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 トゥルーディアは一番北側の最上階の部屋のドアをノックした。ちりん、とベルの音が返る。「どうぞ」だ。

 保護された【魔女】の少女は声を失っていたから、トゥルーディアはいくつか簡単な合図を決めて彼女の世話をすることにした。

 例えば、ドアをノックして一度ベルがなったら「どうぞ」。二回なったら「入らないで」。

 今のところ二度鳴らされたことはないから、トゥルーディアと魔女は良好な関係を築けているのだろう。入りますよ、と声をかけてトゥルーディアは扉を開けた。


「具合はどうですか?」


 ベッドに腰を掛けて本を読んでいた魔女の少女が、トゥルーディアをみてほんの少しだけ表情を緩める。警戒されているわけではないのを実感し、トゥルーディアは無意識に微笑んでしまった。


 今のところ、魔女の少女が心を許しているのはトゥルーディアだけのように見える。トゥルーディアに顔がそっくりなトゥルーディオには未だに慎重になっている様子が伺えたが、もしかするとそちらは時間の問題かもしれない。トゥルーディオはトゥルーディアより人懐こい(・・・・)し、人の心を解きほぐすのも上手い。時間さえかければ【魔女】とも直ぐに打ち解けてしまうだろう。


「お嬢様は、わたくしのことは怖がりませんのね。青い瞳に銀色の髪の毛は怖いのではありませんか?」


 クルスが用意した火傷治しの軟膏を【魔女】に塗りながら、トゥルーディアはそう口に出してみる。【魔女】がどんな反応をするのか探ってみるつもりだった。


 トゥルーディアの瞳は青紫色だ。人によってはこの色を「青だ」ということもあったし、「紫だ」と言うこともあった。トゥルーディアもトゥルーディオも、青か紫かははっきりさせていない。青だろうが紫だろうがどうでもよかったからだ。だから、自分達の都合の良いように「青です」とも言ったし、「紫です」とも言った。どちらでありたいかは自分達で決めることだと知っていたから。


 そんなはっきりしない瞳の色とは違い、髪はナイフのような鋭い銀色。クルスの青い瞳と銀色の髪を怖がった彼女が、自分を受け入れてくれたのが不思議だったのだ。


 光に当たればベルフラワーのような紫色に見えるトゥルーディアの瞳は、双子の片割れであるトゥルーディオともお揃いだ。


 幼少の頃から人目をよくひいたこの色彩は、二人にとって嬉しくもなんともないものだった。珍しいがゆえにあらゆる人間に不気味がられてきたものだったからだ。


 それが古い過去の話となったのは、気の良い年老いた魔女が二人を拾ってくれたからだ。年老いた魔女は二人の瞳の色に何かを思うわけでも口にするでもなく、二人をただの子供として扱ってくれた。それに随分と救われたのだ。過度に憐れむわけでもない。普通(・・)の子供として扱ってくれた。


 魔女の少女はトゥルーディアの顔をまじまじと見てから、「わかるの?」と口を動かす。声は出なかったが唇の動きで意味はとれた。

 こちらが気づいていないと思っていたのか、と呆れたようなほっとしたような不思議な気持ちになってから、「わかりますよ」とトゥルーディアは静かに笑った。


「わたくしも、ずっと昔にそういう気持ちになったことがありますから。……クルースニクが怖くて仕方ないときがありましたよ。似た色をした自分の瞳や自分の髪にも、一瞬怯えてしまうの。鏡や……水溜まりを覗き込んだりしたときに」


 こくり、と魔女の少女も頷く。


 軟膏を塗り広げる手を休めはせずに、トゥルーディアは「仕方の無いことですよ」と優しく口にする。責めるつもりは微塵もない。

 足に薬を塗っても良いかしら──と声をかけ、少女がネグリジェの裾を少したくしあげるのを待った。足首がほんの少し見えたところで「失礼しますね」とネグリジェの中に手をいれる。いつ触れても細い足だった。魔女の少女は軟膏を塗っている間、ずっとくすぐったそうだったが、トゥルーディアはそれを気にしないことにした。


