切り抜け
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
トールは恍惚とした表情で何度も頷いた。
そしてこちらを見ると、俺の髪を手でなぞり言った。
「クロウは見た目だけじゃないんだよぉ~、全てがアタシの好みだぁ~、ねぇ、何が望みなのかなぁ~?」
「権力を」
「ますますワタシ好みだねぇ~、いいよぉ~、近くご褒美をあげようねぇ、偉くなってワタシに楽をさせてくれるのを楽しみにしてるからねぇ~え、んふふふ」
「褒美か楽しみだな、それからもう一つ、処刑の頻度を落とした方がいい」
「そうねぇ~、今抱えてる事件の洗い直し、そんなところでいいのかなぁ~?」
「わかってきたじゃないか」
テーブルから降りると部屋を出ようとした俺にトールが声をかけた。
「クロウ」
「なんだ?まだ何か用か?」
「あの旅の者は知り合いぃ~い?」
「いや、往来で助けたら興味を持たれただけだ、煩わしいことにな」
「そぉ~、あの森人の接待を任せるよぉ~」
「…森人?」
「アタシにも理由は謎なのぉ~、だけどねぇ、英雄王が引き止めたがってぇ~、あのエルフを懐柔してみせてよぉ~」
トールはニヤニヤと笑い、まるでねだるように言った。
あの四人に関われだと?冗談じゃない。
「煩わしいといったばかりだが?」
「英雄王がなぜあのエルフに固執するのかさぁ~、どぉ~ぅしても知りたいんだぁ~」
「…トール、アンタ…」
「終わりぃ~またねぇ~、アトスによろしくねぇ」
足元にはいつも通り金貨や宝石の入った袋が放られ、それを持つと苛立ちから力任せに扉を閉めると、着替えもせず荷物を持ち、袋の中身を半分掴みポポンの入った袋にわけて入れると近くの兵士に渡した。
「これを今日の冤罪の女と家族に間違いなく渡してくれ」
「は!」
兵士が中身を見ることも無く受け取るのを確認し、そのまま通りに出た。
道行く人々は遠巻きに俺を見て何かを言っているようだったが、人目も気にせず店に向かった。
「えっ、あら!?え?」
「部屋を貸してくれ!あとこれを受け取ってくれ!」
渡したのは重いカバン。
女将は戸惑いながら中身を見ると、青ざめた顔で焦りながらつき返そうとしてきた。
「こんな大量の金貨お預かりできません」
「酒と部屋代だ、それは汚い金でな、しょっちゅう汚いじじいから大量に渡される!馬鹿の一つ覚えのように金貨や石ばかり寄越しやがって!!使いきれるか!クソじじい!!」
髪を結っていた紐を解いて地面に叩きつけ、息を切らしながらそう言うと、女将は目を丸くした。
「本当にクロウさんなのですね?その格好のままいらしたのですか?」
「ああ、おれ、だが?どうしてだ?」
「その、ご容姿と雰囲気が普段と違ったものですから…あまりの美丈夫ぶりに見とれてしまいましたのよ」
その言葉にがっくりときて毒気を抜かれる。
「女将さんまでそんな…これが仕事の衣装なんだ、見なかった事にしてくれ…」
「あらあら、お話には聞いていましたけど、本当に役者さんのような格好ですのね」
そう言うと女将はいつもの部屋に一緒に入った。
「忙しいんじゃないのか?」
「お着物はご自分で畳みます?」
「…よろしくお願いします」
女将はくすくすと笑って着替えを用意してくれた。
髪を簡単にまとめなおし、顔を洗うと布団に寝転んだ。
「汚い金は…マイアやサキさんなんかにも物入りだろうから、せめて役に立ててくれ」
「そういう事でしたらお預かりしておきますね」
すると女将はそっと俺の頭をなでた。
「…あの、なんだ?」
「…なんでしょうか?」
こちらが聞いているのだが、女将も自分の行動に戸惑うように離した手を見つめた。
「女将さん、俺の事子供扱いしてるだろう」
「…そんなこと…そうですね、大和さんを可愛らしいと思っておりますよ」
「女将さんに言われても嫌味じゃないのが不思議だな」
女将はまた笑った。
「アキトの気持ちがわかるような気がする…」
「…アキトさんの?」
「いつも頭をなでてやってた、あいつ風呂の後髪を拭かないから毎日拭いてやるのも俺の役だったんだよ、せがんでくることもあってさ、大きい犬に懐かれてるみたいでこんな言い方おかしいけど可愛くて、アキトが子供っぽいからかと思ってたけど悪くないな…」
「大和さん、今日はどうかなさったの?」
ついアキトの話をすると女将は驚いて心配しているようだった。
「…ちょっとな、言いたくない。あとで聡一にでも聞いてくれ」
「虎の、ユキちゃんでしたか?ユキちゃんの居る暮らしはいかがです?」
「ああ、今となっては可愛くてな…」
「…あの家にお一人では寂しいですものね」
その時腹の音が鳴り響いた。
「あらあら」
「飯食うの忘れてた…」
「どのくらい召し上がってらっしゃらないの?」
女将に聞かれ指を折って数えるが、十本目が曲がった時手を押さえられ女将に止められた。
「もう結構ですわ、何かお持ちします」
にっこりと微笑んだ女将のこめかみにはうっすらと青筋が…
「違うんだ!面倒とかじゃないんだぞ!?もうずっと飯が入らないんだ、匂いが無理だし食べても吐いて…」
