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プロローグ

少し短いですが、きりがいいので投稿します。

花のお江戸は吉原の、お歯黒どぶ近くの路地裏。


()()()は、気がついたらそこにいた。


「やだねぇ、野良猫だよ。お前にやる飯はないよ、しっしっ。」

「近くにお寄りでないよ。せっかくの羽二重に毛がついちまう。」


道を歩いてるだけで、そんなふうに言われるのは常のこと。ちょいと気が向いて、(くるわ)に入り込もうとでもしたら、はたきや箒で追い払われるから、あたいはいつもお腹をすかしてた。


なんせ、吉原なんて、男にとっちゃ楽園、女にとっちゃ苦界。

売れない女の飯は、知ってるかい?おまんまに漬物だけさ。部屋を持たない端女郎(はしたじょろう)なんかは、客と花魁が食べ残した肴をくすねて食う。あたいみたいな可愛くもない猫にやるおまんまなんて、ここにゃなんにも残ってないのさ。


もちろん、あたいは自分の歳なんかおぼえちゃいない。毎日必死におまんまを探して、遣り手ばばぁにはたかれて、ちっとホッとすんのは屋根の上での日なたぼっこ。おまんまさえ漁らなきゃ、二階座敷に居続けの客と花魁に「可愛いねぇ」なんて言われて撫でられることも、運が良きゃ魚の切れっぱしなんかのおこぼれに預かることも、まぁたまにゃ、ある。そんな日々を、そうだねぇ、暑かったり寒かったり、雨が降ったり風が吹いたり、何度繰り返したかねぇ。


あたいは猫だ。おまんまさえあれば、……欲を言や、あとは寝床が温かけりゃ、将軍様(おかみ)が誰だろうが、売れっ妓の花魁が何代変わろうが、知ったこっちゃない。このまんま生きて、飯がなくなるか、歳を食ったら死ぬ。そんなもんだと思ってた。あの夏、多助さんに会うまでは。


***

「お(めえ)みてぇなグズ、見たことねぇ!とっとと消えねぇ!!」


梅雨の晴れ間、じりじりと太陽が照りつける昼下がり。ある中籬(ちゅうまがき)の裏を通ったあたいは、その遣り手ばばぁの怒鳴り声を聞いたとき、てっきりあたいが言われたんだと思った。いやさ、よく遣り手にゃ怒鳴られてたからね。こっちはなんにもしてなくたって、虫の居所が悪いと怒鳴るのが遣り手ってもんだ。


「へぇ、すいません。ご勘弁ください。」

「ええい、目障りだよう。どこかへお行きったら。」

「すんません、姐さん。この通りでさ。」


平謝りする男衆(おとこし)を見て、すぐに違うってことはわかった。男衆ってのは、吉原でも裏方も裏方、茶坊主の真似事から力仕事、便所の掃除まで雑用をこなす、言い方は悪いがゴミみてぇな身分の下働きのことだ。女郎衆はここが苦界、囚われの身というけれど、それでも郭は高値で買ってきた女郎衆の色を売って儲けてる。女郎衆は奉公人であると同時に商品でもあって、よっぽどひどい郭でもなければ、心中やら足抜けやら、何らかの()()を起こさない限りはそれなりに大切に扱う。それにくらべたら、元手がかかってない男衆なんてほんと、酷いもんだ。遊女も遣り手も客からも、男衆といえば吹けば飛ぶような扱いしかされねえ。


とぼとぼと歩きだした男衆は、行く先もなかったのか、目線をふらふらと泳がせ、まだ怒鳴り声に固まってたあたいに気がついてへにゃりと笑った。


「よ、にゃん公。日なたぼっこかい?」


へっ、こんな暑い日に日なたぼっこなんかする猫がどこにいるもんか。あたいは抗議をこめて一声、にゃんと鳴いてやった。


「なんでえ、おめえも俺を責めるのかい?……(おら)ぁ、また今日もしくじっちまった。姐さんの気が収まるまで、また郭に入れちゃあくれめえ。何が悪かったんだろうな?」


なんとなく立ち去りづらくて、あたいは男の言うことを半分くらい聞き流しながらも聞いてた。曰く、花魁と客のご膳を下げるときに蹴躓(けつまづ)いたり、タバコ盆や痰壺を磨くときに曇りを残したり、毎日何かしら細かいことをやらかしているという。そのたびに、遣り手に叱られているのだそうだ。


(……悪いのはあんたじゃないか。)


さっきの察しの悪さ……暑い日に「日なたぼっこ」なんぞと声をかけてきたのから推察するに、本人がわかっている以上に察しが悪かったり、使えねえ男衆なんだろう。たかが猫への声かけと言うことなかれ、一事が万事だ。粋と気っぷを売りにする吉原で、これじゃどうにも生きていくのは辛かろう。


***

男は多助という名前だった。あのあと、さんざっぱらあたいに愚痴って、日が傾いてから我に返ったらしく、また遣り手の姐さんに怒られると死にそうな声で言いながら駆け戻っていった。なんとか許されたのか、そのあともその中籬(ちゅうまがき)、「桜花廊」で働いている。


あたいが多助さんに何か言ったわけじゃあないんだが、あの日以来、多助さんはそれなりに郭で女郎衆にひいきにされているようだ。多助さんはなんというか、へにゃりとして青瓢箪みたいで、江戸前の男衆としてはどうもいまいちなんだが、どうも、あたいとしばらく話していた姿が(っても多助さんが一方的に喋ってたんだが)、一部の女郎衆の琴線に触れたらしい。「猫×メガネ男子萌え」ってやつかい?お江戸で眼鏡は高いから、多助さんはもちろんメガネなんかかけちゃいなかったけど。女郎衆、特に花魁がひいきにしてる男衆は郭でもそう悪い扱いはされない。遣り手ばばぁにいびられるようなことも減ったんだそうだ。


あたいがそんなことを知ったのはもっと後だけど、ともかく、多助さんはあたいが福の神みたいに見えたみたいで、次に会ったときからもうそれこそ祀り上げるように扱った。ミャウ公、と名前をつけるところから始まって、多助さんが残飯を捨てるときにゃ、ねぐらにしてた神社の軒下まであたいを探しに来たり、二、三日顔を出さなかったら、次に会ったときはもう顔を擦り付けて喜んだり。それでも多助さんは雇われの身、寝るのは布団部屋だからあたいはそこまで入れなかったし、入る気もなかった。なにごともなければ、そのまんま、野良猫と男衆の心暖まる交流で終わるはずだったんだ。

お読みいただきありがとうございました。


「官庁のおしごと!」とは全然違うテイスト、ということで、青春恋愛ジャンル(!)に挑戦してみたいと思います。

実は、完結後、「おしごと」は(ワタシ的に)すごくたくさんの方に読んでいただいており、この勢いで!と2匹目のドジョウを狙った次第です。もしよかったら、どちらもお読みください。


更新は不定期になります。

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