最終話(50話目) 響く喜びの歌
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遂に最終話に到達しました。
最後までお楽しみいただけたらと思います。
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「うぁぁぁぁ、シュリさん、ちょっと待ってくれぇぇぇぇ。
話せばわかるから。
その振りかぶった大鎌をゆっくりと脇に降ろしてぐだせぇ。
うぁぁぁぁぁ、8分割にされるぅぅぅぅぅ。
ぎぁぁぁぁぁぁっ。」
はっ、はっ、はっ、はっ。
夢か。
春の暖かい朝日が窓から入って来て、俺の頬を柔らかく照らす。
この時期はいつまででも布団の中で惰眠を貪りたいのだが。
悪夢で目が覚めてしまった。
もう起きよう。何か悪夢のせいで汗だくだし。
そう思い起き上がろうとしたが、腕が固定されて身動きが取れない。
なんか両腕に重しが、いや、ぷよぉぉぉぉんとしているけど重たい。
これは何だ。
魔族の皇帝との初めての停戦交渉から丁度一年が過ぎた。
停戦交渉と停戦ヘの工程は順調に進み、約1ヵ月で魔法の空打ち合いの場所、人類領の東端に10か所設けられた駐屯地まで魔族軍は撤退した。
人類軍の各軍団が駐屯地を1か所づつ受け持ち、早速、魔法の空打ち合いが開始された。
1週間に1度づつの魔法の空打ち合いで、頻度としてはかなりのものだが、今のところ大きな事故もなく順調に続いている。
魔族領での教会事業は、こちらは想像以上に順調で、すでに尊王の宮と帝都はその周囲を魔の森で覆われていた。
他の町にも魔の森が出来つつあり、数十年は掛かると考えられていたトレント事業が魔族領では数年で完遂を見そうな勢いだった。
やはり宰相が言っていたように、魔族の人々は尊王とその一族を心の支えとしているのが良くわかった。
これならば10年も経たずに魔族軍の全面撤退、そして、人類と魔族の間に和平がもたらされると期待されている。
逆に進んでいないのが、エルフ領に於ける教会事業だ。
豹族も頑張って風の聖地の教えを各地で広げようとしているが、元からあった森への信仰が強く、教会事業を軌道に乗せることに苦労しているとのことだった。
そのため、王都ですらまだトレント事業が終わってはいないのだ。
そこでエルフ領に於ける教会事業を見直すべく、エリナを中心とした旅団王都分隊と王族と族長会議の事務局で連日協議が行われているところだ。
さらに、予定よりも教会事業の展開が遅れていると言うことで、エルフ族と人類軍とで魔法の空打ち合いについても検討中だ。
ただ、風属性魔法だとあまり燃えカスエネルギーが出来ないので、魔族軍に炎の属性魔法を打ってもらって、人類軍が水属性魔法を打つような話も出ていた。
これは魔族軍と人類軍とでの魔法の空打ち合いが終わると、魔族はまだしも人類の軍人が失業してしまうため、その対策を兼ねていると、真の大魔王様が旅団基地にお茶しに来たついでにそっと俺にボヤいていた。
人類軍の雇用対策なんだ。
旅団もなんか始めないとやばいかな。
門前町で赤様や黒様を売るとか。
人類における教会事業は漸く教会の在り方についての改変が終了したところだ。
これから葉っぱのおまじないを広げるため教会側と旅団とでその方法を検討中だ。
その内に良い案が浮かぶだろう、多分。
この一年、俺は人類領、エリナはエルフ領、そして、イリーナは魔族領でそれぞれ教会事業を進めるべく輪廻の会合に集いし者どもやそれを取り巻く仲間と共に奮闘してきたのだ。
でも、夜になると旅団基地の宿舎にエリナとイリーナが戻って来て、いつもこのように俺の腕を抱えて一緒に寝ることになるのだった。
はい、そうです。両腕を固定されて寝返りさえできずに、苦しくなって毎朝悪夢で目が覚めるのが日課です。
でも、腕に伝わってくるぽよ~ん感は決して不快ではありません♡。
