スーパームーンの影
――ということで、俺には母がいない。
まだ、東京が今ほど荒れていなかった頃の話。自宅を襲撃した男に母は殺された。まだ三歳だった俺はその後のこと、どうしてこのようなことが起きたのか、全く覚えていない。
ただ覚えているのは、母を襲った男は銀色のスーツ姿で、ハットをかぶっていたこと。顔は見えなかったが右手の手背に一線の切り傷があったことだ。
親父はその日、仕事で家を留守にしていたことを今で後悔している。そのため、同じことが繰り返されないように、異生物討伐隊を結成し、街の安全を守る道を選択した。
今日のターゲットも街の荒廃の元凶である異生物だ。
異生物、通称マンイーターは動物型や人型などの種類があり、人間や街を襲う習性をもっている。近年その被害数は増え続け、ついには政府も抑え込むことができなくなってしまった。ほかの異生物討伐隊からの話では、特殊な力を使うものもいたと聞くが、その異生物にはまだあったことはない。
異生物討伐隊は、政府のみで太刀打ちできなかった異生物を民間の事業として討伐し、利益を得る団体である。俺もそこに所属し、中学生ながら小遣い稼ぎをさせてもらっている。
戦って感じたことは、異生物は人型に近ければ近い方が強大な力を持っているということである。あの日、母を襲ったのも異生物ではないかと俺は密かに思っている。だから、俺は父が所属する異生物討伐隊の一員として働き、母を殺した男の跡を追っている。父にばれると間違いなく、行動が制限されるため秘密裏に行動しているが足跡は全くつかめていない。
「今日も疲れたな。いつも通りの乾杯だ」
「うん。お疲れ」
一仕事終えた2人は数少ない飲食店に移動して遅めの夕食を堪能していた。町は眠りにつく時間帯というのに、店内はたくさんの客で賑わっていた。内装は木目調で、大きな木を輪切りにしたようなテーブルは店主のこだわりを感じられる。
オレンジジュースが注がれたグラスを父の持つグラスと打ち鳴らすと、イブキは一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだな。手柄取った時しか飲めないジュースだもんな」
「ほんとだよ。俺は手柄ない日は水じゃん。なのに親父はビールじゃんいつも」
「大人だからな」
「それは羨ましいね。大人ってのに早くなりたいもんだぜ」
イブキは吐き捨てるように言うと、卓上にならぶチキンやサラダを口に運んだ。
「もう来月からはお前も高校生だな。大人への一歩じゃないか」
「大人への一歩なだけで大人になれるわけじゃないだろ」
黙々と食事をしているイブキの姿を父は見ながらビールを飲み干し、
「お姉ちゃん、ビールとオレンジジュースお願い」
とフロアスタッフに声をかけた。
「あれ、いつも一回じゃん」
不思議そうに尋ねるイブキに対し父は、
「まぁいつも頑張ってるし、高校生になるからな」
とそっぽ向き答える。
それでも、じっと見つけるイブキに対して、
「たまにはいいかなって思っただけだ。いらないならいい」
と付け加えた。イブキには、照れ臭そうにする父の姿がなんだか新鮮に感じられた。
その後は普段と同じように食事をし、毎回恒例となっている父の客へのナンパ大会が始まっていた。酔っ払った父が綺麗な女性の座る席へ赴き、振られるというくだらない恒例行事である。
「この後、謝ったり親父を家まで連れて帰るの俺なんだけどな」
椅子を少し引き、頬杖をついて哀れむ目線で父に目をやり、窓越しに移すとそこには大きな月が空を埋め尽くしていた。おそらく満月と思われる月は大きすぎるあまり家々でかけている。
「今日はスーパームーンか」
昔の月は、例えるならピンポン玉のような大きさで見えていたと聞いたことがある。現在の月はバスケットボールってところの大きさか。月を近くに感じるのが当たり前の現在では考えられないことだと、イブキは窓を見つめる。
「ん?」
イブキはかけた月と家の境目に人影を見つける。
そして目を細めて凝視したと瞬間、椅子からたり上がり、窓にへばりつく。
そこに写っている人影は、スーツ姿にマントを翻し、ハットが飛ばないように抑えているように見えた。
イブキは自分の体温が急上昇し、周囲の音が鼓動にかき消されたように感じた。