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「じゃあ、次は君にいつ対価が支払われるか、だな」


 これは結構重要だぞ、とニックは真面目な顔をした。今まで気さくに話していた相手が急に真面目な顔つきになったのに魔女も姿勢を正す。本当に先生と生徒みたいになっちゃったな、とトゥルーディオは小さく笑ってしまったが、確かにこの項目は重要なことだった。

 いくら高値で買ってもらえたとしても、その対価が半年後に支払われるのでは食っていけないだろう。対価が払われるまでの半年、どう食いつなげばいいのか、という話になってくるからだ。

 だからこそこの部分は明確にして、お互いに理解しておく必要がある。


「原価二倍で売る方と、八倍で売る方。この対価をまとめて君に支払うのでもいいし、個別に支払うのでもいい。これは君に任せるよ。ただ、二倍で売る方は相手が『普通の人』……君がたまに薬を売りに行っていたお店のような人たちが相手だからね。定期的には買ってくれるだろうが、すぐに支払われるわけじゃないぞ」


 相手もいろんなものを売買しているからね、とニックはいい含めた。お金のやりくりに色々と事情がある、と。


「手元のお金が潤沢な『俺のお得意様』はすぐに対価を支払ってくれるけど、そういうのは特殊すぎる例だ。大抵は何かを売って得た利益でまた何かを買って……の繰り返しだから、手元の資金でやりくりするとなると、ひと月後が妥当な気もするな」

「あれ? ニックさまがお嬢さまと契約するのに、『二倍のお客さま』と『八倍のお客さま』の売掛金の話をニックさまがなさるんですか?」


 トゥルーディオの疑問に重ねるようにトゥルーディアも不思議そうに口にした。


「そもそも、『二倍』と『八倍』で契約を分けているのも不思議ですわね。あなた様がどちらも同じ値段で購入なさったあと、あなた様の方で『二倍』と『八倍』とで売値を変えたほうがあなた様の利益になるのでは? 例えば、お嬢様からは『六倍』の卸値で購入して、そちらで『二倍』と『八倍』で売値を分ければよろしいでしょうに。手間じゃありませんか」


 トゥルーディアの指摘に普通ならそうしてるよ、とニックは笑った。四倍の卸値で買ってそれをやる、と続けて。


「今回は売り買いだけが目的じゃない。俺が本当にやりたいことは、『彼女が良心的に薬を売っている』のを一般の買い手たちに印象付けること。後々のためにね」


 ニックが視線を交互に双子へ向ける。魔女には見えなかっただろうが、魔女の後ろに控えていた二人はにこりと笑っていた。ニックの良心を魔女に知らせるのが目的だったらしい。どっちが手間なんだか、とニックはむず痒くなってしまう。恩着せがましくなるのが分かっていたから、伏せておこうとしたのに。


「いい薬に高値がつくのは当然さ。でも、『たくさんの人を助けたい』から価格を抑えてある、と言われたら?」

「いい人だな〜と思いますね。消費者としてはありがたい。そういう人から買いたくなりますし」

「効能がしっかりしているとあれば、さらに信用が増しますわね」


 そういうことだよ、とニックはうなずいた。信用が築けたのならそれは何にも勝る宝だ。売るものが薬とあればなおさらのこと。信用があるに越したことはない。怪しい薬品なんて誰も買わないだろうから。そして、信用されている物は売れる。


「そういうわけで販路ごとに契約書も分けたんだ。俺が一括で買い上げて、その後こっちで分けて売るより、そもそもの契約を分けてしまったほうが『どういうこと』なのか第三者にも分かりやすくなるだろ。契約書類そのものが『分かれてる』んだしな。商売でいちばん大事なのは利益じゃなくて信用なんだよ。その信用を目に見える形で残しておくことが、これからのお嬢さんには必要なことだと俺は思う」


 売掛金の話に戻ろう、とニックは話を戻す。

 手慣れた商人と双子との話を聞きながら、魔女はおろおろと視線をさまよわせていた。

 何もかもが今までに考えたこともないことばかりだったからだ。薬の売値もなんとなくつけてそのままだった。売掛金だの何だのについては初めて聞く単語で、ニックやトゥルーディオたちの話を聞く限りは「売った瞬間に手に入れられる対価ではなく、少し先にもらえる対価」というようなことなのだろうとは思うものの。

 初めて触れた「売掛金」という概念を、今すぐ理解してその上「売掛金の受取期日」を示してくれとニックは言っているのだ。どうしたら良いのかなんて分からなかった。


 魔女は助けを求めるようにトゥルーディアを見つめる。困り果てているようなその顔にトゥルーディアが「困りますわよね」と苦笑いを浮かべた。


「基本的には売掛金の回収は早い方が安心です。けれど、ニック様の言うとおり、すぐにお金を用意できる買い手ばかりではございません」

「お嬢さまが薬を作るのにたくさん材料を買うとするでしょう。お財布の中にあるお金では足りそうもないから、足りない分はあとでまとめて払います、という約束をお店の方としたとして。薬を作って得たお金でその『足りない分』を支払おうとするとき、どれくらい猶予があれば嬉しいですか?」


