ルカとユキとベナン
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
「あれ?そういえばユッキーは?」
ルカはユキが気に入ったらしく、謎のあだ名をつけて呼んだ。
「まさかオレの家に置いてきちゃった?拾い食いとかしないかな、早く帰ってやらなきゃじゃん!」
部屋の心配よりユキの心配をする辺り、ルカは本当に悪いやつではないのかもしれない。
「隠してあるだけだ、問題ない」
そう言うと、ルカは不思議そうに俺の身体中をペタペタと触って口を尖らせた。
「いやまじで、ユッキーは?」
「気にするな、そして触るな」
そう言うとルカはふむ、と一息ついてから気にしない事にしたらしい。
帰り際、ルカに念話の存在を教えるとすんなりと習得し、色々とスマートにこなす所や健気さと素直さを見て、トールに目をつけられてしまったのがわかる気がした。
「ところでルカはこの世界のステータスの扱いについてどう思う?」
「うーん。最初は隠すような事かなと思った事もあったけどなぁ、色々あってからは切り札みたいなものだと考え直したかな」
「切り札?」
「誰に何のために教えるのかにもよるけども、剣技を磨いて見せつけて、少し上の数字を言えば無用な争いは避けることも出来るし、逆もあるかなって思うんだよな」
なるほど、ステータスの情報操作で争いを避けるために利用する発想はなかったな。
それにしても…
「その逆というのは?」
「相手のステータスを知ってしまったら、もしかしたら勝てる相手にも先入観で勝てなくなる可能性もあるって考えたら、純粋に力量を測るのは自分の感と経験を養うしかないのかなって。まあこれはオレがビビリなだけだから参考にならないかな」
「ルカお前…、いや、なんでもない」
「あっと、ごめん、こんな話じゃわからないよな、結局時と場合による感じかな」
つい思ったことを言いかけて、それは流石にいくら無神経な俺でも口に出すことができなかった。
それを除いてもその柔軟かつ慎重な考えは俺にとって目からウロコだった。
「お前はすごいな」
「ありがとう、かな?」
──もしアトスが生きているうちに話す機会があれば二人は気があったんじゃないか、そんな事を考えてしまったこと自体、どちらにも罪悪感にも似た感情が湧き上がり、途中でルカと別れてからはやるべき事だけに集中することにした。
「にゃあ」
耳元でユキの声がして、俺はボソッと呟いた。
「後でな」
「にゃー」
裏門につくと、バーチスが俺の周りを見て一緒に連れて出たはずのユキがいないと所在を確認した。
「居るから大丈夫だ」
そうは言うとバーチスは周りを気にして一言注意した。
「ベナンにユキの心配をかけるなよ」
何故そこでベナンがでてくるのか。
「この間は助かったが、ベナンはそんなに動物が好きなのか?」
余計なことは聞くまいと思ったが、バーチスがわざわざベナンの居ない時を狙って忠告するという事は何かあるのだろう。
「…四年前までベナンは市場の見回り兵だった」
「四年前?」
その数字はたしか、ガームブリーダーこと宝石商のミミッチがベナンを見てかけた言葉だ。
「確かにあいつは動物が好きでな、親が宝石商だったからガームにも思い入れがあったらしいが…」
バーチスは自分も、本人やその時の兵士に聞いただけだが、と付け足してから続けた。
──その日もいつも通り市場を見回っていたベナンは、ある商店の奥で目が止まった。
そこに居たのは毛艶が悪くやせ細り、生傷から血が滲むガームだった。
落ち着きがなく息も乱れたその獣は、本来なら決して王都に入ることが出来ないほど状態が悪かったのだ。
大方門の兵士に賄賂を握らせ市場に連れてきたのだろう、ともかくそんな事よりもそのガームの姿に危機感を抱き、商店の主に注意をした。
「このままでは人を襲うかもしれない、きちんと餌を与え、痛みで言うことを聞かせるのを止めるように」と。
すると餌代が惜しかったのか、ベナンが目障りだったのか。
主は弱ったガームを繋いでいた鎖を、杭の一巻分緩ませてベナンを襲わせようとした。
その時、商売のためにいつもガームに体罰を行っていたであろう器具を主は一つも持っていなかった。
それを見逃さなかったガームは鎖が緩むと、他には目もくれずに主である商人に襲いかかり、ベナンが止めるまもなく噛み殺した。
その騒ぎに兵士たちが駆けつけた。
しかしベナンは鎖が緩んだとはいえ、店から出ることも出来ないガームに危険はないとなんとか庇ったが、大人しくさせる手間を惜しんだ兵士たちによってそのガームはベナンの目の前で処分された。
「またその手の話か…」
「ああ、そしてベナンはその時のガームの事が忘れられないんだと」
なるほど、そんなベナンが俺のユキに対しての無責任さに怒るのも当然のことだろう。
そして宝石商のミミッチはその場にでもいたのか。
「またやってしまったわけだ、俺は」
