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 クルスはクルースニクと睨み合っていた。今朝方、自分の屋敷に押し入られた挙げ句に【客人】を無理やり連れて行かれたのだ。納得がいくわけもなく、当然、抗議した。何の権限があってそんなことをするのかと。

 それに対して返ってきたのは「あの女性を連れ去ったのはクルースニクではない」という答えだ。何をいうのかと呆れ果てながらクルスは問うことになった。


「だが、ここ(協会)にいるんだろう?」


 クルースニクの協会本部。かつてクルスがクルースニク見習いだった頃、オスカーと共に寝起きをした場所だ。来る日も来る日も修行したあの場所。いかに効率よく怪物を殺し、正義を執行するか、を学んだ場所。

 嫌気が差して出てきた古巣にまた舞い戻ることになるとは、とうんざりしながら、それでもクルスは所定の手続きに則って【魔女】の身柄の引き渡しを求めた。結果的には、それが一番確実で早い方法のはずだったからだ。


 頭の固いクルースニクらしく、かつての仲間とも言えるクルスにも、クルースニクは手心を加えなかった。

 四角四面の返答を聞いたなら、彼らの頭が金剛石で出来ている、と揶揄されるのも無理はないと思える。現に、クルスの真向かいでソファに座るクルースニクは一歩も譲らなかった。


「お前のいう女性ならここに居るが、【魔女】である可能性があるのなら返せない。裁判の手続きも滞りなく済んでいる。彼女は裁判にかけられねばならない。お前も知っているだろう。【血塗れ花《ノージニッツィ》】が魔女裁判の申請をしたことも」

「その【魔女】が魔女ではないから、裁判そのものが不当だと言っている。私の屋敷に押し入ったばかりか、客人を不当に連行する──そんな横暴は、クルースニクになら許されるのか?」

「【魔女】が魔女であるか否かは証明されていない。よって、その主張の正当性は認められない。また、クルースニクはその【魔女】を連行していない。思い違いではないか。彼女は裁判のために連れてこられただけだ。僕たちは裁判の日までその身柄を預かるというだけのこと。お前もよく知っているだろう」

「……私の使用人にあれほどの暴力を振るっておいて、よくもそんなことが言えたな」


 手ひどく殴られたトゥルーディオの姿が思い起こされる。公明正大、嘘を嫌うクルースニクにしてはいけしゃあしゃあとそんなことを話すのにクルスは苛立った。

 クルースニクの方は淡々とした口調で、けれど少し迷ったような顔をしてみせる。暴力を? とたずねた。「酷い有り様だった」と頷いたクルスに、クルースニクの青年は目をそらし、一言返した。


「クルースニクの名誉にかけて誓っても良い。それはクルースニクではない」

「じゃあ誰だ?」

「……お前の血族のものだ」

「ノージニッツィの手の中のものか」

「……。そこまでは言えない」


 クルスはため息をつく。ノージニッツィの母親は高名なクルースニクであったし、未だに彼女に憧れるクルースニクも少なくないと聞く。だからこそ、息子のノージニッツィがクルースニクでなかったとしても、彼に協力してしまうクルースニクがいるとも聞いていた。クルスの眼の前にいるクルースニクはそうではなさそうだが、かといってクルスの味方でもないだろう。わざわざ「言えない」というあたりは、少しは良心が期待できそうではあるものの。


 そうか、良くわかったよ、とクルスは呆れたように首を振った。


「つまり、君たちは……。私の屋敷から女性をさらった人間を咎めることもせず、攫われてきた女性を帰すこともなく、この場所に閉じ込めているというわけだ。正義とはどういう意味か、帰ったら辞書で調べてみることにしよう」

「裁判で彼女の身の潔白が判明したなら帰せる」

「身の潔白が判明するまであの酷い地下牢に入れておく気か。潔白が証明されたとき、彼女にどう詫びる気だ」

「それはお前の気にするところでは──」

「気にするところだよ。彼女は私の客人で、大切にしたい友人だ。ブギーマンよろしく彼女を攫っていった化け物(・・・)にどうして何も言わずにいられようか?」


 クルースニクが気を悪くするよう、あえて言葉を選びながらクルスは話した。しばらくにらみ合えば、クルースニクの青年が眉間に思い切りシワを寄せ、席を立つ。クルスの方をじっと見つめてから、ため息を付いた。


