2話目 わが軍門に下れ
昼食の後、エリナと連れ立ってカロラさんのところに行く。
白魔法協会の総帥室の扉をノックした。
「エリナです。」
「開いています、入ってください。
あっ、シュウ君も一緒?
シュウ君はちょっと待ってね。今、入って良いか総帥に聞いてくるから。 」
まだ、あの件が尾を引いているのか。
まぁ、死ぬほどの目に会ったんだから仕方ないけど。
「シュウ君もドアに手の届く範囲までだったら、入っていいって。」
「失礼します。」「入ります。」
「いらっしゃい。とりあえず、エリナは総帥にご挨拶を。」
奥の執務室で白いローブを着た少女が偉そうにソファにふんぞり返って、クッキーを爆食いしていた。
なんかちょっとイラっと来たので、「ワッ」と言ったら、飛び上がって、ソファの後ろに隠れた。
「怖いよう。悪魔が来たよう。食べられちゃうよう。えーん。」"ちらっ"
こいつ最後に本性表したよ。あの"ちらっ"は俺の困る顔を楽しんでいる。
まさに、齢数百年の九尾の狐だ。
俺のことなんてちっとも怖いなんて思ってねぇよ、きっと。
そういうことか。わかったよ。
「すみません、怖がらせちゃったみたいですね。一昨日はほんとにごめんなさい。やりすぎました。」
あっ、やっぱりにやついてやがる。ほっほーっ。じゃ、皆に言ってないことバラしちゃおーかなぁ。
あのシーンを思い出し、ソニア以上に、にやつく。
完全にガキのケンカになっている。でも負けられない。
俺はボソッとつぶやいた。
「水たまり」と。
おっ、俺のつぶやきの意図を悟ったか、顔が真っ赤になったぞ。
目元に涙をためて、プルプルしだした。
この瞬間、俺たちの勝敗は決した。
「まだ、トラウマがあるようね、ソニア様は。
シュウ、申し訳ないけど隣の秘書室で待っていてくれる。
すぐエリナのご挨拶を済ませますから。」
俺は勝ち誇って、フンっという感じでソニアから目を逸らし、今度はカロラさんとエリナの方を向いた。
「わかりました。隣の部屋で待ってます。」
俺は隣の部屋に入り、ドアを閉めた。
しばらく、ソニアのメソメソ声が聞こえた後、エリナがソニアに語り掛けるのが聞こえた。
エリナはソニアに俺が優しくて、すごくいい人であることを一生懸命説明しているようだった。
エリナ君、ソニアは我が軍門に下ったのだよ、ついさっきね。
これからはソニアは俺を心の王としてきっと畏怖し続けることになるだろう。
だから、ソニアに俺の良いところなど理解してもらわなくてもいいんだよ。怖れ敬っていればね。
そうするうちにエリナはソニアの説得をあきらめたのか、カロラさんとともに俺のいる秘書室に退室してきた。
「シュウ、ごめんね。
何とかソニア様の誤解を解いて、仲良くできるように話してみたんだけど。
シュウの話になるとメソメソし出していやいやするばかりなの。
やっぱり、一昨日の模擬戦のトラウマが足を引っ張っているみたいなの。
もうすこし、時間をおいてからシュウはソニア様にご挨拶をした方がいいと思うわ。
力になれなくて、ごめんね。」
「エリナありがとう。そうだね、あいつ、いや、ソニア様には後からきちんと挨拶をするよ。」
「私もそうして欲しいな。あの豪胆なソニア様があそこまで怖がるなんて、ちょっと信じられないんだけれど。」
「カロラさん、ソニア様が俺を恐れないようになったら、言ってください。
いつでも、ご挨拶(畏怖の刷り込み)に来ますので。」
「わかったわ。それでは熊さんが待っているので、そろそろ訓練に行きましょうか。」
「はい」「わかりました」
震えるソニアを残して、俺たち師弟は黒魔法教会の訓練場に向かった。
黒魔法協会の訓練場は、基本的に訓練を目的にしたものではなく、黒魔法の一つの召喚術で呼び出した魔物の能力を見るための闘技場的な要素が強かった。
ちなみに召喚術は過去の古い文献に基づき、魔法陣を描いて魔物を召喚するというもので、今では一般には全く知られていない魔法である。
黒魔法協会が所有する文献を検証し、次世代に召喚術を継承するために気の向いた研究員が数年に一度召喚魔法を発動してみる程度の扱いであった。
呼び出した魔物はその能力を検証するために、ここの訓練場で聖戦士と魔法術士のペアと戦わせることになっている。
よって、黒魔法協会の訓練場は見かけは普通の広場だが、その使用時には強力な物理攻撃防御壁と魔法防御壁が張り巡らされることなっている。
しかし、あまり使われない訓練場なので、俺たち特例ペアのための訓練場として軍司令部が黒魔法協会より借り受けることになった。
黒魔法協会側も召喚術の検証時にいちいち軍に聖戦士の派遣を要請しなくても済むので、メリットはあるとのことであった。
使ってないし。
そして、そこを熊師匠が午前中に整備することになったのである。
俺たちが訓練場に到着したとき、熊師匠は背中を丸めて、しばらく使っていなかった訓練場の草むしりをしていた。
半分も終わっていなかった。
「熊さんさぼっちゃダメと言ったわよね、昨日。」
「でもよーっ。こんなに広くて、使っていなかったため、草がボウボウでいくらむしっても終わらないんだけど。」
「まったく、図体だけでかくて、仕えないわねぇ。もういいわ。
熊さん、今日の午後は職校の訓練の担当日じゃなかった?
