表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/620

4話目 入隊式は大混乱

寮の礼拝堂の前で、神様もびっくりのエリナの怖い発言を何とか誤魔化した後に俺たちはちゃんとした朝食をとるために食堂に入った。

誰もいなかった。


1000人以上も入れる食堂に二人きり。

普段は何か所も開いている配膳口も今は一か所だけだ。

ただ、食器をクリーンするときの食器同士がぶつかる音だけが異様に響き渡っていた。


職校生は入学式のために職校の大講堂に既に移動していたのだ。

俺とエリナは朝食を受け取ると食堂の一番隅のテーブルに腰を掛けた。


昨日、皆に励ましとお祝いをもらった時は感じなかったが、やはり職校生ではないというどうしようもない疎外感が心にずしんとのしかかってきた。


エリナはいつも以上に可愛く微笑むと

「シュウ、2人きりだね。えへへへへっ。

シュウを独り占め。えへへへへっ。

食べて良い? 」


今度はエリナが俺を食べちゃうという逆の発言だ。

「おいしくないと思うからやめときなよ。」


"ちぇっ。"

舌打ちしたよこの人。


「それよりもこれを食べてよ。エリナのために作ったんだ。俺の故郷のお祝い飯。

赤飯というんだ。」

「へぇーっ。赤いごはん? 」

「一緒に食べよっ。」


俺は弁当箱から取り出したおにぎり状の赤飯を一つエリナに渡した。

二人一緒にパク。やっぱり、もちもちの食感と塩加減がいいね。


「おいしーいっ。もちもち感と塩加減が。

ほんとはシュウを食べたかったけど、この赤いご飯で我慢するわ。

シュウの作ってくれたお祝いご飯で。」


「入隊、おめでとう。エリナ。一緒にがんばろうな。」

「入隊、おめでとう、シュウ。一歩また夢に近づいたわね。」


俺は一番言ってほしい人に今日の入隊を祝ってもらった。

先ほどの寂寥感はもうない。

前を向けるこれで。


誰もいない食堂でいちゃついている? と、コツ、コツ、コツ。誰かが近づいて来た。

軍服を着ているので、軍関係の人だ。怖そうなおじさんだ。


「シュウ君とエリナ君かね。」

「「はい。」」元気よく返事をした。


「軍司令部より、命令を伝える。姿勢を正しなさい。」

「「はい。」」


俺とエリナは立って、姿勢を正した。


「本日の入隊式は場所を戦勝記念会館に変更。

会館の受付に1級礼服を着用の上、10:10までに出頭。以上。」

「了解です。」「わかりました。」


「あっ、以上が命令伝達です。後は楽にしてください。

シュウ君、エリナ君、私からも入隊のお祝いを述べさせてもらえますか。


おめでとう。一緒に魔族と戦い抜こう。


それでは後ほど会場で。」

命令を伝えに来た人は俺たちを祝福した後に足早に去ってた。


「ご飯を食べて、準備しますか。1級礼服なんてちゃんと着れるかな。」

「ふふふっ。私が着替えさせてあげようか。」


ご遠慮させていただきます。恥ずかしいから。

それに軍服のことはペット魔族さんに聞いてみるんで。


朝食後、寮に戻り、礼服に着替えた。


ちゃんと着れたかを魔族さんに確認してもらった。

ネクタイが曲がっているので、誰かに直してもらった方がいいとのこと。

ここはエリナに頼もうかな。断ってばっかりじゃ気を悪くしちゃうかもだし。


ちなみに、魔族さんとは直接会っていないが、俺の姿をどうやって確認したかは謎である。


俺はそのまま男子寮の入り口を出たところで、エリナを待つ。

すぐにエリナも女子寮を出てきた。

そして、ネクタイを直してもらった。


「えへへっ、新婚さんだわ、えへへっ。」と言って、顔を赤くしながら、ネクタイを直してくれた。

その後も戦勝記念会館に着くまで、顔を赤くしながら、ずっとにやけていた。


戦勝記念会館の入り口脇にある受付に行くと、入隊式は11:00からで呼ぶまでは控室2番で待っていてほしいとのことだった。


この戦勝記念館は30年前に建てられた10000人収容の巨大な建物だった。


屋根はドーム型で金属の梁で薄い鉄板の屋根を支えているが、屋根の強度を補強する魔道具が常に働いており、かなりの魔力溜を使うため、屋根は取り壊して空が見えるようにした方がいいと必ず予算会議で問題になる施設との噂だった。


