6話目 キャンプ飯再考
俺たちの旅団と魔族との初遭遇戦は俺たちの圧勝で終わった。
俺たちが戻ってきたところで、死神さんが集合をかけた。
見張り番は案内役チームがやってくれるらしい。
「みんな無事か。けがをしたやつはいないか。」
皆はにこにこして首を横に振る。
「そうですか。ホッとしました。
そして、皆さんよくやってくれました。
私たち旅団の、そして職校チームの初陣を完勝で飾ることができました。
戦力的に不安はありませんでしたが、命のやり取りが伴うということで訓練と実戦では全く勝手が違います。
短期間での訓練では練度に不安がありましたが、それでも訓練と同じように戦うことができたと思います。
特に職校チームは初めて魔族という脅威に立ち向かったにも関わらず、状況を良く把握し、できる最大の攻撃を行い、通用しないと見極めてすぐに引いたところは素晴らしいと思います。
君たちの攻撃は通用しませんでしたが、魔族がその攻撃を防ぐために私たち第1小隊の攻撃の防御がおろそかになって、第1小隊の攻撃が魔族に大ダメージを与えることができました。
確かに傍から見れば私たちの攻撃で魔族が倒されたように見えますが、実際は君たち職校チームと私たち第1小隊の連携攻撃で魔族を倒すことができたのです。
初陣では、緊張のあまり、指示の前に攻撃をしたり、魔族を実際に見てその場で固まったり、むやみに前進して危うく命を落としそうになったりすることが多くあります。
状況判断を他人に完全に依存するのではなく、一人一人が状況を良く判断し、チームメンバー、そして、小隊メンバーと協調的な動きをこれからも心掛けてほしいと思います。
今のことは講義や訓練でそれこそ耳にタコが生えるぐらい聞かされてきたことだと思います。
しかし、実戦を経験した後だからこそ、この話の意味をよく理解してもらえると思い、もう一度繰り返し話をしました。
明日は中隊で魔族の索敵を行いますが、今日の経験を忘れずに任務を遂行してほしいと思います。
以上、解散し、中断したベースキャンプの設営を再開しろ。」
死神中隊長の話は浮かれる職校生の心をここは戦闘地帯だという現実に引き戻した。
落ち着いたところで先ほど中断していたベースキャンプの設営や雑用を再開した。
まぁ、一度中隊長に気持ちを引き締められたといっても、今回の成果を褒められたことでで少しうきうきとした様子で職校チームのメンバーは作業を行っている。
その雑用が完全に終わらないうちに、あたりが茜色に染まってきた。
「施設は最低限で寝起きできればいいからね。どうせ明後日の朝には最前線基地に戻るしね。
それよりもみんな料理を手伝って、二食続けて携帯食になるわよ。
軍のキャンプ飯がご馳走に思える最低限の食事になるわよ、このままだと。」死神中隊長
えっ、キャンプ飯が豪華に思える夕飯だって。そんなのは本当に食い物なのか。
まさか、口の中に水と小麦粉を入れて良く噛みながら虫歯菌で発酵させるパンとか、水を飲みながら生のジャガイモとニンジン、玉ねぎをかじる野菜スープ、大豆は畑のお肉と称して大豆を粉状にしたきな粉を水と一緒に飲み込む究極のプロテイン食なんていうメニューが出されるのか。
キャンプ飯を超える手軽さの"戦闘で忙しくって料理の手を思いっきり抜いちゃったけどごめん我慢して食べてねキャンプ飯"とかいうネーミングで軍では呼ばれているに違いない。
まずいぞ、キャンプ飯でも耐えられない俺にとって、戦闘で忙しくって料理の手を思いっきり抜いちゃったけどごめん我慢して食べてねキャンプ飯は芦高さんのぐるぐる食に匹敵する拒絶食だ。
こんなのを出されたら、俺はきっと夜中にそっと抜け出し、最前線基地まで夜通しダッシュ、基地の朝食を食べに行ってしまいそうだ。
