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アーツベル再来

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

森に帰ると水晶と化した石、アーツベルがソウルプロウドと呼ぶものに魔力を注ぎ、生命の力が流れ出すのを調節しようとして、石に魔力が入らないことに気づくと別の岩を探して家の前に転送した。


相変わらず果物を齧りながら、切り株に座り岩に魔力を注ぎ続けた。

アーツベルのような者がまた現れないとも限らず、魔力の溜まりきったソウルプロウドは全て物置にしまい込んである。


アーツベルはあの日、俺が感情に任せて怒鳴ってからは姿を見せてはいない。

王都周辺からもその気配は消え、部屋には彼女が忘れていった虹色の粉が入った小瓶だけが残っている。

「あんな怪しげなもの置いてくな」


と、その時。

森に独特の気配が入ってくるのがわかった。

「…思い出さなけりゃ良かった」


後悔しながら岩を物置に転送し、切り株に座ったままそいつが到着するのを待った。

「クロウちゃーん…」

「アーツベル、久しぶりだな」

「…また来ちゃった、この間は嫌なことしてごめんね」

この間とは、寿命の長いエルフにとってはまるで数日前の事のように体感しているのか。

しおらしい態度と時間の感覚の差に気が抜ける。


「もう勝手なことをしないなら茶でも飲んでくか?」

「…いいの?」

「ああ、お前の忘れ物も返したかったしな」

「クロウちゃん!ありがとう!!」


部屋に入るとユキの気配はなく、どうやらルカのところにいるらしい。


お茶を用意してテーブルで待つアーツベルに出し、もう一つ自分の隣にグラスを置いた。

「ねえ、この前も気になったんだけどそれは?」

「この家の主の分だ」

「そう…」

アーツベルはまだ何かを聞きたそうにしていたが、こちらの顔色を伺うようにグラスと交互に見つめ、黙ってお茶を飲み始めた。


そこで小瓶をーブルに置くとアーツベルは勢いよく立ち上がった。

「なにこれ!?」

「お前が置いていったんだろう」

「むぅ、お前じゃなくて、そうね、クロウちゃんなら特別にベルって呼んでいいわよ」

「出ていくか?」

そう言うとアーツベルは首をぶんぶんと横に振り、大人しく座り直した。

「えーーー?これ私の置いてったモノじゃないわ、変質してる」

そう言って小瓶を手に取り、口を開けて呆けたまましばらく唸った。

何が言いたいのかいまいちわからないが、保存状態が悪いとでもいうことか、まあそんなの知ったことではないのだが。



「知らん、何もしていないからな」

「クロウちゃんは妖精?エルフ?ハーフ?何者なの?」

「…人間をしているが」

また唐突に意味不明なことを言い出され、思わずお茶を噴き出しそうになる。


「だってね、この中身はライニグングパウダーって言って」

「ライ…なんだって?」

「ライニグング、浄化の粉。プロウド魔晶石の一種から採れるお薬なの」

「石の粉を俺に飲めと言ったのか」

「その言い方は心外ね!お薬って言ったでしょ?元は石や岩でもプロウド化していれば、それはもう魔力の塊みたいなものなのよ」


それならば安心だ、とはならない事がこのエルフには理解できないらしい。

「それで、その粉がどうしたって?」

「わからない、見たことも無いモノに変わっているの」

「悪くなったということか?」

「んーん、プロウドが劣化することは有り得ないの、ただ全くの別物になってるのよ」

「もっとわかるように言ってくれ」

「クロウちゃんて意外と頭が悪いのねっ」

「帰れ」

「ごめんなさいっ!!冗談よ!あのねっ、何か異質な魔力を浴び続けて原型がないほど別のモノになっちゃったの!」

「それが俺のせいだと?」

「え、ごめんなさい」

アーツベルは反射的に謝ると、ハッとしてまた小瓶を振ったり逆さまにして観察した。


「いや、多分俺のせいだろうが、責任は取れないぞ?」

「何かしたの?」

「心当たりはあるが不確かだから言えないな」

「気になるじゃないっ、教えてよー!」

足をじたばたさせるアーツベルの騒がしさに呆れ、席を立ってソファに寝転んだ。

「ベル、今日は何しに来たんだ?」

「あらー!今ベルって、クロウちゃん可愛いところあるじゃない!」

話を戻すため名前を呼ぶと途端に上機嫌になり、近づいて床に座り込んだ。


「謝りに来ただけよ」

「そうか、じゃあ帰れ」

「もう少しいいでしょ?」

「…居たけりゃそれでもいいが、俺は風呂に入ってくる。この果物をやるからそこから絶対に動くなよ」

「きゃー!ありがと!いってらっしゃーい!」


浴槽に浸かると粉の事が頭によぎる。

石や岩を高価な石に変えるくらいだ、きっと俺の魔力に当てられてベルすら知らない物質に変わってしまったのだろう。

それにしてもベルが森に入った場所がおかしい。


風呂から上がると退屈そうに窓を眺めるベルに問いかけた。

「ベルはどうやってこの森に入った?魔法術式の結界があるはずだが、裏門を通らなかったな?」

「んーとね、ライニグングパウダーを振りかけるか、こうやってー」

