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「なあに!メディカルチェックっても解剖したり何処か切ったりはしないから!ちょっとした検査だけだからさ!」
簡単に言ってるけどフェルタは励ましてるつもりなのか?
「………分かったわ。その一択しか無いんでしょう?今は。」
「ありがとうございます。」とクラウンは軽く此方に頭を下げる。そしてフェルタの方を振り向き
「それでですが、少尉。」
「なに〜?」
「先週のハリケーンでトゥーマ迄の交通機関が壊滅状態でして。」
「陸空海全て?」
「空は我々が停泊してますからね。港も船が生活するのに必要最低限しか残ってないと。」
「陸は?」
「最短ルートは復旧に時間が掛かるそうで、遠回りルートでしたら。ただ…女性では大変だと…。」
話が見えたり見えなかったりするけど、大人しく役人2人の話に耳を傾ける。
「いけませんね。フェルタ様、クラウン様。」
そう今度は洗面器に水を張ってイルマが戻って来た。
又、ゆっくりと入って来てはテーブルに洗面器を置く。
「真琴が困ってますよ。男性は仕事の話となると夢中になるんですからね。真琴、手を出して。」
イルマの言う通りに右手を差し出すと、優しく洗面器の水で手に残った石鹸水を洗い流してくれた。
コホン。とクラウンは咳払いをして
「少尉。先ずは真琴の監視役が必要ですが…。」
「あ、それなら適役が知人に居るから大丈夫。奴に任せるつもり。」
ニッとフェルタは私に笑顔?を見せた。
「少尉の知人?」
「うん。こっからディジッツ迄のルートは確かそんなに無いよね?」
「そうですね。」
「そんでコンチも遠く無いよね?イルマ。」
「そうですね。馬車で1時間もあれば。」
みんなはそう答えるが私は除け者状態で何も分からない。
「真琴、拭くわね。」
そう私の右手を丁寧なイルマは拭き上げながら
「ディジッツとはこの界隈をまとめる王国、コンチとはコンチ・シティの事で賭博を中心とした娯楽都市の事よ。はい出来た。あとで保湿クリームを渡すから塗ってね。」
「うん。ありがとう。」
「いいえ。」とイルマは再び微笑み返す。
洗面器を片付けるとそう言い残してイルマは部屋を出た。又役人2人との3人となる。
「まあさ!今日は遅いから詳細は明日に。イルマには言っとくから今日はここで休んでくれ。」
取って付けた様な張りのある大きな声でフェルタは私に声を掛けた。
「は…はい。」
その勢いに押されてしまい、少し引き気味の返事をしてしまうもフェルタは元気に続ける。
「監視役もまだオファーはこれからだからね。まぁ奴に拒否権はないけど!」
一体誰が来るのか。
フェルタの知人って話してはいたけど…。
「お二方は駄目なんですか?」
「残念ながら僕はこう見えても忙しい!」
「私も少尉のお守りがありますので。」
「お守りとは失礼な!!」
「あ。フェルタもクラウンもいいです。分かりましたから。」
そんな痴話喧嘩をしながら「明日の昼に又伺います。」とクラウンが言い残して2人はイルマの家を出た。
家の外には軟禁部屋の時に居た人達が待っていた様で、フェルタ達と一緒に戻って行く。やっぱりお付きの人だったんだ。
……………まるで嵐の様だった。
イルマには話が既に通っていた様で、役人が帰った後にちゃんとした客室を用意してあった。
明るい電気。窓もある。暖かいベットにふかふかの毛布。枕もある。サイドテーブルには本が数冊ある。
「何も娯楽が無くて御免なさいね。」
そうイルマは言ったけど、色々な事があり過ぎてそれどころじゃないのが本音だ。
「夕食にしましょうか。もう準備が出来てるけど、真琴は1人で食べた方が良いかしら?」
「いや…。」
「じゃあ私と一緒で良い?」
「………え?」
「夕食。」
「………。」
「1人が良いなら此処まで持ってくるわよ?」
慌てて首を横に振るとイルマは優しく微笑んで食卓へと案内してくれた。
客室から少し離れた部屋に入ると既に準備が整っており、食器の他にサラダや見慣れた丸いパンが並んでいた。
「好きな所に座って」とイルマの言われる通りに1番近くにある椅子に着く。
その間にもテキパキと手慣れた風にイルマは私の前にスープと何かの肉料理が出された。
「真琴の口に合うか分からないけど、食べれるなら食べてね。」
「はい…。いただきます…。」
テーブルに並べられたナイフとフォークを手にして、先ずは肉料理を一口分に切り分けて口に含む。
野生味が強い赤身の肉だけど、掛かってるソースが美味しくてそのまま一口、二口と進んだ。
スープもコーンスープかな?甘味のある野菜の優しい味が自分の体に染み入る味だった。
「真琴、ちゃんとした食事は久しぶりなんだから、ゆっくり食べなさいね。」
まるで母親みたいな事を言うイルマ。
母親は失礼か。
私には姉が居なかったから、姉が居たらこんな感じ?
でも。
急に孤独に襲われる
騒がしかった役人2人と目の前に居るイルマ。
この見知らぬ世界で知る人達はこの3人しか居ない。
家族も、友達と呼べる人もみんな居ない
……………不安しかない。
元々友達も少なかったし、家族も社会人になってからは実家を出たので会う事は少なくなってた。
でも必ず近くには居たし会おうとすれば会える距離には居た。
逃げたかった現実。
原因不明だけど逃げれた現実で最初に待ち構えていたのは無限に広がる孤独だった。
じゃあ逃げなきゃ良かった?
でも……………。
「真琴?」
イルマの語りかける様な声で気付く。
「何?」
そっと自分の隣に来てエプロンから出したハンカチで私の顔をそっと拭ってくれる。
自然と涙が溢れていた様だ。
「辛いね。」
短くイルマは囁いた。
「私が逆の立場だったら耐えられないわ。知らない世界で妙な疑いまで掛けられて尋問されて。」
不思議と涙が止まらない。涙の止め方が分からない。
こんなに涙脆いなんて自分でも初めて知った。
「辛かったね。偉いわ、真琴。」
「…う………うん。」
今出来るイルマへの返事はそれが精一杯だった。