独り言で、あ!」
ハッとして女将の方を向き、土下座した。
「今日は本当にありがとうございました!巻き込んですみません!…協力してもらったのに、俺がヘマをして…あと俺が触ってしまったところは全て綺麗に消毒してください!!本当に色々すみませんでした!!」
なぜか早口で敬語になってしまう。
「大和さん、今日は楽しかったですね」
「え?」
それは、いつかアキトとも似たようなやり取りが会ったのを思い出して、思わず目の前が滲んだ。
「皆さんとてもいい方々で」
「…」
「でも今度は二人きりでデートして頂けます?」
「はい?」
見開いた目はすっかり乾き、女将から視線を外すことが出来ない。
「節操の無い女だと思わないで下さいましね、大和さんの優しいところ、正直なところ…なんだか健吾さんに似ているの」
「俺が?」
「聡一さんともよくその話をするのですよ、でも健吾さんは足掻くのをやめて、いつも笑っていたわ」
「…俺はそんなに強くないんだ」
俯いて拳を膝の上で握りしめると、女将がそっと拳の上に手を乗せた。
「逆ですよ」
「何がだ?」
そして真剣な目でじっとこちらを見つめて言った。
「弱いから、忘れようとして笑っていたのです、大和さんは諦めないで、足掻いて、自分を無くさないでくださいね、私も絶対に足掻ききってみせますわ」
「女将さん…?」
「あら!もうハナエとは呼んでくださらないのかしら?寂しいこと」
「へっ!?」
そう言うと女将はくすくすと笑って俺の頭をなでて部屋を後にした。
女将の言葉は時折ヒヤッとして心臓に悪いうえに、やはり子供扱いされているらしい。
聡一にも女将にも迷惑をかけるだけじゃなく、情けなく格好の悪いところしか見せていない気がする。
力なく項垂れて再び布団に入り込んだ。
その頃、宿屋へ戻るために歩いていたクリフトがスクレイドの前で立ち止まり口を開いた。
「何の話をしてたんです?クロウ様と勇者様と」
アメリアとセリもスクレイドを見つめた。
「クロウくんが記憶喪失だと聞いたんだよ」
「記憶喪失?そんなことあるんですか?」
クリフトは疑いながら顎に手を置いた。
「俺たちと親しくしようとしてるようにも見えなかったのに、急に観光案内するとやって来て、なんだか不思議な人でしたね」
スクレイドはそれを聞いて手を挙げてため息をついた。
「それは俺のせいみたいだよ、俺がクロウくんをヤマトくんだと思って、カマをかけ過ぎちゃったみたいなんだよねぇ」
「そんな事していたんですか」
クリフトはそれで、と話の続きを促した。
「彼は俺が自分の過去を知っていると思い、期待させてしまったみたいなんだよねぇ」
「それで今日誘われたってわけですか、嘘や隠してる様子はどうですか?」
「無かったよ、情報が足りなかったのも記憶の欠如のせいだったのかもしれないなぁー、ただ…」
「何かあったんですか!?」
急かすように聞いたのはアメリアだった。
「俺が前にヤマトくんにあげたものを持っていたのが不思議でねぇ」
「それではやっぱり、クロウさんはヤマト様じゃないんですか!?」
スクレイドは寂しそうな笑顔を浮かべた。
「それでも俺には別人にしか思えなかった、ごめんよ、嬢ちゃん」
「すみません、私の方こそ…」
四人はそれから誰も喋ることはなく、ただ人混みに紛れるように歩き出した。
「三ヶ月の休み?」
翌日、店から裁判所のトールの自室に呼び出された俺は、突然の休暇宣告を受けていた。
「そぉ~、ワタシも考えたのねぇ~?」
「どうせ碌でもない事だろう」
「一昨日の冤罪で英雄王にお褒めの言葉を頂いちゃったぁ~、そ、こ、で、昨日言った通りしばらく処刑を延期して色々な事件の調べ直しぃ~!どぉ~うかなぁ~!?」
「おい、じいさんなのにまともじゃないか、どうせフリだけだろうがな」
「わかってるぅ~ん!!クロウのそぉ~いうとこがいいよねぇ~」
「その間俺は無職か」
「言ったでしょぉ~?ご褒美をあげるってぇ~」
「言ってたな、楽しみすぎてよく眠れた」
するとトールは一通の封筒を取り出した。
「これをね、英雄王からクロウにぃ~」
「王様から?冗談だろ?」
「ねぇ~、アタシもコレを渡したくないんだよぉ~」
「じゃあもらっておくか」
封筒に手を伸ばすと、トールが取り上げるように引いて俺の手が空ぶった。
「そんなに渡したくないなら、じいさんが持ってればいいだろう?こんな面倒な事に時間を割く暇があったら別の娯楽を見つけろ、そして巻き込むな」
呆れて手を引っ込めると、トールは封筒を飛ばすように床に放った。
「クロウが受け取らないとぉ~、アタシが怒られるんだぁ~よねぇ~」
面倒臭いことこの上ないじじいだ。
封筒を拾おうとすると、さらにトールは不吉な笑みを浮かべ声のトーンを落として言った。
「いいかぁ~?そんなモノで調子にのったらいけないからねぇ?忘れてはダメだよぉ~?アトスとあの家はアタシの手の中にあるのをぉ~、そしてクロウもねぇ~」
「どういう事だかさっぱりわからんな」
「森人の件はぁ~?」
「あんな隙もないくえない奴、俺の手に負えるわけないだろう?じいさんの人選ミスだ、じゃあな」
部屋を出て扉を閉め、封筒を触ると中身はカードのような感触だが、まさかこの世界にあるとすればあのじじいの事だ、キャッシュカードじゃないだろうな?
金を巻くしか脳のないじじいに期待なんてしていなかったが、まさか王からの褒美まで金とは。
そのまま中を見ずにポケットに封筒をしまうと、裁判所を後にした。
「三ヶ月、何をして過ごしたらいいんだか」
裏門に向かおうと裁判所の敷地内をとろとろ歩いていくとそこには異様な光景が。
「はあ?なんだこれ…」
バーチス、ベナンを始めとしたいつもの裏門兵に加え、見知らぬ兵士がざっと数えて四十人ほど、胸を張り伸ばした手や足を真っ直ぐ身体にぴったりと付けて、仰々しい雰囲気で花道を作るように揃って両側に整列していた。
後ろに立つ兵士は両側に一名ずつ巨大な国旗のついた旗を構えている。
「あー…、誰か来るのか?」
そう言いながら兵士を避け、脇にできた隙間を通ろうとすると兵士が大声量で一斉に叫んだ。
「「「クロウ様!!この度のご昇進、おめでとう御座います!!」」」
「え?うるせっ、聞こえなかった、な、何だ?」
「「「優特法官様に敬礼ーー!!」」」
後ろを振り返り、周りを見渡して確認するがその場には間違いなく俺の他には誰もいない。
「俺が、何だって?」
気味悪くなり引き返そうとすると、バーチスが大声で引き止めた。
「クロウ…じゃない、クロウ様!お待ちください!!我らはこちらでクロウ様をお待ち申し上げておりました!」
「お前…変な物でも食ったのか?」
見たところ、魔法や術式の類はかけられていないようだが。
ここまで読んでくださりありがとうございます。