4話目 転移魔法陣の使い方
夕暮れになり、俺たちは町に戻ってきた。
門の警備は別の兵士に代わっていた。
「見慣れない者たちだな。この町に何の用だ。」
暗くなってきて、兵士の警戒レベルも上がってきたようで確認の口調も少し厳しくなってきた。
「俺たちは昼にこの町に入って、教会に宿をお願いし、その後にあの丘で魔物狩りをしていたものです。」
「あっあの。前任者に聞いている。
見習い魔法術士と聖戦士受験生の2人だね。
魔物はいたかい。」
「はい。オークを6体体倒しました。」
「オークを6体か。それはすごいな。兵士だけだと20人ぐらいはいないとそれだけのオークを倒すことはできないからね。
ところで、ケガはないかい。」
「大丈夫です。」
「それは良かった。
疲れているところあまり長く引き留めるのも悪いので、入っていいぞ。早く宿坊でゆっくりすると良い。」
「ありがとう。またね。」「ありがとう。」
俺たちは町に入り、教会に向かう。
町中は日が暮れたこともあり、食事や一杯やる人たちでにぎわっていた。
居酒屋から漏れてくる肉をたれで焼くいい香りの煙を吸い込み、俺はすごく腹が減ってきた。
「おなかすいたなぁ。」
「そうね。今日は何が食べられるのかしら。」
「何でもいい、早く食べたい。」
「残念だけど、食事の前に礼拝ね。決まりだから。
その後、一日の汚れを落とすために水属性の司祭様から衣服と体をクリーン魔法できれいにしてもらわないと。
普通は100バート必要だから今日かは私がやってあげるね。」
「ありがとう。エリナにやってもらったほうが嬉しいな。」
「どういたしまして。」
宿坊に入り、帰宅の旨を伝え、2人で教会の礼拝堂に向かう。
今日も無事に帰宅できたことを感謝する言葉を心の中でつぶやく。
そして、一番感謝することは今日は一日エリナと楽しく過ごせたことだ。
初めての旅で、初日は魔族に襲われて大変だった。
2日目の今日はエリナと一緒に予定通りに旅をし、魔物を無事に仕留めることもできた。
凄く仲良くなれたとも思うし。
礼拝が終わると洗面所に行き、エリナにクリーン魔法をかけてもらう。
ほこりや汚れが一瞬できれいになった。
下着も体もきれいになった。エリナも自身にクリーンを使ってきれいにしていた。
赤色と青色の魔法が使える従業員を雇える裕福な家庭にはお風呂もあるが、一般の人々はクリーンで済ましている。洗濯や皿洗いは例え裕福な家庭であってもクリーンで行っている。
青色魔法が使える家族がいない場合は、青色魔法が使える隣人にクリーンを代行してもらうことになる。
お金を取ることはないが、赤色であれば調理を、緑色であれば風魔法による庭掃除を逆に手伝うなど、ご近所さんどうしお互いに助け合って生きている。
クリーンも終わって、いよいよ夕食の時間だ。
エリナと一緒に宿坊の食堂に向かう。
ここの宿坊は比較的大きく、6人掛のテーブルが20セットほどあった。
一番奥のテーブルにはあの司祭様がいて、ニコニコしながら食堂に入ってくる宿泊者を眺めている。
宿泊者がテーブルに着いたところで、司祭様が立ち上がった。
「今日も一日お疲れさまでした。さぁ、食事にしましょうか。
その前にいくつかお伝えすることがあります。」
「テーブルにあるお皿が載っているトレーを持って、向こうの調理場の入り口に行ってください。そこで大変申し訳ないのですが奉仕をお願いします。
トレーを脇に置いて、魔力溜めの容器にできるだけ魔力を注いでください。」
「注ぎ終わりましたら、トレーお盆を持って、食事を受け取ってください。
一斉に食事というわけにはいきませんので、テーブルに戻った方から食事を始めてください。
食事が終わりましたら、調理場の入り口に行き、食器を種類ごとに分けて箱に入れてください。
こちらの方でクリーンを行います。」
「食事にワインをお付けしますが、一人一杯です。
おかわりはできますが一人一杯までで、200バートをその場で払っていただきます。
また、ワインを召し上がらない方はミルクをお付けいたしますので、申し出てください。」
「食事の後は自由にしていただいて結構ですが、教会の敷地からは出ないでくださまた、9時になりましたら消灯をお願いします。それではごゆっくり。」
泊り客は順に調理場の入り口の方に移動を始めた。
小さな子供もいたが、皆お盆を持って、大人の後についていく。
