40話目 帝都、再び
旅団基地の社の前に集まったのは次のメンバーだ。
交渉団の団長、死神中隊長。
死神が隊長だなんて、交渉する気があんのかと言われそうだな。
人類側の交渉員として、俺とソニア(右半分)、龍一さん。
尊王派の交渉員として、イリーナだけ。(つるはしさんは旅団基地に転移して来るためのアッシー君。)
エルフ側の交渉見届け人として、パキトさん、ソニア(左半分)。
大精霊の見届け人(意訳: ソニアの腰巾着)として、悪魔ちゃん。
「お兄ちゃん、私が分割されてんだけど、どういうこと? 」
「ソニアは人類とエルフのハーフだから半分づつで。」
「まさかの2分割じゃないわよね。」
「それはないぞ、俺と違って。
ソニアを半分にして粘土で補強して傀儡化なんて話は出てないから大丈夫だよ、多分。」
「多分って・・・・・」
ソニアの傀儡化疑惑が上がったところに、死神さんが近寄って来た。
「ソニアちゃんは人類軍で人気があるからソニア0.0001でも引っ張りだこですわよ、きっと。」
「えぇぇぇ、私が1万に分割されちゃうのぉぉぉぉ。」
「まぁ、傀儡化は取り敢えず置いといて。」
「・・・・・取りあえずなんだ・・・・・・・」
"私はソニア0.9999でお願いね。"
悪魔ちゃん、それって、ソニアが爪を切った後ぐらいのことだよね。
「そろそろ転移しないと時間に遅れますわよ。
ソニアちゃんが転移してくれますのよね。」
「そうだけど、分割したら転移ができなくなるからね。
当然、戻っても来れないからね。
その辺のところをよぉ~く考えてね。」
ソニア、だから誰も傀儡にするなんて言ってないってば。
「帝都のとある場所に行く風見鶏はこの社の一番奥にあるよ。
みんな、私に付いてきて。」
そう言うとソニアは旅団基地の社に入って行った。
通常使用する祠の転移魔法陣の部屋を通り過ぎ、一番奥の部屋、泉の転移魔法陣が設置してある部屋に来た。
部屋に入り、その中を見渡せば、入り口の左右の壁には一本ずつ風見鶏がぶっ刺してあった。
壁から風見鶏が生えているような図柄だな。
入り口の飾りにしては物凄い違和感があるんですけど。
そして、入り口の対面の壁には等身大の丸い怪しげな黒いシミがべっとりと付いていた。
「お兄ちゃん、左の風見鶏が尊王の社に通じているの。
右はこれから行く帝都の例の場所に繋がっているんだよ。」
「旦那様、そして、奥の壁の黒い影が闇の転移魔法陣ですわよ。
これも尊王の社と繋がっていますわよ。」
「闇の転移魔法陣が発動するとどうなるんだ、イリーナ。」
「旦那様は闇の転移魔法陣を使ったことがありませんか。
闇の魔法陣に闇属性魔法術士が魔力を流すと、こう黒い霧がわかめの様に這い出して来て、体を縛り付け、そして転移が済むと黒い霧がゆっくりと体から離れて行くような感じですか。」
そう言ってイリーナは手を前に出し手くねくねさせ、黒い霧のまねを始めた。
そして、だんだん近づいて来て、最後は俺を抱きしめて・・・・・。
転移が終わったところだから、手を放してくださいな。
「あと30分だけ。」
それを見ていた死神さんが地団駄を踏んでいた。
「ちぇっ、その手があったかぁ。
シュウ君を拘束して、舐め回すチャンスだったのにぃ。」
「えっと、イリーナちゃん。今日は闇の転移魔法陣は使わないよ。
風の転移魔法陣で帝都に行くよ。
そのままでもいいけど、転移したら目の前に皇帝がいるかもよ。」
「別にいいですわよ。皇帝に旦那様と私が如何に仲が良いかを見せつけてやるチャンスですわね。」
「誰もそんなもの見たいと思わないと思うけど。
まぁ、兎に角、尊王として皇帝にお会いするのですから、尊厳と言うものを失わないでくださいね。」尊厳の"そ"の字も感じないつるはしさん
「兎に角、もう遅くなるから転移するよ。
みんな部屋の真ん中に集まって。」
とソニアが言うので、俺はイリーナを引っ付けたまま、部屋の中央付近に移動した。
そして、ソニアが右の風見鶏を回し始めた。
白い靄に包まれて、視界がなくなった。
イリーナの温もりだけが伝わってくる。
