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お待たせしました。
「それで、どの部活回る?」
ホームルームが終わり人口密度の減った教室で、私は枝延ちゃんに尋ねた。少し席が離れていた万由ちゃんも、鞄を床に置いて隣の机に腰かけている。さっき、部活見学の件を話したところだ。
「んー、まだちゃんとは考えてないんだけど、どちらかといえば文化部かなぁ。」
そう言いながら、枝延ちゃんは入学式の日に貰った部活の一覧を取り出す。名前と概要、活動日、場所、それから勧誘の一言が書いてあるA4の紙。わざわざ持ってきたのだろう、少し感心する。私のは部屋のどこかにぽいっと置かれているはずだ。多分。捨ててはない、はず。
「茶道部、華道部はテッパンだよねー」
「化学部とかは?」
「なんかオタク多そうじゃない?」
「調理部。」
「やだー、家でも晩ごはん作ること多いのに、わざわざ部活でやりたくない。」
「天文部?」
「ロマンチスト?でも、いいね。」
わいわい言いながら、行く先を決めていく。今月中はだいたいどこも、活動日ならいつでも押し掛けOKだ。1日に2つか3つが限界だろうから、活動日を見ながら行く順番を決める。
今日の行き先は、美術部と手芸部にした。美術部は、万由ちゃんの強力な推しにより行くことになった。私のお絵描きの才能は壊滅的だけど、見るのは好きだし、もしかしたら前衛美術的なモノでもOKかもしれないから、満更ではない。下手なりに、描くのは嫌いじゃないのだ。出来上がりにはがっかりするけど。
***
「失礼しまーす。」
美術室の開いているドアの手前で声をかけて、三人でささっと中に入る。入り口に一番近いところに座って、スケッチブックに西洋人の顔を描いていた女子生徒がぱっとこちらを振り向いた。たぶん、モデルは美術室の真ん中に置いてある白い胸像だろう。
「見学の人?」
「はい、前から興味があったんですけど、中学には美術部がなくて。」
万由ちゃんが前のめりの勢いで返事する。教室では、ちゃきちゃきした枝延ちゃんに比べておっとりした印象があったので意外だった。まぁ、一人席が離れているので、枝延ちゃんと比べて話す機会が少ないと言えば少ないが、それでも昼食や放課後にたくさん話はしているのだが。
「あー、中学には少ないよねぇ。まだ説明出来る人が来てないから、とりあえず作品見てく?」
そう言って、彼女は美術準備室に置いてある部員の作品をいろいろと見せてくれた。絵画に彫刻。各種展覧会で賞を取ったものや、文化祭に出した展示品。文化祭には、部員全員の合作も出したらしい。
「すごい、皆さん上手ですねぇ……」
私は素直に感嘆すると共に、僅かに残していた入部の意思をあっさり投げ捨てた。前衛美術、ダメ、ゼッタイ。間違いなく悪い方向で浮く。反対に万由ちゃんはますます目がキラキラしている。
「だよねーみうみうー!」
語尾にハートが散ってないか。トーンの違いは端から見ていたら一目瞭然だったようで、案内の先輩も枝延ちゃんも苦笑していた。
***
そのまま体験入部してみる、という万由ちゃんを残して、枝延ちゃんと私は手芸部の活動しているという二年生の教室に向かった。「一緒の部活がいい」と言い張るような、子供みたいなタイプじゃない友人というのはわりと貴重なんじゃないだろうか。
同じ作りの教室のはずだが、上級生のフロアに行くのは緊張する。本棟に戻って、いつもは用のない階段をとんとんと上がる。廊下の奥の教室から、明るいおしゃべりの声が聞こえてきた。
失礼しまーす、からのさっきと似たようなやりとりで、作品を見せてもらう。レース編みや刺繍などの王道モノから、既製品と見紛うような洋服や鞄、財布の類い、ビーズアクセサリー、果てにはあみぐるみのようなおかんアート的なものまで、こちらはレベルも出来上がりもいろいろだ。曰く、とりあえず週三回くらい集まっておしゃべりしながら手を動かすのが一番大きな目的、という人から、本気で身の回りのものは全て自分で作るレベルの人までいろいろいるという。
「すごいですねー。」
枝延ちゃんがとりあえず、という感じで感想をのべた。
「刺繍とか小物ばっかりかと思ってたんですけど、革小物まで……」
「何人か、革好きな子がいてね。たまに手作り品を売るサイトとかで売ったり、あと文化祭でも小売りしてるんだけど、一番よく売れるかな。モノにはよるけど、わりと小遣い稼ぎにはなるよ。部費と材料費の足しにはなるかな。」
「あ、そか部費かー。考えてませんでした。」
私は何の気なしに口を挟んだ。
