20話目 いったい何があったんだ
「そろそろ、突風が止時間よ。急いで皆様方。」
辺りは茜色からそろそろ深い藍に、そしてやがては黒に染まることを予感させるような風の神殿の景色だった。
「もっといろいろ話をしたかったけれど、今日はこれで帰りますね。」
「シュウ君、いつでもおいでよ。忙しかったらソニアちゃんだけでもいいからね。」
「兄様、そう言うことを言ってるから、まわりに誤解をされるのですわ。
エリナちゃん、もまた来てね。忙しかったら、ソニアちゃんだけでもいいわよ。」
何なんだこの大精霊たちは。
ノーム様と違って、どこにでもふらふら出歩けるんだから自分から会いに来ればいいのに。
今までだってそうしてたんでしょ。
「ということで中心にいる者の許可が出たので、今晩にでも会いに行くわね。」
「交代で、私も行きたい。」
「兄様は徹夜でお仕事があるでしょ。それが終わってからにして頂戴。」
「シルフさん、シルフィードちゃん、ここにはいつでも来れるから、そんなに頻繁に私のところに来なくてもいいわよ。
今のところ帰りは大変なので、早く、特一風見鶏の村と風の聖地突風待機所とが転移魔方陣でつながるといいんだけど。」
「ソシオさん。」
「はい、何か。」
「王都の王太子に連絡して、明日までに風見鶏をそれらの場所に設置してください。
これは風の大精霊からの緊急クエストにします。良いですね。」
「げぇぇっ、そんな無謀な。先ほどもシュウ君が言っていたように、この件はカロリーナさんを説得して、・・・・・・・、胃が痛くなってきた。」
「シルフィード様、風の巫女が風の大精霊の依頼とカロリーナさん説得との板挟みによるストレスで、まだ説得もしていない内から胃に穴が開いたようです。
胃が良くなるまで説得はあきらめてください。」
「じゃ、シュウ君がカロリーナちゃんを説得して。」
「いたたたっ、ストレスで胃に穴が。
駄女神さんを人類領に連れて帰るミッションとカロリーナさんの説得なんて考えただけで胃に穴が開きました。」
「ある意味ではその二人は最強兵器ね。男共にとっては。」
「いえ、シルフィード様。男女は関係ありません。
きっとその二つのミッションをクリアー出来たら私が光の公女としてすぐに覚醒できるような気がします。」
エリナ、何ということを。
思っていても、今、それを口にしちゃダメでしょ。
「じゃ、エリナちゃんにその緊急クエスト2件を依頼しますわ。よろしくね。
丁度いいわね、光の公女の修業もできて。
なんて羨ましいのでしょう。」
「げぼっ。」
「お姉ちゃんがストレスから胃に一杯穴が開いて、口から血反吐を噴いた、どうしよう。
とりあえず、治療しましょう。それ、それ、それ。
んっ、
私のハイヒール16連発が全く効いていないわね。
お兄ちゃんここはいったん撤退してキャンプ地に戻りましょう。
お姉ちゃんにはタイさんの胃に優しいスープが必要だわ。」
「そうか、そんなに重症なのか、それでは急を要しますので、これで失礼します。明日は風の聖地に伺います。シルフ様、シルフィード様。」
俺たちは慌てて、風の神殿の転移魔方陣を作動させ、そして、例の何もない風の聖地の転移魔方陣に戻ってきた。
風の音がしないので、もう突風は収まったものと思われた。
急いで、礼拝堂、そして風の聖地の門を出る。
そして、突風と豹族の村から伸びている街道が交差する、朝出発した地点をゆっくり歩いて目指した。
「奥様は大丈夫か心配なんだな。」
「私は大丈夫よ。」
「良かったんだな、血反吐を噴いた時にはびっくりしたんだな。」
「俺もびっくりしたぜ。
それほどの破壊力があるのか。駄女神さんとカロリーナさんというのは。
ちょっと説得してくれと言われただけでストレスで胃が解けて、血反吐が出るほど。
さっき話に出た大魔王様と死神様に仲良く手を繋いで歩いてくれと二人を説得するのとどっちが大変なんだ。」
何と恐ろしいことを考え付くんだ、この白にゃんこは。
おれはそんな恐ろしいことは妄想にさえ出てこないぞ。
みろ、この膝の震えを。
駄女神さんとカロリーナさんの説得という際にも、胃に穴が開きそうになったが、こんな膝の震えはなかったぞ。
駄女神さんたちの場合はミッション遂行の困難さを考えた結果だが、死神さんたちの場合はもう、心の深層に刻み込まれた種族としての恐怖に働きかけるものたぞ。
頼むからその二人の名前を同時に俺の耳に入れないでくれぇ。
「お母さまと死神さんの方が説得としては楽よ。」
だから、その二人を同時に俺に想像させないでくれぇ。
「それはエリナさんがその魔王様のお嬢さんだからそう思うのかなぁ。」命知らずなソシオさん
いや違うな、両方に会っていないからだな。知らないことは平和なことだ。
今度、会わせてみよう。
俺なんて一発(例の記憶玉)で社会的に葬られちまったからな、真の大魔王様に。
「みんな勘違いしているようだけど、お母様も死神さんも論理的に説明して、希望を伝え、納得してもらえれば希望を聞いてくれるわ。その上で必要な援助もしてもらえるわ。
でも、駄女神さんとカメリーナさんは男が欲しいという前提ですべての思考・行動が支配されているため、それに反することはどんな論理的なことも受け付けないの。」
「駄女神さんのことはまだよくわからないけど、カロリーナさんはそんな感情を優先させるなんてことはないと思うんだけどな。」
「ソシオさん、人は変わるんです。エルフ族も同じだと思いますが。
まわりの環境で。
駄女神さんという心の友を得たことで、カロリーナさんも変わった、というか、元に戻ったんです。」
「まって、シュウ君、ということはカメさんがやばいよ。
甲羅から首根っこを引っこ抜かれて、いいように弄ばれているよ、今頃きっと。まずいよ。」
事の重大さに気が付いた俺たちは、すっかり暗くなった突風の通り道を街道に向かって急いだ。
カメさんの無事を祈って、できるだけ急いで。
早くタイさんのスープで体を温めるために。
んっ、カメさんを心配して急いだんじゃないのかって。
芦高君、我々の崇高な目的のためにはカメの一匹、二匹の犠牲は避けて通れないのだよ。
まぁ、カメ、チーんっていうやつだな。
そうして、俺たちは突風が再び吹く前に街道に戻ってきた。
そこには、黒にゃんこのノアフさんが一人待って居た。
「ノアフ、そこのずっと待って居たの。」
「お嬢、皆、無事でよかった。
ところで、風の聖地はありましたか。」
「まずその話をする前に、ここにはおまえだけしかいないのか。」
「交代で番をしていました。突風が止む前はエルフ族の兄妹が番をしてました。今は俺だけが待って居ます。」
「それは丁度よかった。イザトラさん、全てを話してあげてもらえますか。
後でもいいですか、明日には風の巫女であるノアフさんも風の大精霊シルフィード様に面会しなければなりません。
それまでに真実を、俺たちが集めてきた事実を知らなければなりません。
そして、魔族の占領地に行き、月の女王に会わねばなりません。」
「そうだな、今が良いかもな。」
「お嬢、何を言っているんだ。
風の巫女、風の大精霊、あの魔族の占領地で月の女王と会う、いったい何のことだ。
一体、風の聖地というところで何があったんだ。」
活動報告に次回のタイトルと次回のお話のちょっとずれた紹介を記載しています。
お話に興味がある方はお読みくださいね。