お礼
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
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朝の十時頃になり、起きあがって風呂に入ってからお茶を飲みながらぼんやりとしていると、扉をノックする音とバーチスの大きな声で覚醒した。
「クロウ殿!朝早くから申し訳ありません!クロウ殿!」
聞こえてくるのはバーチスの声と気配に間違いはないのだが、違和感のある外向きのお堅い口調に身なりを調えて念話を飛ばした。
[ルカ、ユキをしばらく、俺がいいというまでこちらに来させないで欲しいんだが可能か?]
[…いいよ、どうかしたの?]
[事情はまた話す、急ですまないが頼んだぞ]
[ユッキーは任せて、気をつけてね]
ルカは快く承諾するとすぐさま呼び寄せたらしくユキの姿が消え、それを確認して警戒しつつ扉を開けると、やはり兵士らしく敬礼したバーチスが立っていた。
「お休みのところ大変申し訳ありません!」
こいつがこんな喋り方をするということは…。
「問題ない。どうした?」
俺も合わせて偉そうに喋ると、バーチスは少し横に移動して後ろに控えた四人を紹介した。
「こちらの森人様が、昨日のお礼をぜひにと申されまして、ご案内させて頂きました!」
そこにいたのはスクレイド、クリフト、セリ、アメリアだった。
関わらないと決めた側から…なぜ気配がしなかった?
アーツベルは森に入る許可をもらえなかったというのに、スクレイドはまたどんな手を使ったのか。
心の中で舌打ちをして、とぼけて四人に挨拶をする。
「ああ、あんた達は先日のペガルスの…、バーチスご苦労だった。そうだ、例の件で国医に声をかけておいてくれ」
「はっ!失礼致します!」
バーチスは俺に対し慣れない敬礼をすると特に合図を決めていた訳ではなかったが、医者に報せるよう言われた事が緊急事態だと伝わり、そのまま振り返らずに急いで森を出ていった。
「昨日は兵士がすまなかったな」
知らずに強ばる言葉でそう声をかけると、アメリアが前に出て改めて大きく礼をした。
「昨日は助けてくださってありがとうございました!」
「迷惑をかけたのはこちらだ、気にするな」
「初めまして、この子たちが助けてもらったようだね、俺からも礼を言わせて欲しい」
さらに前に出てきたのはスクレイドだった。
「あんたは?」
「スクレイドというんだ、よろしくねぇ」
するとセリがずいっと前に出て、初対面ならば従者と思わせるような口ぶりで言った。
「こちらのスクレイド様は森人様だ、私はセリ、仲間が世話になり感謝します」
相変わらず堅苦しい…。
しかしスクレイドがいるとは、知らずにユキを遠ざけて正解だった。
こいつはたしか、動物の思考を読みとることができる。
「ああ、俺はクロウだ。わざわざ来てもらって立ち話もなんだ、茶でも入れよう」
四人を部屋に入れるとアメリアとセリをテーブルにつかせ、小さい椅子を二つ用意してスクレイドとクリフトを腰掛けさせた。
いつもの癖でアキトの席を空けてしまい、不自然ではなかったかと心臓が早くなった。
しかし四人はそんなことは気にせず、喋ることも無く緊張した様子でこちらを見ている。
「王都には観光に?」
それぞれにお茶を出すと、素知らぬ顔で適当な話題を振った。
「いえね、近年の魔物の被害が酷くて田舎には冒険者も寄り付かない、治安も悪くなってこの子の家族と俺の兄が盗賊に殺されたんですよ、そこで勇者様に村に来ていただけないかと思いましてね」
答えたのはクリフトだった。
「それは大変だったな、村は遠いのか?」
「はい、ここからかなり南の、死の山を越えた辺りです」
死の山…あの飛竜が出た森にはそんな物騒な呼び名がついていたのか。
しかしクリフトの話は俺の記憶にあるものと一致する。
「あいにく俺は王都から出たことが無いのでな、詳しくはないが遠方から無事に王都に辿り着けて何よりだ」
「あ、ありがとうございます」
クリフトは昔話していた頃とは随分態度が違い、緊張しているようだ。
「無事ではなかったよねぇ」
そこで緊張も何もなくのほほんと語りだしたのはスクレイドだ。
「森人様でも、やはり旅は疲れたのか?」
「仲間を一人失ったんだよねぇ…」
その言葉に一瞬背筋が凍り、誰の顔もまともに見ることが出来ない。
他人の死を悼むように俯いてから切り替える。
「…それは、残念だったな。魔物か賊か?」
「突然倒れて、そのまま眠るようにねぇ」
クリフトとセリにそう言うと、二人も辛そうな表情で頷いた。
「俺はその子とケンカをしていたんだ、その時に倒れてねぇ」
スクレイドは本気で悲しそうな顔をした。
「そうなんです、二人の口論に気づいて俺が部屋に入った途端、倒れてしまって…それきり」
クリフトがあの場に来ていたのは気づかなかったが俺は存在していた!?
もう一人いた事になっているのか?
