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 魔女の怯えは想像以上だった。あの状態からどうやって信頼を築いていこうか──と考えながらクルスが廊下を歩いていれば、トゥルーディオがクルスを見つけて駆け寄ってくる。

 何かあったのかとクルスが訪ねる前に「ニックさまがいらしてます」と声がかけられる。丁度良いとクルスは頷き、庭園で待っているという恩師のもとへと急いだ。




「──よう」


 花の綻び始めた庭園に銀髪の男が立っている。


 かっちりした印象のシャツのボタンをいくつか外し、気楽な雰囲気を滲ませるのはクルスの恩師の「クルースニク」だ。


 調子はどうだ、といつもの通りに片手をあげて陽気に挨拶をしたニックに、「悪くないですよ」とクルスも手短に挨拶を返す。


 ニックの銀髪が太陽に照らされてきらきらと光っていた。クルスの応えに、薄い青の瞳が悪戯っぽく細められる。メイラー家のものとはまた違った、薄い青の穏やかな色合いの瞳。それは彼の雰囲気をより優しく見せている。

 この人はこんなに優しげなのにな、とクルスはため息をつきそうになった。


 オスカーやニックはクルースニクの中では異質なほどに親しみやすい雰囲気を持っているが、大抵のクルースニクは厳格そうで居丈高だ。魔女じゃなくても怖がるだろう。もちろん、中にはニックやオスカーほどではないにしろ、やさしい雰囲気のクルースニクもいる。


 しかし、大抵は──。

 真夜中の怪物退治を受け持っているから人々に尊敬されているだけで、クルースニクから怪物退治を取ってしまったらあとに何が残るのかわからないような者ばかりだ。頭が堅すぎる。根は悪くないものたちばかりだが、どうも融通がきかないのだ。だから放っておいても害のない【闇に親しむもの】たちが追い詰められてしまう。


「お前も恋煩いかよ?」


 一瞬だけ沈んだ顔をしてしまったクルスにニックは不思議そうな顔をして、もう春だもんな、と自己完結する。なんですかそれ、とクルスが聞けば「違うのか」と少し残念そうな顔をした。


「ははっ。残念がることじゃねえか。煩ってないなら何よりだよな。さて……」


 真面目な顔つきになり、ニックは静かにクルスへと問う。


「【魔女】の様子は?」

「体調の方は問題なさそうです」

「……それはよかった」

「相変わらず声の方は出ないようですが……」

「そうか。……早く治してやりたいもんだな」



 随分優しい声でニックは【魔女】の身を案じる言葉を紡いだ。【闇に親しむもの】の無闇な排除に反対しているとはいえ、ニックの態度は普段よりもずっと優しい。何故だろうか、とクルスは顔に出さずに考えた。この甘さには身に覚えがある。クルスやオスカーに向けるような、身内に向けた優しさだ。

 クルスがそんなことを考えていることなどニックは知らないのだろう。いつものとおりの声音に戻り、クルスに「預かりものだ」と言いながら懐に手をいれる。


「メイラー家の当主……ルティカルからの【調査報告】だ。あの森を調べさせていたんだって?」

「すみません。鳩のような真似をさせてしまって」

「ははは。伝書鳩の方が俺より優秀だよ。寄り道しないぶんだけな」


 ここに来るからついでに預かってきたんだ、とニックは紙の束を取り出した。

 クルスの元に来る前に、ニックはソルセリルとルティカルと三人でオスカーのことについて話していたのだそうだ。


「悪いな、オスカーが見つかったら三人で飯にでも行こうって話してたのに……」

「いいえ。無理もないでしょう。……それより、オスカーの方は?」


 クルスはしばらく前からオスカーの姿を見ていない。最近はロベリアの元にも訪れていないらしいし、そもそもメイラー家へ来ること自体が少なくなってしまっているのだ。クルスも【魔女】関連で忙しく、気づけば一月ほど彼の姿を見ていなかった。

 元気がないようなんだ、とルティカルが心配していたのを知っている。


 だからクルスはルティカルに調査を依頼したのだ。


 クルスがルティカルに調査を依頼したのは、【魔女の小屋】と【オスカーが襲撃された場所】の二ヶ所。


 必要以上に面倒なことに巻き込む気はなかったから、ルティカルには詳しい話を伏せたが──【魔女の小屋】に関してはクルースニクが関係していることはわかっている。

 クルースニクとのことに無関係なルティカルを巻き込むことになっては嫌だから、ルティカルに【魔女の小屋】を調査して貰おうという気はなかった。しかし、ルティカル自身がそれに興味を示した上、出来れば調査させてほしい──と願い出たからついで(・・・)にお願いした、という経緯がある。


 クルスが【魔女の小屋】より調査してほしかったのは【オスカーが襲撃された場所】の方だ。オスカーの元気がない理由がそこにあるんじゃないか、とクルスは考えていた。もしかしたらこちらもクルースニクが関係しているんじゃないか、と。それも嫌な形(・・・)で。本当は自ら赴きたかったが、【魔女】を屋敷に匿っている以上、屋敷を不在にするような真似は避けたかった。オスカーを襲った者がいて、それが誰なのかはっきりしていない今だからこそ余計に。


 ──率直に言えば、オスカーを襲ったのは一部の不心得者の【クルースニク】なのではないか、とクルスは考えていた。


 いくらオスカーとはいえ、同じ“クルースニク”に襲撃されたりしたらへこみもするだろう。

 オスカーはあの襲撃に関して【クルースニク協会】の調査でも深く語らなかったそうだが、それが余計にクルスの心配を煽った。二人で【クルースニク】となるべく励んでいたあの頃にも、嫌がらせをして来る【クルースニク】はいない訳じゃなかったからだ。


