1-8
こんなに深く眠り、自然に目覚めた朝は久しぶりな気がする。
体が軽くスッキリしている。この感覚も久しぶりだ。
ゆっくりと上半身を起こしベッド正面に掛けられてる時計は8時を過ぎてる。何時もなら完全に遅刻な時間帯だ。
締め切ったカーテンからは暖かな光が細く射し込んでいる。外は天気が良い様だ。
再び時計を見つめる。此方の世界も時間経過は元の世界と変わりは無いみたいだ。
扉の奥からは微かに物音が聞こえる。きっとイルマだろう。
彼女との昨晩は夕食を終え、お風呂も戴いた後に色々と話をした。
自分でも驚くほどに人の話を聞き、自身の事を話した。
基本的に他人の話には興味が薄い。知った所で自分が生きるのにどうでもいい内容だからだ。
自分の事を話さないのも同様で、そこまで自分を知って欲しいとは思わないから話さない。それだけ。
イルマの話し方が上手かったのか。
それとも異世界の住人が珍しかったのか。
もしくは両方かも知れない。
イルマは生まれた時からこの土地に住む28歳だそう。
今は彼女1人で農業を営んでる。元々は両親がやっていて、亡くなった際に後を継いだそうだ。
結婚もしたそうだが旦那様は3年前に亡くなったらしい。死因は悪いので聞かなかった。
1人で寂しく無いのか聞いたら、暫くは農業の方が忙しくて考えた事が無かった。だそう。相当人気な野菜を生産している様だ。確かに夕食のサラダは新鮮で美味しかったっけ。
1人で農業は大変じゃないかと思いきや
「私のエレメントは地なの。田畑を耕す位は苦でもないわ。」
まさに農業の為に生まれた女よ。そう笑っていた。
自分も自分の話をした。
自分の生い立ち。今の会社の話。この世界に来る寸前の話。私の居た世界にはかなり興味深々で色々聞いてきたっけ。
指輪の話が出たので叔母の話もした。何処でもそうだったけど風変わりだった叔母の話はウケが良い。いわゆる「スベらない」のだ。
人の話し声が聞こえる。
もうクラウン達がやって来たのかな?昼頃じゃなかったたっけ?
ベッドから起き上がり、借りたパジャマから「良かったら着て」とイルマから渡された服を上から選ぶ。
白いブラウスと朱色のスカート…。スカートなんていつ振り?ボトムスはスカートしか無いみたいだ。
スカートはちょっと遠慮したかったのでボトムスだけは自分のパンツを履き、さっと着替えて廊下に出る。
「でね。こっちの箱が三角連峰麓の…。」
「ああ。例の婆ちゃんね。じゃあこれからだな。」
「そうなの。悪いわね。口が悪いけど良い御婦人なのよ。」
「ありゃ口が悪いで片付く悪さか?」
「そう言わないであげて。」
「おはようイルマ。クラウン達が来た?」
イルマの声がする扉を開く。
「おはよう真琴。起こしちゃったかしらね。」
「お。誰だ。見ない顔だな。客か?」
「そうなのよ。今日迄なんだけどね。」
目の前にはイルマと大小沢山の箱とチーター。
チーター。チーター…。チーターが…。
「チーターが超喋ってるッ!!」
「何だ失礼な奴だな。イルマ、誰だよ。」
そうね。とクスクス笑いながらイルマは私を見る。
「ごめんなさいね。ナイルみたいなタイプに免疫が無いのよ。」
そりゃ無いだろ。
チーターは喋る生き物じゃない。吠える生き物だし。
そして後ろ足2本で人みたいに上手く立ってるし。
ナイルと呼ばれた喋るチーターは難しい顔をして私をジロジロ見る。
「客人!ジロジロ見んな!!」
「そっちだって見てるじゃんかよ!!」
「真琴もナイルも落ち着きましょう。」
トンッと私の腰をイルマが軽く叩く。
そうだ。ここは異世界だ。
チーターが喋ろうが不思議はない。
きっとこの世界の全ての物や生き物は言葉を交わすのだ。間違いない。
その内、喋る草花や石にも遭遇するんだ。
「真琴、彼はナイル。私の野菜を配達してくれる運送屋よ。」
鼻をフンと鳴らしながらナイルは私を見てから
「とりあえず今日の荷物はこれで全部か?」
「うん。優先順はさっきの通りでお願いね。」
「じゃあ婆ちゃんの所があるから俺は行くぜ。」
そう話すと辺りの箱を手際良くリアカーみたいな籠に積んで行く。
そのまま籠に繋がったベルトをナイルの腰にはめてチーターらしく4本足の形になる。
「イルマ、明日は何時に来れば良いか?」
「そうね。少し早く…7時くらいでお願い出来るかしら。」
良いぞ。とナイルは私に視線を向けると
「じゃあな客人!イルマを泣かせんじゃねぇぞ!」
「泣かせ…?」
「イルマは未亡人だからな本当は旦那が恋しくて仕方がないのさ!テメエが慰めてやれな!行ってくるぜ!!」
ヒュン!とあの大量の荷物を乗せたリアカーを引いてナイルは走り出した。流石はチーター。物凄いスピードだ。
いやチョット待て。
イルマが未亡人?知ってるよ。泣かせるな?泣かせないよ。ってかさぁ……………。
「私は女だっ!」
遠くからナイルの笑い声が微かに聞こえる。いや笑い話じゃないから。
小刻みに肩が動くイルマが声を殺して私の隣にいる。
「うふふっ。さて、真琴には朝食を出しましょうね。」
「…そんなに…男みたいですかね。私。」
「髪。伸ばしてみたら?」
「髪?」
「真琴は髪質も細くて綺麗だし。きっと美人な事にみんな気付くわよ。」
お世辞にしたって美人は言い過ぎだよ。
とりあえず。
メディカルチェックをする事。
そして髪を伸ばす事。
これが異世界で過ごす当面の目標になりそうだ。