「その責任を取らされてこの裏門に異動になったんだ、お前にはなんだが、この裏門は兵士としては問題のある奴が送られるところなんだ」
「…そうなのか?」
「俺も元々身体の弱かった嫁の事があって、時間に融通の利く持ち場となったらここになった」
それはわからないでもないが、それではまるでこの場の守りは重要ではないような。
「言いたいことはわかるぜ?ただ俺は健吾様を少しとアトス様とお前しか知らねえが、どうも代々執行人の勇者様方はアクが強く、だれもここに来たがらなかったらしくてな?」
それを聞いてバーチスをじろりと見ると、慌ててフォローしようとするが、すぐに諦めて本音を漏らした。
「いや!考えても見てくれよ、目の前には勇者様のお住い、後ろはトール様の城だぜ!?」
「責めてないぞ?俺も自分が問題行動だらけなのはわかってるからな」
「おい、わかってるなら少しは大人しくしてくれよ」
バーチスがガックリと肩を落として俺を見た。
「ベナンに悪いことをしたな、ユキの事では助かった…今度またポポンジャムを持ってくる、話してくれてありがとな」
「そうしてやってくれ」
バーチスに口止めをされ、改めてユキへの責任を実感して、右耳のピアスを指でなぞった。
それから一ヶ月半後──。
連日の仕事とユキの関係、そして下準備の為になかなかルカと稽古をする時間が取れずにいたが、やっと予定が合い家に呼ぶことが出来た。
裏門まで迎えに行き、あの夜怒りに身を任せ家にやって来たルカを知っているバーチスやベナンが、意外な組み合わせだとからかうのを適当にあしらい森を歩いた。
「大和、なんだか疲れてるな」
念話でこまめに情報交換はしていたものの、会うのはルカの自宅に行った時以来だった。
「いつも通りだ」
正直に言うと最近の処刑は無実の者が多い。
そんなただの人殺しに成り下がっていく度に、眠ろうとすると《アイツ》の声が聞こえて、吐き気と目眩が酷くなっていた。
ルカは会っていなかった期間は朧月で働き、最初は複雑そうにしていた医者も今はそれなりに様子を見ているようだ。
女将も自分が雇った人間がアトスに何をしたのか、どういう立場なのかを医者伝てに知っていたらしいが、それを表には出さずにルカを働かせてくれている。
俺はというと、眠れない日に朧月の一室を借りて酒を飲む日がある程度だったが、紹介した点前…もとい保護者としてルカの様子を聞くことも多かった。
「そうだ、お前がよく働いてくれると女将さんが褒めていた」
「そうか、少しでも役に立てているならいいな…あそこは国医殿の店だと聞いたよ」
「卑屈になるな、男手が欲しい店と使えるお前が揃った。それだけだ」
「大和は…よくわからないな」
ルカは遠慮しながらも不安定な心を覗かせた。
「トールに利用されている時は、裁判所でたまに行き会ってたのを覚えてるかな?同志なのかと思う事もあったけど、実は扱いの差に嫉妬したこともあるんだ」
「それ以上の黒歴史はやめとけ」
「黒歴史…やっぱりそう思うか?」
「それ以外になんだというんだ、さて」
「あっ」
家の前にはユキがお座りをして待っていた。
「大きくなったなー!」
推定五ヶ月弱のユキの体重は医者曰くありえない重さだという40キロほどになり、立ち上がって飛びつかれると普通の人ではその勢いと重量に倒れそうだ。
しかしルカは呼ばれて飛びつくユキに全く動じることなく軽々と抱き上げて、嬉しそうにあやしている。
じゃれているつもりの重いトラパンチを顔に受けてもダメージはなく、肉球の弾力に笑顔全開だ。
俺が言うのもなんだが、やはり異世界人のステータスも関係しているのか、その頑丈さと腕力は少し行き過ぎていて気持ちが悪い。
もしかして俺も傍から見たらこんな感じなのだろうか。
そこでユキを抱いたルカを部屋に通し、壁に設置した二つのフレームを見せた。
「これは?」
「丸い方はユキの部屋で、四角い方が手合わせ用の空間だ」
そう言うとルカは瞬時にそれを理解した。
「空間術式か…」
「お前はいい思い出はないと思うが我慢してくれ」
「大丈夫だよ」
そして二人で四角いフレームをくぐり抜けると、そこは英雄祭の闘技場を模したバトルステージ仕様になっている。
「これは俺が作った空間だ。ある程度の魔法なら崩れたりしないから安心して使ってこい」
「大和が作ったのか?すごすぎて引くわ」
準備運動をして、手に馴染んだ日本刀の鞘に手をかけるとルカも腰に下げていた剣に手を構えた。
そしてしばらくお互いに軽く剣を交えてみると、やはりルカの動きは慎重さと観察力に長けたなかなかの腕前であることがわかる。
「そろそろやるか」
「おっけー、アルタレーション!」
そう言うと先程とは別人のように動きにキレが増し、攻める剣の形はその都度形もサイズも変わり、どこからどんな攻撃がくるのか予測がつきにくい。
「すごいな、鉄を操るのはそんな使い方があるのか」
攻撃を受けながら思わず関心して見入ってしまう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。