3話目 ぐずれる皮算用
「えへへへへっ。これでマイホームへの道をまた一歩進んだわね、ダーリン。
魔力溜のアルバイト料を含めてどんどん稼ぎましようね。
後、引退まで魔族の将官2体だし。えへへへへっ。」
どんな皮算用をしているんだ、顔が悪徳商人になっているよ。せっかくの美少女なのに。
「エリナさん。階級に合わせてお給料が出ているのは知っていますか。」タイさん
「ええ、はい。そのぐらいの知識はあります。」平目さん
「剣士10級だとどのくらいもらえるんですか。
14級だと寮費を払うとお小遣い程度しか残りませんでした。
まぁ、使う暇もなく、ここで隠居生活をしていますが。
俺なんて、まだ一度も門前町に行ったことがないんですよ。ひどいですよね。」
「そうだ、そうだ。休暇よこせ。
おしゃれなカフェでデートさせろ。」プンプンの平目さん
「剣士10級だと、まあ、独身官舎ので漸く生活ができるぐらいかしな
ら。手取りでだいたい15万バート。
ここから独身官舎の費用を引かれると、まぁ、娯楽として毎日2個はケーキを食べられるかも。
門前町の居酒屋に3日に1回ぐらいは行けるかなぁ。
もちろん、私服や最低限の貯金、個人で購入が必要な日用品などを引いたあとね。」主婦の匂いがプンプンする乙姫さん。
「ここからはしっかり聞いてほしいわ。
確かにある条件を満たせば、例えばエリナさんが言うように魔族将官4体を直接倒せば、引退しても年金が支給されるわ。
でも、確か引退直前の給与の30%が年金額なのよね。
しかも、その軍歴だと、軍に在籍していた期間のことねこの場合は、退職金が出ないわよ。
引退後の重要な生活費の一部となるのに。
2人の年金を合わせても生活できないわよ。別の生活費を稼ぐ手段がないと。
老後、この場合、引退後ね。
引退後の人生ががとんでもなく長いんだから、資金計画は慎重にしないと一家で野垂れ死にするわよ。」乙姫ファイナンシャルプランナー特別講演会資料"軍を早期引退した場合の資金運用"より
「引退後はここか1081基地の教会の司祭になる予定だし、畑仕事と家畜も飼うつもり。
現金収入は年金とシュウの魔力溜めのアルバイトね。」相談者のエリナちゃん
「相談者の平目さん。
引退後の家計計画を確認させていただきました。」乙姫先生
いつそんなもの作っていたんだ。エリナちゃんは。
「無駄な経費が多すぎます。まずは聞いて頂戴。
魔力溜めのアルバイトのために旦那さんのカレイさんが教会本山に行くか、或いは、教会本山から空の魔力溜めを送ってもらって、いっぱいにして送り返しているのよね。
それだといずれにせよ。往復の送料が発生しているのよね。
1081基地だと往復32基の6400バート、ここ1082基地だと24基の4800バートよ。ご存知かしら。
ひと月にすると1081基地は19万2000バート、1082基地だと14万4000バートになるわ。
いいこと、よく聞いてください。
本山以外の教会からの魔力溜めの充填はシュウ君の毎月のお給料をドブに捨てているようなものなのよ。」
「えっ、アルバイトをするのにひと月にそんなに自腹経費が掛かっているの? 」
「そうですよ。専業主婦を目指すあなたが、こんな無駄な経費を許してもいいんですか。
いいこと、さらに聞いてね。
軍を引退して、教会を守りつつというけれども、こんな最前線の近くじゃ当分町もできないし、町ができないということはお布施もないので、教会からの現金収入は全く期待できません。
そのため、現金収入の大部分は旦那さんのアルバイトよね。
教会の転移魔法陣運用に対する義務を覚えているかしら。
1日に2便、人や大型の荷物の輸送便と手紙や小荷物などの輸送便を必ず送らなければならないわ。
この毎日の義務のため普通の教会は最低でも大きな転移魔法陣と小さな転移魔法陣からそれぞれ1日1回教会本山に輸送するわよね。
でも、1081と1082基地の転移魔法陣はそれぞれ1個なの。