「明日は足を見せていただいても良いかしら? 治りがどの程度か把握しておきたいのです」


 手についた軟膏を拭っているトゥルーディアの顔をみながら、魔女は頷く。治療のためとはいえ、赤の他人に足を見られるのは恥ずかしいだろうと今までは足を隠したままで薬を塗っていたが、火傷の治り具合によっては医者を呼ぶ必要があるだろう。

 トゥルーディアとトゥルーディオにはこういったことに関する知識があるとはいえ、身体に痕が残ったりしては大変だ。一度は医者に見せなくてはいけないな、とクルスも話していた。


 けれど、どんな医者を呼ぶのが適当かクルスもずいぶん悩んでいる。【魔女】だとわかっても黙っていられる医者で、なおかつ相応の知識、技術があるもの。それならシステリア卿を呼べば良いんじゃないですか、とトゥルーディオが提案したものの、クルスは「それは少しな……」と都合が悪そうに言葉を濁していた。


 クルースニクの治療も受け持つ方だからかしら、と考えながらトゥルーディアは軟膏を持ってきたバスケットにしまう。魔女の足に当てていたガーゼと包帯もしまい、布を被せた。中身が見えないように。

 屋敷の使用人たちはクルスが匿っているのが火傷をおった少女であることを知っているから、トゥルーディアがバスケットの中身が見える状態で歩いていても何も聞いてこないだろう。しかし、その事情を知ることもない来客にうっかりすれ違ったとして──バスケットの中身について聞かれると色々と面倒なのだ。流石に屋敷に魔女を匿っているなどという噂を立てられるのは避けたいところだった。


 トゥルーディアが薬の類いをしまい終えたころ、トゥルーディアは自分の服がちょいちょいと引っ張られるのに気づいた。何かしら、と引っ張られた部分をみてみれば、そこには魔女の白い手がある。細い指先がトゥルーディアの給仕服をちょんちょんと摘まんで引っ張っていたのだ。幼子のようなそのしぐさは声が出せないために行われたものであったけれど、トゥルーディアの心を擽るには十分だった。


「まあ。何でしょうか」


 可愛い、と思ってしまったが声にも顔にも出さないように努めた。トゥルーディアはいついかなるときでも冷静であることを自分に科している。


 ──あの人はおこってはいませんか。


 後ろめたさのある顔で躊躇うように動いた唇に、トゥルーディアは一瞬その言葉の意味を図りかねた。「あの人」は誰を指す言葉なのかわからなかったから。魔女がここへ来て目にした人間はトゥルーディアとトゥルーディオ、それからクルスの三人だ。トゥルーディアに当てた言葉ではないから、彼女が指しているのはあとの二人なのだろう。


 ──この前、酷いことを言ってしまったから。


 トゥルーディアの給仕服を摘まんでいた細い指が力なく滑り落ちる。落ち込んだようにうつ向いてしまった魔女に、「旦那様のことですね」とトゥルーディアは魔女の手を握る。


「全く怒ってはいらっしゃいませんでしたよ。むしろ……そうですね、貴女を怖がらせてしまったんじゃないかと心配していらして」


 魔女の少女が取り乱しクルスが部屋を辞したあと、トゥルーディアはそれとなくクルスの様子を探ってみたのだ。そんなことで怒るような人間だとは思っていないし、クルス本人も魔女のそれを気にしているような素振りはなかったが、それでも確かめておくべきだと思ったのだ。トゥルーディアやトゥルーディオと同じように態度を顔に出さないだけ、ということもあるだろうから。


 それとなく尋ねたトゥルーディアに対して、クルスは「あの子は怖がっていなかっただろうか」と心配そうだった。おれはあまり会いに行かない方がいいな、とも口にして。


 優しい人柄の主だと知っているものの、どうしてそうもあの魔女を気にかけるのか、トゥルーディアには不思議だった。彼らのようなまとも(・・・)な人間たちにとって、魔女やトゥルーディアのような存在はそこまで気を引くようなものではないと思っていたからだ。自分達を雇ってくれているのも同情か、あるいは社会復帰(・・・・)のためなんじゃないかとトゥルーディアは思っていたくらいだ。


