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 メイラー家の誇りは美しい銀髪と青い瞳だ。どちらが欠けていても【メイラー】とは名乗れない。それがメイラー家の古くからの決まりだった。


 当主たるルティカル・スィリブロー・メイラーもまた、美しい銀髪に青い瞳の持ち主である。ルティカルの父親であったランテリウス・ザルニーツァ・メイラーも、当然のように美しい銀髪に青い瞳の男であった。古くからのこの決まりごとを、メイラー家は破ったことがない。


 けれど、時には青い瞳を持たぬものが、銀髪を持たぬものが産まれてくることもあった。そんなときはどうするか。捨てるか殺すかだ。それは産まれてきた子がどんな立場であっても変わらない。


 ──たとえ、当主の娘(・・・・)が青い瞳を持たずに産まれてきてしまったとしても、決まりは覆らないのだ。


 直系の娘であろうがなんであろうが、青い瞳を持たない以上、その娘がメイラー家の人間であるとは認めない。

 メイラー家とは青い瞳をもち、銀の髪を持つものだけが属することのできる家である、つまり青い瞳を持たぬこの娘はメイラー家の者ではない──と。そういうことだ。


 “メイラー家に属するものは青い瞳と銀の髪を持つこと”。それが一族の決まりだからだ。いかなる理由があろうとも、それを曲げてはならない。


 では、メイラー家の者ではないと言われてしまった者はどこへ行くのか。


 ──森か、あの世か。そのどちらかである。


 森を選べば、貴族としての身分を捨てて生きるということになる。あるいは、人としての人生も捨てることになったかもしれない。人のいない森に住むということは、獣と同じような生き方をするのと同義だからだ。生きることを望むなら、それ以外の選択肢はありえない。しかし、それは表面上の『延命措置』に他ならない。うわべだけの優しさだ。森にたった一人で放り込まれ、生き抜ける人間はごく少数だろう。大半は森の獣に食い散らかされて終わるのだ。


 素直に『あの世行き』を選んだ方が良いのだと、そう揶揄するものも零ではなかった。


 下らない、と銀色の髪に青い瞳を持つ青年は苦しげに吐き出した。

 そんな因習は俺の代で変えてやる、と拳を固く握りしめたのはいつだったか。


 かつて、ルティカルには妹がいた。

 可愛らしい、年の離れた妹が。

 青い瞳を持たぬ、小さな小さな妹が。


 その妹は人目を避けるようにして、こっそりと育てられていたのだ。隠し部屋までつくって、家族以外には誰の目にも触れないようにして。


 しかし、ルティカルの父であるランテリウスが逝去したのと同じタイミングで、その存在が人目にふれてしまった。まだ幼く小さな妹は、その年で生きるか死ぬかを問われ──。


 ルティカルの母やルティカルも、あまりにそれを憐れだと思った叔父のソルセリルの制止すらも、『伝統』の前では聞き入れられることはなく。


 たったひとりでは生きることすらままならないであろう、小さな少女が森に捨てられてしまったのだ。産まれたときに父と母が作らせた、小さな小さなベビーリングと共に。


 その場で首を落とされなかっただけましであろう──と他のメイラー家は嗤ったが、森には狼も熊もいる。いずれ死ぬのは明白であり、苦しむ時間を伸ばしてしまっただけではないのかと、ルティカルの母もルティカルも酷く後悔したのだ。獣に襲われ野垂れ死ぬなど、あまりに哀れすぎる。

 ルティカルも母も他の者の目を盗み、こっそり森に出掛けていってはあの小さい少女を探したが、ついぞ見つかることはなかった。


 森に向かい、森の中をさ迷って。日が暮れて帰らざるを得なくなると、必ず【森の番人】であるという男がやってくる。どれ程森の奥深くにいようと、それは変わらない。男はいつも森の出口まで二人を案内してくれた。そして、「もう来るんじゃない」と毎回口にした。いないものの幻影にとらわれ、すべきことを見失うな、と。お前たち二人がするのは、生きているか死んでいるかわからない娘の捜索ではないだろうと。厳しい言葉ではあるが、正論でもあった。


 ──『この森には魔女がいる。うまくいけば、魔女がその子を拾って育てるだろう。きっとお前たちの家族は無事だよ』。


 森番の男は二人への慰めか、いつもそんな言葉を口にした。子を捨てるという非道が精神を蝕んだのか、いつしか母のサーリャは体調を崩し、まるで夫を追うようにして旅立った。


