3話目 友からの励まし
全く感動のない旅立ちだったが、さすがにしばらく家族ともお別れなので、後ろを振り返りながら町の中心の方に歩いていく。
家族はまだ手を振っていた。
おそらく俺が見えなくなるまでそのままだろう。
町中に入ると知っている粉屋の女将さんが声を掛けてきた。
「シュウ、今日だったんだね。本山に試験を受けに行くんでしょ。
頑張んなよ。
でも行く時期が少し早くないかい?
普通はもう3箇月ぐらい後だと思うけどね。」
「試験の前に父から紹介された道場で剣や武道の修行をする予定なんだ。少しでも強くなりたいし、その方が試験が通りやすいと聞くから。」
「そうなんだ。
まぁ、シュウなら父親の<ダン>に似て武芸が達者だから、合格すると思うけどね。
途中、気を付けて行くんだよ。」
「わかったよ。ありがとう。」
当然、俺の旅立ちには関係なく町の中は平常運転で、仕事に行く人、お店の開店準備をする人、旅に出立する人など決して大きな町ではないのだがいつものようににぎやかな朝だった。
「おーい、シュウ。
ちょっと待ってくれ。
俺たちからの餞別だ。もってけよ。」
行きかう人の中から、友達の<エン>が慌てて近寄ってきた。
「エン。見送りに来てくれたのか。ありがとう。
うれしいよ。
でも、職校は大丈夫なのか。」
「ああ、本山の試験に行く友達を見送りたいと言ったら職校長が遅刻の許可をくれたよ。」
子供たちは12歳までは皆と同じ学校に通い、その後の2~3年は各人が選んだ将来なりたい職業の訓練学校に通うことになっている。
友達のエンは石工になりたいとかで、石工をふくめた職人養成の職校に今年入学していた。
俺は聖戦士になりたくて教会本山の聖戦士を養成する職校に入学するための試験を受けるつもりだ。
通常の職校は4月入校だが、聖戦士になるための職校の試験と入校は9月に行われる。俺は9月の入試に向けて故郷を5月に出発することにした。
粉屋の女将さんにも話したが、武者修行と本山ヘの移動とで計4か月を予定していた。
「これをみんなから。」
「ありがとう。なんだろう? 」
おそらくエンは他の友達に声を掛けて、餞別を用意してくれたのだろう。こぶし大の袋の中を覗いてみると大小不ぞろいの黒い塊が10個ほど入っていた。
「これは馬糞柿の乾物!!しかもこんなに。
高かったろう?
親からも今回の旅に持たせてもらっていないよ。
ほんとにもらっていいのか。」
「ああ。職校の課外授業で手伝いをするとちょっとした小遣いがもらえるからな。
気にすんな。
将来、聖戦士が俺の友達だって言って女の子を口説くんだからよ。
その投資だと思えば馬糞柿なんて安いもんよ。」
「でも、口説く女の子ってこの町の子だよね。
年が近い子らって、全部顔見知りじゃないか。
その自慢の意味がないと思うけど。女の子もみんな聖戦士の知り合いだって言うよ、きっと。」
「そうかぁ。仕方ないな。
じゃぁ、将来、子供に自慢する。」
「相変わらず切り替えが早いな。お前。」
馬糞柿は生では苦過ぎて食べられないが乾すと苦みが抜け栄養と甘みが凝縮する。
一粒で丸一日過ごすことができる旅のお供として人気の商品である。
しかし、3年間天日干しにする必要があり、雨の日などは家の中に入れておかなければならない。
天日干しでないと苦みが抜けないのだ。
そのため、相当な人手がかかり。高級品となっている。
「道中、気を付けて行けよ。
試験、がんばれよ。じゃぁな。」
「おーっ。またな。」
石畳の町中を歩いていると先ほどの様に励ましやお別れの言葉を顔見知りに何度かかけてもらっていた。
町はずれの町の外門まで来ると、町の門番兵からも同様な旅立ちの励ましを受けた。
門番兵は町や領主に雇われた兵士であり、兵士は盗賊や敵対勢力から町を守る対人の仕事がほとんどである。
要請があれば魔物も討伐の対象となるが聖戦士のように魔族が戦闘の対象となることはない。
同じ軍閥ではあるが聖戦士は一般兵士と役割、危険度、戦闘スキルが大きく違うのであった。
町の門をくぐり抜け、俺の旅が始まった。
門を出たところで振り返る。
12年間過ごした町。ルーエン。
次に町の門を通る時には聖戦士でありたいと俺は願うのであった。