さらに、この施設にまつわる最も悲劇的な事実は、戦勝記念と言いつつ、この建物が建てられてから人類は一度も領土を拡大したことはなく、むしろ、先の大防衛戦のように人類の生存領域を大きく削られ続けるという悲劇の施設として有名であった。


そんな曰くつきの建物の控室で、100人は入れるような大会議室だが、緊張して待っていると、黒ずくめの塊がフラーっと入ってきた。


何だ魔物が侵入したか思ったら、鎌を持った女の人、死神さんだった。


「シュウ、エリナおめでとう。黒魔法協会の総帥は向こうに行っているから、代わりに私が来たのよ。総帥からも激励の伝言を預かっているわよ。

ところで、あの机の下に隠れていて良い? 」


「ありがとうございます。ところで、隠れて何するんですか。

何となく鎌とリストを持っている時点で予想は付きますが。」


「あそこに隠れて、リストの上位者が君たちに挨拶しに来たら捕まえるの。

鎌を首にあて、解剖をお願い(強要)するの。

だから、こちらに視線を送っちゃだめよ。」


死神さんはおとなしく机の下に隠れた。

机の下にモゾモゾした黒い塊。

Gさんだ。死神さんが巨大Gさんになった。

大騒ぎになるのでエリナには今の感想は黙っていよう。


その後、カロラさんがやって来た。

ソニア総帥(俺の子分)は職校に行かなけけばならないため、エリナに対してだけお祝いの言葉を預かって来たとのこと。


俺に素直に祝辞が言えないとは近いうちにもう一度上下関係を摺り込むために面会しに行かねば。


その後も、転移魔法陣施設長や魔力溜施設長など、職校の入学式に行かなかったここのお偉いさんが次々に挨拶に訪れた。


誰かが挨拶に訪れるたびに机の下から"ちぇっ"と舌打ちが聞こえてくる。

きっとまだお目当てのリスト上位者が訪れていないのだろう。


入り口に近いところで、中年のイケメン軍人とナイスバディの軍服を着たご婦人がこちらを観察していた。


机の下からはもうちょっと近づてい来いとつぶやく声。

ついに来たか。お目当ての上位ランク者。


そしたら、エリナが嬉しそうに手を振って、俺の手にしがみついて、体を密着させて来る。

それを見たご婦人の方がサムズアップしている。


イケメン軍人はハンカチを口に咥えて、声を出さずに泣いている。

その目はおめぇ絶対ぶん殴ってやるというように血走っていた。


「両親が来てくれたわ。

さすがに入隊式に親が付いてくるわけにはいかないから、あそこでこちらの様子を伺っているようなの。


でもうれしいわ。

はじめて、両親にシュウを紹介できたわ。」


お父さんの方が今にも俺に殴りかかってきそうなので、エリナ様はもうちょっとだけ離れてくれませんかね。

まぁ、あそこから近寄った瞬間に死神様にさらわれてしまうかもですが。


そして、軍礼服を着たごついおっさんとその後ろにいかにも頭が切れそうな軍服来た幹部職らしき人がこちらに近づいてきた。


「第2軍団長のベルタランだ。

今日はおめでとう。君たちが軍に入隊すると聞いて、慌ててここを借り切り、入隊式をすることにしたよ。


総司令官は向こう、戦闘地域に視察に行っているので、今日は私が辞令を読み上げるぞ。


出席者は職校の入学式に行きたくとも行けなかった軍司令部の幹部と、休暇中で逃げ場のなかったの第11、12、15、16、19、20師団の小隊長以上の士官、将官職全員をかき集めてきた。


皆、リーナ様を祝福するためにな、ハハハハハッ。はぁーっ。」


「軍団長、祝福する人が違います。

それは裏の対象者でしょ。表向きは彼らです。(小声)