しかもスクレイドが殺したわけではない…。
「それは…病か何かか?」
「それが全く原因もわからない状態なんです、しかも遺体が…」
言いかけてクリフトは口を手で覆った。
「遺体がどうしたんだ?」
「風化して…光のようにと言った方がいいでしょうか、目の前から散って消えたのです」
セリが答えると、アメリアが口を開いた。
「あのっ、そんな病気を聞いた事がありませんか!?」
「…無いな、そんな奇妙な話は信じられないが…」
俺の死体が消えた?
クロウシスの雑さは知っていたが、今更ながらがっかりだ。
「そう…ですか」
アメリアは残念そうにカップを見つめた。
「旅の疲れは王都で癒すといい、仲間を失った心の傷はそうそう消えるものではないと思うが…」
「はい、ありがとうございます」
アメリアはこちらを向いて寂しそうに微笑み、頷いた。
「クロウくんは異世界人かい?」
突然のスクレイドの言葉は心臓に悪い。
だが大丈夫だ、今の俺は【認識阻害】から始まって個体の識別情報を書き換える【秘匿】など、ありとあらゆるスキルで変化させてある。
「いいや、勇者様ではない」
「この国では異世界人の立場が確立されていたと記憶していたんだよねぇ、君は異世界人でもないのにとても周りから敬われているんだと思ったんだけどねぇ」
「そう見えるか?」
「はい!それはもう!昨日もすごい迫力で!」
スクレイドが何を言いたいのか探る前に、クリフトは興奮した様子で人のいい笑顔を向けた。
「買い被りだな、さて、俺も旅人と話せて楽しかった、わざわざ立ち寄ってもらってすまなかったな」
「…ヤマト様」
ふと聞こえたのは懐かしい呼び声。
声のした方を見ると、アメリアがこちらを見つめていた。
乱されるな。
「アメリア、だったな、何か言ったか?」
「あの、いえ…あ、そう!その髪は地毛ですか?その、とても綺麗な色なので…」
アメリアは立ち上がり、テーブルにカップを置くと近くに寄って来た。
「ああ、綺麗だろう?この類を見ない程の深紅の髪は持ち主の強さの象徴、心に灯る炎の色だ、自分でも気に入っている」
俺はそう言うと手のひらに炎の玉を出してみせた。
すると顔の前に突然出された炎にアメリアは少し怯えて下がり、気を落としたように答えた。
「は、はい、とても綺麗です…」
「アメリアも綺麗な髪の色だ」
「ありがとうございます…」
「どうした?体調が悪いなら兵士を呼ぶが」
「大丈夫です、変な事を言ってすみません」
元気なく答えるアメリアに声を掛けてみるが、それは拒絶を感じて取れる距離のある作り物の笑顔。
昔、アメリアが俺に見せた笑顔は心を許してくれた証だったのだろうか、ふいに懐かしくなるとそれ以上アメリアと話す事は出来なくなった。
「かまわない、俺も出かけたいので森の外まで送ろう」
そう言うとスクレイドとクリフト、セリも立ち上がり、五人で家を出た。
「それにしてもこの森はすごいねぇ」
スクレイドが辺りを見回して嬉しそうに言った。
アーツベルといい、この森は森人様が気に入るような魅力があるらしい。
「そして、不思議な魔力を感じるんだよねぇ」
「恐らく侵入者を防ぐための魔法術式の結界によって魔力が乱れているのだろうな」
「魔法術式…ですか?たしか王都には魔術師がいるんですよね」
クリフトが興味ありげに聞き返すと、スクレイドが代わりに答えた。
「魔力を模様のように編むイメージで多種多様な効果を生み出すものなんだよ、ここまでに泊まった宿屋にも術式で空間を作ってある部屋もあったしねぇ、街の灯りがそれだけど知らなかったのかい?」
「はあ、目に見えない魔力を編む…んですか?」
そしてスクレイドはにこりと笑った。
「ところでクロウくん」
「なんだ?」
「俺と一緒に生きないかい?」
「「スクレイド様!?」」
クリフトとセリが同時に叫んだ。
唐突に何を言い出すのかと思えばこいつは相変わらず、…それとも試されているのか。
「それは無理な話だな、俺にはここでやらなければいけない事がある」
「それは残念だねぇ」
スクレイドは全く残念そうでもなくふわふわとした様子で微笑んだ。
そんな話をしているとアメリアがポポンの実を見つけ、遥か頭上を見上げて声を上げた。
「あんなに高いところに木の実が…」
「あれはポポンという実だ、それよりもうじき出口だ」
歩調を緩めることなく歩いていると、クリフトが引き返してアメリアの手を引いて小走りについてきた。
「さあ、この先の裏門は関係者以外通ることが出来ないが防壁沿いに行けば正門がある、入場の審査は無くすよう兵士に伝えておくから入り直してくれ」
「ありがとうございます、突然すみませんでした」
「感謝致します、クロウ殿」
「お茶もごちそうさまでした」
それぞれ別れを告げてから東に向かって歩き出すと、スクレイドが立ち止まりこちらを見た。
「俺たちは会ったことがないかい?」
「森人様、俺を誰と間違えているんだ?」
「…そうだねぇ、ごめんよ」
そう言うとスクレイドも三人の後を追い正門に向かったのを見送ると、ちょうど裏門の方から医者が走ってきた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。