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いつかまた、同じ空の下で

作者: 朔雪 令月

 友人は言った。「絶対に島を出る」と。


 俺は聞いた。「なぜだ」と。


 この広大な大地とは縁遠い離島に住む人々の中でも彼にとって、この島で一番高い建物がビル群ではなく灯台であることは不満であるらしい。


 しかし今、時代はインターネット。この島にもインターネット回線は存在し、欲しいものも一週間ほどで自宅に届けてくれる。わざわざ都会になんて行っても、人ごみにまみれて苦労するようにしか俺には見えなかった。

 友人は島を出たいと本気で言っているようなのだが、どうしてもその理由は今ひとつ理解することが出来ずにいた。


 俺は将来親父の仕事である漁師を継ぐ予定だ。本土に行ったのは船舶免許と、島を回るのに便利な二輪免許の二つを取りに行くときの一度だけだ。

 高校の入学祝いに親父はケータイをくれた。これがあれば本土に行く必要なんて全くない。俺は本気でそう思っている。


 確か、あれを見たのは高二の夏休みだったか。

 砂浜にしぼんだ風船と紙が入った瓶が流れ着いている所を見つけたことがすべての始まりになった。

 紙を取り出して開けてみるとそこには簡潔な一文と住所が書いてあった。


――私の文通相手になってくれませんか?


 不思議に思いつつもその手紙にちょっとした面白さを感じた俺は彼女との手紙のやり取りを始めた。

 彼女は名前を「(ひいらぎ)」と言うそうだ。なんと北海道に住んでいて、そこから風船を飛ばしたらしい。自分が島に住んでいて、島に手紙が流れ着いていたことを伝えると驚いていたようだった。

 また柊は住んでいる所のことや、年齢が俺の一つ下である一六歳であることなど、様々なことを手紙に書いてくれた。


 俺は手紙に書いてあることを繰り返すように自分のことを書いて送り返しているだけで、この前に至ってはインターネットでメールをしてみないかと書いたら手書きにこだわりがあるようで怒られてしまった。

 当たり障りのないように「いつか会えたらいいね」、そんな文で手紙を締めてポストに入れた。


――――――――――


 紅葉狩りを楽しんだ秋麗の候、私は知らない人から手紙が来た。正直に言うと、少し怖かった。でも封を開けてみたら、風船につけた手紙を受け取ったと書いてあってすごく嬉しかった。

 中学生の時に友達が「風船に手紙を付けて飛ばそうよ」って言っていたときは緊張して、書いた文を何度も書き直しながら作ったけれど、友達と一緒に飛ばしたときはちょっとしたお祭り気分だった。

 しかも手紙の返事を送ってくれたことに私は舞い上がってしまった。


 私は自分のことを書いた。町のことや、自分のことをよく書いた。相手も自分が書いたことに対してちゃんと返事をくれた。

 「波澄(なみと)」というのが彼の名前らしい。東京とは名ばかりの島住まいをしていることも教えてもらった。北海道からその島まで直線距離でも千キロ以上あることを知ったときはとても驚いた。


 彼の手紙の締めには「いつか会えたらいいね」とあった。


 正直に言うと、今すぐにでも会ってみたいと思った。しかし、飛行機やフェリーを使って会いに行こうとしても、ただの高校生である私にはお金が足りないし、学校を休むわけにもいかない。

 だから、「きっとどこかで会えるよ」と書いた。奇妙な女だと思われるかもしれないけど、文通しましょうなんて手紙を飛ばしておいて今更だ。思いが伝わることを祈って、手紙を入れた。


