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青空学園青春録

その輝きは真珠のように

作者: ひみつ

「星の和名?」

「そう、けっこうおもしろいんだこれが」

 放課後の校庭、すでに日の落ちかかった時間。

 担任から頼まれた雑用を片付けて帰る途中、彼が突然そんなことを言い出した。

「あれでしょ、ベガが織姫でアルタイルが彦星、みたいなやつ」

 とりあえず貧弱な知識の中から有名どころを引っ張り出してみる。こんな例えしか出てこないとは、我ながら情けない。小学生か、私は。そんなこちらの様子など気にもせず、彼は空を見上げている。その視線の先には輝く一番星。

「あれがなんだかわかるか?」

「金星だよね……ってああ、一番星も和名でいいのかな!」

 答えてやったぜとばかりに彼の方を見ると苦笑していた。なんだよ、その態度は。

「あってるけど……まあ金星自体が和名だし、だいたい一番星って小学生か」

「じゃあなんて言えばいいのよ」

 不満げな私の言葉に彼は宵の明星、と返してきた。

「……知ってたし。ちょっと忘れただけだし」

 はいはい、と軽くいなされ、促されて歩き出す。いつもこうだ。なかなか主導権を取らせてくれない。最初に話した時は私の事を天使だの何だのと持ち上げたくせに。たまにはもっとこう、私に対する敬意とかあってもいいんではなかろうか。別に馬鹿にされたり扱いが悪いわけじゃ無いんだけどさ。

「でも、なんで突然星の話なの?」

 たまたま金星を見つけたから、というわけではないだろう。彼が話を振ってくる時には、だいたい理由がある。たとえば、話しておきたい何かとか。

「好きな星があるんだ。時期的に今はもう見づらいけど」

「へえ、なんて星?」

 真珠星。彼はそう言った。

 聞き覚えがない、というか初めて聞いた気がする。今はもう、ということは、夏の星ではないのだろう。春か、おそらく冬の。真珠と言うからには色は白なのだろうか。等級も高いに違いない。ということは……。

「シリウス!」

「残念」

 自信満々にそう答えたが、見事にハズレ。しかしこれ以上私が知っている明るくて白い星と言えば北極星ぐらいしかないが、そもそもが和名だし年中見える。

 降参だと伝えると、彼はすんなり正解を教えてくれた。

「スピカ。乙女座の。春の星なんだ」

「へえ、ちょっと意外。でもどうしてスピカが好きなの?」

「じいちゃんが好きだった星なんだ」

 そう言って彼はおじいさんのことを話してくれた。

 母方のおじいさんは田舎に帰るたびに海や山の自然についていろいろ教えてくれたらしい。真珠星はそのひとつで、おじいさんが若い頃によくおばあさんと眺めた星だそうだ。昔の人にしては珍しく、毎回盛大に惚気ていたという。

「ばあちゃんとの思い出を話してる時のじいちゃんは、すごく嬉しそうだった。俺が形見にもらった時計もばあちゃんからの贈り物だって、繰り返し聞かされてたなあ」

 なるほど、あの腕時計は大好きなおじいさんの形見だったのか。そりゃあ大事にするわけだ。私にあれだけお礼を言っていたのもうなずける。

「真珠星……スピカかあ。星座なんてあんまり気にしたこと無かったなあ。今の時期は見えないんだよね?」

「見えなくはないだろうけど、やっぱりきれいに見たいなら春がいいな」

 そっかそっか、少し先の話だけど楽しみができたってことだ。

「なるほど。それじゃあ来年、一緒に見ようね」

「え……?」

「私、星座とかよくわかんないからさ、教えてよ」

 一年近く先だけど予約を入れてしまおう。星図片手ににらめっこしても、夜空にあれだけ輝く星の中からたったひとつを見つけきれる自信が無い。ここは何度も見てきたという彼に頼るのが上策というものだ。

「覚えていたらな」

「大丈夫、私が忘れないから。約束だよ」

 なんだか素っ気ない彼の横顔に追い打ちをかけると、わかったよ、とうなずく。よしよし。そうだ、せっかくだから夏の星座も教えてもらおう。天の川ぐらいしかわからない私より、きっとずっとたくさんの星を知っていることだろう。もうすぐ夏休みだ。星座観察に近所へ出かけるぐらいなら両親も許してくれるはず。その前に七夕だ。当日呼び出して織姫と彦星も見つけてもらわなければ。

「あのさ」

「今度は何だ?」

 若干めんどくさそうな返事の彼に、来週の七夕の件を伝えたら、快く了承してくれた。どんどん楽しみが増えていく。来年の春、真珠星を見つけるまでにどれほどの夜空を彼と見上げることができるのだろうか。今からわくわくしてくる。

 分かれ道で手を振り、もう一度空を見る。ちかちかと瞬きだした星が増えてきたが、どれがなにやらさっぱりだ。私もいつか、お気に入りの星を見つけてみたい。あれだけの輝きがあるのだから、どれかひとつぐらい相性のいい星もあるだろう。彼と仲良くなれた偶然のように、きっと出会うのだ。そしていつか私も、誰かにその星のことを語れるぐらいのドラマを作りだすのだ。

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