大人は魔力溜めに魔力を注いでいるが小さい子供は免除されていた。
おなかはすいていたが、小さい子供を先に食べさせるために俺たちは椅子に座って、他の宿泊者たちが魔力を注ぐ様子を何となく見ていた。
そうすると例の司祭様が近寄って来て、俺たちに話しかけてきた。
「シュウ君、エリナさん。食事の前にちょっとお願いがあるのですが教会の方に来ていただけないですか。
おなかがすいているところを申し訳ないのですが。すぐ済みますので。」
何の用だろう。とりあえず食事の受け取りもまだ順番が回ってこないようだし、いいか。
「俺はいいけど。エリナはどう? 」
「私もかまわないわ。ところでどんな御用でしょうか。」
「ありがとうございます教会の方に向かいながら説明させていただきます。」
「わかりました。」と俺たちは、立ち上がり、宿坊から隣の教会の方に移動を始めた。
司教様は前を見て移動しながら、俺たちを呼び出した理由を語り始めた。
実は今日の午後、あなた方が出掛けられた後にですが、教会本山より急に呼び出しの連絡がありまして、すぐに来てほしいとのことでした。
しかし、午前中に定期の転移作業を済ましてしまいましたので、後は手紙のやり取りをするぐらいの魔力しか転移魔法陣に残されていないのです。」
「シュウ君は異常に、失礼しました、非常に多くの魔力を持っているとモニカ様より伺っております。
そこで、奉仕として転移魔法陣に魔力を一杯に注いでいただけないでしようか。
その代わりと言っては何ですが、宿泊料金はご返金致します。
また、明日の昼のお弁当もお二人分用意いたします。」
転移魔法陣というのは、各教会と教会本山の間で瞬時に人や物を移動させる魔法を発動するための魔法陣である。
魔法陣による魔法発動なので、いずれかの属性魔法が使えれば誰でもこの魔法陣を使用できる。
しかし、シュウは魔法が使えないので、誰かに魔法陣の魔法を発動してもらわなければ転移できない。
各教会の転移魔法陣に魔力を注入し、教会本山の魔法陣をイメージすることで教会本山の魔法陣に移動することができる。
転移先の魔法陣をイメージしやすいように教会本山を含め、各教会の魔法陣には個別に番号が割り振られている。
ちなみに教会本山は0001である。
また、教会本山などのように一日に何度も転移があるようなところには複数の魔法陣が設置されており、副番号が各魔法陣に割り当てられている。
教会本山の魔法陣はそれぞれ0001-01~99で表され99基の魔法陣が設置されている。
魔法陣による転移は教会本山と各教会の相互転移だけが可能であり、それ以外の教会同士では転移することはできない。
シュウたちのいる教会から、隣町のモニカの教会に転移で移動する場合には一度、教会本山に転移し、そこからモニカの教会に再転移する必要がある。
魔法陣の大きさにより、一回に転移できる容積(重量は関係ない)が決まってくるが、魔法陣が大きくなればなるほど転移に必要な魔力が増加する。
各魔方陣を囲むように2~24基ほどの魔力溜めを設置し、各魔力溜めが一杯になっていることで転移が初めて可能になる。
魔力が必要なのは転移元である。
転移先は、全く魔法溜めに魔力がないと転移座標が定まらず転移ができないが、魔力溜めに1%ぐらい魔力があれば転移が可能である。
ここの教会の礼拝堂の後ろの部屋には2基の転移魔法陣が設置されていた。
一つは人や荷物を転移させるための魔法溜め12基の魔法陣と手紙や小荷物を送るための魔法溜め2基の小さな魔法陣が設置されていた。
司祭様の依頼とは大きい魔法陣の魔法溜め12基に魔法を満タンに注入することだった。
「こんな依頼なら全然問題ないですよ。
12基で良いんですよね。転移は1回ですか。
何なら10回ぐらいなら余裕で転移できますが。」
そう俺が言ったら、エリナと司祭様の顔が引きつった。
「一回分で結構です。
私が転移した後に消費した魔法溜めに再度の魔力を注いでいただければなおうれしいですね。
しかし、すごい魔力ですね。
モニカ様から聞いてはいましたが、いやはやその魔力量は伝説の聖人じゃないかと思いました。
私も魔力が多い方ですが、魔法溜め12基を一杯にするのが精一杯です。
いつも私が9基分、残りの5基は同僚の司祭が魔力を注いでいます。」
「私もこの間教会本山の奉仕で転移魔法陣に限界まで魔法を溜めましたが、20基が限界でした。」とエリナ。
