42話目 停戦交渉 その2
「シュウ君、一番後ろにいらっしゃるのは魔族の方ですか。」
俺がイリーナたちをどう紹介しようかと悩んでいると宰相が声を掛けてきた。
まぁ、そのまま話せばいいか。
「はい、尊王様とそのお付きの方です。」
「えぇぇっ。」
宰相は室内に響き渡るぐらいの大きな驚きの声を上げ、皇帝と総司令官は声を上げることはなかったものの大きく目を見開いて驚愕の表情をしていた。
「われわれ旅団は尊王や尊王派の住民と交流を始めたのです。
それに最近ではエルフ族と尊王派の交流も始まっています。
今日は人類軍と皇帝派の魔族軍の停戦に向けた交渉を行うのが主目的ですが、それとは別に尊王から皇帝に尊王派と皇帝派の交流についても話をさせてほしいとの要請を尊王様よりいただいていましたので、本日は御同行を願ったということなんです。
尊王様、ひとこといただいても良いですか。」
俺が暗に自己紹介を促すと、イリーナは皇帝たちの前に進み出て口を開いた。
「皇帝、数百年ぶりですね。
もちろん、私たちが以前お会いしているわけではないので、皇帝と尊王の会見と言う意味でですが。
私は今代の尊王を拝命しております。
宜しくお願い致します。」
その時、突然に皇帝と他の2人が片膝を着いてイリーナの前で頭を垂れた。
数秒間の沈黙の後、皇帝が口を開いた。
「ご無沙汰しております。
尊王様。
漸く御前に参ることが出来ました。
長い間の不調法をお許しください。」
と、まるでイリーナが自分たちの主であるかのような皇帝たちの振る舞いであった。
「いえ、私も長い間、帝都を留守にしておりました。
尊王の役目を放棄していたのかもしれません。
お許しください。」
と、イリーナは立ったままであったが、皇帝と同じように頭を深く下げるのであった。
あっ、つるはしさんは空気を求める池の鯉ように口をパクパク開けて、その様子に見入っているだけだけどね。
皇帝と尊王はしばらくお互いに頭を下げていたが、どちらからともなく顔を上げてお互いの顔を見て、そして、ほほ笑んだように見えた。
「宰相、こういう場で聞くことではないかもしれませんが、皇帝派と尊王派は対立していたのではないんですか。
特に皇帝派は尊王派をねたむと言うか、支配しようとしていたと聞いていますが。
今の様子を見ていると、久しぶりに会った師従がお互いの不調法を互いに詫びているように見えるんですが。」
俺はイリーナを懐かしむようにまだ見ている皇帝ではなく、その後でそんな2人を見て感動している様子の宰相に問いかけた。
「確かに過去に我々皇帝派は尊王派と対立というか、一方的に羨んでいました。
また、人類領への侵攻については両派は対立していたと言っても良いでしょう。
皇帝派にとってそれは、種族としての衰退、或いは我々皇帝派の魔族の滅亡が掛かっていたため、止むに止まれない事情と言うものがあったのです。
でも、個人的にはほとんどの魔族は未だに尊王様を敬い、心の支えにしているのですよ。
例え姿は見えずとも南の大陸の黒い霧の壁の中で尊王様は我々北の大陸に残った皇帝派の魔族のことを見ていて下さると、そう言う風に親に言われて皇帝派の魔族は育つのです。」
「えっ、皇帝派は尊王派を敵視していたんじゃないんですか。
自分たちだけ尊王とその一族である水魔法術士の恩恵にあやかっていると思っていたために。
それに尊王派の迫害を仄めかして、闇の大精霊様に人類領への転移を強制したとも聞いていますが。」
「確かに皇帝派としてはそのように考え、そのような行動をとってしまいました。
しかし、皇帝派の個人個人を見れば、昔から今も変わらず尊王様を心の支えとして生きているのも事実なのです。
ここは帝都の皇帝の宮殿にほど近い貴族用の監獄ですが、帝都の尊王の社もまたこの近くにあり、主が帰ってくるのを待っています。
それは北の大陸に暮らす魔族も同様です。
今も多くの住民が尊王の社に参って、尊王様が帰ってくるのを祈っています。
尊王様が南の大陸に隠匿した後の方がはるかに多くの参拝者を集めているのです。」