「……お前は本当に、悪い知恵ばかり身につけたようだ」


 あの師あってこの弟子あり、か、とクルースニクはどこか安心したような表情になる。その表情の意味をクルスが問う前に、「おいで」と淡白に言葉が続けられた。


「僕としては、あまり好ましくない対応だとは思っていた。……とはいえ、お前たちに肩入れするなとも言われている。だが、僕はあくまで『何も知らない』。──お前にこうして譲歩して、やっと〝公平〟になるのではないか、とも思う。ただ……彼女を牢から出すことは叶わない。姿を見たら帰ってくれ。それが精一杯の譲歩だ」


 本当にそうなのだろうなとクルスは察した。

 

「……このままでクルースニクが『正義の味方』としてやっていけると思うのか」


 クルースニクの青年の口ぶりは、それとわかるものが聞けば分かる程度にぼかして『裏で手を回している人間がいる』と匂わせている。普段から正義の味方として、あるいは怪物退治の専門家として振る舞っている彼らを、誰かが良いように扱っているのだとすればそれは大問題だろう。裏で手を回す誰かが望めば、今回のように無実の人間でも『化け物』として捕らえてしまえる。それで良いのかと問うクルスに、青年はぽつりと呟く。


「僕はもう、疲れた」





 


 牢の端で小さくうずくまっているものにクルスは思わず息を呑んでしまった。あれだけ朗らかで落ち着いてきていた表情は、また暗く落ち込んだものになってしまっている。思わず声をかけようとして、クルースニクの青年に引き止められた。小声で「露見したら即座に処刑されてもおかしくない」とクルスを牢から引き離す。


「認識阻害の術を僕がお前にかけたこと、忘れるなよ」

「……っ」


 認識阻害の術はクルースニクたちにはごく一般的で簡単なもので、クルスも習得しているものだが、自分自身にはかけられないという欠点がある。クルースニクの青年はそれを踏まえたうえでクルスにそれをかけたのだ。彼が【魔女】の閉じ込められた牢に行くまでに見咎められないように。それがバレたら確実に処罰されるだろうが、「ここまでは僕の譲歩だ」とクルースニクの青年は淡々としていた。逆に言えば、そこまで譲歩することでクルスに恩を売ったとも言える。「ここまでは」ということは、「それ以上は」動くな、という意味でもあるからだ。


「心配だろうが、明日にはもう少しマシな部屋につれていくことになっている。……お前の師匠がそう働きかけたそうだ」


 裁判の日までは無事でいさせる、と小声でささやき、クルースニクの青年はクルスをちらりと見た。

 牢の中にカツカツと誰かの足音が響いてくる。その音を聞きながらクルースニクの青年はクルスに目配せし、クルスにしか聞こえないような小さな声で呟く。


「もう行くぞ。お前のやるべきことは嘆くことだけか?」


 クルスはもう一度だけ牢の中に目を向ける。それから誰にも気取られぬよう、クルースニクの青年の後ろにぴたりとくっついて牢を出た。

 すれ違ったクルースニクの女が青年に挨拶したときにはクルスも肝が冷えたが、女はクルースニクらしく淡々と対応したに過ぎないらしい。挨拶ですら儀礼的なものなのだ。そこに人の血が通った温かさをクルスは感じなかったし、それが嫌で別の道を選んだのを思い出す。

 やはり、自分はここではまともに息も吸えなかっただろうと歩く青年の歩調に合わせて足を進める。ピタリと合った足音は修行時代に身に着けたものだ。耳の良い化け物に出会ったとき、相手に人数を悟らせないように身に着けた技能。それがこんなところで役に立つとは、とクルスはうんざりした。


 誰にも知られずにクルースニク協会の外へ出て、クルスは歯を食いしめる。

 手足を隠すように丸まって、ボロボロの毛布に包まっている【魔女】が、哀れでならなかった。




***




 魔女裁判の直前になって森から戻ってきたオスカーに「何をしていたんだ」とルティカルが厳しい顔をしたのは仕方のないことだっただろう。オスカーは「どうしても必要なことをしてきた」と多くは語らなかった。森に何かを探しに行ったんですかねえ、とリピチアは首を傾げ、師のソルセリルを見上げたが、ソルセリルもオスカーが何をしてきたのかは知らないらしい。


「……それでは、あとは各々で。よろしく頼みます」


 深々と頭を下げるソルセリルは今、このときでしか見られないものだった。誰にも頭を垂れることのない男が、その白いうなじを晒すかのように、深々と。それでもそれを笑うもの、茶化すものはこの場にひとりとしていなかった。ソルセリルが頭を垂れることの意味も、その切実さも、嫌という程分かっている。

