5話目 はめまして、芦高さん
入学式、入隊式も終わった。
そして、次の週。もう、通常営業だ。
午前中の講義、そして昼食後、エリナと俺はいつものように黒魔法協会の訓練場に向かった。
今日はカロラさんの魔法の講義だ。
その訓練場に着くとカロラさんが激怒していた。
小さな黒い塊と長い棒がいくつか生えている大きな黒い塊に向かって、指を震わせながら何か絶叫している。
何か怖いけど、近づいて挨拶をする。
「カロラさん、今日もお願いします。
どうしたんですか、こんな黒い塊に絶叫して。」
俺は小さい塊の後ろにいる大きい方を見た。
これは・・・・、巨大な蜘蛛がそこに鎮座していた。
でもなんだか元気がない。かなり弱っているようだ。
「カロラさん、これは。」
「ここにいる馬糞があれほど言ったのに、今朝、やりやがったのさ。
こらそこの馬糞。
人生の最後の川を渡る前に、遺言(言い訳)を聞いてやる。
それが俺のせめてものてめぇへの手向けだ。」
小さい黒い塊がもぞもぞ動いて、顔が出てきた。
鼻水と涙、よだれ、冷や汗と顔から出せる水分は全部出し尽くしたエレオノーラさんだった。
地面にはトレードマークの鎌とノートが落ちていた。
「ごめんなさい。どうしても、ランク8位を捕まえるために、ひっく、彼の力が必要と思ったのよ。ひっく。」
「てめぇーっ、このでかいのをこれからどうすんだよっ。
黒魔法協会の玄関に巣を作らせるのか。んぁあぁっ。
黒魔魔法協会の全員が明日までに体液吸われてミイラだぞ。」
「でもでも、ひっく。弱っているから、そんなことしないもん。ひっく。」
「じゃ、お前の官舎の部屋で飼え。
いいなっ。ぜってぇ外に出すなよ。」
「こんなの官舎には入いらないもん。官舎のロビーで飼うからいいもん。」
「このボケーっ。俺も一緒の官舎じゃねぇか。
てめぇと一緒にミイラになるのはぜっていごめんだ。
人を巻き込むんじゃねぇー、てめぇだけミイラになんな。」
白魔法協会レディース、カロラ特攻隊長は死神だろうと何だろうと怖いものはないようだ。
死神さんの襟首をつかんで蜘蛛さんの口の方に引きずろうとした。
ここまで大人しくしていたエリナがハイヒールを3回、蜘蛛さんに使った。
弱っていたから助けたのだろう。エリナ様マジ天使。
ヒールが蜘蛛さんに効いたのが意外だった。
そして、蜘蛛さんの複眼とエリナがじっと見つめ合っている。
何か話し合っているようだ。
蜘蛛さんと話ができるとはエリナはやっぱり俺の天使だ。
「何ぜかこの子、私と一緒に居たいみたい。
目がそう言っているわ。」
すげー、魔物とアイコンタクトですか。俺の天使様半端ねぇ。
「それとね何かこの子、私を守ってくれそうな感じがするの。
一番嫌いな相手から、理由はわからないけど、そう感じるの。」
エリナの嫌いなものと言えば・・・、魔力溜施設の例のお姉さんの俺に対するお弁当攻撃か、いや、もしかして・・・・まさか。それだったら確かに最強のボデーガードだなこの蜘蛛さん。
「なんか、こいつ助けてくれたお礼をエリナに言っているぞ。」
えっ、うるさいさんも蜘蛛さん語が理解できるのか。
「んーと。森でオークを狩るために潜んでいたら、突然目の前が真っ暗くなり、その上、電撃を食らって、弱ってしまったと。
気が付いたらここに居て、怖い姉御が死神さんに罵声を浴びせていたところ、だって。
死神さんをあのように扱う人は本当に人類ですか。
魔王じゃないんですか。だって。
魔王から救ってくれた上に回復までしてくれたそこの美少女さんには返しても返しきれない恩ができました。
これから一緒に居て少しづつ恩を返していきたい、だって。」
つまりなんだ、状況を整理すると、
< 事実 > 死神さんが瀕死の状態でという条件の魔方陣で蜘蛛さんを召喚し、エリナに回復してもらった
< 蜘蛛さん視点 > 死神をも罵倒する魔王(カロラ特攻隊長)に召喚され、殺されかけて瀕死の状態のところをエリナに助けてもらったので、これからの一生をかけて恩返しする必要がある、でないと魔王に死神をけしかけられる
まあー、俺的にはどちらも同じだな。
「蜘蛛さんも回復したところで、これからどうしますか。」
「こいつの部屋で飼う」特攻隊長
「独身官舎のロビーで飼う」死神さん
「ここ黒魔法教会の訓練場に家を作って飼う」エリナ
「エリナのしたいようにするのが一番」俺
「それではみなさんいろいろな意見が出ましたが、多数決でこの訓練場で飼うことに決定しました。
エレオノーラさん、後で土木工事魔法をお願いします。蜘蛛さんに巣的(素敵)な家を作ってやってください。
それと蜘蛛さんがここから外に勝手に出ないように常に物理攻撃防御壁を作動させましょう。必要な魔力は一日魔力溜15基ですね。
俺が優先的に供給するので、魔力溜1基あたり400バートを黒魔法協会より支払ってもらいます。