「今も昔も、むしろ今の方が深く尊王を崇拝していると言うことですか。」
「その通りです。
かく言う私も尊王様が帝都に帰ってくることをずっと祈っている者の一人です。」
「私もそうだな。もちろん多くの兵士もだ。
人類領への遠征に行く前に、帝都から転移する者は尊王の社で、地方から転移する者はその地方の尊王に連なる一族の社に参拝することを通例としている。」
「総司令官、それは尊王派が南の大陸に移住する前と同じように、今も尊王の社や尊王に連なる一族の施設が残っているということですか。」
「その通りだ。
主が留守をしている間に不届き者が悪さをしないように、以前に増して警備は厳しくしているがな。」
「そうですね、尊王の社の中には住民を入れてはいませんね。参拝者は社の門の前で祈りを捧げてもらうようにしています。」
尊王派の間者が帝都に潜り込んでいるようだけど、尊王の社の警備が厳しくて、それが尊王派を未だに皇帝派が恨んでいるように見えたのかもしれないな。
「そうですか。それはちょうど良かったです。」
「シュウ君、我々が尊王様を未だに崇拝していることで何か都合の良いことがあるのか。」
俺のつぶやきを皇帝が聞きとがめた。
「はい、今日一番の困難な提案がスムーズに行きそうで安心しました。」
「シュウ君、今日一番重要な議題は人類軍と我が魔族軍の停戦、それに続く魔法の空打ち合いについてじゃないのですか。」
「宰相、初めはそうだったんですが、実はこの10日間でさらなる大きな進展がありました。
それについても今日説明して、ある提案をさせていただきたいと思っています。」
「それは尊王様にも関係してくると考えていいのか。」
「皇帝、その通りです。実は・・・・・」
言いかけた俺を死神さんが手で制した。
「シュウ君、五月雨式に情報を提供しては話が良く見えてこないわよ。
この場に居る者の紹介も済んだことだし、黒い計画書を渡して会議に入った方が良いわよ。」
「中隊長、了解です。
皇帝派の皆さん、それでは本日の交渉を進めましょうか。
あっ、この後ろに居る魔族の女性は尊王様のメイドさんです。
特に交渉には関係ありませんので気にしないでください。
空気と思っていただければ。」
「シュウ君、いつも思うんだけど私を邪険にし過ぎてない。」
「気のせいですよ。」
「そっかぁ、気のせいか。」
ちょろすぎるぜ、つるはしさん。
「それではここで立ったまま交渉するわけにもいきませんので、向こうに部屋を用意していますので、そこで話を進めましようか。
部屋と言っても元は牢獄の監視員の詰め所ですがね。
この監獄での交渉を望まれておりましたので、何とか10日でそれなりの形にはしましたが。
尊王様がご一緒とわかっていましたら、尊王の社や宮殿をお借りすればよかったですかね。」
「すいません、宰相。
尊王様のことを皇帝派の皆さんがそのように考えていたとは知りませんでしたので、事前にお知らせしないまま同行してもらいました。
次の交渉からはその様にしていただければと思います。」
「尊王様が数百年ぶりに尊王の社にお帰りになる、住民は大喜びすると思いますよ。
まぁ、今日はこちらで話を進めるとしましょう。」
そう言うと宰相は先に牢屋を出て、俺たちもそれに続く様に促してきた。
さぁ、これからが停戦に向けての交渉の本番だ。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
お話に興味がある方はお読みくださいね。
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本物語"聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます"も第620部分(3/25公開予定)でようやく終了を迎えます。
長い間、お付き合いをいただきありがとうございました。
3/27日より新しい物語、"聖戦士のめまい 肉壁狂響曲"を公開していく予定にしています。
こちらの作品も宜しくお願い致します。