――――――――――


 二学期ももう終わる十二月末、昼休みに俺のほぼ唯一の友人、海山(みやま)に「明るくなったんじゃねーか?」と言われた。

 元々表立って話をするタイプではないので明るい人間かと聞かれたら間違いなく違うと答えられる自信があったが、海山曰くそうではないらしい。


「そんなに明るく見えるのか?」


「ああ。なんてゆーかな、うーん……そうだな……『生きがいを見つけた漢』ってとこだな」


「わけわかんねぇよ」


 海山は時折訳のわからないことを言うが、今回はさらに訳が分からなかった。

 しかし、コイツの中では確信があるのだろう、続けて聞いてくる。


「二学期辺りなのは間違いねぇ。……さては彼女か!」


 彼女と聞いて、俺には北国からの手紙が思い返された。しかし、会話したことが無いどころか、顔すら知らないのに彼女はないだろう。


「ばかじゃねーの。俺がこの島から出てないの、知ってるだろ?」


「確かに。波澄の引きこもりっぷりは全島民の認めるところだ。だがこの島にいる女っつたら商店のおばちゃんかもしくは」


 丁度昨日、買い物に行った時の店員の顔が浮かぶ。ちょっと世間話をした。だが、それ以上の関係なんて考えたく無かった。


「俺をなんだと思ってんだっ」


「じゃあ一個下に後輩がいるが……あの顔にステータス全振りしたような奴だぞ?」


「いや流石にあの性格はな……」


 先週くらいに廊下ですれ違った美少女を思い出す。だが、彼女の性格の悪さは有名だ。


「だろーな。いくら俺でもあいつに関わるのはお断りだな」


「全くだ。っと、時間だ。また後でな」


「あっ! 待てって!」


 授業開始を知らせる鐘の音が聞こえた。これでこの話を続けることは出来ないはずだ。

 授業が退屈になってくると、俺は決まって考え事を始める。今回のテーマは文通相手の彼女だ。柊はどんな学校生活を送っているのだろうか。彼女のことはあくまでも手紙の上でしか知らない。学校生活のことは書いてなかったから気にしたことも無かった。


 すっかり枝ばかりになってしまった木々を見つつ、水平線の向こうにいるであろう彼女に思いを馳せた。


――――――――――


 北海道では開花が遅く、ようやく花見の時期になってくる晩春の候。連休の話題で持ちきりのクラスメートとは違って、私には話し相手がいない。中学生の時の友達とは別の学校になってしまったのだ。昼休みは決まって隅にある私の席で一人、お弁当を食べている。

 別に悪いことをした訳じゃない。むしろ、何もしなかった。気付けば話しかける相手はいなくなっていた。


 成績も問題ないので親にあまり学校のことについて聞かれることも無いから、誰も私を気にかけない。

 でも、波澄だけは聞いてくれた。返事をくれた。自分のことを伝えるのが怖くて学校に関わることは何も書いていないけれど、それを聞いてくることはなかった。


 私は彼から貰った今までの手紙を見返していた。彼は新しく話題を振ることはあまりない。もしかすると、私と同じように内向的な人なのかもしれない。そう考えると頬が少し緩む。

その時、クラスで目立つタイプの女の子が私に話しかけてきた。


「ねぇ、柊さんって遠距離恋愛の彼氏と文通してるって本当? 良かったら話が聞きたいなーって」


 この人と話をしたことは一度もない。だから彼女の狙いが「今まで話したことがない私と仲良くしたい」なのか「自分が彼氏を作るときの参考にしたい」なのかもしくはそれ以外なのか、私には分からない。