それに、今のところ二人が顔を合わせても怪獣大戦争まで勃発する気配はないし、現状維持で。
「それが良いぞ、シュウ。
余計なことをしないで腹を見せて絶対服従が真性甲斐性なしの正しい姿だからな。」
雷ちゃん様の言う通りですね。
その時、バッターンと寝室の扉を開けて誰かが入ってきた。
「お兄ちゃん大変だよ。私の布団がドロドロだよ。
このままだと今晩寝れないよ。」
「ソニア、だからあいつらを家に入れちゃいけませんといつも言ってるだろ。
元の居た場所に返してなさい。
こんな狭い宿舎で大精霊なんて飼えません。
どうしてもというなら、外に小屋を作ってそこで飼いなさい。
土属性魔法を使えばすぐにできるでしょ。
汚れた布団は、ソニアはクリーンと風魔法が使えるんだからすぐに綺麗にできるでしょ。」
「布団だからなかなか乾かないんだよね。はぁ~っ。」
ソニアは8歳に成長したんで今は俺たちとは別の部屋で寝ている。
ただ、お漏らしちゃんと泥んこちゃん、悪魔ちゃんはいつもソニアの布団に潜り込んで来るらしい。
「でっ、お漏らしさんはどうした。」
「誰がお漏らしさんだってぇ。
てめぇ、シュウ、世間様に誤解を与えるような発言をすんじゃねぇ。」
お漏らしさんは泥んこさんを従えてプンプンしながら部屋に入ってきた。
その騒ぎで、隣のぷよ~んさんたちも目を覚ましたようだ。
「皆、おはよう。よく眠れた?
イリーナは一生目覚めるな。」
「皆さんおはようございます。今日もいい天気ですね。
今日も何か良いことがある予感がします。
エリナには不幸が訪れますように。」
「キーッ。」
「キーッ。」
怪獣大戦争にはなりませんが、毎朝、この調子で罵り合っています。
「シュウ、わかっているな、聞こえないふりだぞ。
何を言われてもすべて"イエス、マム"で返すんだぞ。」
OK、雷ちゃん。そんなことはわかり過ぎてます。
朝食後に2人が王都と尊王の社に出勤するまでの辛抱ですね。
「わかってんだったらいいんだ。」
ベッドの上で罵り合いを始めた2人から身を剥がすように部屋の窓のところまで来た。
確かにいい天気になりそうだ。
その時、今度は宿舎の玄関のドアを叩く音が響いた来た。
「ドンドン、エリナちゃんかソニアちゃん起きている? 」
この声は秘書官だな。朝からうるさい奴だ。まだ出勤時間じゃないだろう。
サッチちゃんさんも朝食用にと集めて来た自慢の雌鶏の卵で卵焼きを焼く前だぞ。
俺の腹時計は正確なんだぞ。
扉を叩く音が止まないので、しょうがなく俺は上着を羽織って、玄関に出た。
「秘書官さん、うちのドアを叩くよりも適齢期の独身男子の家の扉を叩きまくった方が幸せになれると思いますよ。」
「そんなことしたいけど・・・・・、したらストーカー行為で捕まっちゃうでしょ。」
「俺んちの扉を朝一でどんどん叩くのはストーカーじゃないんですか。」
「シュウ君は大丈夫って、執政官とシュリちゃんが言ってたわよ。」
そこを持ち出すか。
「で、こんな朝早く何の用ですか。」
「シュウ君に用は全くないわよ、いらないわよ、既婚の男なんて馬糞とおんなじだわよ。」
扉をどんどん叩かれた挙句に馬糞扱いかよ。
「私はエリナちゃんかソニアちゃんに用があるの。
馬糞は道に転がってて。」
その時、ソニアが俺の寝室から玄関に出てきた。
「秘書官どうしたの。一応、お兄ちゃんを馬糞扱いにしてもしょうがないぐらい急ぎの用なの。」
「そうなのよ、実は一昨日バートリの施設から旅団基地に引っ越してきた男の子が昨日の晩から行方不明らしいの。
朝早く、探してほしいとその子のお姉ちゃんが泣きながら私の所に来たのよ。
ソニアちゃん、風属性魔法の探知で旅団基地の隣の魔の森を探してくれないかなぁ、お願い。
基地の周辺はもうすでに職員総出で探したんだけどいなかったの。
5歳の男の子だから、そんなに遠くには行っていないと思うの、夜だし。」
「わかったよ、今、探してみるね。」
その時、エリナが寝室から上着を羽織って出てきた。
