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「いっぱい作りましたねー。これ、全部卸しちゃいますか?」


 目の前には薬のつまった瓶がずらりと並んでいる。大鍋の大きさからしてかなりの量になるだろうとは思っていたが、実際に並んでみると予想以上のものになっていた。


 トゥルーディオがそう聞けば、魔女はこくこくと頷く。最近はひいきにしてもらっている薬屋に納品できていないから、と口を動かし申し訳なさそうな顔にもなった。

 鍋を洗おうとしている魔女に「洗いものは俺がやります」と声をかけて、トゥルーディオは魔女に冷たい飲み物をすすめた。


 竈に火をいれるときいていたから、喉が乾くだろうと飲み物を持ってきていたのだ。ガラスの筒のなかには花の蜜と林檎の果汁を混ぜて炭酸水で割ったものが入っている。筒のなかに浮かんでいた丸いガラスの珠に魔女が興味を持っていたようだったから、「氷の代わりの人工種石ですよ」とトゥルーディオは説明する。


 もっとも、森のなかで暮らしていた彼女に、最近使われ始めた“人工種石”が理解できたかはわからない。きょとんとしたあとに訳がわからなさそうにこくこくと頷いていた。今度ちゃんと説明しよう、とトゥルーディオは人工種石を見つめる魔女をみて思う。


「納品できてないっていうのもまあ……そうですよね。仕方ないですよ」


 例の小屋への放火に吸血鬼騒ぎがあったのだ。薬どころの話じゃなかっただろう。色々ありましたもん、と続けたトゥルーディオに魔女が苦く笑う。


「──出来上がったら、ニックさまに頼んで……その、ひいきの薬屋さんに持っていって貰いましょうか? あの人、あれで商会の一番偉い人だったりするそうですし、口もうまいし……。町の薬屋さんなら顔も利くと思いますから」


 貴女はまだ外に出るべきじゃありませんし、とトゥルーディオが付け足せば魔女はしょんぼりした顔をみせる。そういう顔をさせたいわけじゃないんだけどな、とトゥルーディオは内心で歯噛みした。


 トゥルーディオもトゥルーディアも、クルスだって魔女を閉じ込めておきたい訳じゃない。けれど、現状はこうして魔女を屋敷から出さないことが一番の安全になってしまう。


「うう~っ、そんな悲しそうな顔をなさらないで下さい。俺たちだってお嬢さまを屋敷に縛り付けておきたいわけじゃないんです! ほんとはこう……えっと、何か面白いものを観に行ったり、美味しいものを食べたり、きれいな景色を見たり……そういうことをしてもらいたいって旦那さまは思ってます。……し、俺達もそうです」


 貴女にはもっと幸せが訪れたって良いはずなのに、とトゥルーディオはうなだれる。


 人に危害を加えたわけでもなく、ただ持って産まれてきたもののために不当に扱われてきたのだ。この少女にもう少し何か良いことがあったって良いだろうとトゥルーディオは思っていた。


「意地悪したくてこんなことをしてるわけじゃなくて……ええと、結果的には意地悪になってしまっているかもしれませんが。……お嬢さまに意地悪したくてこういうことを言っているんじゃないっていうの、わかっていて欲しいんです。お嬢さまが外に出たいことも、恐らくこの屋敷から出ていきたいんだろうなってことも、俺たちはちゃんとわかってます。……閉じ込められるのが好きなんて人、いませんもんね」


 鍋を洗い終えてトゥルーディオは魔女に視線を向ける。魔女は菫色の瞳をせつなげに細めてこくりと頷いた。

 自分より年下の少女に何と伝えるべきかトゥルーディオは少し考え、それから「でも、俺たちの望みは」と切り出す。


「……答えになっていないかもしれないんですけど。その……甘えて欲しいんです。なんでも自分でどうにかしようとするんじゃなくて。差しのべられた手を、後ろめたさなしに取って欲しい。……だって別に、悪いことなんかしてないはずですよ。俺たちも、お嬢さまも」


 甘えるのは難しいことかもしれませんけど、悪いことではないです。とトゥルーディオは驚いたような菫色に優しく微笑んだ。


「お嬢さまに皆が優しくするのはそういうことです。あなたが人の優しさに慣れるまで、後ろめたさが無くなるまで。周りの……ちゃんとした大人たちに甘えてください。あなたがひとりでも生きていけるとわかったら……誰にでもちゃんと甘えられる(・・・・・)ようになったら、俺たちも安心してお嬢さまを外に出せます」


 どうして、と魔女の唇が動いた。


 ──“甘えたら、甘えてしまったら。それは「ひとりでも生きていける」とはいえないでしょう”。


 当然の疑問にそれもそうか、とトゥルーディオは納得する。普通に考えてみれば矛盾した話だろう。“ひとりでも生きていけるようになれ”と言いながらも“甘えろ”というのは。


 けれど。


「何でも一人で頑張っちゃうのは、人の手を借りずに意地を張るのは……。それは一人で生きていけるとは言えません。とりあえず生きてりゃいい──っていう意味で“一人で生きていけるようになったら”って言ってるわけじゃないんですよ」