 でも、私とそれ以上に波澄への軽薄な態度を感じてつい強く言ってしまった。


「突然何? 関係ないでしょ」


 彼女は困惑しながらもその場を去った。でも、一緒にいた子の目は氷よりも冷たいように感じた。


 連休が過ぎてから、例の女の子と一緒にいた子が私への陰口を言っているのを聞いてしまった。今はまだ陰口だが、陰口だけで済むかどうかなんて分からない。怖かった。


 手紙に私は「助けて」と書いた。そして、消した。

 とてもこんな重い話、誰だって嫌がる。彼とはただの文通相手。でも、隠し事をしながら文通を続けることに気まずさを感じるようになった。

 いったん距離を置こう。そう思って別れの手紙を送った。


 ありがとう。

 いままで沢山手紙を送ってくれて楽しかったけど、返せなくなります。

 たまには私のことを思い出してくれると嬉しいです。

 いつまでも忘れません。さようなら。


 さようならは大げさかなと思ったけれど、あの人に手紙を送れないと思うと自然とそんな文を思いついた。


――――――――――


 ――夏の暑さを嫌と言うほど味わうようになってくる七月中頃、能天気ヤローに今では「生きた影」なんて中二病臭いあだ名をつけられてしまった。

 しかも、家はほぼ逆方向なのに「一緒に帰るぞ」なんて言われてしまった。心配してくれているようだ。


「波澄、マジでだいじょーぶか? リストラされて人生に疲れたサラリーマンの目ぇしてるぞ?」


「余計なこと気にしてんじゃねぇよ、ほっとけ」


 声は自分でも驚くほど弱かった。まるで大切なものを失くした子供のような声で、これでは相手に不安感を抱かせるばかりだろうと、自分でも思う。


「いつものお前なら『わけわかんねぇよ!』ってツッコミ入れるとこだろ。……ホントにやばそうだな。何があった?」


 素直にあの手紙の内容を打ち明けるか、少し悩んだ。

 だが、言ってどうなるというのか。俺が何か出来るわけでもないのに、当事者でもないコイツに何ができるというのだろうか。

 そんな考えも海山の一言で全て吹き飛んでしまった。


「分かった。……さては彼女だな」


 彼女と言われて頭の中で最後の「さようなら」の一文を思い出す。

 何か嫌われるようなことをしてしまったのか。もしくは何かあったのか。ただ忙しくなっただけなのか。あれから何枚か手紙を送ってみたが返事はなかった。読んでくれているのか、それすらわからない。

 柊のことが気になって何とも言えずに黙っている俺を見て彼は言った。


「……テキトーだったがその反応、当たりだな。言ってみ。てめーの頭じゃ思いつかないようなアイデア出してやるよ」


 気づけば俺は何故かコンビニで偉そうな態度をとる友人にアイスをおごる羽目になった。


「にゃーるほど……文通してた彼女から別れの手紙ねぇ……リア充め」


「一度も会話してないのに彼女認定はどうかと思うが、まあそんなところだ」


 隣で俺がおごったカップアイスを勢いよく食べて頭痛を起こしているこのバカは俺より頭が悪いが、思い付きがいいのは確かだ。

 癪だが、俺の知る限り一番頼りになるのである。……そもそも相談が出来るほどの知り合いはコイツ以外いないのだが。


「そうだ、北海道行こう」


 洗いざらい話した俺に対して海山は開口一番、こう言った。

 何言ってるんだ、と言う間もなく話を続けてくる。


「もうすぐで学校も夏休み。そん時に彼女の葉書に書いてある住所のトコまで行けばいいじゃねえか」


「バカなこと言うなよ、北海道なんだぞ! 直線距離でも千キロはある、行けるわけないだろ」


 正直に言って行きたいと思った。でも、彼女が迷惑だと思うようなことはしたくない。

 それでも距離なんか些細な問題だ、もう一人の自分が言ってくる。


「どうせ波澄のことだ、俺の話を聞いて行くかどうか悩んでんだろ? だったら行けよ。手紙は待ってもきっと来ないだろう。待ってこないなら行くしかないぜ」


 それと、と付け足して海山はまた変なことを言う。


「てめーは夏休み中ずっと家の中に居るだけだろ。観光旅行と思って行ってみようぜ」


 コイツは一言で言って、バカである。小さい頃から一緒について遊んでいた俺が言うんだから間違いない。だが、バカと天才は紙一重という言葉の通り、稀に面白いことも言うのだ。そうでなければ、こんなふざけた奴と一緒にいたいと思えるはずがない。


 海山の話を聞いて、少しだが悩みが晴れて前を見る気になった。もしかしたら能天気がうつった可能性もあるが。


「別にいいだろ、家に居ても。……でもまあ、海山の言うことも一理あるかもな」


 それを聞いて悪友はいたずらを考えた子供のようにニヤリと笑った。多分だが、俺も今そんな顔をしてる気がする。


「んじゃ、終業式の翌日すぐに決行だ。朝はえーから、寝坊すんなよ?」



 そこから終業式までの間は毎日打ち合わせをした。当日朝に船を使って北海道まで北上、東側を回って港に停泊。船に積んでいたバイクをそこでおろし、彼女の家まではバイクで向かう。

 海路と陸路の合計距離は約千五百キロ。旅行はおよそ一週間を予定している。「ちょっと出かけてくる」で行ける距離でもないだろう。俺は父親に北海道に一週間出かけること、そして船を使いたいことを伝えた。