その温もりも片手だけになった。
流石に抱き付いたままではまずいと悟ったらしい。
手を繋ぐだけにしたようだ。
そして、白い靄が晴れて、視界が戻ってきた・・・・・・。
と同時に、耳に突き刺さるファンファーレが。
止めれぇぇぇ、鼓膜が破れる。
誰だ、石作りの狭い牢獄の中でラッパや太鼓を鳴らしている奴は。
俺の鼓膜を切り裂くつもりかぁぁぁぁぁ。
俺は思わずイリーナの手を振りほどいて耳に手を当てた。
イリーナも我慢できずに、耳を塞いでいた。
目の端では死神さんもそうしているのが見て取れた。
そして、ソニアは倒れていた。
あっ、耳が良いからねぇ、風の魔法術士は。
この爆音に耐え切れず、気を失ったか。
もしかして、パキトさんも・・・・・、あっ、片膝は着いていたが何とか意識はあるようだ。
ドラゴンさんは・・・・・・、涼しい顔で立っていた。
つるはしさんは・・・・、まぁ、どうでもいいな。
やがて、殺人騒音がピタリと止んだ。
そして、まるで音の中から現れたように一人の男がこちらの方に近づいてきた。
皇帝だ。
「シュウ君、10日ぶりだな。元気にしておったか。」
「さっきまでは元気だったんですが、今の爆音で一気に魂を持っていかれた様に思います。
今の音は何なんですか。
あっ、ソニア、しっかりしろ。音は止んだぞ。」
「ソニアさんが倒れているな。
どうしたのだ。
きれいに清掃したとは言え、やはり元牢獄。
何か精神を削るものがあったか。
黴臭かったのか。」
「いえ、さっきの音で魂を持っていかれたんですよ。
うちの死神さんまで魂を狩られそうになったんですから。
一体さっきのどんちゃん、どんちゃんとした音は何なんだったんですか。」
「ああっ、あれは君たち人類の交渉団を歓迎する音楽だ。
どうだ、気に入ったか。」
「歓迎していただくのはうれしいですが、さすがに四方を石で囲まれた狭い部屋であの音ですからね、音で攻撃されたのかと勘違いしました。
魔族の皆さんは良く耐えられましたね。」
「そんなにうるさかったか。
我らは普段から聞き慣れておるからな。
私としてはいつもより多少は音が大きいと思った程度だが。
それほどのダメージを君たちに与えたのか。
それはすまないことをしたな。
決して、君たちに悪意があってのことではないので、許してほしい。」
「あれがががぁぁぁぁ、歓迎のぉぉぉぉぉ、せれもにぃぃぃぃぃぃ、だったんだだだだぁぁぁぁぁぁ。」
「ソニア、まだ頭の中であのの音がこだましてるのか。
なんか、話し方が変だぞ。
無理しては話さなくても良いから、少し休んでいた方が良いじゃないのか。」
「お兄ちゃゃゃゃゃゃゃゃん、そうするよぉぉぉぉぉ。」
ソニアは横にあった、椅子に腰かけて、耳を塞いでいた。
耳を塞いでも頭の中で反響している音は消えないと思うけど。
まぁ、気持ちの問題か。
皇帝は一度ソニアの方を見て、軽く頭を下げていた。
皇帝が謝罪の姿勢をとるとはな。
かの歓迎がまずかったと思っているらしいな。
「改めて、ようこそ、我が帝都へ、人類の交渉団の皆さん。」
皇帝は胸に拳を当てて、歓迎の意を表していた。
「お邪魔します、皇帝。
今日の交渉が実り多いことを期待します。」
そう俺が挨拶すると皇帝はにこやかに微笑んだ。
さぁ、人類と魔族の将来を賭けた交渉が始まる。
俺はそう思うと背筋がピーンと伸びたような気がした。
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
お話に興味がある方はお読みくださいね。
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本物語"聖戦士のため息 トラブルだらけですが今日も人類が生きてく領域を広げます"も第620部分(3/25公開予定)でようやく終了を迎えます。
長い間、お付き合いをいただきありがとうございました。
3/27日より新しい物語、"聖戦士のめまい 肉壁狂響曲"を公開していく予定にしています。
こちらの作品も宜しくお願い致します。