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絶対に好奇の目で見られてる。
昨日と明らかに違う視線だ。居心地が悪過ぎる。
クラウンは隠してる風だが少し目が泳いでる。
フェルタなんて隠す事無くニヤニヤしている。
2人して失礼極まりない。
そんな空気を打ち破ったのは矢張りフェルタだった。
「凄い!スカート履いてるね!!」
喋るチーター・ナイルが去った後はイルマと朝食をとり、そうは言っても軟禁時と解放されてからはキチンと一泊二食を戴いてるのだから謝礼として昼前まで畑仕事の手伝いをしたのだ。
今まで窓の無い部屋だったり解放されたのが夜だったりで畑の規模は分からなかったが結構広大で、これを女の手一つでこなしてるのかと思うとエレメントとやらがあったとしても中々凄い話だ。
「流石に全部はやらないわよ。」
そうイルマは話していたが、役人達が来るまで手伝う事になったのだ。
土弄りなんて何年振りか。
小学校の時に植えたトマトやナスが最後だろう。立ち込める土の匂いの中でそんな事を思い出す。
今日は人参を収穫するので、折れない様に真っ直ぐ力を入れて抜く。
流石にこの野菜は喋らないらしい。
まじまじと人参を見てるとイルマ見透かした様に
「ウチの野菜は喋らないわよ。」
なんて笑われた。
「でも東の国では喋るお菓子があるらしいわよ。」
「やっぱりあるんだ。」
教わった通りにカートに人参を置きながら喋るお菓子を想像してみた。
食べるなと懇願したりするのだろうか。中々喧しそうだ。
人参を収穫しながら大きい石は小道に避け雑草は抜く。それを繰り返して、イルマが声を掛けるまでの時間はあっと言う間に感じた。
「真琴、ありがとうね。お陰で午後は伝票整理に集中出来るわ。」
倉庫で最後の人参をカゴに入れてるとイルマは別の野菜を持って来た。カートには見た事がある野菜からよく分からないのもある。
「倉庫。凄い野菜だね。」
「人参は明日には出荷しちゃうけど、芋とか貯蔵させて美味しくなる野菜もあるからね。そういうのを倉庫に置いてあるのよ。」
そうなんだ。私の知る限りで親族友人の中で農業をやってる人は居なかったからな。
知らない事って沢山あるんだな…。
「あら?」
そっとイルマが自分のパンツを叩いてくれる。
「泥だらけになっちゃったわね。もう直ぐフェルタ様達も来るから、お風呂入っちゃいなさい。」
そんな言われた通りにお風呂を貰い体をさっぱりさせたら、自分の服もさっぱり洗われていたのだ。
「イルマ…有り難いんだけど…着ていく服が…。」
「私のを着て行って。殆ど着てないのを出してあるから。」
と、出された服を着てみたらコレだった。
足元がスースーする。スカートも高校生の制服以来だ。
「定住地が決まったら洗濯した物を送るからね。」
私の服は真琴にあげるわ。そうニコニコとイルマが笑う。
「スカート…。」
「真琴、似合うわよ。」
「………う、うん。」
「先ず見た目からよ。」
「見た目。」
「結局人なんてね、最初の印象で全てが決まっちゃうんだから綺麗にしていた方が人生お得よ。ホラ。」
スッと立ち上がったイルマは部屋のタンスから何かを取り出し自分に手渡される。掌にはお洒落なバレッタが残った。
「これはプレゼント。気に入ってたんだけど私には格好が良すぎて合わなかったの。」
「でも気に入ってたんなら…」
「物は使って意味を持つのよ。使ってあげて。」
銀製の流れ星の様な流線型を模した綺麗なバレッタを見つめる。自分で右耳の上にそっとバレッタを付けてみた。
アクセサリーなんて小さな頃に両親に買ってもらった事しか無いから、何だか恥ずかしさに駆られる。
「あの…ありがとう。」
やっぱり似合うわ。そう満足気にイルマが笑った所で外扉からノックの音が響いた。
で。今に至る。
「クラウン!意外と真琴のスカート姿って似合うねぇ!」
意外は余計だ。
「馬子にも衣装。」
クラウンって意外に失礼だよね。
と言うか、この世界にもコトワザってあるんだね。
もうお世辞とは思えない賞賛にげんなりしてしまう。
「ほらほら。そんな顔しないわよ。」
そっとイルマのフォローでクラウンは咳払いを一つつく。
「おはようございます。それでは真琴、今日以降のスケジュールをお話しします。ちゃんと記憶しておいて下さいね。」
「はい。」
上着の内ポケットから数枚の紙を取り出してクラウンは続けた。
「これから我々とコンチ・シティに向かいます。そこでメディカルチェックをするトゥーマ国まで監視役兼案内役と接触します。移動時間を含めて大体時間にして1時間半くらいの予定です。」
パラパラと紙をめくる音だけが耳に届く。
「以降は監視役兼案内役とトゥーマ国に向かいますが、基本は車での移動になります。車はセントラルで用意してありますので安心して移動して下さい。コンチ・シティからトゥーマ国迄は、大体5日あれば到着します。」
「5日も?」
「はい。それが現在最短で安全なルートです。」
中々な日数だぞ。5日って。
「トゥーマ国以降や詳しい話や質問は車内で伺いますので早速支度を願います。」
読み上げた紙を丁寧に戻しながらクラウンは自分を見た。
……………完全に目が泳いでるし。
「クラウンってさ…失礼だよね。」
「なっ!」
自分の一言でフェルタのニヤニヤは大爆笑へと変わった。
大丈夫。フェルタは失礼以外の何者でも無いから。
「私が失礼ですか?」
「うん。完全に目が挙動ってるし。」
「きょど…。」
「いや〜真琴は中々着眼点が優れてるんだね!」
「フェルタに関しては昨日から諦めてます。」
「言うねえ!」とフェルタは心底愉快な声で笑っている。
そんな役人の大爆笑の中、私はこの異世界での旅が始まろうとしていたのだ。