観光
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「こちらの店に来ていただくのはいかがでしょうか?」
「ハナエさん?」
「女性もいらっしゃるということなら、お店の女の子は付かせず、必ず私が付き添います、何かあったら合図を決めて私が大和さんを部屋の外に連れ出す、それではどうでしょうか」
「それは助かる…が、女将さんはいいのか?」
「もちろんですよ、頂いた分のお仕事はしなくてはバチが当たりますもの」
「昼間のことは子供の癇癪だと忘れてくれ…」
しかし店だけというのも…
「あとは王都の案内にも私が同行いたしましょうか?」
「いや!そこまでは…店があるだろう?」
「女将とは名ばかりです、ご迷惑でなければ力にならせて頂けないでしょうか」
俺は医者の顔を見ると、医者も頷いた。
「ハナエさんがここまで言ってくれているんだ、ボクも時間が空いたら必ず合流するから、皆で頑張ってみないかね?」
「…正直、アイツらといるのが怖かったんだ。今日もただの人殺しを見られたくなかった」
「大和くん…」
「女将さん、聡一、俺とアイツらだけにしないでくれ、よろしく頼む」
頭を下げると女将はそっと俺の肩に手を置いた。
その顔を見ると、何故かプレッシャーを感じる。
「女将…さん?」
「名前で呼んでくださいまし?」
「はい?」
「まさか街にまで連れ出すのにそんな空気の一つもなくては、怪しまれますでしょう?」
「そんな空気?」
「特訓いたしましょうね」
「大和くん!頑張るのだよ!ハナエさんもよろしく頼むよ!」
「やはり頼ってばかりも悪いから一人でなんとかするっ!女将さん!?どこ触ってるんだ!!うわああああああ!!」
「名前で呼んでくださいと申しましたでしょう?」
その日のピンクムードを作る特訓は深夜まで続いた。
翌日、トールが調べた四人の泊まる宿屋の受付で、朝っぱらから一組の大人なムードを醸し出すバカップルが四人の到着を待っていた。
「おはようございます」
「おはよう~、クロウくん」
「どうされたのですか?」
「クロウ様!どうしたんです?」
受付にやってきた四人はそれぞれ挨拶をすると、ハナエを見た。
「朝から突然悪いな、まだあんた達が王都にいると聞いて…俺も休みなので王都の案内でもしようかと思ったんだが、時間はあるか?」
「は、はい…それはぜひ、それでその…」
クリフトは品のある大人しい和服に身を包んだ薄化粧の美人に釘付けになった。
「ハナエと申します、よろしくお願い致します」
「この人が離れたがらなくてな、彼女の方が王都の観光にも詳しい、気にしないでくれ」
「私はセリと申します、こちらは森人様のスクレイド様、クリフトにアメリアです、真実の断罪者であるクロウ殿直々の案内とは光栄です」
セリが男らしく前に出て全員の紹介を済ませると、ハナエに握手を求めた。
女将が握手に応じると、俺は女将の腰を抱いて引き寄せた。
「さあ、あんた達は何が見たい?」
「クロウさんたら、それを考えるのが私たちではないですか」
「そうだったな、女性もいることだ。ハナエに任せるよ」
ひどい茶番だが、これでも俺が一人にならない為に女将が考えてくれたのだから、なんとか成功させなければ。
「クロウさん、美術館はいかがでしょう?」
「ああ、それはいい、あんた達は?」
セリは美術館と聞いて期待したような顔をした。
クリフトはそんなセリを見て言った。
「ぜひ!お願いします!」
するとスクレイドが俺をまっすぐ見て質問した。
「美術館には何があるんだい?」
「さあ?俺は興味がなくて行ったことがない、しかしハナエが言うなら楽しめることを保証する」
「クロウさんたら」
そのままの流れで女将の額に口をつける。
すみません、女将さん、あとで消毒してください。
心の中でそんな事を思っていたが女将はふんわりと微笑んだ。
「そうなのかい?それは楽しみだねぇ」
スクレイドは気にせず笑顔を崩さないでそう言ったが、クリフトとセリはポカーンと口を開いたまま俺たちを見た。
アメリアは最初の挨拶以来喋ってはいない。
そうして美術館につくと、行列を無視して学芸員に案内されて中に通された。
「すごいですね、顔パスですか…」
「しかし私たちの前に並んでいた者に悪い気がするのだが…」
後ろの行列を見て困った顔をするセリにハナエは微笑みながら一言声をかけた。
「お気になさらないでくださいね」
「しかしハナエ殿…」
「時間は有限ですわ」
「ハナエちゃんは行動力のあるハキハキしたいい子だねぇ」
閉口したセリの代わりにスクレイドがハナエに話しかけると、ハナエはやはり何も言わずにっこりと笑みを浮かべた。
美術館は一時俺たちの入場に客は止められており、貸切状態の通路を進んでいくと、絵画、防具、武器、骨董品、宝石、様々な煌びやかな品々が並び、クリフトは目をシパシパとさせ、セリはキョロキョロと目移りしながら楽しそうにしている。
スクレイドは鼻歌混じりにゆっくりと進みながら、どれも適当に見て歩いた。
その時、アメリアが声を上げた。
「すごいです!こんな大きなお花見たことがありません」
