無実
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「国医の勇者様にか?ここに入れていけ」
「あ?ああ、ありがとう」
「あとな…、その…なんつうかよぉ」
ハゲ頭をかきながら乙女のようにこちらをチラチラと見ては何かを言いかけて止める。
「気色悪いな…」
「うるせえ!そうじゃなくて…」
また言い淀んでいるとベナンが間に割って入り、ニヤニヤと笑いながら言った。
「こいつ父親になるんだぜ!」
「ああ!テメェ!自分で言うっつっただろうが!!」
バーチスは耳まで真っ赤にしてベナンに怒鳴ったが、ベナンと周りの兵士たちは全く気にすることなく笑っている。
「父親…え!?子供が出来たのか!?おめでとう!すごいじゃないか!」
驚きのあまり反応が遅れてしまったが、祝いの言葉を聞いたバーチスは気恥しそうにした。
「お前のおかげだクロウ…妻が病になってからはもう諦めていたんだが…」
「嫁さんが元気になった途端これだぜ」
「全く羨ましいこったな」
冷やかした兵士たちがそれぞれ重い鉄拳をくらい地面に沈んだ。
「バーチス、夫婦仲が良くて何よりだけど、朝から生々しい話なんて聞きたくないぞ?」
「ちげえ!クロウまで…」
「ばっか、冗談だよ、本当に良かったな!俺も嬉しいよ」
地団駄を踏むバーチスをさんざんいじり倒した後、明るい報告に心が軽くなりそう言うと、バーチスは俺を見て不思議そうな顔をした。
「クロウ?お前、なんだか…」
「しまった、仕事の時間だ」
「あ、ああ…頑張れよ…」
「今度祝いの品を用意させてくれ!」
呆けた顔のバーチスと兵士たちを後にして、急いで裁判所に入った。
「バーチス、クロウの顔を見たか?」
「ベナンも気づいたか」
「昔のクロウみたいだったな…」
バーチスとベナン達がそんな事を言い、新入りの兵士が尋ねた。
「クロウ様の笑った顔は初めて見ました…、今日のクロウ様はまるで別人のようでしたね」
「馬鹿野郎、アイツはあっちが元々なのさ」
「…へ?」
首を傾げる新入りに、バーチスとベナンたちは背中を叩きあって笑った。
「本日のお衣装でございます」
「お時間がありませんので、お急ぎくださいませ」
衣装を世話する女たちはテキパキと動きながらもにこやかに尋ねた。
「ユキ様は寂しがってませんか?」
初仕事の頃から変わらず俺の世話を任されている二人は、ミルクの件以来なにかとユキを気にかけてくれる。
「しばらくルカが見ている、もう誰が飼い主だかわからないな」
「まあ、それはクロウ様の方が寂しいですね」
「そうかもしれないな」
今日も黒を基調とした生地に、銀の模様と赤い花の刺繍の施された着物、袴は無く流しのまま着せられ、なんの意味があるのか、さらに上から似た柄の着物を羽織らされて、袖を通そうとすると止められた。
足元は底の高い漆塗りのような光沢のある濃い茶の下駄。
後れ毛を残し、高い位置で括った髪には黒い紐。
いつもの事ながら目尻に紅をさされて支度を終えると、自分が何の仕事をしに来たのか忘れそうになる。
「行ってくる」
「はい」
「行ってらっしゃいませ」
二人に見送られ、断頭台のステージの袖口に待機し、処刑後に傍聴席にかける言葉の書かれたカンペを暗記していると兵士が耳打ちをしてきた。
「本日はトール様もご覧になっています」
資料を読んだ限りでは、今日の罪人とされる者は恐らく無実だろう。
わざわざトールが娯楽を求めて見に来るという事がいい証拠だ。
「100人め…」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何でもない」
「彼の者は真実の耳を持ち、愚かな罪人に罰と永劫の苦しみを与える為、神に遣わされし真実の断罪者!クロウ・タカヤナギ!」
いつの間にか慣れてしまったこの長い呼び出しに、毅然とした態度でステージに出ると観客からは盛大な歓声が響いた、小汚い格好に酷い拷問の痕が痛々しい中年の女が、床から伸びる縄に手を縛られ、抵抗する気力もなく静かにその時を待っていた。
「お母さん!誰かお母さんを助けて…」
耳障りな歓声の中から子供の声が聞こえ、その声の主を見るとまだ幼い、十歳かそこらの少年が老婆に抑えられながらも必死に処刑を待つばかりの女に手を伸ばしている。
その時、同時に目に飛び込んできたのはあの四人の姿。
アメリア、スクレイド、クリフト、セリ…!?
何故ここに…。
俺は現実感の無い中で、スキルを使って女に問うた。
資料によるとこの女の罪状は、貧しさに強盗殺人を繰り返したと書いてあったが、女ひとりでは無理がある殺人現場に、その後の女の金銭的な生活環境が全く変わりないことが無実を物語っていた。
「汝…罪状に間違いはなく、罪を…認めるか?」
すると女はぼーっとしたまま繰り返し呟いた。
「私が…やりました…私が、やりました」
【真偽警告】は嘘であることを証明する警告音を響かせた。
観客席からは歓声に混じり少年の泣き叫ぶ声、被害者からは罪人の死を切望する声。
そんな正反対の感情を一身に受けても今まで迷った事なんて無かった、それなのになぜ手が動かない?