 そういう視点で考えるのも悪くないはずです、とトゥルーディオが助け船を出す。


「少量の買い手ばかりを相手にしているのだとしたら。これは少し甘い考えにはなりますけどね。債権……ええと、『売掛金』を回収できないまま相手が資金不足に陥る可能性もなくはないですし。でも、今回の場合は大口の受注……『ニックさまのお得意様』の金払いが良いですし、甘く見ても良いのではないかと思いますよ。ニックさまは信頼の置ける人からしかやり取りをしないでしょうからね」


 それが不安なら薬の生産そのものを『受注生産』にしてしまう手もあります、とトゥルーディオは重ねる。対価を先に支払ってもらい、支払われた対価の分だけ薬を作れば良いのだと。そうすれば売れ残りによる使用期限の問題も気にせずにすむし、売掛金の問題も気にせずにすむ。


「受注生産は名が広まってからでないと難しい部分もあるので、今のところはおすすめしませんが、お嬢さまが望むならニックさまも取り計らってくれますよ。ね?」

「トゥルーディオ、お前結構なこと言うよな……」


 形としてはまとまりかけている契約を一から組み直すと言うに等しい提案に苦笑いしつつ、「君が望むなら俺はそれで構わないよ」とニックも頷く。トゥルーディオの指摘通り、受注生産にするならもう少し名が知れてからの方がいい気がするが、と付け加えて。


「名が売れてから『受注販売』にした方が、希少性が高くなるからな。その分高く売れる。ただ、前提として『ほしい』と思ってくれている人がいないと成り立たない販売方法でもあるんだ。知名度がなくて誰も知らないような物は買ってもらえない。そういう商品があるって知らないと『買えない』だろ」


 なるほど、と魔女は神妙に頷いた。確かに存在していることすら知らない物は買いようがない。

 魔女はしばらく考え込んで、『ひとつき』と唇を動かした。


「『二倍』の人たちは売掛金の回収にひと月の猶予を持たせるということで構いませんか?」


 トゥルーディアの確認に魔女は頷く。『八倍』の方はどうしますかと重ねてたずねられ、『すぐに』と返す。ニックがにっこりと笑ってそれを承諾した。


「じゃ、『八倍』の方は薬が納入されたら即時に対価を支払うよ。『二倍』の方は一月後に」


 最後の決まり事を確認しよう、とニックは最後の項目を指し示す。


「『俺以外の商人と契約を結ぶ際は、事前に知らせる』。……普通の契約だったらかなり意地悪というか、結ばれないはずのものなんだが……。意図を説明させてくれ。まず、俺は君のことをかなり心配してる。君を酷い目に遭わせたクルースニクがいるっていう点でね」


 君が友人の娘でなくともこうしていたと思う、とニックは真面目な顔つきで魔女の顔をまっすぐに見つめた。優しげな青い瞳には深い懸念の色が濃く現れている。


「これだけ質の良い薬となると、誰が作ったのかを気にする者も絶対に出てくる。世の中には魔女が作ろうが、錬金術師がこさえようが、普通の人間が調合しようが、質が良いなら構わないってやつもいるけど、そうでない場合がある。そういうときに君が不特定多数の商人と契約を結ぶのは、俺としては恐い。どこから君のことが知られるか分かったものじゃないからね」


 君と契約を結ぶ商人が良い人間であったとしても、とニックは複雑な表情を浮かべる。その商人の商品の卸先が良い人間とは限らない、と。


「だから、情報が漏れる危険性を低くしておきたいんだ。君がもし他の人とも契約を結びたくなったなら、事前に俺に伝えてほしい。相手とその取引先を調べておくから」


 やり過ぎかとは思うんだが、とニックは不安げな顔を魔女に見せる。それでも俺は君が傷つくようなことになってほしくないんだよ、と続けて。


「一人でも十分にやっていけるようになったら、もちろんこんな束縛じみたことはしない。過保護は成長の妨げになるし、君の自由も奪う。でも、今このときだけは。君の安全を俺たちが守ってやれる間は、どうか守らせてほしい。君のご両親とは本当に楽しい時間を過ごしてきたから。その恩返しを俺にさせてくれ」


 真摯なまなざしに魔女は驚いて、ぱちぱちと何度も瞬きをした。なんだか泣きそうになってしまったのだ。こんな風に気遣われるとは思ってもいなかった。

 涙を懸命にこらえ、魔女は頷く。泣きそうになっていたのを察したトゥルーディオが黙って魔女の目の前にインクの瓶とガラスペンを置き、トゥルーディアがペンにインクを吸わせて、魔女へ優しく手渡した。

 手が震えるのを隠すように、魔女は二枚の書類にサインしていく。羊皮紙にすわせたインクがすっかり乾くころには、魔女のことを三人の優しいまなざしが包み込んでいた。

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