少女が感動したのは展示品ではなく、美術館の室内の端に置かれた装飾の白い花だった。
それを見たハナエはくすくすと笑い、近づいてしゃがむと花の名前や種類を教えて聞かせた。
「アメリアさん、こちらのお花も美しいですけれど、あちらの織物はいかが?モチーフが花や植物なのですけど、どれにも安全や幸福の祈りを込めた意味がありますの。織った者の心を写すかのようにとても綺麗なのですよ、セリさんもいかがです?」
「織物ですか?見てみたいです!」
「わ、私もぜひ拝見したい!」
「それでは織物の部屋に行きましょうか、ね、クロウさん」
ハナエは使命を忘れることなく俺を呼び、腕に手を絡めて奥へと進んだ。
この短時間にアメリアには自然の物と知識を、セリには派手すぎず少女趣味なものをと、二人の好みを把握する観察眼にさすがとしか言い様がなかった。
昨夜美術館に行こうと言い出したのはハナエだったが、数ある美術品の中から興味を示すものを見つけるためだったらしいと今頃になって感心した。
「喜んでくれてるみたいだな、さすがはハナエだ」
「私は何も…」
ハナエを抱き寄せ額に口を付けると、クリフトが呆れたように言った。
「クロウ様?子供もいるので、そのくらいにしといてくださいよ?」
「そうだったな、クリフト、気をつける」
「クリフトくんは羨ましいんじゃないかい?」
スクレイドがセリを見ながら冷やかすと、クリフトが顔を赤くしながら肩を落とした。
「な、スクレイド様っ、そんな…こともありますけどね…」
「ハナエちゃん、彼女たちに織物の説明をしてあげてくれないかい?クリフトくんも一緒に聞いておいで」
「はい、私でわかることでしたら喜んで、ね、クロウさん」
「クロウくんと話がしたいんだ、彼女たちを頼んだからね」
「…殿方の内緒のお話ですの?」
「うん、ダメかい?」
まさか、こんなにストレートに来るとは思いもよらず、ダメかと聞かれればハナエにはどうする事もできなかった。
「クロウさん…」
「わかっている、あとでちゃんと離れていた分の時間をお前にやる、ハナエ、あちらは頼むぞ」
口から砂の出そうなセリフも三人で考えたものだ。
これはあとで報告するという意味である。
頷いてアメリアとセリの元に行き、ハナエがあちこちを指さして二人が驚いたり頷いて、ごく自然に楽しそうに話し込んでいる。
「それで?森人様が俺に話というのは?」
スクレイドはクリフトもセリたちの元に行かせ、一体何を話そうというのか。
「昨日の処刑を見ていたんだよねぇ」
「観客席にいたのは見えた、よく席が取れたものだな」
「うん、この国の偉い人とちょっと知り合いなんだよね」
探っているのを見透かすように、スクレイドは自らその話題を口にした。
「俺より偉い…トール様か国医の勇者様以外に知らないが、二人よりも権威のある方という事か?」
「そうだねぇ、国で一番偉い人なんだよねえ」
にこにこと笑顔のまま爆弾を仕掛けてくる。
はあ…こいつはダメだ、俺の目的に気づいている。
「やはりそうか、トール様にあんたの事を探れと言われてな」
「うん?正直だねえ?」
スクレイドは少し驚いたように笑顔を崩した。
「俺はトールが嫌いなんだ、だが逆らえないのでな」
「そうなのかい?昨日の君はとても堂々としていて立派だったと思うけどねえ」
「ただのパフォーマンスだ」
「真実の耳とは何か聞いてもいいかい?」
「執行人の前任者が異世界人でそんなスキルっていうやつを持っていてな、その人が亡くなった途端そのスキルを使えるようになったんだ」
「そんな事があるのかい?」
「ここにいるだろう?」
こいつに嘘は無意味だ。
大事なことだけは言わないように、なるべく嘘をつかずに隠すしかない。
するとスクレイドは俺の胸の中央に手を置いて、少し背伸びをすると体重を預けながら耳元で囁いた。
「王には貸し借りのある仲なんだよねぇ」
「何故俺にそんな話をする?」
「昨日のおたくに敬意を評して特別に教えてあげただけさ」
そう言って俺の胸元をポンポンと軽く叩くと、離れてからニヤリと呟いた。
「大きくなっちゃって、内緒話もしにくいよねぇ?」
「森人様、だからあんたは俺を誰と間違えてるんだ?」
思い切って聞くと、とぼけた様子のスクレイドは今度は自分の胸元を人差し指でトントンと軽く叩いた。
「うーん、誰だろうねぇ?」
その時、その動作を見て汗が背中を伝った。
しまった。
俺は何をしてたんだ…。
「ハナエ!君の店に行こう」
そう声をかけるとハナエはまさかという顔をして、こちらを見つめ返した。
「昼には早いけどな、いいだろう?」
「…はい、そのように、皆さん私の店でお食事をご馳走しますわ、参りましょう」
「ハナエ殿の店か!」
「え!?てことは例の…」
言いかけたクリフトはセリに手刀をくらった。
「アメリアさん、行きましょう?」
「はい!」
──これはバレた時の切り上げの合図だ。
完全にスクレイドに俺のことがバレた。
俺のミスだ。
店に向かう途中、女将は俺の傍にピッタリとくっついて心配そうに顔を見つめ、その度に笑顔を返すので精一杯だった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。