4話目 受験の前にもう試練が
「どうやって、ゲストハウスの中には入ろうか? あれだけ何重にもゲストハウスが取り囲まれていると蟻すら入り込めないよ。」
「毎年恒例の行事とはいえ、すごいわ、この熱気。」
「自分の将来が掛かっているから仕方ないといえば仕方ないかもね。」
「シュウ、これで入試に落ちるわけがないのは分かったかしら。」
「なんで? 」
「試験を受ける前から職校の生徒に顔と名前が知れているのよ。
これで職校側が一人でも落としたら、見習い聖戦士が一人少なくなるわ。
そうすると、ペアを望む魔法術士の方の競争率が上がるわ。
そんなことをしたら、教会本山内で暴動が起きるわよ。
これまで試験を落ちた人はいないの。
その代わり、成績が悪くて進級できないことは結構あるらしいわ。
そうするとペアを組んだ魔法術士の方がわざと留年したり、研究生として職校の在籍期間を伸ばすことになるわ。
留年すると職校の費用は自腹になるけど、ペアの見習い聖戦士の例のアルバイトで、2人分の学費や宿舎費、その他の費用も何とかなるわ。
研究生の方は入試があり、かなりの実力がないと職校に残って、学問と訓練を続けることはできないの。
私はシュウと一緒に卒業するために頑張って研究生になるわ留年したら、新居の費用の積み立てが遅れるしね、ダーリン。ふふふふっ。」
「なんだ、入試って落ちることはないんだ。緊張して損したな。」
「駄目よ、シュウ。これまで落ちた人がないというだけで、今回落ちる人がいないとは限らないんだから。
まぁ、入試というより、これまで頑張ってきた成果を披露する場と思って頑張ればいいと思うわ。」
「わかった、頑張るよ。
それは良いとして、どうやって、ゲストハウスに入る? 」
「正面から堂々と!! 」
「えっ、あの人垣全部、聖戦士職校の受験生を狙っているんだよね、オオカミの群れに子羊を投げ込むようなもんじゃ。
玄関にすらたどり着けないと思うよ。
着いたら手足がなくなっていそうなんですが、方々から引っ張られて。」
「ふふふふっ。ちゃんとその辺は考えているわ。
私をお姫様抱っこして、通れば何も起こらないわ。
ああっ、あこがれのお姫様抱っこをシュウにしてもらえるなんて、今日の夜、クリーンしないで寝るわ。うっとり。」
「あのー、うっとりするは良いんだけど、それでなんであのオオカミの群れの中を無事に通れるの? 」
「もうペア済みであることを知らしめるの。おほほほほっ、わかる? 」
「げっ、それって交際宣言みたいなもの? 超恥ずかしいんですけど。」
「私は全然平気よ。ついでに婚約宣言もしちゃおうか。
そうしたら陰でちょっかいかけてくる輩がぐっと減るだろうし。へへへへっ。
そうしようか? 」
エリナ様、なんと大胆な。
「魔女が己の欲望を達成するための策略じゃのう。」
「けっ。」
「奥様、そのぐらいの大胆な行動は当たり前です。
旦那様との仲睦まじい様子を下々のものに知らしめましよう。うっとり。」
「さぁ、シュウ早く、私を抱き上げて。
もう、幸せだわ。こんな日が来るなんて。」
「抱っこでなくても、手をつなぐだけでもわかるんじゃ・・・・・。 」
「何を言っているの。シュウ。
ただのお友達ではあのオオカミ共を納得させられないわ。
さっ、早く、オオカミがこちらに気付いているわ(うそ)。」
「ごめん、じゃっちょっと触っちゃってごめん。」
「さっ、早く、早く、早く。」
生まれてきたから一番ドキドキした。
エリナは軽くて、やわらかだった。
そして良い香りがした。
顔が真っ赤なのが自分でもわかった。
「さっ、いざ、オオカミの垣根を超え、ゲストハウスへ。」
「エリナさん、そんなにくっつかなくとも。ちゃんとささえるから、ね、ね。」
「いやっ。もっとくっつく。」
ゲストハウスに通じる小道を俺とくっついているエリナが進む。
オオカミたちは当然ゲストハウスの正面が最も自分をアピールできる場所ということで、一番多くの人がひしめいている地帯となっている。
その中でもゲストハウスに続く小道はより実力のある見習い魔法術士が場所を占拠しているマウンティング状態となっている。
オオカミたちの垣根のところに来ると、顔をひきつらせたオオカミたちは小道を挟んで左右に自然と引いたため、ゲストハウスまでの小道に何の障害物もなくなった。
エリナと俺はオオカミたちの開けた道をゆっくりと進んだ。
オオカミたちはざわついてはいたが、話し掛けてくる者や、手を触れるものはおらず、すんなりとゲストハウスの中に入ることができた。
「うまくいったね。もう降ろすよ。」
「だめっ。まだ見ているオオカミがいるわ。
そのままで。」
あのーっ。目的を達したのでそろそろいいのではないでしょうか?
