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笹井という男3

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

「お忙しいところ、お越し頂きありがとうございます」

今まででは考えられないような丁寧な言動に、俺のストレスはさらに高まった。


「今まで通りの対応にしてくれないか?」

「そんな事が出来るわけありません、私が今こうして居られるのも国医の勇者殿とクロウ様の温情あってこそなのですから」

「帰る」

「申し訳ありません!直します…から、居てくれよ」


今度こそ本気で立ち上がると、やっと今まで数回会った時と昨日の英雄祭で話した程度だが俺の知る口調に戻り本題へ。

「さて、大丈夫だ」


それを聞いて【認識阻害】のスキル発動の合図だと察した笹井は、頷いて一呼吸置いてから話を始めた。

「大和様は…」

「大和でいい」

「…大和は、何者なんだ?」

「お前のような境遇の奴に話すには少しはばかられるんだが、俺は召喚されたのではなく別のルートでこちらの世界に来た転生者だ」

「転生!?」


驚きを隠せない笹井は身を乗り出した。

「じゃあこの世界に家族が?」

「いや、来た時の俺は17歳で、気づいたら見たことも無い地方の山の中に投げ出されていたな」

「ますますわからないんだけど、じゃあ二年半近くここで過ごして…俺と同じくらいだね」

「いや二年寝てた」

「えぇ?」

「そこは俺にもわからんので置いておくとして、笹井は…」

「ルカと呼んでくれ」

「笹井は…」

「ルカと」

「笹…」

「ルカだ」

微妙な間があいてから話を続けた。


「ルカは今までトールに仕事を命じられていたと思うが、それも今後は俺の私用だけになるはずだ」

「うん」

「しかし衣食住と待遇の保証はこれまでと変わらない事を約束してあるから安心しろ」

「それも…わかってる、ありがとう」

昨日【視覚投影】で見せた通りなので知ってはいると思うが、一応の確認を済ませた。



「複雑な心境だとは思うが、慣れてもらうしかないだろうな」

「大丈夫、ここまでしてもらったんだから、自分のした事と向き合いながらオレなりに出来ることを探すさ」

「そうか」

そう言って出された紅茶を飲みながら、ユキの頭を撫でた。

「その生き物はガームってやつ?」

「虎」

「トラ…がこの世界にいるのか?」


少し面倒な奴だとは思ったが、恐らく今の俺よりこの世界に詳しいことは間違いないだろうと、知っている中でも話せる事だけをかいつまんで説明した。

「はあ、まだまだ知らないことだらけだな…」

「俺もだ、それでなんだが、今後できるだけこの世界の知識や常識を教えてもらいたい」

「オレの知る範囲で良ければ、と言ってもオレもトールに嘘をすり込まれてる可能性が高いけど、それでも良ければね」

おお、もうそれをネタに出来るとは、なかなか扱いにくい奴だな。


「もう一つ頼みがある、手合わせの練習相手になってくれ」

「君にそんな必要あるかな?」

確かにこれまではアキトが稽古をしてくれたことに加え、スキルさえ使えば恐らくそう簡単には負けないと思いたいのだが。

「魔法やなんかも併せて練習したいんだ」

そう言うと、ルカの顔から笑みが消えた。

「実戦を想定して、って意味?」

「まあ、そうだな…しかしその為には昨日のスキルでもう一つ制約をつけないといけなくなるんだ」


ルカは分からないと言ったように首を傾げた。

「あまり良い気分ではないことは承知しているが、どうだ?」

「そんな事ないよ、それで君の役に立てるなら問題ない」

慌てて顔の前で両手を振り、大丈夫だと言ってみせるところなんかは、素直さがそのまま出ていて好感が持てる。

昨日の試合までは能天気なチャラ男などと思ってしまったが、今ではそんなイメージは欠片も無い。

俺もつくづく調子のいい人間だとため息が漏れるが、一通りの事項を盛り込んだ制約を交わしてスキルが成立した。


「なるほど、君の事を知らない者に対しクロウはこの世界の住人、スキルが【真偽警告】で魔法は炎属性だって事以外はオレは知らないってことにすればいいんだな?」

「拷問されて吐かされそうになっても、絶対に言えない造りになってるみたいだから安心しろ」

「…誰かに試したことのあるような口ぶりなんだけどさあ…」

「気にするな」


やはりしばしの沈黙と間があいてから、ルカは興味深そうに話を続けた。

「それで、魔法を隠す意味ってのはあるのか?この世界って髪の色で大体わかるじゃん?」

「…この髪の色もスキルなんだ、元に戻すと…」

そうして【変態】を解除すると慣れ親しんだ黒髪に戻る。

「おおー!?黒髪なんてこの世界で初めて見た!」

「そうらしいな、だから普段はアキトの髪を借りている」

「…そう、アトスの…」

だからいちいち気にされると話が進まない、と言いたいところだが気にするなと言う方が無理なのだろう。

今日もまるで自分には俺たちより落ち込む資格が無いと言わんばかりに、なんとか元気に振る舞う姿が見て取れる。


俺も言葉に気をつけなくてはいけないようだ。


「黒髪って、やっぱり闇属性とか、ブラックホール的なモノが出せるのか?」

「そう思うだろ?全く違うんだ…ところでルカは目が悪いのか?」

「うん、術式に閉じ込められていた間に少し視力が落ちちゃって、どうも違う種類の魔力を術式から長く浴びながら、自分の魔力を使い続けた障害みたいなもんらしいよ!」

やばいな、コイツはいちいち話が重い。

空元気が空回りしている。

「そうだな、なら手っ取り早い、少し目を閉じてみろ」