「船はどう用意する気だ。燃料代は。それに食べ物はどこで買うんだ?」


 父は突然の息子からの旅行計画に少し面食らっているようだ。俺は緊張しながら答えを返した。


「えっと……船は、親父が最近使ってない方の船を使う。燃料代は、一緒に行く奴と折半して親父に渡す。食べ物は……日持ちするものをあらかじめ買い込んで行くつもり」


 俺は考えておいた質問の答えを返した。自分の中では最善の返事が出来たつもりだったが、親父の想定外の言葉に絶句せざるを得なかった。


「……あの船は長く手入れしてないから、壊れている。まともに走らせることはできないぞ」


「……え」


「燃料だって何百リットルと使うんだ、高校生二人で払えると思っているのか」


「それは……」


 想定外だった。親父の仕事を手伝うこともあったので少しくらいわかっているつもりだったのだが、全然知らないことばかりだったことに、今さら気が付いた。


「……それで? ただ思い付きで波澄が北海道旅行をしようって訳じゃないだろ?」


 まだ、親父に手紙のことは話していない。恥ずかしくてあまり言いたくないが、どう説明したものか、そう考えていたら親父は続けて話した。


「……まあ別に言わなくてもいいさ。休みはいつも家にいる波澄が突然自分から保護者を置いて一週間家出しようって言うんだ。少しくらい手伝ってやるよ」


「どういう事だ?」


「船は俺がいつも使うほうを操縦してやる。漁船だからそこまで早くないけど、俺と高校生二人とバイク積むくらいは余裕だ」


「いいのか、親父」


 俺はまだ詳しい話をしていない。船で港に停泊して、そこからバイクで出かけるとしか言っていない。説明を求められて当然だと思っていた。

 しかし、意外なことに親父は深く聞いてこなかった。その理由を俺は聞かなかった。胸が詰まるような思いを俺はうまく言葉に出来なかった。


 修了式が終わった翌朝四時。俺と海山は船に乗り込み、母から手のひらほどもある大きなおにぎりを貰った。船に旅荷物とバイクが積み込まれ、漁船は沖へと進み始めた。


 船内で俺は彼女にもらった今までの手紙を読んでいた。ふと、最初に送られた「文通相手になってくれませんか」の一文が目に付いた。よく見るとこの手紙には何か字を書いて消した痕跡があった。よく消されていたが、時間をかければ読めるかもしれない。

 俺は彼女の気持ちを知りたくて、船中にいる大半の時間を手紙を読むことに使った。


 北海道は丸一日かけて着いた。途中で海山がお菓子を大量に持ってきていてカバンをチョコまみれにしていた――本人曰く「非常食と言ったらチョコが定番だろーが」と言っていた――が、それ以外大きな問題もなく港に到着した。ここから彼女の家までは一、二時間ほどで着くはずだ。

 船から降り、荷物をバイクに積む。そこでふと気づく。


「海山、そもそもお前は何しに来たんだ? 北海道に用はないだろ」


「タダの観光旅行だよ? んじゃ、行ってくるわ」


 何故疑問系なのかと気になったが、それを聞く前に自転車で出発してしまった。俺も行くよと親父に声をかけてバイクのエンジンを入れた。

 調べた住所は地図にマークを入れてある。行き方も家にいる間に確認済みだ。持ち物の最終確認を済ませ、港街を南へと抜けて行く。


 街は密集しており、まばらに店があるのが当たり前の俺から見ると息苦しいほどだったが、すぐに街を出た。どうやら街の面積そのものは小さいようだ。

 街の外に広がる自然は圧巻だった。広々とした何もない土や草原。走る道は広く、路面の真ん中だけ融雪剤で茶色くなっていた。そして何より、夏だというのに少し肌寒く感じるほどの気候。


 今までテレビやパソコンの向こう側の世界だった景色が現実となって目の前に現れ、波澄は途方もない驚きと興奮を味わっていた。


――――――――――


 夏の暑さが本格的になってくる大暑の候、今日からは夏休み。両親は共働きなので今朝は家に一人でいる。しかし、学校で一人でいるか、家で一人でいるかの違いだ。夏休みになって良かったことといえば、他の人の目を気にしなくなってよくなったことくらいである。