恐る恐る少女を見るとアメリアは微動だにせず、ただ真っ直ぐと俺を見つめている。
「なあ、クロウ様がアメリアを見てないか?」
「そんな訳ないだろうクリフト、隣の罪人の息子と母を見ているのだろう」
「ああ、そうか、あの二人が…」
「クリフトくん、セリちゃん、様子がおかしいみたいだよ…」
スクレイドの声に二人は改めてステージを注目した。
歓声が鳴り止み、辺りが静まり返った。
真実の断罪者が刀を鞘に納め、断頭台の前に出ると罪人とされる女を隠すように立ち、羽織っていた着物を女の背にそっとかけて観客席を見たのだ。
「この者は罪を犯していない!罪があるとするならば無実の者を引き立てた俺たちの方だ!!」
そう言うと観客はざわつき、縛られた手の縄を斬ると女も震えながらこちらを見つめた。
裏の通路では慌てふためき走り回る兵士の音がする。
と、そこで二階の内壁からせり出した席に立っていた兵士がた大きな声を出した。
「静まれーーーー!!」
辺りが静まり返ったタイミングで前に出て姿を表したのはトールだった。
「アタシは裁判長のトールだ、真実の断罪者クロウよ、どういう事かねぇ~?」
「申し上げた通りです」
観客はトールの威圧感に押し黙り、観客席を挟んで行われるそのやり取りに息を飲んで見守った。
「トール様、俺の真実の耳がこの者の無罪を証明しました。この女を放免頂けますね?」
「アタシのぉ~、判決に誤りがあったとぉ~?」
「人は時に間違える生き物です、これまでのトール様には過ちは無かった、それだけの事かと存じますが」
そう言うとトールは優しい笑みを浮かべた。
「よく、気づき教えてくれたねぇ~、さすがは真実の断罪者だ、クロウよ」
「それが俺の仕事ですので」
俺が深々と頭を下げると、トールは高らかに宣言した。
「皆の者!聞いた通りだ!その者を無罪放免とし、新たな罪人の捜索に尽力すると約束しよう!もちろん冤罪を起こしたこちらとしては、許されるならば誠心誠意それ相応の償いをさせて頂きたい!」
すると再び歓声が巻き起こり、処刑は中止となり女は手当を受けるために兵士に手を貸され奥へと連れていかれた。
残された俺は観客席の子供と老婆、そしてこの日を待ちわびていたであろう被害者に深く頭を下げ、その場を後にした。
「クロウくん!?一体どうしたのだね!?」
遅れて駆けつけた医者が駆け寄ると、兵士の一人がトールの部屋に来るようにと伝えに来た。
「大丈夫、行ってくるよ聡一」
「クロウくん!!」
通された部屋には葉巻の煙が充満し、豪華な椅子に浅く座り、テーブルに拳を置いて明らかに苛立つトールが引き攣る笑顔で出迎えた。
「来たねぇ~」
「何か問題があったか?」
そう聞くとトールは珍しく声を荒らげた。
「問題どころじゃないだろぉ~が!!クロウ、貴様アタシの顔に泥を塗りおった…わかっているのか!!!」
「わかっていないのはじいさんの方だろう?」
「…なんだとぉ~!?」
トールのテーブルに腰掛け、俺は不敵に笑った。
「なあ、今までの処刑は俺の前から全て滞りなく執行されてきた」
「それがどうした…」
「俺は真実の耳を持っている、それは群衆も知るところだ、だからこの日を待っていた」
トールは額に青筋を浮かべ、こちらを睨んだ。
「待っていたぁ~!?こんな事で復讐したつもりかぁ~?」
「ふっ、くく…」
「何を笑うのかなぁ~、気でもふれたかなぁ~!?」
思わず笑うといっそうカンに触ったらしいトールは葉巻を床に投げ捨てた。
「アンタにも悪い話じゃない、俺は真実の耳を確かなものとして客に見せたんだ、そしてあの場でのアンタの判断も素晴らしかったぜ」
「…どぉ~いうことかなぁ」
「見ていた者はアンタをどう思う?大勢の前で権力を振りかざすことも無く、取り乱さず、非を認め無実の者に寛大な対処をした、それだけじゃない。間違いを正す部下に怒るでもないアンタを見て、あの場に居たものが受けた印象を考えてみろと言っているんだ」
テーブルに置かれた箱から新しい葉巻を取り、ギロチンカッターで火口を作ってトールの口元に近づけ指先に火をともしてやると、トールはそれを咥えて自分で持つと一服して煙を吐き出しニンマリと笑った。
「…ふぅ~ん、そういうこと」
「英雄祭の時にも言ったはずだ、誰でもわかるようなやり方はやめろと」
「そうだったねぇ~!あぁ~、いいじゃないのぉ~」
「あんたの信用と株が上がった、これからはもっとやりやすくなる。事件の犯人は…本物を見つけるか代わりを作るんだな」
「代わり…ねぇ~、いいのぉ~?」
「誰がアンタを疑える?得もないのに薄汚い田舎の貧乏人を救ったアンタを。これからもアンタが黒だと言ったら全てが黒になる」
ここまで読んでくださりありがとうございます。