軍団長が失礼した。私は第2軍団参謀長、兼事務総長のジュラです。

本日は入隊おめでとう。


お弟子さんの期間が終わったらぜひうちの軍団に来てくれたまえ。

君たちのような最優秀な戦力をわが軍団は欲している。

よろしく頼む。(向こうのご婦人に聞こえるような大きな声) 」


「しかし、ジュラよう。なんで急にこんな小面倒なことになったのだ。

命令書一枚渡しときゃ、いいじゃねぇか。(すっごい小声)」


「あきらめましょうよ。あのお方の一粒種のお嬢様が軍に入るっていうときにですよ、人事部で辞令をハイっと一枚渡して終わったとあっては・・・・。(小声)」


「言われなくてもわかっておるは。俺が言いたいのは。(小声)


なんで第13、15、17、18師団は将官さえも出席しないのかということだ。(向こうのご婦人に聞こえるような大きな声)」


「それがですね、昨日急に魔族が集団で襲ってきたとか言って、戦闘地帯に戻っていきました。

まぁーっ。逃げたのは明白ですけどね。(向こうのご婦人に聞こえるような大きな声)


あのお方が出席するとなると緊張で漏らしそうになるからなぁ。

逃げたくなるのもわからなくはないが。(小声)」


「それは言い過ぎだと思うが。(小声)」」

「そういう軍団長は大丈夫ですか。(小声)」

「辞令渡すのお前が代われ。(小声)」」


「いいですよ。喜んで。

辞令の交付はぜひ私に代わってください軍団長。(向こうのご婦人に聞こえるような大きな声) 」


「では、よろしく頼む。

いやーっ、この役目を代わってくれるなんて。

お前は神の使いか。


今度何でもおごってやる。

何ならおれの娘を嫁にやっても良い。

ランランラン。(小声)」」


何か、出席者と辞令の交付をめぐって、とんでもない混迷を生んでいるよ。

軍団の最高幹部二人で。

あと、漏らすのどうのと。

教会本山は括約筋の緩い人が多いのかな。

ソニアのように。


「皆さんそろそろ、お席についてください。」

「エリナ君とシュウ君はもう少し待っていてね。

式典の準備がすべて整ったら迎えに来るので。」


お祝いに来てくれた人が控室の入り口に向かって、移動しようと振り返った刹那。

「もらったーっ、リストランク8位ジュラ。おとなしく、解剖させろーっ」


死神さんが、鎌を振りかざして参謀長に迫る。

「なんでお前がここに。」

身構える参謀長。


「辞令を渡す軍団長の補佐としてここに挨拶に来るのはお見通しさ。」


「ちっ。ばれていたか。

軍団長、申し訳ないですが、私はこの人と決着を付けねばなりません。


これ以上、私がこの会場に居るとせっかくのお二人の門出に水を差すことになりますので、ここで失礼いたします。(向こうのご婦人に聞こえるような大きな声) 」


いうな否や、窓からとんずらする参謀長とそれを追いかける死神さん。


残された軍団長は辞令交付のプレッシャーから解放されて小躍りしそうなくらい喜んでいたのに・・・・、結局役割が元に戻って、魂が抜けたようになっている。


さては、参謀長、死神さんがここにいることに感づいて、自分の株を上げつつ嫌なことから脱出するために一芝居打ったな。


さすが参謀長、小狡い、でもやり方がスマートだ。

熊さんの昨日の謀略とは大違いだ。

俺は素直に参謀長に感動した。


「それでは式典が始まりますので、エリナ君とシュウ君はこの入り口から中に入って、ゆっくりと軍団長の前に歩いていき、いったん止まって敬礼した後、辞令を受け取ってもらいますか。

それではいきましょう。」


案内の人に後を押されて、会場に入った途端、大音響の軍楽隊の行進曲が響いた。

その中をゆっくり俺たちは歩いて、絶望的な顔をした軍団長の前に立った。


音楽が止み、辞令を読み上げる軍団長。声が死んでる。

それでも無事に辞令を受け取り、式を終えることができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