 うまく伝わるか分からないんですが、とトゥルーディオは自分の髪をくしゃくしゃと指先でかき混ぜた。双子の片割れのトゥルーディアなら言わなくても伝わるんだけどな、と意味のないことを考えてしまう。


 おれたちの言う“生きる”っていうのは、とトゥルーディオは菫色の瞳に笑いかけた。“健やかに生きる”ということですよ、と。


「全部一人でこなしていく生き方もありましょう。それが向いている人もいる。でも、貴女は……。それをするには経験も、知識も足りていない。人に頼れるほどまだ“大人じゃない”でしょう?それなのに一人ですべてやろうとしたら、いつか壊れてしまう」


 魔女は大人しくトゥルーディオの話を聞いていた。聞く姿勢を持ってくれるだけで十分だ。なにか辛いことがあったとき、少しでもこの話を思い出してくれれば上等だ。トゥルーディオはそんなことを思いながら続けた。


「備えを十分にしないまま、たった一人で戦うのは辛いことなんですよ。だから、辛かったら辛いって言って良いんです。限界まで一人で頑張って壊れるのは“一人で生きている”ことに繋がるわけじゃありません。適当なときに甘えて、適度に休みましょう。一人で生きていくのと孤立するのは違います」


 魔女は分かったような分からないような顔を見せる。今はわかってくれなくても良いですから、とトゥルーディオは苦笑いしてシャツの胸元にぐいと指を突っ込んだ。胸元のタイをゆるめ、風を送る。


「流石に暑いですね。ちょっと窓開けても良いですか?」


 朝晩は冷え込む季節だけれど、小屋のなかは蒸し暑い。魔女も頷いて窓を開け始めたトゥルーディオを見ている。柄にもなく語ってしまった照れ臭さにトゥルーディオがそわそわとしていれば、魔女は神妙な面持ちで“ありがとう”と唇を動かす。


「お礼を言われるとこっちもちょっと恥ずかしいんですけど。でも、うん。そうですね。出来れば頑張って甘えてもらえたら、俺もこんな恥ずかしい話をした甲斐があるっていうか」


 へへへ、とはにかんだトゥルーディオに魔女も口許をほころばせて笑う。爽やかな風が二人の頬を撫でていった。




***




「……先生、これって」

「ああ。お前の想像通りだよ」


 ふう、と一息ついてニックは“鏃”を懐にしまう。本当はもっと細かく砕いたらいろんなものが見えたんだけどな、と口にしながらも「これも立派な証拠だからさ」とオスカーをなだめるような言葉を口にした。


 リピチアが見つけ、オスカーがクルスを通じて魔女へと返した黒猫のノーチ。そのノーチが咥えていた“鏃”は、ニックの“儀式”によってあるひとつの真実を紡いだ。


「メイラー家の人間が……。どうして僕を?」

「そこまで見えればよかったよな……。お前、あの家に恨まれるようなことしたか?」

「まさか」


 儀式によって引き出された“感情”は、あの時オスカーを射ったもののそれだった。

 儀式によって再生される感情は主観的なものだ。だから、オスカーを射った者が“オスカーを始末したい”という気持ちを抱いていたのはわかっても、その背景にある“どうして始末したいのか”がうまく掴めない。


「根底に“メイラー家のために”っていう信念? みたいなものは感じられましたけど」

「お前を殺すことでメイラー家に何か利益が出てくるとは思えないんだがなあ」

「じゃあ……視点を変えてみて。ええと、メイラー家が僕とあの子を引き合わせないようにしたかった──とか?」

「どうして?」


 うーん、とオスカーは考えてから「僕とあの子が出会ったら、あの子が生きていることがいずれ伯父さんやルティカルの耳にも入るから、とか……?」と首をかしげる。


「そう仮定すると、メイラー家は森の中にあの子が棲んでいるって知ってたことになるだろ。だったらとっくの昔にあの子を始末してるんじゃないか。現にメイラー家の分家が、あの子の家にクルースニクをつれて行ったようだし。……そこで火も放ってる」

「ですよね……でも僕が襲われたときは“森番”のジェラルドもまだいたわけでしょう?」

「そうか。そうなると易々と森に入ることも──……いや、ちょっと待て。もしかして──メイラー家が魔女の……ニルチェニア嬢の存在を知ったのは、つい最近(・・・・)なんじゃないか? あの子の存在を“前から知っていて”今回のタイミングで火を放ったわけではなく──“今回たまたま”あの子の存命を知って行動に移したんだったら?」

「……それって、まさか?」

「ああ。──指輪だ」


 指輪の持ち主を探していただろう、とニックはオスカーに頷く。


「お前が指輪の持ち主を探している話を聞いて、ピンと来たんじゃないのか。“これはあの子の指輪だ”って。持ち主探しの時に指輪の特徴くらい話しただろ? それを聞いてメイラー家が彼女の存命を確信したんじゃないのか」

「だとすれば」


 オスカーの顔からさっと血の気が引く。


「だとすれば……。──僕、心当たりがある」


 嘘だろう、と呆然と呟いたオスカーにニックも何かを察したらしい。マジかよ、と一言呟いて、二人の間には沈黙が落ちた。


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