 

 裁判の前に一度ソルセリルの屋敷に集まったものの、お互いに打ち合わせなどをする予定はなかった。ただ、お互いの顔を見て決意を強くした。裁判の告知から開始までにあまりにも日が少なかったし、できることも限られていた。それでも、やらなくてはならないことをお互いにしてきた。その確認をしたかったのかもしれない。


 ニックはクルースニクとしてすでに協会で裁判が開かれるのを待っていて、ソルセリルたちとは別行動だ。ニックがソルセリルたちとやり取りするのは、当然のことながらクルースニクたちにとっては避けたいことで、だからこそ早々にニックを協会に留め置いたに違いなかった。

 一方で、裁判に証人として立つオスカーが森へ行方をくらませていたから、クルースニクたちはオスカーをつかまえようとしてもこの日まで見つけられなかった。これはクルースニクたちにとって程々に痛手だ。本当ならオスカーも協会に縛り付けておきたいところだっただろうから。


「証人として立つのはオスカーさん、私、それからクルスさんですか。……アリなんですかね?」


 オスカーさんは一応クルースニク側ですけれど、とリピチアは尋ねる。上目遣いで問われたそれに「僕は彼女に助けられた人間として出るからね」とオスカーはさらりと答えた。


「【公爵家当主】は原則として、どの裁判にも証人として出席するのは不可になっているから、伯父上とルティカルは見ているだけになるけれど……」

「公爵家の当主が出てきたら、それだけで威圧感ありますもんねえ」

「偉い家の【偉い人間】が言うことは間違いない、って思っちゃう人は多いんだよ。だから直接関与がない限り、侯爵家以上の家の当主は証人として扱ってはいけないことになってる。分家はまた扱いが異なるけれど、本家はそんな感じだよ。ノージニッツィが侯爵なのに裁判に証人として出るのはそのへんの関係だね。メイラーの分家だし、【魔女】だと告発した張本人だから」

「変な決まりですよねえ、公爵家当主は証言できないって」

「ホントだよ。それがなければルティカルも伯父上もでられたのに……」 


 過去にそのへんで何かあったんだろうね、と呆れたオスカーに「五十年ほど前に、一度」とソルセリルが呟いた。


「メイラー公爵家とリンツ公爵家とで揉めたことがあります。お互いに当主を証人として立たせ、さながら……演説合戦のようでした。訴えそのものの正当性は全く考慮されなかった」


 あらまあ、とリピチアはなんとも言えない顔をして、でも、とソルセリルを見た。「今回に限っては、先生と隊長は『直接関与』してるんじゃないんですか」と首を傾げる。


「ええと、その。隊長にとっては妹さんで、先生にとっては姪御さんの話ですよね? それって……関与していることにはならないんですか? お二人とも、その人が【魔女】でないことはわかっているんでしょう。昔から彼女を知っている人間として、『彼女は魔女ではない』と証言できたのでは……。今回の件の発端って、早い話がメイラー家の因習によるいちゃもん……言いがかりじゃないですか」


 ごもっともだと言いたそうな顔をルティカルもソルセリルも見せたが、ルティカルは眉間のシワを一層深くし、ソルセリルは弟子の疑問に淡々と返した。

 

「現時点で、僕らと彼女の血縁を証明できるものはありません。ですから、関与していると主張するには分が悪い。メイラー家には身の証を立てるときに使うベビーリングがありますが……。保護されたとき、彼女はそれを所持していませんでした。そうですね?」


 ソルセリルの問いかけにクルスは頷く。


「はい。小屋の焼け跡からも、何も。もう少し時間があれば、ルティカルの血液の成分と彼女の血液の成分を分析にかけて、血縁を証明出来たのですが……」

「それをして欲しくなかったからこその日程でしょうね。……忌々しい」


 だからこそこの早さなのか、とリピチアは納得した。いくら何でも早すぎるのだ。本来ならもう少し時間を取ってから行われてしかるべきなのに。


「……任せてよ、伯父上も、ルティカルも。やれることはやるし、それでだめなら僕ら三人であの子を連れ出してしまおう。森でもなんでもいい、どこにだって匿って……必要なら僕はこの国も捨てる覚悟だよ」


 最悪の場合に備えて森番のジェラルドにも協力してもらったから、とオスカーは続ける。だから森に行ったのかとルティカルは納得した顔つきになった。


「──それじゃあ、行こうか」


 オスカーがつとめて明るい声を出す。これから先、何一つ悪いことは起こらないとでも言うように。

 

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