いいですね、エレオノーラさん。」
「えっ、何か高くない。
アルバイトだと1基200バートだわ。
倍も取るなんて、ぼったくり反対ーいっ。」
「エレオノーラさん、いいんですかそんなこと言って。
今回の理由のために魔力溜施設から魔力溜の分配があると思いますか? それともエレオノーラさんが毎日15基用意します? 」
「ううっ。シュウさまぁーん。
もうちょっとお安くなりません。うっふーん。」
死神さんがマントを脱ぎ、左肩だけ素肌をだして色仕掛けに走った。
バッコーン。エリナのハンマー攻撃。ハンマーをどっから出した。
べっちっ。蜘蛛さんの前足キック。
コンビの攻撃の炸裂。
死神さん、ご臨終の模様です。
「私のシュウの前でそんな態度をとることは厳禁です。
罰として魔力溜1基450バートとします。いいですねっ。」
「ひぇーん。わかりました、何とか経費で落とせるようにじじぃ(総帥)をだましてきます。」
プラスされた50バートは死神さんの個人的な作戦ミスなので自腹にするように黒魔教会の経理担当者にチクってやろっと。
「とにかく飼うのであれはエレオノーラさん、エリナ、シュウがちゃんと面倒を最後までみるのよ。わかった。」
「一人だけ責任者から外れるのはずるいと思いまーす。」死神さん
「私もそうおもいまーす。」エリナ
その時、蜘蛛さんが必死に俺に訴えてきた。
「きゅぴ、きゅぴぴ、きゅぴーん。」
鳴き声かわゆす。
「なんだって、魔王様に飼われるのだけはご勘弁を。
ご主人様、奥様助けて、だって。」
えっ、カロラさん魔王確定なの。じゃ、しょうがないな。
蜘蛛さんは俺とエリナのペット枠で決定だな。
「なんか、カロラさんとはそりが合わなさそうだから、基本的に俺とエリナのペットとしてこの訓練場で飼うことにします。
費用と責任は黒魔法協会+エレオノーラさんでお願いします。
と言うことで納めませんか? 」
「「「異議ナーシ。」」」
「でも、蜘蛛さんの餌は何だろう。高かったら黒魔法協会持ちでおね。」俺
「ひえぇぇぇぇっ。きっと、残飯よ。残飯。寮で残したもので十分。」死神さん
ばしっ。ひゅーん。バッコーン。
蜘蛛さんが自慢の長い足で死神さんをドツキ、死神さんは向こうの物理攻撃防御壁に激突した。
これだけ防御壁がしっかりしていれば、蜘蛛さんも逃げ出さないね。
「んーと。残飯とは失礼な。
私の餌は週一でオーク一体だって、ちなみに4体食べれば1箇月は持つって。それ以上の食いだめは無理だって。」
と言うことは最低でも月一でオーク狩りに行かなければならないのか。
もう訓練の一環として戦闘地帯にお邪魔しないと餌がなくて蜘蛛さんが死んじゃう。
「そういえばこの間図書室で図鑑を見ていたらこの蜘蛛さんのことが載っていたわ。
魔物なのに主食はオークなんですって。」エリナ
「じゃ、オーク狩りに行かないといけませんね。
今度、皆で戦闘地域に訓練がてら行ってみましょうか。
シュウとエリナ、熊さんとソニア様、エレオノーラさんと私の3チーム一個小隊で行きましょう。
戦力的には1個師団並みかもね。
ぶははははっ。腕がなるぜぇー。」
さすが特攻隊長。いきなり戦闘地帯で餌の確保ですか。
俺的に魔王様はやっぱりエリナの母さんで、カロラさんは特攻隊長で決まり。
「蜘蛛さんのためにみんな頑張ろう。ところで、名前はなんにしようか? 」エリナ
「ポチ」死神さん。バッコーン。再び防御(暴挙)壁に。
「タマ」特攻隊長。蜘蛛さんがいやいやしている。
「高橋さん」俺。
「それしかないなら仕方ないけど、もう一ひねりしてほしいって、言ってるぞこいつ。」
「芦高さん」エリナ
「ぴゅきーん、ぴゅきーん。」なんかすごく喜んでいるぞ。
「これが良いって、さすが奥様と言っているぞ。
ちなみにシュウのことはご主人様と呼ぶことに決めたそうだ。」
「蜘蛛ごときが。私のご主人様と奥様に馴れ馴れしい。
下男は向こうの角の奥の角のずーとっ奥にに引っ込んでいなさいな。
私がご主人様と奥様の専属メイドなのですからね。
わかった。
んっ。そう分かったの。
先輩よろしくお願いしますなんて、今時珍しい礼儀正しい子ね。
気に入ったわ、私の後輩に特別にしてあげる。
いいこと、わが主家のしきたりは・・・・・」
話が長くなりそうだなぁ。
「名前は芦高さんが気に入ったみたいだよ。」
「じゃ、芦高さんにしましょうよ。
ねぇ、ねえ、いいでしょ、旦那様。」
「エリナが気に入ったものが一番だね。」
「そんなぁ、旦那様の高橋さんもなかなかのセンスよ。
さすが私の旦那様です。」
「「「おめぇら、独身・彼氏なしの俺の前でいちゃいちゃたぁ、良い度胸だ。
訓練で地獄を見せてやる。
お局パワーをナメるなよ。」」」
特攻隊長、死神さん、うるさいさんの声のハーモニーが夏の終わりの訓練場にむなしくの響いた。