ルカの目に意識を集中することわずか二秒ほど。

「開けてみろ」

「…うっ、クラクラするんだけど」

「眼鏡を外してみてくれ」

「? あ、え!?嘘だろ!?すごい良く視える!!」

どうやら上手くいったようで。

ここ三ヶ月ほど練習していた、軽い症状なら見るだけで遠くのものをピンポイントに治癒することに成功した。


「治癒魔法ってことだ、コントロール出来るようになったのは最近だけど、まだ試したいこともあるんだ」

「助かるよ!オレ眼鏡って長くかけてると頭痛がして、それに戦う時は外すだろ?不便だったんだよ、ありがとう!」


ルカは視力が回復したことで、これまでにない笑顔を見せて礼を言ってから、ボソッとつぶやいた。

「あのさ、治癒魔法…ってさ、この世界じゃチートじゃん?」

「ああ、言いたいことはわかる。元の世界だと異世界の治癒魔法は基本なのにな」

「だよねー、オレもこっちに来てから治癒魔法もポーションも無くてビックリしたもん」

「ポーション系は味が不味いようだがあるにはあるらしい、アキトが言ってた」

「へえー、聞いたことないから国医殿のオリジナルかな?」

久しぶりに感覚の近しい人間と話せるのは、会話のテンポとしては悪くはない。


「国医殿の視力は回復してあげなくていいのか?」

「聡一のあれは…ファッションのようなものだろう」

「国医殿も見た目を気にするんだ?」


視力の悪いルカが裸眼でしか見たことがないのなら気づかないのも無理はないが、聡一のメガネには度が入っていない。

視力の回復をと思いメガネに何かしらの仕掛けがあるのかと探ったことがあったが、術式のような類の気配もないただのガラスのメガネだった。


きっとあれは心を隠すための鎧のようなものなのだろう。

そう気づいてその話には触れないようにしているのだ。



「まあ、そりゃチート系は利用されたくないから、言いたくないよな」

そう言うとルカの視線が俺の顔を捉えたまま固まり、口を開けたまま身動きひとつしなくなった。

「ルカ?おい、どうした」

「大和っ!?」

「おお、びっくりした。大丈夫か?」

何かあったのかと目の前に近づいて、顔の前で手を振ってみるとルカが突然叫び出した。


「まっ、まじで!?」

「何がだ?」

「君、え、そんなに美形だったのか…!?あのさ、前から周りの評判は聞いてたんだ!だけど君と会う時眼鏡してなかったじゃん?うわっ!えっ、突然緊張するんだけど!?」

浮かれてマジマジと顔を見るルカにゲンナリして、心配を返せと言いたくなる。


「まあそれで、髪の色を変えれば大体の属性魔法も使える」

「すごい…チートどころじゃないね」

「な」

「な、って、それで実戦形式の練習相手とか…めっちゃ怖いんだけど」

「昨日の試合での勢いはどうしたルカ、頑張ってくれ」

「恥ずかしい恥ずかしい!昨日の試合のことはもうイジらないで欲しいんだけど…」

そんな話をしばらくして、思いのほか久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来た。

稽古の相手にもなってもらうとなると、やはりルカならいいか。


「裏門の兵士には言っておくから、いつでも家に来てくれ」

「まじで?うん、ていうかさ、これからは暇すぎて毎日居座るかもしれない」

それはさすがに勘弁してほしいと、ふと思い出した事がある。

「そう言えばルカさえ良ければなんだが、今から出かけないか?」

「ん?わかった」


そのまま軽くマントを羽織るとすぐに家を出て、着いたのは朧月。

「へー、君は意外とこんな店が好きなんだ?」

何か激しく勘違いされているようだが、ドアをノックすると女将が出てきて優しい笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

「どうも、ルカ、ここで力仕事とかどうだ?」

「あらクロウさん、そちらの初めましての方にご紹介下さらないのですか?」

女将はいつもの調子で俺の外套の裾をつんつんと引っ張った。


「女将さんすまない、えーっと、こちらはこの朧月の女将でハナエさん。それでこいつは…もしかしてもう先生から聞いたか?」

一応コソッと女将に耳打ちすると、どうでしょうかと返された。

俺は時々女将の読めない顔色が怖くなる。


「朧月で女将を努めさせていただいておりますハナエと申します、よろしくお願い致しますね」

「で、…こっちは笹井ルカだ、以前女将さんが力仕事に男手が欲しいって言ってただろう、こいつは今無職の勇者なんだ」

「無職って…。笹井ルカです、こちらこそよろしくお願いします。お名前から察するに貴女も勇者様ってことでしょうか、良かったら使ってやってください」

ルカはそうスマートに挨拶をして、女将はそんな男に少し驚いたようだったが、第一印象としては悪くなかったらしくこちらを見た。


「それではお言葉に甘えて、ルカさんのお手隙の際にで構いませんので、お手伝いをお願いできましたら有難いのですけど」

「はい、ただオレに関する権限は全てこちらの大和の預りになっているので、大和とご相談頂けたらいつでも!」

「大和さん?ルカさんの弱みでも握ってらっしゃるのかしら?なんて、ふふっ、仲がよろしいのですね」

あながち冗談とも思えない言葉にゾッとして、ルカはこちらを見るが俺は視線を逸らして、女将に事情は先生に聞いてくれとだけ告げると、ルカのとりあえずの仕事が決まった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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