 あとに残されたルティカルは、次なる当主として毎日を追われ、そのうち妹のことも気にかけてはいられなくなってしまった。ひどい話だというものもいるだろう。しかし、死んでしまったであろう妹の幻影を追い続けていても、何にもなれないとルティカルは悟ったのだ。自分がするべきはもっと別のことで、こんなくだらない因習はいつかこの手でぶち壊してやろうと。

 心を決めたルティカルは、着々とその準備を進めることにした。因習にとらわれた馬鹿な血族ごとぶち壊すのが、妹への償いだと信じて。



***



 夜もすっかり更けた頃というのに、その部屋だけは明かりが小さくともっていた。中にいるのは男と女が合わせて五人。皆一様に青い瞳に銀髪の、見目美しいものたちだった。


「あの森で何年も生きたものがいたとするなら、それは魔女に違いない」

「忌々しい。本物の魔女であったということか」

「あのとき殺しておけばよかったのだ」

「メイラー家の面汚しめ」


 声を潜めつつも、呪詛と罵倒は止まらない。


 なぜ今ごろになってあの娘が姿を表したというのか。どうして今まで生き延びてこられたというのか。


 魔女だからだ、とその場に集まったものは次々に口にした。


 たとえ先代当主の娘であり、現当主の妹であろうとも。

 たったひとつの“例外”も赦されてはならないのだ。それが【メイラー】という家を護る決まりごとならば。


 不幸を運ぶ魔女など、病を伝搬させる魔女など、呪いを振り撒く魔女など。


「生かしてはおけぬ!」


 システリア家の青年が持ち込んだベビーリングの話は、メイドや使用人の口を介してあっという間に広まってしまった。


 場合によっては何年も前にメイラー家が行った非道が、あるいはそのずっと前から行われてきたことが、今回のことを通して表に出てしまうかもしれない。


 ベビーリングを落としたというその娘と、メイラー家の葬った娘が同一であった場合、どうあがいてもメイラー家に向けられる視線は厳しいものとなるだろう。隠し通せるものでもなくなってしまう。何しろ、あの娘の存在をシステリア家の当主は知っている。


 彼ならば、それをうまく利用して【メイラー】そのものを潰しかねない。子どもを森に捨てるなど、到底許されることではない。“情”などないような顔をしているくせに、“情”を使って状況を一変させることくらいあの男はやりかねない。当主のルティカルが十分に成長した今ならば尚更。


「魔女は火炙りにしてしまえ。灰ひとつ残さずに消え失せるべきなのだ」

「いっそあの森ごと焼けてしまえばよいものを!」


 “証拠”があるのなら、“証拠”ごと消えてしまえばいい。消してしまえばいい。けれど、どうやってそれを成すべきか。誰しも自分の手は汚したくないのだ。

 銀髪に青い瞳の見目美しいものたちが集まって、口々に罵るさまは醜い。

 しかし、それに気づくものは一人としていなかった。


「魔女であるならば、クルースニクに始末させてはどうか」

「あの森にクルースニクを向かわせるというのか」

「クルースニクは善の象徴だ。我々がしてきたことが明るみになれば、始末されるのは私たちの方になってしまう!」

「それに反対するのなら、どうすれば良いか……案はあるのでしょうな?」


 熱の高まる言い合いは続き、美しい顔を醜悪な憎悪に染めて話は進む。話が前に進まなくなった頃、微笑みを称えた女性が一人、瑠璃溝隠(るりみぞかくし)の花を思わせる、青い瞳を煌めかせながら静かに口にした。


「クルースニクを利用してやりましょう」


 手にしていた扇子をパチリと閉じて、女性──ロベリアはにっこりと笑う。


「ちょうど良いではないですか。ベビーリングを持ってきたというシステリアのクルースニクを森に向かわせればよいのですから。あの森には狂暴な獣もいるのでしょう? だから人も近づかない。()襲われても(・・・・・)魔女の仕業とすれば、他のクルースニクも黙ってはいないでしょう」


 それに、とロベリアは続ける。


「システリアの【クルースニク】は所詮は紛い物。役目のみを引き継いだに過ぎず、元来の……吸血鬼のみを相手取っていた、種族として(・・・・・)の【クルースニク】ではない。役職のみのクルースニクならば……人と違わぬ存在としてのクルースニクならば、我らでも如何様に相手取ることが出来ましょう」


 閉じた扇子の縁を指先でなぞりながら、ロベリアは美しい唇に歪んだ弧を描く。蝋燭の明かりのもと、真っ赤な口紅が血のようにぬらりと光った。


「すべて魔女の行いにしてしまえばすむこと。森に彼を向かわせて、適当なものに襲わせましょう。魔女へ憎悪を向けさせれば、あとは自然と我らの思う方へと向かうはず。……誰だって、自分を害するものには憎しみを抱くものです」




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