セグシオ
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
そんな事を考えて軽く酒を呑み干して、帰路につこうとした時、噴水の前に見慣れた男が立っていた。
ちょうど思い出していたセグシオだ。
「クロウ、話がある」
「今度はなんだ?」
「なあ、お前は俺が…ラーラがどんな気持ちで過ごしたかわかるか?」
「いきなり何の話だ」
「俺はラーラの事情をお前に話したよなあ!?」
セグシオはどこか様子がおかしく、不安定におぼつかない足取りで近づいてきた。
そして興奮して大きい声で叫び拳を作る。
「それがどうした」
「どうしただと!?待ってたんだぞ!?お前が来てくれるのを!!」
酔っているようには見えないが、激昂して胸ぐらに掴みかかってくると声にはさらに怒りを滲ませて叫び続ける。
「俺には関係の無いことだと言わなかったか?」
「それでも!お前なら一目だけでも会いに来てくれると信じてたんだ!」
人通りの多い噴水広場の前で、通りすがりの人々は言い争う男二人に距離を取りつつも足を止め、次第に人が集まってきた。
「ここでは目立つ、場所を変えるぞ」
「…相変わらず冷静だな」
セグシオは押しのけるように手を離し、距離を取った。
「俺はお前に頼んだよな!?ラーラを慰めてやってくれと!」
「平行線だな、俺は承諾していない」
「てめえぇええっ!!」
突然現れて何を一人で息巻いているのやら、これだから人と関わるのが煩わしくなるんだ。
とうとうセグシオは拳を振り上げ顔めがけて突っ込んできた。
少し下がり、拳を避けるとセグシオは前のめりに倒れ込んだ。
こいつは確か見回りの兵士だったはずだが、こんな体捌きで勤まるものなのかとため息が漏れる。
「ちくしょう…、ラーラがどうしてるかも聞かないのかよ…!ふざけんなよ!!」
「警備兵が来るぞ」
「それまでにお前をボコボコにしてやる!」
セグシオは何度避けても殴り掛かるのをやめず、足はよろけ息は上がり、距離を詰めて止まると腰に右手を伸ばし服の下で何かを掴んだ。
「やめておけ、そんなもの…」
しかしセグシオは腰に隠し持ったナイフを取り出し、刃を剥き出しにすると震える手でこちらに向けて構えた。
「腰が引けてるぞ」
「うるせえええ!!」
叫び声と共にナイフを突き出して切りかかってくる、型も何もなく一心不乱にナイフを振り回しているがその刃は俺をかすめることすら出来ない。
理性も何もあったものじゃない。
俺の知っているこの男は、少なくともこんな無茶をするような馬鹿ではなかった。
「いい加減にしろ」
「うる…せえっ!お前には人の心が無いのかああああ!!」
…人の心?
こいつは、俺に何を求めているんだ?
「ふっ、ははっ」
自然と笑い声が出ると、セグシオは怒りに震えながらその場で止まり、血走った目を見開いてこちらを睨みつけた。
「何を…笑ってやがる!!」
「人の心?生憎とそんなもの持ち合わせてないからな」
「なんだとぉ!?」
「そんな不確かで脆いものは目的の為には邪魔にしかならない」
「このっ野郎おおおお!!」
セグシオが勢いをつけてナイフを振りかぶったその時。
「お前たち!何をしている!!」
「動くな!」
見回りの兵士が騒ぎを聞き駆けつけ、抵抗して暴れるセグシオは二人がかりで取り押さえられ、ナイフを叩き落とされ地面に倒されると後ろ手に拘束された。
「離せっ、離せええ!!」
「こいつっ、暴れるな!」
「お前も来い!」
兵士は俺の手を掴み、近場で兵士が多くいる裁判所に連れていかれた。
なんて馬鹿馬鹿しい…。
裁判所に着くと、中から出てきた兵士たちはこちらを見るなり俺を掴む兵士を引き剥がした。
「何をしてる!こちらはクロウ様だぞ!」
「な、なんだと!?」
「クロウ様!何があったのですか!!お怪我はございませんか!?誰か国医の勇者様を呼べ!!」
「いい、問題ない。…その男も離してやれ」
慌てふためき騒然となる兵士に声をかけ、軽く手を上げると兵士たちは構えた剣を納め、取り囲む形で待機し始めた。
その様子を見たセグシオは大人しくなり、状況が理解出来ずに兵士が離れても動けず、独り言のように俺の名を呟いた。
「クロウ…、クロウ…様だって?」
普段は顔を隠している俺を見回りの兵士が知らないのも無理はない。
「騒がせて悪かったな、顔見知りだ。皆持ち場に戻ってくれ」
「しかしクロウ様…」
俺を知る裁判所の兵士は心配そうに口を開く。
確かにはたから見たら無抵抗の男が刃物を持った男に襲われていたのだから、いくら問題がないと言っても納得は出来ないだろう。
「すまない。俺の不始末なんだ、引いてくれ」
「…はっ!」
兵士たちは顔を見合わせ頷くと、数人の見張りを残しその場から散っていった。
セグシオは驚愕と困惑の入り交じった顔でこちらを見つめる。
「クロウ…お前」
「セグシオ立て。何があった」
手を差し伸べるが、それを払い除けるとふらつく足でゆっくりと、俺を睨んで立ち上がった。
「…部屋を用意させる、待ってろ」
遠巻きに様子を伺っていた兵士に合図をすると、兵士が近寄り案内されて後を歩く。
セグシオも生気のない顔ではあるがなんとか着いてきているのを確認し、個室に入りテーブルに腰掛けた。