 そんな話をトゥルーディオにもしたところ、彼は「可哀想な状態で森にいたからなんじゃないか」と答えた。


 その現場をトゥルーディアは見ていないから分からないが、寒い夜の森で泣きながら眠っていたというのは確かに可哀想に思える。年齢は定かではないけれどトゥルーディアやクルスよりも年下だろうし、そんな子が家を焼かれて火傷もおって──というのは同情を禁じ得ない。


「火傷の薬を用意してくださったのも、このお部屋を用意したのも旦那様ですのよ。怒っている人はそんなことをしませんから、安心して下さいな」


 旦那様の性格ならば怒っていても待遇を変えたりはしないでしょうけど──と思いながらもトゥルーディアは安心させるように微笑んだ。同情からかなんなのか、本当のところは知れない。が、クルスが優しく親切な人間であるということはトゥルーディアもよく知るところだ。その優しい人柄を誤解されたくはなかった。


「今度は……今度は、お庭に出てみませんか。あなたのアガニョークと一緒に。出来たら旦那様と。わたくしも一緒にいますから」


 足の火傷が治ったら、とトゥルーディアは魔女の顔を確かめる。複雑そうな顔をしていたが、嫌そうなものではない。狼と一緒なら大丈夫かと思ったのだけれど、まだ早かったかしら──とトゥルーディアが発言を撤回しようとする前に魔女かゆっくり頷いた。


 ──足の火傷が治ったら、必ず。


 読み取れるかどうかというほどの微かな唇の動き。それでもトゥルーディアは彼女が何を言おうとしているのかを理解できたから。


「良かった!アガニョークもきっと喜びます」


 にこにことしたトゥルーディアに、魔女もぎこちなく微笑んだ。




***




 ぱんぱんに腫れた頬に切れた唇では話すことも難しかろうに、その男は「あの××野郎」と口にした。目覚めてすぐの一言がそれだった。相当に腹に据えかねているのだろうということはクルスにもトゥルーディオにもわかる。


 仕方のないことだ。半殺しの目に遭ったのだから。


 「ご婦人方には聞かせられませんね」と特に動揺したわけでもないトゥルーディオが男をなだめながら口許だけで笑った。笑うようなところではないが、トゥルーディオはそういうところのある人間だった。


「包帯変えましょ。ついでに薬も塗りましょう。良かったですね、【呪い(まじない)】を無理矢理使ってもこの程度ですんで」


 怪我人に出来る最低限の雑さ(・・・・・・)でトゥルーディオは男をひっくり返したり持ち上げたりしながら包帯を変える。手伝おうかと申し出たクルスに「包帯巻くのは慣れてる人の方がいいので」という言葉を返し、トゥルーディオは手際よく包帯を変えていった。


森番の(・・・)ジェラルドさんですよね」


 トゥルーディオの問いに男──ジェラルドはそっぽを向いた。答えたくないらしい。

 ベッドに横たわり顔を腫らしている姿は、クルスの記憶にある【逞しい森番】からは少し遠いが──間違いなく彼は森番の男だ。トゥルーディオも男が素直に答えるとはそもそも思っていないのだろう。そっぽを向かれてもとくに気にするでもなく手当てを続ける。


 トゥルーディオは青紫色の瞳でジェラルドをじっと見つめ、それから「彼女(・・)とはどういうご関係ですか?」と笑顔でたずねる。ジェラルドは一瞬面食らった顔をして「彼女?」と芋虫のようになってしまった唇をもごもごとさせた。