「今カタリナちゃんから連絡があったんだけど、昨日、旅団基地の魔の森でその子らしい男の子をブリアンダちゃんたちが保護したらしいわ。
夜だったので、一晩魔の森で一緒に過ごしていたらしいの。
今、ブリアンダちゃんがその男の子を魔の森の教会まで連れてきてくれるって、言ってたらしいわ。」
「よかったぁぁぁ、見つかったんだ。
ブリアンダちゃんが保護してくれていたんだ。
早速、アンナちゃん、その子のお姉ちゃんと魔の森の教会に行ってみなくっちゃぁ。」
秘書官さんはそう言うと、壊れるぐらいの勢いで扉をバタンッと閉めて、別の宿舎の方に走り去った。
そんなに慌てなくても森でトレントさんといるのが一番安心なのにな。
「旦那様、私たちも行ってみましょう。」
「そうだな、何かできることがあるもしれないし。」
大精霊様に留守番をお願いして、このメンツだと初めてのお留守番みたいだな、俺とイリーナ、エリナ、ソニアは急いで着替えて、旅団基地の隣の魔の森にある教会に走った。
旅団基地の魔の森の教会は森に入って歩いて1分のところ、魔の森の端っこにあるのですぐに着いた。
「うぁぁぁぁぁん、良かったぁ、無事で。心配したんだよ、お姉ちゃん。」
教会の入り口で、小さな男の子に抱き着いておんおん泣いているのは、あれはサッちゃんさんだな。
男の子はきょとんとしていた。
その様子をニコニコ見ているブリアンダちゃんとセルシオ君。
サッちゃんさんも明け方から探していたんだな。
見つかったと聞いて、先に駆け付けたんだ。
「見つかったぁ~? 」
後ろから、女の子の手を引いて秘書官が駆けてきた。
男の子のお姉ちゃんを呼びに行ってたんだな、秘書官は。
そして、秘書官さんと女の子も、サッちゃんさんと同じように男の子に抱き着いて泣き始めてしまった。
「良かった、無事で。」
「一人で森に入っちゃ、ダメでしょ。アドリアーン。」
「旅団基地の隣の魔の森には優しい妖精さんがいるって、お姉ちゃんが言ってたから。
僕は妖精さんにずっと会いたかったんだもん。」
それを聞いたブリアンダちゃんは満面の笑顔で。
「ありがとう、会いに来てくれて。
うれしてわ。
でもね、私たちと会えないと森で迷子になるからね。
今度来るときはお兄ちゃんかお父さんと一緒に来てね。」
「また来てもいいの。」
「大人や大きいお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒だったらいいわよ。
いつでも歓迎するわよ。」
「やったぁ、また来るね。」
「はい、またね。待ってるね。」
そう言うとブリアンダちゃんたちは森に帰っていった。
良かった、見つかって。
そして、トレントさんと小さい子が仲良くなれて。
これで魔の森を大切に思ってくれる子が増えたな。
迷子騒動も無事に解決したので、俺たちは宿舎に戻って朝食をとることにした。
今日も教会事業を拡げなきゃあな。
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その日の午後は予想通り晴れて、魔の森にも多くの日の光が注いでいた。
やがて、魔の森の教会の前から楽しそうな歌声が響いてきた。
「うれしいなぁ~♪、うれしいなぁ~♪、ありがとう、喜びの水をありがとう。
うれしいなぁ~♪、うれしいなぁ~♪、漸く生まれることができたよ、
僕たち、私たち。」
"おしまい"
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これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
3/27日より新しい物語、"聖戦士のめまい 肉壁狂響曲"を公開していく予定にしています。
また、次作でお会いしましょう。
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