1-35
遮光カーテンの隙間からまばゆい光が私まで届く。
ゆっくりと体を起こして時計と窓を見ると、朝が来た事を知る。
ぐんと伸びをしてから支度をし部屋のカーテンを開けると、宿屋の玄関付近でカズマと宿屋の御主人が楽しそうに会話をしている。
しかしカズマって…早起きだな。お前はジジイかってくらいに早い気がする。
如何にも「野生児」って雰囲気の人懐っこい笑顔を御主人に見せる。
しかし、その正体はこの界隈を纏めるデジッツの第2王子。そう見えないけど王子様なんだよな。
御主人はソレを知ってるのかな?
敬う事も無く凄く楽しそうに話をしている感じから気付いてはいないのかな?
公の場には余り出ない王子様みたいだし、そういやカズマ自身の話は何1つ聞いてない。
今日から車移動だ。話に詰まったらカズマの事、聞いてみようっと。
昨日貰ったチャックのタトゥーシール。
女の子ウケしそうなデザインをじっと眺めて選ぶ。
こうやって見て、最初にカズマが言ってた「センスが良い」って意味が分かった気がする。
可愛いんだよな。その人その人の好みを見事に見抜いてると言うのか、理屈抜きで可愛い。
今日の気分で沢山並んだハートのシールにした。
早速洗面台で右足踝上にシールを貼り付ける。
トゥーマに辿り着いてメディカルチェックを受けるまではトラブル回避として欠かさず貼っていた方が良い。それはこの数日で理解した事。
お兄さん…チャックには色々して貰っちゃったな。
チャックのお陰でシールもそうだけど、メディカルチェックの話も色々聞けたので大分不安は和らいだ。
あとはカズマとの道中かな。最短でも5日とかクラウンは言ってたっけ?
何も無ければ良いんだけど、次の目的地では若い子が眠りから覚めない如何にもファンタジー感がある流行病の話も聞いてる。
だからと言って冒険小説みたいに次々と押し寄せるイベントだらけの道中も勘弁したい。
早くトゥーマに着いて、受ける物受けて私も自由を勝ち取りたい。
でも、私が自由になれたら、何がしたい?
チャックみたいな巡り合わせとかあるのかな。
好きな人が出来て、この地で幸せに暮らせるかな。
もしかしたら、元の世界に帰りたいって思う瞬間があるかな。
まだ、まだ分からない。
そんな先の話を考えても仕方がない。矢張り先ずは無事にトゥーマに到着する事だけを考えよう。
「おう!真琴!聞いてっか?立ったまま寝てんのか?」
「は?考え事をしていただけよっっ!」
外の方から乱暴な声が聞こえてきたので窓を急いで開けて応戦した。
本当に口の悪い王子様だ。
「御主人が朝メシを呼んでくれたんだ。降りて来な。」
「おはようございます、お嬢様。妻が沢山パンを焼きましてね。是非いらして下さい。」
今日も丁寧な御主人のお誘いに返事をし、下に降りれる様に窓を閉めて身支度を見返す。
髪に何時ものバレッタを着けて部屋を後にした。
お呼ばれされた朝食はパンだけでは無く沢山の料理を戴いた。
どれも暖かくて美味しくて幸せな気持ちになった。
「兄妹仲が良いのね。」と奥様も私達が兄妹と疑っていなかったのには心苦しかったけど、私も下手に自分の事は言えないので静かに笑っていた。
カズマは御主人から次なる目的地・ミメンという町の情報を色々聞いていた。
ミメン。例の眠り病発症の町か。
そのせいか御主人も奥様も私がその町に行く事に良い顔はしなかったが、トゥーマへのルートを考えたらミメンルートが近いし安全なのも理解しているので「長居しちゃ駄目だよ。」と心底心配してくれた。
食事を済ませ私達はお世話になった宿屋を後にした。
移動に使うジープを取りにセントラル支部に向かうと、常駐のソラがジープと一緒に待っていた。
「あれ?いつから待ってたんだ?」
「今さっきですよ。カズマ様に荷物が届いてまして。」
ジープの後ろを開けてソラは布に包まれた長い物をカズマに渡す。
ただ黙ってカズマは受け取ると
「………これは、フェルタが取り戻したのか?」
「たしかに少尉からと伺ってますが、詳細は聞いてません。」
スルリと布の中から出て来たのは細身の剣が出てきた。
「カズマ様…この紋章は…もしかして…。」
「この剣は確かに受け取った。見えちまった物は忘れろ。いいな。」
「はい…。」とソラが小さく返事を返す間に、さっさと剣をジープのトランク部分にカズマは押し込んだ。
少しだけカズマの表情が強張った雰囲気を感じたので、そっとソラに近づいてみた。
「ね、ソラ。あの剣ってナニ?」
「いや、忘れろと仰っていましたので…。」
「忘れる前に教えてよ。」
「あっあの、デジッツの紋章があっただけで…」
「おい。真琴。」
ソラとのコショコショ話はカズマに呼ばれて強制終了となった。
デジッツの紋章が入った剣って事は、カズマに関係する剣って事なんだろうな。
取り戻したって言ってたから、手放していた物か又は盗られていた物か。
「何ソラと内緒話してたんだ?」
「別に。この町は素敵でしたって話していただけよ。」
「ふーん。ま、その通りだな。とりあえず行くから早く乗れ。」
今日の天気もあの日の様に晴れている。
初めてこの世界の外に出た日。
どこまでも青い空は、雲一つ無く澄み渡っていた。
明日も明後日も、この綺麗な空の下で過ごせるのだろうか?
明日も明後日も、奥様が作る様な食事が摂れるのだろうか?
明日も明後日も、ずっとずっと、私はこの世界で元気に過ごす事が出来るのかな?
何一つ分からない未来。
何だろう。あの時もそうだった。
「自由って、なんだろうね。」
何も考えずに出てしまった私の気持ち。
「何、哲学的な話か?」
「そんなんじゃないけどさ。」
「これから探せば良いんじゃね?お前の自由をさ。」
出発を知らせる様に低いエンジンの音が掛かる。
左側にあるカズマの横顔を見ながら、私は静かに頷いた。