そうだ、俺にはエリナと言う立派な専属料理人×、ではなくてお嫁さんがいるじゃないか。
旦那が頼めばお嫁さんはきっとこっそりおいしい夕食を作ってくれるに違いない。
ここは、エリナに甘えてみよう、きっとエリナもそれを待ち望んでいるに違いはずだ。
後から考えるとキャンプ飯より粗食と聞いて気が動転していたと、今は反省している。
「エリナちゃ~ん。
俺と芦高で警戒をしておくから、エリナちゃんは俺だけのためにおいしい特別なキャンプ飯をこっそり作ってくれないかな~ぁ、ごろにゃん。」
「もう、旦那さまったらこんな戦場のど真ん中でわがまま言って。
もちろん許されます。
私が旦那様だけに美味しいキャンプ飯を腕によりをかけて、スペシャルキャンプ飯に変身させてまいりましょう。
待っていてね、ダーリン。」
おおやったーっ。作戦成功だ。俺だけスペシャルキャンプ飯だ。
「一人だけ豪華なわきゃないだろ。馬鹿な奴だ。
食材は限られているし、作るものに差は出ないよ。」
「全くわかってないわね。この駄リング。
これだから、いつまでたっても旦那なし・彼氏なし・金もなしの三なしトリオなんですよ、あなたは。
奥様の愛情がいっぱい詰まったお料理はそれだけでガサツなあなたが作った料理とは雲泥の差が出るのです。
旦那様のご要望に応えて作る愛情キャンプ飯、あこがれるわ。うっとり。」
料理は愛情も味も量も必要だと俺は思います。
そして、食事の時間。
「それでは警戒担当者以外は食事にします。
今日は本当にお疲れさまでした。
行軍の後の魔族との戦闘、無事に一個中隊で二個大隊を殲滅できました。
これでおごらず次回も冷静に魔族に対処することを望みます。
それではいただきます。」
俺は警戒中で、待て状態です。お手、待て。ワン。
漸く見張りの交代が来た。腹減ったよ。
エリナが食事をトレーに乗せて持ってきてくれた。
メニューは携帯用固焼きパンとバター。
干し肉を戻した肉野菜シチュー。
干しシイタケと玉ねぎのスープ。
ちょっと乾物リッチな、見た目は思いっきり普通のキャンプ飯でした。
「旦那様、あなただけのために特別に料理したの。
皆の目を盗んで作るのに苦労たわ。
ああぁっ、恥ずかしかった。
おいしいわよ、どうぞ召し上がれ。」
「おおっ。特別飯か。
俺だけのために苦労を掛けてごめんね。」
きっとエリナは俺のためにできる限り特別なメニューを作ってくれたんだろう。
例えば、俺は干しシイタケと玉ねぎのスープたが、皆は玉ねぎだけだったり、パンにバターが付いていなかったりするんだろうな。
俺なんかにこんな優しい人が嫁に来てくれるなんて、これが一番の贅沢だよな。
と感動しているところに、熊師匠がやって来た。
「おおっ、シュウ、今から飯か? 見張り番お疲れ、ゆっくり飯を食ってくれ。
エリナのような美少女にお世話されて羨ましいな。
ああっ、そのバターを塗るときはパンの中に入れた方がうまいぞ。
ああっ、そのシイタケはよく噛むと味がどんどん出るぞ。」
エリン様印の特別メニューはバターと干しシイタケではなかったか。
じゃぁ、皆は豆入りシチューだが、エリナが俺にだけ干し肉を追加したんだな、きっと。
「その干し肉は戻しが甘くて、ちょっと堅かったぞ。よく噛んで食べな。」
げっ、皆も干し肉が入ってたんだ。
じゃ、俺の干し肉だけエリナが丁寧によく戻してあるので柔らかくて、とろけるように煮込んだんだなきっと。
「シュウ、ごめんね。
時間がなくて干し肉を十分に戻せなかったの。
おなかを壊さないようによく噛んで食べてね。」
干し肉も違うか。あとは・・・・・なんだろ? 俺だけのエリナの特別メニュー。
俺はシチューをスプーンですくいあげた。
ニンジンがウサギの形をしていた。
エリナがそれを見て、顔を赤くして、ポッ。
俺はエリナのかわいい愛情をよく噛んでいただいた。