 あれから、手紙は一枚も書いていない。波澄は心配してくれているのだろう、手紙をくれるのだけれど、私はいつも目を通した後に引き出しに入れてしまって返事を書いていない。


 私は波澄から今まで送られた手紙に目を通していたら「電子メールでやり取りしない?」という一文が目に留まった。

 手紙はインターネットのメールとは違って書き手の想いが字に現れるので私は好んで手紙でやり取りしていた。――それに、折句を作るときにちょっと文字をずらして分かりにくくできるのも、手書きならではの良さだ。


 会いに来てくれたりしないかなぁ……

 そんなことを考えながらその日は結局手紙を読んで一日を過ごしていた。


 次の日の正午前。部屋の本を呼んでいたら、呼び鈴が鳴った。液晶を覗くと、高校生くらいの少し焼けた肌の男の子が立っていた。この辺の寒さを知らないのか、頻りに寒そうにしている。学校では会ったことが無い。

 少し期待しながら私は「どなたですか」と聞いた。

 質問に答える声は、夏の小川のように涼しげがあってよく響いていた。


――――――――――


 柊の家には、昼前に着いた。扉の前で二度唾を飲み、三度住所を確認した。インターフォンに指を置いて、そのまま止めた。

 呼び鈴を押してそしてなんと言えば良いのか。当たり障りの無い挨拶を言うか、はっきりと気にしていることを言うべきか。その前に自己紹介が必要だろうか。こういう場合は菓子折りなんかあったりしたほうがいいのだろうか……?


 堂々巡りのように考えていたとき、電話の呼び出し音が鳴る。海山だ。


「何だよ、突然」


「丘の上から双眼鏡で街を見てたら偶然波澄が見えてな。コンビニにジュース買いに行って戻ってもまだ動かねーからなんかあったかなーって」


 丘はここからも見えるが、肉眼で海山を見つけることは出来ない。双眼鏡があっても俺を探すのは相当苦労するであろうことは想像に付く。

 どうやら、まだ心配されている様だ。


「緊張して動けないんだよ」


 正直に答えるとアイツから小馬鹿にするような声が返ってきた。


「おいおい、ここまで来てそれかよ! 変わんない奴だな、ホント」


「お前も人のこと言えないだろ。ここまで来てジュース買うより土産でも買ったらどうだ」


 お互い嫌味を言いつつも相手を心配する。どこに行っても、親友の距離感は変わらないらしい。


「うーん……たまには俺みたいに考えなしになってみたらどうだ? 意外と自分って喋れるもんだぜ……あとこれはここ限定のジュースだから土産に入れていいと思う」


「もう飲んでんだろ、それ……もっとなんかいいアイデア無いのか?」


 俺は海山に何を喋ったらいいか聞きたかったが、海山はそれを見越しているように話をした。


「波澄は俺と話す時にいっつも話すこと考えてんのか? 生憎ながら俺はそんな器用には喋れねぇよ。後は自分を信じて突っ込みな。もしダメだったらフライドポテトくらい奢ってやるよ」


「ずいぶん雑なアイデアだな……。でも、ありがとな」


 海山の「ただし、うまくいったら俺に限定アイス奢れよ」という声は聞き捨てて電話を切る。

 夏とはいえ、北海道は冷える。握った手のひらに出来た汗をズボンで拭う。鞄のお茶を一気に飲み、息を吐く。そして飲み干した勢いでインターフォンを押した。


 砂時計を待つような数秒間の後、「どなたですか」と篝火のようなじんわりとした温かみのある声が聞こえた。少し声は硬く、来客に緊張しているように感じた。俺は家全体に届けるつもりで柊さんいますか、と言った。


「私が柊です。あなたは……?」


 心なしかさっきより明るくなった声に返す。


「波澄です。俺……いや――私と友達になりませんか?」


 俺はあの日の風船についていた手紙に消してあった言葉を返した。



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― 新着の感想 ―
[一言] インターネットで気軽に誰とでも繋がれる現代だからこそ、文通でのやり取りが心に響きました。 登場人物たちの距離感が心地良くて、波澄と海山の気兼ねなく話せる間柄が好きです。こう言うのが本当の友…
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