「座れ」
「クロウお前、…何者だ?」
「ここで処刑人をしている」
「お前が…あの、真実の断罪者…!?」
その二つ名で通っているのかと、今更ながら頭痛がする。
いつまでも立ち尽くすのに見かねて反対側の椅子をひくと、やっと椅子に座り力なく項垂れた。
「ラーラが死んだ」
俺も席につこうとした時、振り絞るような声で吐き捨てるように言った言葉に耳を疑い、セグシオを見つめる。
「死んだ?」
「弟を亡くしてもしばらくは明るく振舞っていたが、そのうちに塞ぎ込むことが多くなって、昨日…自分で首をかき切って死んだ」
悔しさからか組んだ手は震え、爪を己の手にくい込ませ、血が染みでるのも構わずに一層力を込めて耐えている。
「お前が一言だけでも励ましてくれたら、ラーラは死ななかったかもしれない」
俺を見たセグシオの目には強い憎悪を感じ取ることが出来る。
「…それは残念だったな、それで?」
「それでって、だからラーラは…」
「大事な弟が死んだからといって、生を放棄したのか?ラーラはもっと賢いと思っていたがな」
「なんだと!?この…っ」
セグシオは怒りにまかせ立ち上がろうとしたが、背が凍るような殺気を感じて閉口した。
「いいか、同情はする、だがお前は何をしてた?傍にいたんだろう?それで立ち直らせることが出来なかった」
「お、俺は…」
「ラーラが死んだのが俺のせいだと?逆恨みはやめろ。お前にはラーラを救う力が無かった、ラーラは弱さから死を選んだ、それだけの事を悲劇ぶっていちいち騒ぎ立てるな」
「なっ…」
「お前はこの世界で他に成すべき事も無いのか?街の往来で騒ぎを起こし刃物を持ち出しておきながら丸腰の相手に傷一つ付けられず、兵士が聞いて呆れる、鍛錬はどうした!」
「…ぁ」
セグシオはそれでも何かを反論しようとしていたようだったが、ガチガチと歯をならして震え目には涙が滲んだ。
「俺を殺したいほど憎むならなぜ感情的に襲いかかってきたんだ?心を隠し腕を磨き時期をはかろうとは思わなかったのか?」
「だ、だって…」
「呆れる…“ 可哀想なお前”はいつものように友人のふりをして近づく事もできなかったか?本気で俺を殺そうと思うならお前にはその方法もあったはずだ。覚悟もなく一時の感情にまかせて暴れ、そのチャンスを捨てたのはお前自身だ!」
「俺は、ラーラのために…」
頭を抱えたセグシオは目に涙を溜めて震えていた。
「俺が死ねばラーラが喜ぶ?違うだろう!満足するのはお前だけだ!その程度の気持ちで…お前のエゴを死者のせいにするな!!」
「っ、うっ、うわあああああぁ!!」
男は椅子から崩れ落ちて床にへたり込むと泣き叫んだ。
コイツは何のために生きている?
腹の立つ…
「クロウくん、もう十分だ」
肩を叩かれ、我に返り振り向くと医者が小さく首を振った。
「…っ、先生」
「ボクの接近にも気づかなかったね、君らしくもない」
「…大声を出してすまない」
「彼を兵に家まで送らせよう、かまわないね?」
「…頼む」
医者は泣き喚く男を見て兵士を呼ぶと連れていくように言い、セグシオは兵士に連れられて部屋を出て行った。
部屋の外で泣き声が遠くなっていった。
「クロウくん、大丈夫かい?」
「俺は最低だな…」
「そんなことあるものかね」
「聞いていたんだろ?アイツに言った事は全て俺自身のことだ」
「これ以上自分を責めてはいけないよ」
医者は俺の両手を優しく包むように握り、悲しげに微笑んだ。
「俺がやってこれたのはアキトのおかげだ…でも今やってるのはアキトの為じゃない、優しいあいつがこんな事を望んでない事はわかっているのにな」
「ボクも君との約束のおかげで生きていられるのだよ、ボクらは一蓮托生じゃないかね」
「先生、今日の俺はどうかしてる…いや、もうずっとおかしいのかもしれない」
「そんなことは無い、帰ってゆっくり休みたまえ」
先生は変わらず優しい。
でも俺を見る目や態度はいつからか変わった、哀れみと悲しみを込めて腫れ物に触れるように。
俺はきっとまた間違えているんだろうな。
でももう後戻りは出来ない。
「先生の言う通り今日は帰るよ、再来週には英雄祭もあるしな」
「クロウくん、本当にちゃんと休まないと駄目だよ」
「はは…、アキトに言われてるみたいだ」
裁判所を後にし、裏門でバーチスと目があったが喋ることなく雑草の生い茂る森の家に戻った。
酷く静かだ。
ソファに寝転び、ブレスレットに傷がついていないか確かめる。
「無事でよかった」
[アキト…いつまでも、楽しい時間が続くと…そんな事を思っていた頃の俺は馬鹿だったな]
つい念話を使って自嘲気味に笑った。
もちろん返事などあるはずもなく、頭を乱暴にかいて目を閉じた。
その時、妙な気配を感じて意識を集中する。
数日前から現れたソレは、森でも王都でもなく、どんなにスキルの精度を上げても居場所も何者かもわからない。
俺の【周囲感知】はせいぜい王都周辺までが限界のはずなのに、意識を集中して正体を探るが不安定な気配は煙のように漂っては途切れる、しかし得体の知れないその気配にはどこか懐かしさのようなものがある。
「俺の力で探れないか、何者なんだ…」
ここまで読んでくださりありがとうございます。