「そうなんですか。
うちの母は24基が限界で、元聖戦士の父は36基が限界と言っていました。
それに比べれば俺は確かに多いですが、聖人とかのレベルではないと思いますよ。」
「シュウの家族は皆魔力が異常だから、それが世間基準じゃないから。」
「シュウ君。
聖戦士になるのをやめて、ここか教会本山で転移魔法陣の管理者やりませんか。
就職していただけたらいい人を紹介しますよ。
その魔力で一生安泰ですから。
我こそはというお嫁さん候補がわんさか出てくると思いますよ。」
「ダメーっ。ダメ、ダメ。司祭様のいうことを聞いちゃダメ。」突然エリナが叫ぶ。
「いい人を紹介だなんて、わんさかお嫁さん候補が来るだなんて、絶対にダメ。
シュウよいこと、私の話を聞きなさい。
あなたは聖戦士になり、私とチームを組むの。
魔族の将官級を4体倒して聖戦士を引退し、年金をもらいながら田舎の教会で私が司祭、あなたが教会事務長をやりながらのんびり暮らすの。
最後は孫とひ孫に囲まれて一緒に老衰するの。
わかった。いいわねっ。」
すごい剣幕で怒られた。
それよりも俺の人生の終着点まで一気にレールが敷かれちゃったよ。
一応、聖戦士にはなれるんだ。まずは一安心だ。
「あははははっ。さすがはあの女傑、リーナさんのお嬢さんですね。
シュウ君。あなたの人生がはっきりと見えましたとも。
良かったですね。
ちなみに、今すぐに転移魔法陣の管理者にならなくてもいいので、聖戦士を引退した後にお二人でここの教会に就職していただけませんか。
エリナさん、先ほどのお二人の人生設計で<田舎の教会>というところを<ここの教会>というように書き換えて置いていただけませんか。よろしくお願い致します。」
「まっ、そのくらいの修正であれば仕方ないので書き換えますわ。
あたし以外の女の子を紹介して、シュウを自分の教会に取り込もうだなんて、全く油断も隙もないんだから。司祭様は。」
「エリナ。司祭様は冗談を言っているのだから、真に受けない方がいいと思うよ。」
「エリナさん、シュウ君の言う通り冗談ですよ。8割方ですが。
引退したら教会本山かここの教会に就職してほしいところは本気ですよ。
時間を取らせないつもりでしたが、思わぬシュウ君の人生設計を聞かされて時間を取られてしまいました。
シュウ君。申し訳ないですが、魔力溜めに魔力を一杯にしていただけますか。」
俺は言われた通り空の魔力溜めに魔力を注いだ。
「いっぱいになりましたね。それでは行ってきます。
しかし、リーナは相変わらず人使いが荒いなぁ。
こちらの都合も聞かずにすぐ来いだなんて、また面倒事を押し付けるつもりに決まってる。
あっ、今のことは聞かなかったことにしてくださいね。」
司祭様はマジで行きたくなさそうな顔をして、ぶつぶつとつぶやきながら転移していった。
用事って、エリナの母さんが関係しているんだ。
こんな田舎の司祭様をも牛耳っている何んて、どんだけ裏で権力持っているんだエリナの母さん。
超怖いんですけど。もうエリナの母さんには逆らえません。
司祭様が転移した後、空になった魔力溜めに魔力を注いで再びいっぱいにした。
転移魔法陣の部屋を出て、俺たちは食堂に戻った。
ほとんどの人は食事を食べ始めており、ちらほら食事が終わった人もいた。
俺たちはトレーを持って、調理室前の魔力溜めの前に行き魔力を注ごうとした。
その前に若い見習い司祭様が話しかけてきた。
「あなた方からは既に魔力を魔力溜めに注いでいただいていると司祭様より伺っています。
魔力を注ぐ必要はないのでそのまま、お食事をお取りください。」
「お気遣いありがとうごさいます。俺の方はまだ魔力が余っているのでついでに全ての魔力溜めに魔力を注ぎます。」
そこには宿泊者によって魔力が一杯になった魔力溜めが3個あった。
俺は残っているの空の魔力溜めのすべてに魔力を注いでから、食事をシスターから受け取った。
見習い司祭様とシスターたちの顔が引きつていたが、俺の持つ魔力量を見たせいではないと信じたい。
エリナと二人で食事を受け取り、テーブルで食べ始めた。
パンとサラダ、野菜スープ、メインは鳥のハーブ焼き。
そしてミルク。
どれも手の込んだ料理ではなかったが、丁寧に作られているためか非常においしかった。
食事の後、寝るまでに時間があったので、今日のオーガとの戦闘の反省会をしてから、別々の部屋で眠りについた。