立ち上がると人差し指で人一人分の円を宙に描いてみせた。

「術式の隙間を作るのよ」

「…つまり結界を破るということは、立ち入り禁止だとわかっていて侵入していると言うことか」

「あっ!しまったわ!クロウちゃんの誘導尋問に引っかかっちゃった!!」

「もういい、お茶のお代わりは?」

「頂くわ!」


ベルはテーブルの席につき、部屋を見回した。

「ねえねえ、この部屋掃除しないの?」

「そういえば寝に帰るだけで何もしてないな」

それを聞いたベルは顔をひきつらせた。


「嫌なら帰れ」

「すぐ追い出そうとしないでよー!お茶のお礼に掃除しましょうか?」

「いや、お前は余計な事をしそうだからな…」

「掃除だけ!ね!」

「それはさすがに申し訳ないが、本当にいいのか?なら物の位置は動かすなよ、何も見るなよ?何も考えるな、気にするな」

「…謙虚なのに横柄ね。いいわ素直なクロウちゃんの為に綺麗にしてあげる」

ベルに掃除用具を渡すと、ハタキで壁のホコリを落とし、ほうきで床を履いて布で丁寧に家具を拭き始めた。

「手作業!?嘘だろ…ベルが常識的に見える」

「失礼だけど正直なのがクロウちゃんのいい所よね!私を育ててくれた人がとても綺麗好きで、片付けと掃除には厳しかったのよ」

てっきり魔法でも使うのかと思ったが、その方法は一般的、というよりむしろ業者のように手際がよく、見ていて気持ちがいい。


「俺もやる」

「いいわよ、こういうのは手分けするとかえって汚れを見逃しちゃうのよ」

「しかし見てるだけというのもな…」

「じゃあ何か作ってよ!お腹減ったわー!」


先程果物を二つも食べておきながら、まだ腹が鳴っている。

「料理は苦手なんだ」

「やだっ!いつも外食?」

「いや…」

「いーいーかーらー、なんでも文句なんて言わないわ」

「…仕方ないな」

ベルは快活な笑みを浮かべ、掃除に戻った。

仕方なく地下の食料庫から食材を出してキッチンに立つが、思い出すのはアトスに教わった煮物やゲッシュ料理だ。


調理を始めて少しするとすぐにテーブルに戻るを繰り返した。


「下ごしらえ?」

ベルは掃除の手を休めることなく、料理を待ち遠しそうに言った。

「そんなところだ」

たまに火加減の様子を見るが、ある程度火が通ると掃除が終わるまで放置した。


「できたぞ」

「こっちも完了よー!」

部屋を見ると、床や壁、家具が本来の色ツヤを取り戻し、開け放した窓と扉からは気持ちのいい風が入ってくる。

「短時間でここまで綺麗にするなんてすごいな」

「もっと褒めてもいいのよー?」

ベルは自慢げに腰に手を当てた。

しかし、ベルは暖炉を見て首を傾げた。

「これは何のためにあるの?」

「俺も知らん」


そこで料理を皿に盛ってテーブルに置くと、ベルは喜んで席に着いた。

「美味しそう!いただきまーす!」

俺も向かい側に座り、ベルの頬張る姿を見ながらお茶をすすった。

部屋の中は空気が軽く、誰かが長くいるのはとても久しぶりに思えた。

「やだ!これ美味しいわ!クロウちゃんお料理上手なのね!!意外だわ!?」

「そりゃどうも、ベル」

「なあに?」

「掃除大変だっただろう、ありがとうな」

そう言うとベルはスプーンを皿に落とし、驚いたように固まった。


「どうした?」

「クロウちゃん…あなた…」

ベルが何かを言いかけた時、気分が悪くなり風呂場に走った。

「うっ、ぐ…」

「クロウちゃん!?」

心配して追いかけてきたベルが背中をさするが、思わずその手を払いのけると、怯えた顔でこちらを見る。

「俺に触るな…汚いから、食事中に悪い」

「そんな事はいいのよ、でも」

「先に戻っててくれ…キッチンで手を洗うといい」

「…大丈夫なのね?」

「ああ…」


やはり無理だったか。

食事の臭いどころか、この家ではアトスがいなくなってからキッチンに長くいるだけで気分が悪くなる。


シャワーを出して頭から水を浴びながら浴室に座り込むと頭がぼうっとして、そのままどのくらい経っただろう。


「…ちゃん、クロウちゃん!!」

ベルの声が聞こえる。

「…どうした」

「どうしたじゃないわよ!!いつまでも戻ってこないから見に来たら、死んでるかと思ったわ!!」

シャワーを止めると手を握り、風呂場に掛けてあったタオルで心配そうに頭を拭かれた。

「…悪い」

「着替えは!?」

「そこの棚に…」

ベルは急いで服を用意すると、タオルと服を手渡して向こうを向いた。

「見ないから、一人で着替えられる?」

「ああ…」


なんとか着替え終わるとベルに手を引かれ、壁伝いに部屋に戻りソファに倒れ込んだ。

「クロウちゃん、どこか悪いの?」

「少し疲れた…だけだ…」


意識が遠のき、次に目が覚めると最初に目に入ったのはバーチスの顔だった。

「クロウ!気がついたか!?」

「…バー…チス…?」

「ああ、喋らなくていい、森人様がお前の事を知らせて下さってな」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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