これを1日2回送るとなると先ほどの、旦那さんのアルバイト用の魔法力溜めの輸送とは別に、ひと月で1081基地は19万2000バート、1082基地だと14万4000バート必要らなります。
これは義務です。
魔力溜めのアルバイトの輸送費を含めるとひと月の転移魔法陣の経費が最低でも1081基地は38万4000バート、1082基地だと28万8000バート掛かることになるわ。
どうするのこの経費。
その上、教会そのものの維持にも経費が別にかかるわよ。
先ほども言いましたように教会運営からは現金収入が望めません。
例えば、強風大雨や魔物の襲撃、野生のイノシシの突進などで教会の壁が壊れたとしましょう。
残念ながらエリナさんは風・水魔法術士よね。
壁の修理には大工さんを呼ぶか、私のような土魔法術士を呼んで修理する必要があるわ。
もちろん私を呼ぶ場合は同じ旅団にいたよしみで格安にするけど、休日のアルバイトなので無料にはできないわ。
アルバイト料として転移魔法陣の移動費は別払いで、一日そうねぇ、2万バートというところかしら。
もちろん教会の維持にはこの他にもいろいろな経費がさらに掛かるわよ。
唯一の経費的なメリットとして、一般的な住宅と違って固定資産税を納める必要がないところかしら。
そうそう、料理に使う火はどうするの。
あなたは炎魔法は使えないし、町がないここには誰も来ないのよ。
薪を拾って、賄うつもりなの。
ここのの状況じゃ、大きな木があまりないのでなかなかいいものが落ちていないわよ。
薪拾いで芦高さんの一日が終わってしまいそうね。
便利な炎魔法に慣れた現代人には原始的な火の使用はこたえるわよ~ン。
旦那さんはおいしいものが好きすきだもんねぇ。
それをまかなえないあなたにどんな価値があるのかしら。」
だんだん、回答が辛辣になって来たぞ。
嫁入り遅れの乙姫さんが弟嫁をいびる小姑状態だぞ、これ。
「これでもまだ、軍をすぐに引退して、田舎の教会を守っていくつもりなの。」
俺は乙姫さんが守銭奴なのが唯一理解できたことだ。
「うううっ、じゃぁ、どうすればいいの。乙姫さまーぁっ。」涙目のエリナちゃん
「そうねぇ、引退するのではなく、黒魔法協会に就職するのはどうかしら。
エリナさんは芦高さんの飼い主よね。召喚術を極めるという研究はどうかしら。」
漸くコンサルらしくなってきた。
「でも、その研究は死神さんが始めるって言ってました。」
「じゃ、熊にしましょう。すでに一匹いますから。生態の比較ができますね。」
「シュウ君は黒か白の魔法協会の用務員さんとして就職しつつ、魔力溜めのアルバイトをすればさっき言った無駄な転移魔法陣の輸送費はなくなるわ。
その浮いた輸送費だけで人家族分の生活費がまかなえますね。
また、お二人のどちらかが白黒魔法協会に就職すれば、なんと、官舎に入れるわよ。ただで。」
「そっ、それは大きなメリットですわね、先生。」希望が見えてきたエリナ若奥さん
「でしょう。
あとはあれだけの火力がある旦那さんと芦高さんを教会本山で遊ばしておくのは家計の無駄です。
基本的に家計の改善は、出ていく方を制御するよりも、まずは入ってくる方を向上させることが肝要です。
その上で、出る方を絞るのですが、絞りすぎると旦那さんに嫌われますよ。」
「だめーっ、それだけは。絶対にいや。
シュウ何か欲しいものはないの。2人の愛の新居購入貯金を少し切り崩して何か買おうか。
私のフィギアでも。
フィギアってなに? 突然口から出てしまったわ。
何か怪しい響きね。」
「普段は予備役として登録し、たまに手伝いで夫婦+芦高さんで戦闘に参加すれば軍から報奨金も期待できるわよ。きっと。」
「先生のお話を聞いて、私の考えが浅はかであることに気付きました。
私は軍を引退しないわ。この投資セミナーで学んだわ。
如何に軍を引退するのが経済的に不利であるか。先生に教えられたわ。
シュウ、いいこと、軍を引退するなんて世迷言に耳を傾けてはダメ。
誰がそんなことを言い始めたのかしら全く。
人生大損するところだったわ。」
エリナ若奥様は結局、現状維持を望んでおられるようです。
はい。