 今となっては人間の身でありながら他の者にひけをとらないほどの活躍をしているのがオスカーだし、それをよく思わなかった者がいるのでは……とクルスは心配しているのである。善なる存在と謳われるクルースニクでも他人を妬んだり嫉んだりするのだと、クルスは修行時代によく学んだ。


 そういう結末でないようにという願いも込めて、クルスはルティカルに調査を依頼したのだ。ルティカルは実直で誠実で、遠慮や斟酌などで事実を歪めたりしない。だからこういうときには非常に心強かった。良くも悪くも事実だけを伝えてもらえる。


 ルティカルは別にクルースニクでも何でもないから、【クルースニク】たちに変に遠慮することもないし、無闇な横やりを入れられることもない──というのもクルスにとっては都合がよかった。

 何かあっても『彼は軍人としてしかるべき調査をしたまでだ』と押し通すことができる。いざとなったらそういう言い訳を使ってもらうぞ、とクルスはルティカルに伝えているし、それについてはルティカルも了承済みだ。


 もし【クルースニク】が関与しているようであれば、クルスはそれをニックに報告するつもりでいた。陽気で飄々とした遊び人のような雰囲気を漂わせてはいるものの、【クルースニク】の中でもニックはかなり高位のクルースニクだ。ニックならば同胞(クルースニク)だからと揉み消したりはしない確信があったし、なによりオスカーを可愛がって育ててきた人だ。手塩にかけて育ててきた弟子を潰されるような真似をニックが許すはずはない。


「オスカーは……」


 珍しくニックが良いよどんだ。

 言うべきか言わずにとどめておくべきか悩んだのだろう。秀麗で優しげな顔に一瞬だけ迷いを滲ませ、眉間に皺を寄せて、それから「魔女を探してる」とニックは口にした。


「魔女を……?」

「お前が見つけてきた【魔女】だ。その子を探してる。……オスカーが森で襲われて、どうして無事に帰ってきたと思う?」


 ニックの問いにクルスは「そういうことですか」とため息をついた。きっと、あの魔女はオスカーを助けたのだろう。その経緯をクルスは知らないが、そこにはきっと何かがあったはずだ。

 でも、それならば何故──とクルスはニックに問う。


「どうしてオスカーにも……ルティカルにも、あの魔女の存在を話さないのですか?」


 ルティカルの場合は完全に部外者と言って良いだろうから、何らかの混乱や面倒を避けるために「話すな」と言うのならわかる。事実、ルティカルに関してはそういう意味で「魔女のことは話すな」と言われているのだとクルスは思ってきた。


 しかし、オスカーにも話すなというのはどうしてなのか。オスカーがあの魔女を探していると言うのなら教えれば良いのではないか、とクルスは思う。

 他のクルースニクなら「彼女を害するかもしれないから」とクルスも距離を取って隠す方針をとっただろうが、相手はオスカーだ。そんな危険性はないはずで。

 ニックやクルスと同様に、害がないなら魔女であっても普通のヒトと同じように接すれば良いじゃないか──という考えの持ち主(オスカー)に、何を懸念する必要があるのか。


 クルスがそう問えば、ニックはゆるく首をふった。譲ってくれ、とでもいうように。


「滅茶苦茶にややこしいことになるからだ。場合によってはメイラー家とシステリア家が【クルースニク】と争うことになる」

「……つまり?」

「──最悪の場合、オスカーはクルースニクをやめざるを得なくなるし、ルティカルは完全にクルースニクを潰すぞ。下手するとソルセリル……システリア卿もそれに加わる可能性がある。俺からも今のところはこれしか言えない。ギリギリなんだ」


 頭が痛いとでもいうようにニックはため息をつく。クルスにはニックの話に納得は出来なかったが、貴族社会とクルースニクのどちらも見てきている本人がいうのならばそうなんだろう、と無理矢理自分を頷かせた。そうなる理屈と経緯はわからないが、クルスもオスカーから【クルースニク】を奪うつもりもないし、ルティカルに【クルースニク】を潰させたいわけでもない。


「……では、先生。おれに出来ることは?」

「そうだなァ……。あの子の警戒を一刻も早く解いてやってほしいんだ。少なくとも、お前や俺みたいな……銀髪に青い瞳の人間を見ても怖がらない程度に」

「相変わらずのご慧眼ですね」

「……良くも悪くも、だよ。そういうのをたくさん見てきたから──お前の活動に俺は賛同しているし、支援したいと思っているんだ」

「わかりました」


 オスカーやクルスが産まれるよりもずっと前から【クルースニク】として生きてきたニックの言葉には、言い表せないほどの重みと後悔がある。難しいもんだよなあ、としみじみと呟かれた言葉に、クルスも深く頷いてしまった。

 心に深く刻まれてしまった怯えを、恐怖を、それに伴う心の闇までをクルースニクは払えない。


「……一番救いたいものが救えない。そんなのはもう、ごめんだからな」


 ニックが呟く。


「闇を祓い照らすのがクルースニクだ。それは人であろうとなかろうと。救えるものがあるのなら、悩まずに救え。救えなかったあとで後悔しても遅いからな……」


 お前たちなら大丈夫だよ、とニックはクルスの背中をぽんと叩く。貴方にそう言ってもらえると自信がつきます、と答えたクルスに、ニックは優しく笑った。



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