1-6
「せーのっ!………やっぱ痛い!!」
思いっきり指輪を引っ張るも、指輪は指に貼りついた様に動きもしなかった。変な焦りを感じる。
「指輪に何か細工しました?」
「荷物も何も無いのに出来る訳ないでしょっ!」
とりあえずクラウンにそう八つ当たりをする。
「そういや私、鞄を持ってたんだけど…無いかな?」
「失礼します。」
私達3人は部屋の扉に視線を集めるとイルマが洗面器を持ってやって来た。この指輪外れない騒動を聞きつけ、石鹸水を用意してくれたのだ。
イルマは部屋にゆっくり入って来て、石鹸水が入った洗面器をテーブルの上に置きながら私を見た。
「無理矢理は良く無いですよ。折角綺麗な指をしているんですから。………ええと…名前を聞いてませんでしたね。」
「真琴…です。」
「真琴ね。良いかしら?」
そうイルマは私の右手を優しく手に取り、そっと石鹸水につける。
ゆっくり薬指と指輪の回りを指の腹で押してくれる。
「女の体なんだから優しくしてあげなきゃ。」
「あ…あの、ありがとう。イルマ。」
「良いんですよ。」
にっこりと満面の笑みでイルマは私を癒してくれた。
そして「取れないわね」と言いながら再び指輪の回りを押し続けてくれた。
こういうのが…『女らしい』って言うのかな。私には無いモノだ。
「イルマも真琴が女性って気づいてたの?」
「そうですよフェルタ様。だから彼女のお世話を買って出たんですけど…お気付きになりませんでしたか?」
「全然。」
相変わらずなフェルタの返事。失礼極まりないな。
「イルマ。真琴が荷物を所有していたそうなんだが、彼女を発見した際や辺りにそれらしい物は無かったか?」
「ええと…特に見当たらなかったですね。ウチの畑も一通り見てますけど何も。」
「そうか。だ、そうだ。何か大事な物でもありましたか?」
イルマから私に視線を変えてクラウンは聞いてきたけど、大事なのは財布とスマホくらいで、今この異世界では意味は無いだろうなぁ…。
ざぶん。と石鹸水から外に出され、私の右手を持ったままイルマは見つめる。
「これ…綺麗についてますね。何かで貼ってあるか、吸い付いているのか分かりませんが。」
「貼りつく?吸いつく?指輪が?」
ヒョイっとフェルタは私の指を覗き込んできた。
「へえ〜。内側見たかったんだけどな。」
「どうして?」
「真琴の世界は知らないけど、コッチは指輪は内側に製作者の刻印が彫られてるんだよ。もしかしたらその指輪もそう言うのがあるかなぁ〜って。だから。」
残念そうにフェルタは指輪と私を見て「仕方ないね」と自分の席に座った。
何か彫られてたっけ?気にもしてなかったわ。
「とりあえず、真琴に支障が無ければ指はこのままの方が良いと思うわ。待ってて。手を洗う水を持ってくるから。」
私の右手を優しくタオルで包みながらイルマは立ち上がる。そしてフェルタとクラウンに「他に欲しい物はありますか?」と2、3言葉を交わして部屋を後にした。
改めて少々赤くなった右手薬指の指輪を見る。
何故取れなくなったのだろうか。
まるで私を嘲笑うかの様に中央にある石?が光る。
これを指にはめてから…はめて………そうだ。
「あの、この指輪をしてからだ。イルマと…みんなの話が分かる様になったのは。」
フェルタとクラウンの視線が再び指輪に集まる。
そうだ。
持っている訳の無い指輪の出現。はめた途端に理解したみんなの言葉。抜けない指輪。変な事ばかりが起こっている。
「翻訳機みたいなやつなのかな?」
「それは少し短絡的では?少尉。」
アレコレと殿方2人は意見交換を始めている。
エリーから貰った指輪。
『私はこの世界の人間じゃないの。』
エリー…叔母さんは………本当に何者だったんだろう。
この短時間で予想した事。エリーは多分この異世界出身者って事。
身寄りが無いだかで、叔父とは何かで助けた縁で結婚した。そう父さんから聞いていたけど…。
身寄りが無い。異世界出身なら居なくて当然だ。
叔父との接触は偶然だろう。勿論私ともだ。
「とにかく。真琴はメディカルチェックを受けさせなければならない。その時に調べさせましょう。」
そうクラウンが言い切るとフェルタも「そだね」とあっさり意見交換から手を引いた。
……………メディカルチェック?
「クラウン。メディカルチェックって…。」
「ドロップ者には全員して戴いてます。実はこの世界では有害な病気を持っていたりする。そんな事がゼロでは無いですからね。特に真琴はエレメント無し。入念なる検査を受けて戴く必要があります。」
突然だが、小学生の時に社会見学で見た企業の無菌室を思い出してた。あんな感じ?
もしくは凶悪な外来種が進入してきた。そんな感じ?
私は虫かい。そんな事で頭がいっぱいになる。
でも…逆の立場なら、そうなるんだろうな。
国を世界を守るには当然の話なんだろう。
行くあての無い私。
もしかしたら一生この世界で生きて行かなきゃならない可能性だってある。ならば受けるのが賢明だろう。
私はもう数え切れない溜息を又ひとつついた。