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10話目 エリナとシュウに吸い寄せられたリング

次の日の朝、あの筋肉痛の悪夢に再び襲われる。

今日は少し慣れたので、慌てずにストレッチで対処。

今日からはエリナが疲労回復の魔法を使ってくれるので、気持ち的には楽になる方にプラスかな。


エリナと食堂で朝食を取る。

昨日の夕食の時から何を買ったのか聞いても「内緒だよ」と笑顔でかわされてしまう。

今日の朝食の時も聞いたが結果は同じだった。


まぁ、これ以上は女の子の秘密かもしれないのであまりしつこく聞くのはやめておこう。

そのうち教えてくれるかもしれないし。

買い物以来、俺とエリナの物理的距離が妙に近くなったので、きっと悪いものではないと信じたい。


朝食後、荷物をまとめて宿坊の受付に行く。

今日から道場の遠征に行くので、帰ってくるのは8日後だと受付のシスターに伝える。

シスターは魔力溜めをいっぱいにするのが大変だとぼやいていた。

ちなみに出かける前に魔力溜めをいつもの数だけ一杯にしておいた。


道場の門に着くと軍への支援物資を一杯にした馬車が30台ほど一列になり止まっていた。

馬車の列の真ん中ぐらいに先生とクズミチが雑談していたので、俺たちは彼らの方に近づいた。


「おはよう先生。」「おはようございます。」


「おはよう。」「シュウ、来たな、おはよう。」


「今日からよろしくお願いします。クズミチもよろしくな。」


「筋肉痛はどうですか。」


「何とか体を胡麻化して起きました。

ストレッチをして、朝食が済むころは痛みも取れました。」


「さすが上級司祭様。完璧な疲労回復魔法の制御ですね。

もう少しで出発です。


あなた方二人はこの馬車の担当です。私とクズミチ、そしてこの二人もそうです。

こちらが武人のマリアンナ、こちらが事務方のラースです。


ラースとマリアンナ、もう知っているかと思いますが、シュウとエリナです。

これに私とクズミチを加えた6人がこの馬車の担当です。」


「この馬車には遠征に初参加のものが3人配属されています。

マリアンナとラースは申し訳ないけど3人のことを気に掛けてやってください。


ただし、戦闘力としては軍の一個中隊並みですので、魔族との戦闘になったら立ち位置というか立ち回りと言ったところをマリアンナがシュウとエリナを指導してほしいと思います。