オオカミたちは外で、徐々に騒ぎ始めた。
「今のはなんだったんだー。」
「あれは今年の受験生の一人だ。
抱っこされていたのは見習い魔法術士3級のエリナさんだ。」
「エリナ、いつの間にペアになったの。」
「そういえば、課題のため一人で魔物を探しに行ってた。
その時に引っ掛けてきたのか。」
「えええぇぇぇ、私も彼女と一緒に課題をしに行けばよかった。
私の魅力で彼をなびかせて見せたのに。」
「何言ってるの。私の方が魅力的よ。おもに胸でね。」
「胸の話はするなぁあぁぁぁ。」
負け犬たちの遠吠えが聞こえる。
ゲストハウスは2階建てで、石造りの古風な建物だった。
2階の周りはテラスになっていた。
エリナによると、このテラスから聖戦士職校の受験生が周りを取り囲んだオオカミたちの様子を見られるようにしたということだ。
そうしないと、自分を売り込みたい見習い魔法術士が玄関に殺到し、大混乱になってしまうのだ。
テラスから受験生がオオカミたちのアピールを確認できるようにしておけば、玄関だけでなくゲストハウスを取り囲むようにオオカミたちが分散するので、少し混乱が解消されることを目論でいるそうだ。
確かに、オオカミたちは何やら自己アピールを描いた派手な看板をみんな持っている。
受験生がテラスから顔を出したときに、これを振って、アピールするのだという。
受験生がテラスに出てくるとは限らないけどね。
しばらくして、漸くエリナが降りてくれた。
道場で鍛えたから体力的には問題なかったが、精神的に思いっきり削られた。
もう、恥ずかしくて、穴を掘って寝たい。
「誰だい。」さわやかなイケメンが2階の階段から顔を出した。
「すいません。うるさかった? 聖戦士職校の受験生のシュウです。」
「えっ、君がシュウ。こんちは。
俺も受験生。ベーテルだ。よろしくな。」
「同じ受験生か。よろしくね、」
「ところでそちらの美しい方はどなた。
受験期間には、案内役の生徒会役員か既に見習い聖戦士とペアを組んでいる者以外はゲストハウスに入れない以外入れないはずだよね。」
「私はエリナ。見習い魔法術士3級よ。
ここにいるシュウとペア、いいえ、婚約者よ。」
堂々と婚約者発言だょ。大胆なエリナ様。
「婚約者ですか、受験の付き添いですか先輩。
いいなシュウはこんな素敵な婚約者がいて。」
「・・・・素敵な婚約者だって、シュウちょっと聞いた。
私は素・敵・な・婚・約・者。」
舞い上がっちゃったよ。エリナ。
「誰か来たの? 、ぺーテル。」
もう一人、今度は女の子が顔を出した。
「受験生のシュウとその婚約者のエリナ先輩が今到着したみたいだよ。」
「えっ、最後の受験生が到着したんだ。待ってろよ。今行く。」
ものすごい勢いで階段を下りてきて、最後の4弾は跳んで、俺たちの前に現れた。
「俺はボルバーナ、よろしくな。
しかし、いくら受験生がモテて、入れ食い状態でも婚約者は早くねぇか。
それも先輩をだぞ。
シュウだっけ、ボーッとした顔して手は早いんだな。速攻のシュウってか。」
いきなり変な二つ名を付けるのは止めようよ。
「ふふふっ。シュウは手は早くないわ。奥手で困っているぐらい。
それにここ本山で初めて会ったわけではないの。
3ヶ月ぐらい前に偶然出会って、そして、ペアを組んで魔族を倒したの。
すごいかっこいいんだから、うちのシュウは。」
「うちのだって、婚約者は違うねぇ、言うことが。」
「それよりも既にペアを組んで魔族を倒したんですか。シュウはまだ受験生ですよね。」
「そこは私たちの愛の力で乗り越えたの。」
何を乗り越えたの? それとぺーテルだっけ、エリナを調子に乗せるのやめれー。
俺、そのうち魔族さんを素手で倒したことになりそうだから。
「その上、次は魔族の大隊をもごもご・・・・・」
俺はエリナがとんでもないことを言う前に、口を手で塞いだ。
「照れるなんて、かわいいじゃないか。シュウ。
仲よくしような。」
「ダメー、シュウは私のもの。ふみゃーっ。ふみゃーっ。」
エリナが警戒モードだ。
「違うよ先輩、そういう色恋じゃなくて、数少ない見習い聖戦士の仲間としてだよ。」
エリナ警戒しすぎ。
「よろしくな。ボルバーナ、クラスメイトとしてね。」
俺がクラスメイトといったところで、エリナが警戒を解除。
「どうしたの。」「誰かいるの。」とまた別の男女の声。
「最後の受験生が来たぞ。これでそろったぞ。」
「こんにちは。僕はボルガ。よろしくね。」
おどおどした、小柄な少年だ。
「こんにちは。私はアリーズ。」
おっ、ボブカットのメガネっ子だ。
また、エリナが可愛いほっぺを膨らましている。
今年の聖戦士職校の受験生がすべて、ここにそろった。