早くいった方がいいわよ。生徒さんたちが待っていると思わ。」
「やっべー、忘れてた。悪いがちょっと行ってくる。
シュウたちの訓練は明日やるから今日はカロラに訓練を見てもらってくれ。じゃぁな。」
草むしりから解放されて、逃げるように訓練に行く熊さん。
「カロラさん、まずは草むしりからですか? 」
「誰がなんでそんな時間を無駄にすることをやるの。」
「えっ、熊師匠に今日の午前中にやっとけと言いましたよね。
さぼったら、昼とおやつ抜きだと。」
「誰も直接手でやれとは言っていないわ。
シュウ、そことあそこの魔法陣に魔力を注いでくれる。物理と魔法の防御壁を作動させるわ。」
「わかりました。それっ。」
「次にあなたの盾に炎の転写属性フィールドを付けるわ。
そしてゆっくりと、属性フィールドを展開してみて、弱くゆっくりとよ。草だけがきれいに燃えるように。
そそっ。それでいいわ。
ほーら、きれいになったわ。」
「・・・・・・」エリナ
「・・・・・・」俺
熊さんに草を刈れといった二人は鬼だと思った。
その鬼? の片割れの死神さんがやって来た。
「ごめーん、遅れちゃったわ。解剖リスト8位のヤローを追いかけてたら遅れちゃったわ。結局、逃げられたけども。
ふーっ。明日は絶対に捕まえて解剖してやるわ。
そのために、魔物のブラウンビッグハンツマンスパイダーを召喚して、飼い慣らそうと思うんだけど、カロラ、どう思う。」
「魔物は飼い慣らせるんですか? 」魔族を飼い慣らせることは知っているが。
「使用する召喚魔法陣によって、バーサク状態や弱った状態で魔物を召喚できると文献に書いてあるの。
弱った状態で召喚して、よしよしすればなつくと思うのよねーぇ。」
「よしよしか。
ちなみにリスト8位を捕まえた後はどこで、そのクモさんを買うつもりなの?
人を捕まえる程の大きなクモを飼うのよね。
エサは? まさか牛?
毎日1頭食べるとしたらその経費は黒魔法協会が払うの? 」
矢継ぎ早のカロラさんの鬼突っ込み。
「えっと、放し飼いの方向で・・・・・。」
「「「ペットを飼うなら最後まで面倒をみる!! 」」」
「あきらめます。」
「それでは少々回り道をしたけど、訓練をはじめ・・・、その前に草がボウボウだったのために地面が緩んでいるわね。まずは地面を固めましようか。
「エレオノーラさん。出番です。
シュウに土属性フィールドと地盤強化の魔法を転写してくださいな。」
「わかりました、それっ。」
「それでは、シュウやることはわかるわね。
岩のように固くしても良いわよ。
熊さんが暴れても地面がくずれないようにね。
少しづつ固くすればいいわ。」
「わかりました、少しづつ魔力を高めます。では行きます。」
まずは土属性フイールドを訓練場全体に張り巡らせた。
これだけでも土が活性化し、固くなっていくのがわかった。
「土属性フィールドだけでいいかもね。
シュウ、もう少し土属性フィールドに魔力を注いで、ゆっくりとね。」
俺は言われた通り、少しづつ土属性フィールドの魔力を高めていった。
「それでいいわ。丁度良い固さになったわ。
さすがにシュウは魔力の調整がうまいわね。
エリナに相当しごかれたんじゃない。」
「私は旦那様をしごいたりしません。
ソンバトの道場で修行をしている時、こういう風に手を取って、一緒に魔力制御の練習をしてましたけど。」
「手を取り合う必要はないと思うけど。」エレオノーラ
「この方が魔力の注ぎ方を手を握る力で確認できるので、体で魔力の調整を体感しやすいんです。」
「えっ、エリナはシュウを調教していの。
うまく調教したわね。
黒魔法協会に入らない? 一緒に魔物を召喚して、飼い慣らしましょうよ。例のクモさんを。」
「遠慮しておきます。死神さんリストを片手に男の人を追いかけるのはちょっと。
私がどこまでも追いかける殿方は、唯一シュウだけです。」
俺が調教されていた件は放置ですか。
「今日のシュウの訓練は魔力の調整力を身に着けてもらおうと思ったけど、結構うまくできてるわ。問題ないレベルだわ。
これで満足しないで、もらった土転写属性フィールドを用いて、この範囲の地面をもっとゆっくりと固くしてみて。それが今日の訓練よ。」
カロラさんが腰の剣で半径3mぐらいの円を描いて、真ん中をトントンしていた。
俺は言われた通り、その円に土転写属性フィールドを発動し。ゆっくりと魔力を注ぎ込み少しづづ固くしていった。固くなりすぎた場合はエレオノーラさんの風化魔法で土を柔らかくしてもらった。これを休憩を挟んで、空が茜色に染まるまで繰り返した。
エリナの方は少し離れたところで、アイスロックをゆっくりと大きくする訓練をしていた。
俺と同じように、魔力の制御の練習のようだ。
氷が大きくなるとカロラさんが炎の魔法で溶かしていた。
そして初めから氷を大きくすることを繰り返していた。
2人とも地味な訓練であったが、魔法や転写魔法を正確に扱うためには、剣術と同じように地味な訓練を繰り返すしかなかった。
「今日の訓練はこれで終わりにしましょう。
明日は軍への入隊式だけど、特例扱いの君たちは略式で辞令を受け取るだけよ。
正式な軍への入隊は職校の学業を終了してからになる予定だわ。
明日、08:30に軍司令部の人事部人事課の窓口に出頭しなさい。
それが終われば、エレオノーラさんのところに行ってもらえるかな。
今日と同じように魔力制御の訓練の予定よ。
午後は熊師匠の訓練も予定しているわ。
それでは解散よ。」
「了解です。ありがとうございました。」
「わかりました。ありがとうございます。」