あっ、クズミチは力が未熟な新人ですのでどう逃げ回るかラースが気に掛けてください。」


「よろしくお願いします。マリアンナさん、ラースさん。」「よろしくおねがいします。」


「よろしくね。楽しくいこうよ。」「よろしくお願いします。」


マリアンナさんは20歳ぐらいのエリナぐらいの身長のスレンダーな良く鍛えられた武人だった。

明るそうな人で安心した。


ラースさんは先生より年上で、35歳ぐらいの落ち着いた、できる人という感じの事務方の人だった。


「出発ーっ。」という、おそらく先頭の方にいるだろうキーライ館長の声が遠征隊全体に響いた。

掛け声と同時に馬車は先頭から徐々に動き始めた。

数分後、俺たちの馬車も動き始めた。


馬車は2頭立てで御者はラースさん、隣に先生が乗って見張りをしている。

マリアンナさんと俺たち新人3人は馬車の後方を歩いている。


「まだ、町中だからそんなに緊張すんなよクズミチ。気楽にしていないと持たないぞ。

緊張しなければならないのはこの緩衝地帯から軍がいる戦闘地帯に入るぐらいからだ。

魔物の出現率が上がるからな。

あと、馬車の御者の隣は見張りの位置なので、師範代がいまいる位置に着いたときは安全と思える場所でも気を抜かないようにな。」


「わかりました。」と俺たち。


「ところで、3人は馬車が御せるか。」


「てきません。」クズミチ。


「一頭立てだったらやったことがあります。」俺。


「あまり馬車が必要ないので、ありません。」エリナ。


エリナは転移魔方陣での移動だろうし、小さい頃は母さんと一緒に転移していただろうし。


「そうか、じゃ。師範代とラースさん、私とクズミチ、シュウとエリナの組み合わせで馬車の運用だな。クズミチよろしくな。」


「よろしくお願いします。」クズミチは顔を赤らめて、何故かもじもじしている。


「クズミチくーん。私があまりにも魅力的だからと言って、惚れるなよ。はははははっ。

ガキには興味がないから。魔物を倒せるようになってから惚れな。

そうしたら本気で考えてやる。」


マリアンナさんがそう豪快に言い放つとクズミチはますます赤くなってしまった。


「まぁー、クズミチが魔物と渡り合うようになったら、私はもうおばちゃんだな。

クズミチの方が相手にしてくれないだろう。がははははっ。」


マリアンナさんはクズミチを馬鹿にしているのではなく、きっといい武人になると信じているが、それには時間がかかると諭しているのかもしれない。

それがわかったのかクズミチも真剣な表情に変わった。


「・・・・・魔物を倒せれば、恋愛対象なのね・・・・・警戒しなければ・・・・・早く例のあれをシュウに身につけさせないと・・・・・」


美少女様が黒いオーラを放って、ぶつぶつ言いながらマリアンナさんをにらんでいる。

美少女様、あなたにそんな表情は似合いません。


「エリナ、あんたの大事な旦那を横取りなんてしないよ。生きる世界が違うもの。

私はこれでも超現実主義だから。クズミチの方が断然可能性があるよ。」


エリナは考えていることを簡単にマリアンナにばれて、顔を赤くして、俺の背中に隠れてしまった。なんだこの超キュートさは。俺は天使にハートを射抜かれてしまった。

そんなやり取りをしながら、いよいよ町の門を通って、俺たちは戦闘地帯へ旅立った。


町を出ると見渡す限りの平原だった。


「この平原はね。わざとこうしているのさ。高い木が生えないように。」


マリアンナさんのつぶやきに俺は反射的に聞き返す。


「どうしてですか。魔物や魔族が攻めてきたときに、森や木があれば少しでも足止めになるのではないですか。」


「足止めね。シュウは魔族と戦ったことはある? あいつらの圧倒的な魔法攻撃力の前では、多少の木々では何の意味もなさない。

ファイヤーボール一発で小さな森なんて瞬時に焼け野原さ。

むしろ煙でこちらの方が魔族の進行を確認できなくなるのさ。

それならば初めから障害物をなくし、私たちが目視で敵の様子を確認できた方が何倍も良いのさ。」


「そういう理由で、こんなに見晴らしを良してているんですね。

確かに旅の途中でも街道沿いは畑や草原で、遠くまで見渡せました。」


「この草原の維持も俺たち遠征隊の大事な仕事さ。」


「そうなんですね。ただ、荷物を運んだり、魔物を探したりするのが遠征隊の目的ではないんだ。」


「知っての通り、人類は魔族に追い詰められているのさ。

生き残るためには何でもどんな小さなことでもやっておく必要があるのさ。

遠征隊は確かに軍に比べればひ弱い、役に立たなそうな存在だけれども、こうした活動で人々の生活を少しでも守っていることは知っていたほしいのさ。


特に、これから軍の中核を担うことになると思う、シュウとエリナにはね。」


「ありがとう。いろいろ話をしてくれて。

遠征隊の思いを知れただけでも参加できてよかったわ。」


俺たちがそんな話をしている一方で・・・・・・、俺たちが通っている街道沿いのソンバトの墓地にしわくちゃの老婆が目の前の墓に語り掛けている。


「爺さんや。漸く私たちのあの指輪を引き継ぐ後継者を見つけたんだよ。漸くだよ。うううっ。」


「あのお嬢さんが引き受けてくれたよ。深愛のリングを、私たちの思いの形を。

あの子なら大丈夫。あの少年ならあのお嬢さんの思いを全部包み込んでくれる。


漸く、互いに深愛の情を持ち、まれにみる強い力を持つ、つがいを見つけたよ。

あの子らなら、私たちが翻弄されたような理不尽な暴力に対して、互いを引き裂くような暴力に対して、自分たちで徹底的にあがなう力があるよ。


あのリングを安心して任せられるよ。」


なぜあの時、私が親機を指に着けていなかったんだろうねぇ。

爺さんが今日は交換しようと言って、たまにはいいかとなぜ思ってしまったんだろうねぇ。

親リングを交換しようと言ってくれた爺さんのやさしさに甘えちまったんだろうねぇ。

いつもは私が肌身離さず着けている親リングを。


親リングを付けた爺さんは、引退したのに戦況が不利だと言うことであの大防衛戦に再召集され、若い軍人を守って、魔族の大魔法攻撃に巻き込まれたんだよねぇ。

その瞬間を子リングを通じて感じたよ。


「ばあさん、俺はここまでだ、親リングを交換しておいて本当によかったよ。

ばあさん、今までありがとう、ほんとにありがとう。


いつもは言えないが、最後だから、魂がこの世に残っている間に言うよ。

ずっとずっと好きだった。始めてあった13歳の時から好きだった。今でも愛してる。

俺は満足だ。ばあさんと一緒に、夫婦までなれて、大事な子供や孫までもらって。

ああっ。ここまでだな、もう。

もうしばらくそこで俺の代わりに孫たちのことをたのむよ。」


そうしているうちに、子リングから感じていた爺さんの、私の愛した、心の底から愛したあなたの意識は消えたんだ。

その後、爺さんの亡骸は戻らなかったが、何故か吸い寄せられるように親リングは子リングの元に戻ってきたんだよ。

爺さんの思いとともに。


あの深愛のリングは、お嬢さんには言わなかったが、子リングを付けた人が亡くなると親リングを持った者はその思いを受け取った後、少しして一緒に死んでしまうんだよ。

一人残されるのに耐えられないのがわかっているかように。


なぜあの時、親リングと子リングを交換したんだろうね。

なぜ、なぜ。

私も一緒に爺さんと逝きたかった。

なぜ、なぜ私だけがこの世に残ったんだろうね。


爺さん、会いたいよ、会いたいよ。会いたいよ。わああああん。


老婆の慟哭が静かな墓地に響いた。


190806 後の話との整合性を取るため一部設定を変更しました。

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