「ハンクラ、思うより機具代や材料費かかるからね。ミシンなんかの大きなものは学校のとか借りれるけど、もし入るなら、親御さんの許可を取ってからにしてね。ちなみに、作るものにもよるけど初期費用に2~3000円くらい、それから部費と材料費あわせて月々3,000円くらいは最低限かかるかな。革のほうだと材料費も上がるよね。」
うげ。うちの親は貧乏でもケチでもないが、お金にゆるくもなくて、必要のあるお金はポンと出すけれど、お小遣いのアップや臨時支給を交渉するには大層なプレゼンが必要だ。この前、高校生になったんだもん、もう少しお金が必要だもんと熱弁したけれど、それは理由にならないとなかなか許可がでなかった。なんとか理屈をつけて3000円だったお小遣いを5000円に上げて貰ったばかりだ。更なる増額は無理があるだろう。
「そうなんですか……。」
枝延ちゃんと私は顔を見合わせた。ちょっと厳しいね、とお互いの顔に書いてあるのを確認して、枝延ちゃんがやんわりとお断りの弁を口にする。
「少し考えてみます。ありがとうございました。」
「いえいえー、もし入りたくなったらまた来てね。」
案内してくれた三年生だという先輩は、にっこり笑って見送ってくれた。
***
「なかなか、これっていうのは見つからないもんだねー。」
翌週月曜日の放課後。大抵の文化部を回ってみたが、枝延ちゃんと私にはなかなかコレという部活は見つからなかった。文化部は残り2。コンピューターサイエンス部と吹奏楽部で、どっちもすごく楽しみ、というわけじゃない。吹奏楽部なんか、腹筋とか走り込みとかするし。ちょっと見学も疲れたから今日は一休みしようと、私と枝延ちゃんは校門に向けて校庭を歩いていた。運動部の掛け声や号令、吹奏楽部がてんでばらばらに練習しているらしい楽器の音など、雑多な音が溢れて賑やかだ。
ちなみに、万由ちゃんはそのまま美術部に入った。夏休みまではひたすら基礎、という顧問の方針で、専用のスケッチブックと鉛筆を購入したらとにかく胸像をデッサンしているらしいが、何枚か見せてもらったら既に目に見えて上達していた。すごく楽しいらしい。
「うーん、運動部も回ってみるかなぁ……」
「経験者がほとんどだよねー、たぶん。やっぱりハードそうだし。もう帰宅部でもいいかなぁ、って気もしてきた。そうだみうみう、今日さ、カフェ寄って帰らない?女子高生って感じで、やってみたかったんだー。」
そんな話をしていたら、突然、カランカラン、と近くで金属の鳴る音がして、続けて頭上で男子生徒のやべっ、という声と、女子生徒の叱責の声がした。
「ちょっと何やってるの?信じられないんだけど。何年ペットやってるのよ。」
「すいません!取りに行ってきます!」
音がした方をよく見ると、手の平に乗るくらいの小さな金属製の漏斗みたいなものが転がっている。
「うーわー、これ上から落ちてきたの?あっぶな。」
枝延ちゃんが呆れて言った。小さいとはいえけっこう固そうなそれは、たしかに頭などに当たったらただじゃすまないだろう。改めてヒヤリとする。
「ごめんごめん、当たらなかった?」
なんとなくその場に留まっていると、やがて小さな出入り口からひょろりとした、頼りなさそうな男子生徒が現れてそう言った。面倒だったのかもしれないが、上履きのままだ。なんとなく軽い言いように、私は枝延ちゃんと顔を見合わせた。
「……大丈夫、です。」
「よかったー。あ、二人は何してたの?日なたぼっこ?」
「は?」
別に太陽ぽかぽかいい天気!というわけでもなければ、場所も風光明媚な公園でもない。何言ってんだろ。
「鈴村さん怒らせちゃったからなー、またしばらく口きいてくれないと思うんだよねぇ。俺、向いてないのかなぁ。」
「はぁ……」
いきなり愚痴られて呆気に取られる。不思議ちゃんか。
「中学からやってんのに、マッピ外すのうっかり忘れてさー。昨日は楽譜飛ばすし。」
何の話か要領を得ないが、まぁ、この状況をみて日なたぼっことか言うような人は、気が回ってすいすい人間関係を築いていくようなタイプではないだろう。鈴村さん?とかいう先輩に、私は内心で同情した。
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高校は、
本棟……一階に食堂と売店、二階から四階に各学年の教室(学年が上がると教室も上がる)
特別棟……一階に職員室、二階から四階に特別教室
その他設備……運動場、武道場、体育館
という構成になっています。
お読みいただき、ありがとうございました。