「……【呪い(まじない)】をあなたに教えた人のことです」

「言わなくちゃいけない理由があるのか?」

「いいえ。ただの好奇心ですから。やだなあ、そんな怖い顔しないで下さいよ」


 もう少し深く突っ込んだトゥルーディオに、ジェラルドはあっという間に警戒する顔つきになる。トゥルーディオもそれを察したのだろう。人懐こい笑みを見せて「俺は魔女の従僕だったんです」とあっさりと自分の秘密を明らかにした。


 魔女と何らかの関わりを持っていた、というのはこの時代において様々な不利益を被ることもあるのに、トゥルーディオやトゥルーディアはそれらを全く意に介さない人間だ。その開けっ広げな態度に「大丈夫なのか」とでも言うようにジェラルドがトゥルーディオとクルスの顔とを交互に何度も見る。確かに少し相手の警戒心が緩んだのをクルスは感じ取った。


 大丈夫だ、とクルスは頷き返す。確かに大っぴらにする人間は滅多にいないし、賢い行動とは言えないが、トゥルーディオはいつだって場を見極めている。


「あはは。あんまりオープンにすることでもないですね。でも、ここには旦那さまとあなたと俺との三人しかいないんですよ。大丈夫です。あなたに警戒されたくなかったから話したんですよ」


 ねっ、とにっこり笑ったトゥルーディオにジェラルドも幾分か安堵したのだろう。【自分と似た境遇の者】である──という秘密を打ち明けられて少し親近感を得たのに違いないな、とクルスは考えた。トゥルーディオはそういう心の機微に敏感だ。そういうもの(・・・・・・)の使い方がうまいのだ。


 【秘密の共有】は相手との結び付きを少し強めるのに使える。トゥルーディオはその天真爛漫な性格で人を惹き付けているように見えるけれど、その天真爛漫さは人をよく観察した上に出来上がっているものだ。クルスはそれを偽物だとは思わないが、器用な性格だな、と感心していた。


「森にいた“魔女”はあなたの魔女ですか?」

「……だったら何なんだよ」

「どうして一緒に暮らしていなかったのかな、と思いまして」


 森の奥にでも引きこもってしまえば、誰も貴方と【魔女】を見つけられなかったでしょうに、とトゥルーディオは独り言のように呟いた。


「俺たちはそうしていました。だから、貴方とあの子がそれをしなかったのが不思議だと思って」

「……事情があんだよ。色々とな」

「なるほど?」


 にこりとしたトゥルーディオに「あの子は」と森番の男は口にする。


「あの子は無事なのか。怪我はしていないのか。……クルースニクに、」

「ちゃんと保護をしています。俺の姉が世話をしていますから、心配はいりません」

「そうか……」


 ほっと息をついたジェラルドを見ながら、「また来ますよ」とトゥルーディオは席を立った。クルスにも「参りましょう、旦那さま」と声をかけてさっさと部屋を出ていこうとする。トゥルーディオの瞳が案外冷たい色を宿しているのにクルスは驚きながらも、同じように部屋を出ることにした。部屋を出たところで「何かあったのか」とトゥルーディオに声をかけた。


「君にしては冷たい対応だったじゃないか」


 包帯の巻き方も少々雑であったし、と指摘したクルスに「従属する人間とは思えません」と冷たい声で吐き捨てた。


俺たち(・・・)は魔女と契約を結んだら、主たる魔女に従属することを誓います。魔女の幸せを第一に考え、与えられた恩を返すべく働く。そういうものです。魔法による契約は本人の感情も時に歪める。それくらい強い契約なんです。でも、あの男にはそれがない。あの魔女を思う……いわば【執着】がないんです」


 トゥルーディオは首を振った。


「あの男は……あの【魔女】の従者ではありません」

「なら、何故クルースニクたちに抵抗した?」

「それもわかりません。……【魔女】は従者にしかその魔術を伝えない。あの男は【従者】ではない。それなのに魔女の呪いを扱えた……。旦那さま、旦那さまはあまりあの男に近づかないようにしていただけますか」


 何かあったら困りますから、とトゥルーディオはまた人懐こい笑みを浮かべ、「姉さまはどうか知りませんが」と口にする。


「今は旦那さまが俺の主ですからね」


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