叱られたくない気持ちが先行し、今まで黙っていたことをつい口走ってしまうと、女将はショックを受けて呟いた。
「そんな…」
「知られたくなかったんだ!情けないだろ?聡一は気づいてるかもしれないが、言わないでもらえると助かる、あの、酒はいらないから果物を少しだけもらえないか?」
「…ご用意します、お待ちになってくださいね」
慌てて弁解すると女将はため息をつき、憂いた表情で部屋を出た。
少し待っていると部屋の戸をノックする音が聞こえて、嫌な気配を感じて横になり目を瞑ったまま返事をした。
「ありがとう、そこに置いておいてくれ、少しだけ眠る」
「いけないわよ、食べるまで見てるようにって、ハナエさんの言いつけで来たのよ」
後ろに抱きつくように寝そべったのはマイアだった。
「…体調はどうだ?」
「恋煩いは治らないものよ」
「元気そうでなによりだ」
マイアは身体をなぞるように手を触れ、首筋に口を当ててきた。
「マイアさん、疲れてるんだが?」
「貴方は動かなくていいのよ?」
そういえばマイアも言葉が通じない人種だったということを思い出した。
「マイア、俺に頭まで一瞬布団をかけてくれ」
「? いいわよ」
言われた通りにマイアが布団をかけ、勢いよく布団をはぎ取ると。
「え!?クロウ!?」
「くろこと呼んでくれ…」
久々の女体化、ここはくろこちゃんの出番だろう。
「クロウ女の子だったの!?」
「残念だったな、こんな身体じゃ何もできないだろう」
「女同士でもいくらでもなんとでもなるわよ?」
「えっ!?」
少し動揺してしまったが、【変態】の無駄な披露に少しガッカリしつつそのままマイアを布団から放り出した。
「頼むからちょっとだけ寝かせてくれ」
「…仕方ない方ね、今度は貴方から会いに来てくださるのを待ってるわ」
「行かない」
「もう!」
戸が閉まる音を聞いて、のそりと起き上がると【変態】を解いて果物を一切れ口に入れた。
明日明後日は処刑人の仕事はないが、それ以上に厄介な四人の相手が待っている。
そう思うと気が重い。
「よくもまあ、あそこまでベラベラと出てくるもんだ」
トールには咄嗟にあんな事を言ったが、俺は結局あの子の前で手を汚すところを見られたくなかっただけだ。
今さら…自分の愚かさに笑ってしまう。
アメリアに見つめられ、刀を振るうことが出来なかった。
関わるのはまずい、だがトールの言葉、あれではまるで王の弱みでも探っているかのような…
有り得ない話ではないか、あのトールの事だ。
王すら欺き下克上くらい企んでいてもおかしくはない、それを利用できないか。
あまりの眠気に目を覚まそうとしてステータス画面を開くと、魂の残機マークが深い蒼になっているのに気づいた。
「こんなマイナーチェンジとカラーバリエーションいらない…」
スキルがまた増えている、知らないところで異世界人がまた死んだ。
一時よりひどくはないが、時々ひどい睡魔に襲われる。
そんな時は何かのスキルか魔法攻撃かと疑い、ステータス画面を確認するが、異常は見られなかった。
「なんでこんなに眠いんだ…」
壁をノックすると紙とペンを取り出し、医者が来たら教えて欲しいと伝言を書き、また壁の引き出しにしまうと眠りについた。
夜になり、女将に呼ばれて座敷に通されると医者が煙管を吸ってこちらをじろりと見た。
デジャブ…
「聡一、いや先生怒ってる…よな?」
「心配したのだよ!!」
「すまない」
「トールはあの後ご機嫌だったさ!一体何があったのかね!?」
「えーっと、部屋に入ってからな…」
鼻息を荒くする医者に事の仔細を説明した。
「すごいですわ、それならこれからも罪の無い方を助ける事ができるのではないですか?」
嬉しそうに言ったのは女将だった。
しかし俺と医者はそんな女将に申し訳なく思いながらも首を振った。
「もうこの手は使えないんだ…」
「そうだね」
「何故ですか?」
女将は俺たちの様子に気づくと神妙な顔で問いかけた。
すると医者が説明をした。
「例え仕組まれているものだとしても、冤罪が増えれば裁判所やトールの信用が落ちるのだよ」
「そう、それはトールの望むことに反する、これを続ければ俺はせっかく飛び込んだヤツの懐から追い出されることになる、始末の対象になるだろう」
「…そうでしたか、考えもなしにごめんなさい」
「気にしないでくれ」
三人でため息をついて、なんとも言えない空気になる。
「それからトールは王について何か探っているようだった」
「どういう事だね?」
「あの四人…その内の森人に王が固執していると言っていた、俺が気に入られたと思ったらしいトールは森人を懐柔して王との関係を調べろと言ってきたんだ」
「フードで顔はよく見えなかったが、確かに今日も処刑場に来ていたようだね」
「そこで接待をして、なるべく王都に引き止めろと言われたよ」
「あの四人に関わって大和くんは大丈夫なのかね!?」
「断ったが結局押し付けられたんだ」
女将は医者から聞いてるらしく、しばし考えてからある提案をした。
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